心優しい宿屋の主
王都の検問を抜けると、宮殿にめがけて一直線に伸びる大通りが広がっている。
あまりの人の多さに戸惑いながらも、手元の地図を確認し、宿を目指す。
大通りに面した美しい建築を横目に、人通りの少ない路地に足を踏み入れると、たちまちに変わる雰囲気にまた驚かされる。
この寒空の下で、毛布にくるまり地面に行き場のない視線をぶつける浮浪者が数人。下水がないことも相まって、鼻を突くような不快な匂いもある。
自分もまた彼らから目をそらすように視線を持ち上げると、ピグレットと書かれた宿屋が目に入った。目的の宿屋までにはまだ少しあるのだが、路地裏に佇むその小さな木造建築は、決して華美ではないものの、どこか郷愁を感じさせるものがある。
ふと屋内を見やると、優し気なしわを浮かべた老婆がこちらに向かって手招いている。
一瞬の戸惑いがあったものの、重みのある木造のドアにゆっくりと手をかけた。
宿に入るや否や、暖炉の熱に乗せてどこか懐かしい生活の匂いが出迎えてくれる。
雰囲気にのまれている自分をせかすことなく、老婆は腰かけたままゆっくりと口を開いた。
「寒かったろう。暖炉で体を温めたら、こっちに来て名前をお書き。」
言葉に甘えようかと思った矢先、自らの懐事情を思い出し、急いで彼女に宿賃を尋ねる。
「一泊銀貨4枚さね。2階の奥の部屋が空いてるよ。」
4枚……。2日分の宿泊代と食事代を鑑みて、少し足りないと唸っていると彼女が言葉を重ねる。
「魔法学園の試験で来たのかい?」
この時期になると恒例なのだろうか、肯定の意を伝えると彼女はしばらく思案した後、
「合格した暁には、ここを贔屓にしておくれ。試験が終わるまで銀貨2枚でここをお使いなさい。」
「ありがとうございますっ」
心からの感謝を伝え、深々とお辞儀をしたのち、階上へと足を進めた。