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第41話 一読者として




 ———バキャッッッ!!!!!


 不意に隣からペットボトルを握り潰したような音が響き渡る。驚いた秋人がそちらへ視線を向けてみると、やや引き攣ったような笑みを浮かべた三嶋が両手でペットボトルに力を入れていた。


 何かあったのだろうかと思い、慌てて声を掛ける。



「わわっ! ど、どうしたの三嶋さん!?」

「ううんっ、なんでもないよ平山くんっ。———ちょーっと、小蝿こばえを見つけちゃったからさ?」

「そ、そっか……?」



 彼女の手に収まる若干ひしゃげたペットボトルへと目を落とした秋人は、なんだか釈然としない気持ちのまま首を傾げる。


 なんというか表面的な笑みというか。普段のほんわかした雰囲気ではなくどことなく空気がひんやりと冷たく感じるのは気のせいか。三嶋の表情を覗き込んでみると、笑みは浮かべているのだがその瞳は全く笑っていない。その視線は何故かつい先程酷評を下した阿久津の方へ向けられていた。



(……そんな訳ないよな)



 クソつまらなかった、と発言した少しあとのタイミングで大きな音が鳴ったので、もしや言葉が詰まった僕の代わりに怒ってくれたのかと秋人は一瞬だけ考えるが、ありえないとすぐにその考えを打ち消す。


 そもそもラノベ作家であることは誰にも話していない。故に三嶋はこの『ワールド・セイヴァーズ』の作者が秋人であること以前に、秋人がラノベ作家であることを知らない筈なのだ。もし彼女が秋人=萩月結であることを知っているのならば先程の考えで納得出来るのだが……。

 やはり彼女の言う通り本当に小蠅が止まっていたのだろう。


 何はともあれ、そもそも三嶋が嘘をつく理由はない筈だ。きっと彼女の言う通りペットボトルの周りに虫が止まっていたから潰そうとしたのだろう。春という季節的に虫が飛んでいてもおかしくはない。

 大方、力を入れ方を誤ってしまったという辺りか。



「それより阿久津さん」

「お、おう……」

「素人質問でとても恐縮なのですが……私、このライトノベルの表紙を見て面白そうだと思ったのですが———具体的にどこかつまらなかったんですか?」



 平坦な笑みを浮かべる彼女から謎の重圧プレッシャーを受けているのか、若干引き気味な表情を浮かべる阿久津。


 三嶋は低身長でとても可愛らしい顔立ちをしている。そんな女の子からいきなり圧を感じる笑みを向けられてしまう光景は秋人としても同情を禁じ得ないが———その作品に心血を注いだ身としては、その理由は非常に気になるところである。


 目の前で暴言を言われて傷付いたり逆に少しだけ怒りが込み上げたりと感情の振り幅が凄いが、別に他意はない。そう、本当に。



「僕も気になります」

「……勘違いしないで欲しいんだが、別にこの物語が悪い訳じゃない。神との契約、美少女との共闘、強者と相見あいまみえる度に使用可能な権能が解放されていくワクワクさせる展開……むしろファンタジー系のライトノベル好きとしては非常に厨二心をくすぐられるような内容だ」

「なら、どうしてつまらないなんて言ったんですか?」

「単純だ。()()()()()()()んだよ」

「………………」



 阿久津の言葉を聞いて、十分な心当たりがあった秋人は思わず口をつむぐ。



「ライトノベルとして書籍化する前……それこそ小説投稿サイトで更新していた時代は文章こそ荒削りだったが、読者の心に本音で訴えかけるような熱があった。思わず敵味方問わず登場人物に感情移入してしまう程の、まるで殴り掛かってくるような言葉の数々に、当時の俺は圧倒された」

「でも、それは……」

「わかってる、わかってるさ。書籍化を経て文章をどう改稿しようとそれは作者の自由意志だ。俺たち読者は所詮その恩恵を享受しているだけの、褒めては持ち上げ、自分の意にそぐわないと一丁前に文句を並べる我儘な子供に過ぎない。だから、これは一ファンだった者としての感想であり、俺のちっぽけな戯言だ」

「………………」

「まぁ事実、もうすぐアニメ化するほど売れているしな。結果的に書籍化に伴い改稿したのは大成功だったろうよ」



 目を細めた彼は吐き捨てるようにそう言って再び文章が打ち込まれたモニターの画面を覗くが、その瞳の奥底には何か違うものを映しているようだった。


 それがどういった感情なのか秋人にはわからない。物語の中に作者が垣間見えたことへの憐憫れんびんか、純粋に楽しめていた頃にはもう戻れないという虚無感か。



「……悪い、なんかヘンに語っちまったな。そうだ、もし興味があるんなら貸すか? 感想は人それぞれだし———」

「いえ、結構です。自分で買います」

「そ、そうか……」



 阿久津なりにこの微妙な空気を払拭しようとしたのだろうが、三嶋にぴしゃりと断られてしまう。


 彼の表情こそ変わらなかったが、心なしか声音は悲しそうだった。




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