第十二話 家庭訪問
「ごめんね、本当に。こんなことになっちゃって……」
シズネは、さっきから謝ってばかりいる。
何について、そんなに謝っているのかというと。
私たちは一応、高校に通うことに決めたので、シズネが今日、入学手続きのために学校に話しに行ったのだ。
問題は、その手続き。
保護者不在、住所不定、身元不明。
まあ当然のことではあったが、学校からしてみれば到底受け入れられるものではない。
それで、シズネがとった行動といったら。
「はあ……」
「本当に、ごめんなさい!」
今思っても、ため息しか出ない。
なんとシズネは、受け入れを却下した教頭に、身元引受人が自分であることを暴露したのだった。
さすがに、私たちが異世界から来たなんて話はしていない。
だが、そのせいで話が余計にややこしくなってしまったのだ。
「あのさあ。もうちょっと上手い言い訳、考えつかないもんかね?」
「あの時は焦ってたから……」
「いや、それにしてもねえ……」
「ごめんね。でも、余計なことは話してないから」
シズネは、私たちを自分が引き取っているということだけを伝えて、戸惑う教頭に「とにかく入学手続きをお願いします!」と、断固とした態度で主張して、逃げるように帰ってきたらしい。
それでつい一時間ほど前に教頭から電話がかかってきて、事情を聞くためにも、これからこの家を訪問するという報せが入ったのだ。
本当に、めんどくさいことになってしまった。
「とにかく、上手い言い訳を考えなきゃね。どうする、チャリオネ?」
「うーん……。とりあえず……」
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
ああ、相談する暇もない。
もうこうなったら、即興で何とかするしかない。
教頭が、部屋に入ってきた。
年齢は五十歳くらいで、頭は禿げ上がり、体型はいわゆる中年太りをしている。
黒縁メガネの奥からは、少し困惑した眼差しが見てとれる。
「ああ、すいません。今お茶、出しますね」
「いや、いいんですよ。お構いなく」
教頭は畳の上に座ると、不思議そうに私とアミーダを見比べた。
私は緊張して正座していたが、一方のアミーダは、出されたスナック菓子をバリバリ食べながら、気だるげな姿勢をしている。
そこにシズネが加わり、ようやく話が始まった。
「片岡先生、この子たちは一体……」
「あー、そうですね……。私の遠い親戚です」
親戚って設定?少し無理があるのでは!?
「え、親戚の子ですか……。ちなみに、どういった……」
「私の父方の大叔父と母方の大叔母がどっちもアメリカ人と日本人のハーフで、その叔父の子と叔母の子なんです」
「え、じゃあクォーターってこと?でも、苗字がスパーサーとソルトって、おかしくないですか?」
「いえ、それは……」
シズネは、言葉に詰まる。
けっこう早い段階で、撃沈してしまった。
「スパーサーとソルトって、漢字だよ」
アミーダが、助け舟を出す。でも、これはちょっと……。
「は?」
「んだから、スパーサーとソルトは漢字だっつってんの」
「どういう漢字を書くんですか?」
「どういう漢字だったっけねえ、シズネさん」
ここでシズネにバトンタッチ。アミーダはまだ、漢字が読めない。
「スパーサーは、素性の素に波と砂で素波砂。ソルトは、剃刀の剃に意図の図で剃図です」
「ええ!?つまり、この子たちの名前は、素波砂チャリオネさんと、剃図アミーダさんってこと?」
「はい、その通りです」
「なんか、嘘みたいな名前だなあ……」
ええ、だって嘘だもの。
私は、笑いを堪えるので精一杯だった。
「ところで、学費はどうするんです?」
「我が校には、留学生を対象とした学費免除制度があるはずですよね」
「え、留学生!?」
「この子たちは、二人ともアメリカに住んでいたことがあります」
「じゃあ、もちろん英語は話せるんでしょうね?」
「え、ええ……。もちろん」
怪しくなってきた。
パソコンをいじってばっかりいたせいか、ローマ字については使いこなせるが、英語となるとさっぱり分からない。
「では、剃図さん。猫は英語で、何と言いますか?」
「は?猫?」
「そうです。もちろん、分かりますよね……」
教頭は、さっきから半信半疑だ。
まあ学校としても、身元不明の訳の分からない生徒を受け入れて、何か問題が起きたら大変なのだろう。
「もっと、ムズい単語出してよ」
「では、beyondの意味は?」
「足りない、足りない」
「prolongedの意味は?」
「あんたさ、さっきからあたしのことバカにしてんの?」
「え?」
「アメリカにいたらその程度の単語、分かるに決まってんでしょ。それに、ここで答えさせて何の意味があんの?」
「まあ、確かにそれもそうですね……」
「今の私たちの保護者はシズネさんで、住所もここです。説明は済みましたし、手続き上で問題ないのでは?」
私も、口を挟んだ。
「アメリカにいたことを証明できる物は、お持ちですか?」
「それは、紛失してしまって……」
「では、英語の試験を受けにきてください。それに受かれば、学費免除で入学を許可します」
「え、本当ですか!?」
「まあ、今回は特例です。片岡先生も我が校の教師ですし、やましいことはないと判断しています」
「そ、それはもうー……」
シズネの笑顔は、思いっきり引きつっている。
「では、そういうことで。そろそろ、失礼します」
「ありがとうございました」
シズネは教頭を送り出しに、入り口のドアまでついて行った。
その間、私とアミーダは。
「試験、どうするの?」
「ま、何とかなんでしょ」
アミーダは相変わらず呑気だったが、私の方は気が気じゃなかった。




