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第33話 お姉さんとストーカーの正体





「はっ、はっ、はっ……!!」

「ふぅ、ふぅ……! あ、秋人くん、ごめんなさい、もうそろそろ、限界かも……!」

「あ、そ、そうですね……! だいぶ走ったのでもう十分かもしれないですね……!」



 しばらく走り続けて、一体どれほどの時間が経過したのだろうか。二人は息を荒げながら足をようやく止めると、周囲へ視線を巡らせる。


 どうやら辺りは住宅街。一軒家やアパートといった建物が立ち並んでおり、先程までの駅や店舗が入ったテナントが集中した建物の多い都市とは離れて、郊外へと出たようだった。


 秋人がスマホの時間を確認してみると、あれから約十五分程経ったみたいだ。入り組んだ路地などをノンストップで走り続けたので運動に慣れていないであろう彼女の方を見ると息も絶え絶え。秋人としては日頃のランニングなどで鍛えていたので、まだ少し体力には余裕があった。

 何はともあれ、無事ストーカーから逃げ切ることが出来たようで一安心である。


 一切の休みなく走り続けた疲労から、ずっと握っていた手を離して膝に手を置きながら軽く息を整える秋人と黒峰。念の為にきょろきょろとあたりを確認してもそれらしき影は見当たらない。だいぶ距離を空けたので、もう今日のところは大丈夫だろう。


 彼女は脚をぷるぷるとさせながら、次のように言葉を紡いだ。



「ご、ごめんね秋人くん……! ふぅ、ふぅ……私、力はある方なんだけど、こういう走る体力は全くからっきしで……!」

「はぁ、はぁ……いやいや、ここまでずっと走り続けられたのは凄い事ですよ……っ! 僕の方こそ、逆に黒峰さんの体力に配慮しないで走ってしまいすみませんでした……っ!!」

「ううんっ、気にしないで? とっても心強かったよ!」



 熱い吐息を洩らしながら、にへらっと心から信頼を寄せるような笑みを見せる黒峰。彼女は肩を揺らしながらはぁはぁと息をつくが、不意にこちらを見つめるそのぱっちりとした瞳はどこかくすぐったくて。


 なんだか身体を動かしていた時よりも火照ったような気がするが、秋人は途端に込み上げる思いにそっと蓋をする。咄嗟に視線を泳がせると、慌てたように言葉を紡いだのだった。



「そっ、それじゃあ帰りましょっか!? ストーカーがいることも判明しましたし、警察署にも寄って事情を説明してパトロールを強化して貰わないと!」

「うふふっ、そうだね! はぁ、なんだかホッとしたらお腹がすいちゃったなぁ」

「あ、じゃあ折角ですし帰ったら僕が何か作りますよ。今日は色々疲れたでしょうし、黒峰さんはゆっくりしてください」

「ありがとう秋人くん。でも、気持ちは嬉しいけど今日は私が作るよ。正直何かしてないと落ち着かないし、秋人くんにも迷惑をたくさんかけちゃったし、ね?」

「それじゃあ、間をとって一緒にご飯作りますか」

「うんっ!」



 彼女のにこやかな笑みを見届けながら一緒に帰路に着く秋人と黒峰。


 ほっと息を吐いて安堵を滲ませながら曲がり角を曲がろうとした、その次の瞬間———なんと先程の黒スーツ姿のストーカーにばったりと遭遇してしまった。



「——————」

「…………っ」

「ひっ……!」



 あまりにも突然のことに、隣にいる黒峰の口からはか細い悲鳴が洩れる。幸いにも秋人は身体をびくりとさせるだけで済んだが、どうやら向こうも驚いたのか同じような反応だった。


 先程は離れていたので分からなかったが、よくよく相手の容姿を観察してみるとショートヘアという現在の男女に当て嵌まるジェンダーレス風な中世的な髪型をしており、思ったよりも身長が高い。


 こちらよりも頭一つ分ほど高く、相手はサングラスを掛けているのでよく表情は読み取れないが、スーツ姿が相まって見下ろされている感じがして非常に威圧感が滲み出ていた。



(ま、守らなきゃ……!)



 緊迫した場面で身体が硬直して思ったように動かせなかったが、なんとか秋人は咄嗟に黒峰を背後に庇う。油断こそしていなかったが、ストーカーを撒くことが出来た安堵から完全に気を緩ませてしまったのは完全に秋人の落ち度と言えよう。


 付き纏われていると判断した時点ですぐに警察に駆け込めば良かった、などと今更反省しても手遅れだろう。何せ時間を掛けて距離を空けたと思っても見つかってしまったのだ。こんな状況で再度逃げようとしても相手の執念からして追いつかれるに決まっている。


 それに秋人の体力はまだ残っているとはいえ、黒峰の方はもう限界に近い。となれば秋人に残された手段としては、もうこちらに注意を引き付けて彼女を逃すということしか考えられなかった。


 緊張と恐怖と不安から心がどうにかなりそうだったが、秋人はキッと相手を睨み付けると口を開いた。



「あ、貴方の目的はいったいなんですか?」

「………………」

「これ以上付き纏うようでしたら、け、警察に———」

「———良かった。ようやくお話が出来ますね」

「え……?」

「?」



 まるで女性のような凜とした綺麗な声に、秋人と背後から顔を覗かせる黒峰は思わず訝しげな表情を浮かべてしまう。


 一拍空けてそう呟いた相手は、こちらの様子に構うことなく懐に手を差し込むとごそごそとし始めた。もしや刃物といった凶器を取り出すのではないかと一瞬だけ身構えてしまうが、懐から出したその手には掌よりも小さな四角型のケースが握られていた。


 目の前の人物は手慣れたようにそのケースから一枚の紙を取り出すと、次のように言葉を続けた。



「失礼しました。わたくし、モデル雑誌『Star Light』の編集部に所属しています紗山さやま玲華れいかと申します」

「は、はぁ……?」

「突然ですが、そこの貴方」

「わ、私ですか……?」



 紗山と名乗る女性から突然声を掛けられた黒峰は、戸惑いながらも返事を返す。目の前の彼女はサングラスを外すと、ぱっちりとしたアーモンドアイを覗かせながら再び口を開いたのだった。



「———広告モデルに、興味はありませんか?」

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