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第38話 返事がない。まるでただのしかばねのようだ。




「ねぇ駿平、文芸サークルって本当にここで合ってるの?」

「お、おう。張り紙に描いてあった地図を見る限り合ってる筈なんだがなぁ……」

「あはは……正門の所と比べると、ほとんど人気ひとけが無いんだねっ?」




 大学の講義を終えた午後の三時過ぎ。興味がないと言う東雲に教室で別れを告げた秋人、駿平、三嶋の三人はいざ文芸サークルの活動場所を求めて大学の敷地内をしばし歩き続けていた。

 多くの学生が行き来する正門広場や食堂と比較してみると学生の往来が極端に少ない。


 辺りを見渡すとだいぶ殺風景で、使われているのかどうかもわからない教室棟が目立つ。いや、大学の敷地内ではほぼ端側の場所に位置している上、購買や食堂などといった主要的な場がある訳ではないので静かで目立たない閑静な雰囲気といった方が正しいか。



(見学に行くだけだからって軽い気持ちで来たけれど、結構あっちからは離れてるんだよなぁ……)



 どうやら文芸サークルの活動場所は、普段秋人らが利用する教室棟からだいぶ離れているようだ。


 文芸サークルとして活動している場所は掲示板の張り紙に記載されていた。向かう前に忘れぬようにと駿平がスマホで撮影していたので迷うことはないのだが、いかんせんここまで歩くのに疲労が溜まる。


 きっと体育館やグラウンドを利用する運動系サークルであれば比較的簡単に活動場所へ辿り着けるのだろう。しかし系統が多岐に渡る文化系サークルは、室内で出来る活動が故、どのサークルがどこでどんな活動をしているのか把握しずらいのだ。


 中学や高校とは違い、教室棟同士が繋がっていたり同じという訳ではないので場所が分かりにくい。なので不便といえば不便である。



「サインしてた方がまだマシだったかも……」

「ん? 秋人、なんか言ったか?」

「あ、いや……!? えーっと、その……そう! なんだか秘密基地感があるなーと思ってさ!」

「おー、確かに。そう考えたらちょっとワクワクしてきたな」

「でしょ!?」

「……えへへ、そうだねっ」



 危なかった、となんとか誤魔化すことに成功した秋人は冷や汗を浮かべながらホッと胸を撫でおろす。


 場所の分かりにくさと若干の疲労感からつい本音が洩れ出てしまったのだが、心の奥底では商業ラノベ作家として早くサイン作業を進めなくてはという若干の焦りもあった。

 

 繰り返すようだが、小説執筆が大好きな秋人としては文芸サークルに興味がないという訳ではない。内容は未だ不明だがどんな人間が小説に関心を持って研究もしくは執筆しているのかとても気になるし、秋人自身の創作スキル向上の為に取り入れられるところは積極的に参考にしたい。


 しばらく歩き続けていた秋人たちだったが、ふと視界の端に気になるものが写り込んだ。


 

「……ん、なんだろうアレ?」

「おーい、どうしたんだ秋人? ……えっ!?」

「あ、人が倒れてるね……」



 秋人はすぐさまそちらへ駆け寄ると、思わずぎょっとした表情を浮かべた。後からやってきた駿平や三嶋だったが、二人もおおよそ同様の反応である。


 背の低い生垣の影になって大変わかりにくかったが、どうやら髪の長い女性らしき人が倒れているようだ。


 漫画やラノベといった創作物ならまだしも、現実でそういった人が倒れている場面に遭遇したことが一度もなかった秋人。よくよく観察してみるがこんな不自然な場所で寝ているとは考えづらいし、すやすやと寝息を立てている訳でもない。


 とはいえあまりにも突然のことに秋人は頭が真っ白になって身体が強張ってしまう。そうして直ぐにハッとした表情を浮かべると咄嗟にしゃがんでその人物の身体を揺すった。



「あ、あの! 大丈夫ですか!?」

「う、うぅ…………」

「よ、良かった。気が付いた……!」



 もし呼び掛けても反応がなければ救急車を呼ぶことも漠然と考えていたが、どうやら無事らしい。


 倒れたまま掠れた声を洩らす女性にひとまず安堵するが、まだまだ気は抜けない。弱々しい様子で腕に力を込めているみたいだが、起き上がるのもままならないようだ。やはりどこか具合が悪いのだろうか。



「すみません、少し身体を動かしますね!」

「うっ…………」



 不安に思った秋人は取り敢えず女性の肩に手を置き、身体の向きをうつ伏せから仰向けにさせる。普段は気軽に女性に触れるような行為はしないのだが、今回ばかりは緊急事態だ。秋人は若干の申し訳なさを感じつつ状態を確かめた。


 今まで長い黒髪でその顔の全貌が窺えなかったが、秋人の指で髪をどかすと目を細めながら干からびそうな表情を浮かべていた。近くに落ちていた赤縁の眼鏡はきっと彼女のものだろう。


 顔の輪郭やパーツは整っているのできっと見た目は悪くないのだろうが、やはり体調が優れないのか見ただけで分かるほど青白い肌をしている。


 秋人は救急車を呼ぶべきだと瞬時に判断すると、先程から無言のまま秋人の背後にいた二人へ声を掛けた。



「駿平、今すぐ119番。三嶋さんはこの人の状態を確認して」

「お、おう!」

「うん、わかったっ!」

「———ま、まってくれ」



 心を落ち着かせながら駿平と三嶋の二人に指示を出した秋人。自分は大学の学生支援課へ向かったり大学にいる誰かしらの講師を見つけ次第この事を伝えようと走り出そうとしたのだが、すぐ側から細い声が聞こえた。


 そして肩を震わせた彼女が続けざまに言葉を紡いだその内容は———、



「おなかが、へった…………」

「へ?」

「どうか、文芸サークルへ、つれてってくれないだろうか…………がくっ」

「うぇっ!? お、おーい!?」



 ぐぅぅぅ、という盛大な腹の音と共に自らの空腹を訴えるものだった。そうして同行を乞うと彼女は静かに気絶した。





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