出会いと遭遇①
2階に進むと、奥に開いたままのドアを確認できた。
まだ朝も早いのでほかの客に配慮して、音に気を遣う。
軋むドアを開けると、自室となる部屋が目に入る。流れるようにベッドに腰かけると、背中のバックパックを下すと中の荷物の整理に取り掛かった。
自分が身にまとうものの多くは亡き祖父から譲り受けたものである。
ミモザの樹液を使ってなめされた猪革のバックパック、色あせた丈の合っていないコートなど、端から見れば奇異に映る品々も、自分にとっては祖父を想起させる思い出の品々であった。
ランタンや保存食などを横に備え付けられたサイドテーブルに並べると、置かれていた鍵を手に取り、試験に思いを巡らせながら自室を後にした。
あと数刻もたてば、筆記の試験が始まる。
1階に降りると先ほどの老婆と談笑する大柄な女性の姿があった。
黒と白が不規則に入り混じった髪を後頭部で一まとめにし、はじけるような笑顔をたたえている。
彼女は視線の端で自分をとらえると、こちらに向き直った。
「田舎から来た受験生ってのは貴方?」
肯定の意を示すと、彼女は鷹揚に肯いた。
「3年。ルヴィアだ。私もこれから行くところだ。良ければ学園まで案内しよう。」
華奢な魔法使いのイメージからあまりにかけ離れていたが、身にまとう洗練されたマナが彼女の魔術師としての素質を物語っていた。
「ありがとうございます。ご一緒させていただきます!」
彼女は感心したように目を見開いた。
「随分と落ち着いて見える。立派なものだ」
宿を離れたのち、道すがら彼女は様々なことを教えてくれた。
学園での生活、魔術の授業、通常の勉学、魔術の起訴に至るまで。
……最も彼女は目の前の少年のあまりの浅識さに驚いていたようだが。
「君、よくそんな知識で試験を受けようと思えるな……」
やはり自分の知識は入学に足りるものではなかったらしい。
薄々わかっていたとはいえ、この事実には堪えるものがあった。
「実技試験を乗り切れるとも思えんし……」
彼女は少年の痩身を眺めながら呟いた。
歯に衣着せぬ彼女の言葉に触れるたび、気を落とさずにはいられなかった。
彼女は勝手知った道といった風に入り組んだ裏路地を突き進んでゆく。
意気消沈した自分はそんな彼女の背をぼうっと眺めながら付き従っていた。
そんな折だった。
周囲のマナが不自然にざわついた。
甲高い悲鳴が鼓膜を叩き、間を置かずに右手の路地裏で光が閃く。
この異常事態にも不思議と恐れはなかった。むしろ、魔術をもって他者を屈服せんとする者を取り逃がしたくなかったのである。
少年は、制止しようとする彼女の手を振り払い、一目散に駆けていった。