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第17話 担当編集の悩み




 秋人と黒峰、二人が対面した瞬間に互いの表情が強張った様子を東堂はすぐに読み取ったのだろう。咄嗟に次の言葉が出ずにまごつく二人にすぐさま事情聴取を開始した。


 沈黙を保っていた東堂は二人の話を訊き終えるとしばらく俯いていたが、やがて顔を上げて破顔した。



「あっはっはっはっ! 偶然アパートの部屋が隣同士だったって、それなんてラノベなんだ?」

「おっしゃる通りで……」

「あ、あらあら……」



 秋人の真横にいる東堂は、未だ精悍せいかんな顔立ちを歪めて口を大きく開けてけらけらと笑っている。いつの間にか仕事モードの口調ではないのは純粋に本心からそう思っているからなのだろう。


 全くもってその通りなので、こちらとしては乾いた笑みを浮かべるしかない。



「萩月先生、今まで異世界ファンタジー小説一本だったけど、これを機にラブコメ挑戦してみます? きっと先生ならすぐに書けますよ?」

「あはは、ご、ご冗談を……。こっちはラブコメのラの字やノウハウも知らない素人ですよ……?」

「でも、実体験を小説にするってとても面白そうですねー」

「黒峰さん!?」

「うふふ、冗談ですよー。秋人くん」



 普段のように目を細めてにこにこと笑みを浮かべる黒峰。どうやら秋人同様次第に調子を取り戻しているようで、先程と比べて固かったその声はだいぶ朗らかである。


 彼女はほわほわした雰囲気を纏わせながら言葉を続けた。



「それにしてもびっくりしました。まさかお隣に住んでいる秋人くんがいつもお世話になっている萩月先生だったなんて」

「それはこっちの台詞せりふですよ。うちの作品特に戦闘描写が多いんですけれど、毎回とても繊細で迫力のあるイラストを描いて頂けてるから、一体どんな方が描いているんだろうって思ってたんですが……まさかお隣の黒峰さんがsenKa(センカ)さんだったなんて夢にも思わなかったですよ」

「本当にこんな偶然もあるんですねぇ。……うふふ、もしかして運命だったり?」

「あはは、ある意味そうかもしれないですよねー」



 同じ大学に通っているという共通点だけならまだしも、まさかアパートへ引っ越してきたと思ったら隣人が秋人のお世話になっている有名イラストレーターのsenKa(センカ)だったとは、もはや偶然や運命を通り越して、奇跡としか言いようがない。


 そんな天文学的な確率で神絵師と偶然知り合っていただなんて、とんだ神のイタズラもあったものである。


 秋人は注文していたホットコーヒーを啜ると、隣の東堂が声を上げる。



「ははは、初めて顔を合わせる以上、場をあっためる必要があるかなと思ってましたが、どうやらその心配は杞憂でしたね。仲が良いようで何よりです」



 編集者として二人の諸々の情報を知っていた東堂。きっと彼なりに緊張していたのだろう。何気ない表情を浮かべていても安堵の感情が滲み出ていた。




「では早速———」

「……あれ。ってことは黒峰さん。この前駅であった時に話してた男の人って……?」

「はい、東堂さんのことですね」

「あぁ、なるほど……色々把握しました。娘さんと喧嘩したから、どう仲直りしたものかと年齢の近い女性である黒峰さんに相談したんですね」

「うふふ、しかもその喧嘩内容が由梨ゆりちゃんの大事にとっていたアイスを東堂さんが勝手に食べちゃったからなんですよねー」

「うわぁ」



 思わぬところで事情を知った秋人は思わず顔が引き攣ってしまう。にこやかに話す彼女とは対照的に、東堂の方へ視線を向けるとずーんと沈んだような表情を浮かべていた。

 先程まで浮かべていた笑みが嘘のようである。



(そりゃあ怒るよ東堂さん……)



 どうやら溺愛している東堂の娘である由梨ゆりとはそのような理由が原因で親子喧嘩が勃発したらしい。盛大な、といえば少々大袈裟だが、思春期の中学生の女の子ともなればそういったいざこざが起きても仕方ないだろう。


 ただでさえ多感な年頃なのだ。愛娘の地雷を踏み抜いてしまった彼には同情を禁じ得ない。



「前に黒峰さんから貰ったアドバイスを参考にして色々実践して見たけれど、まだ無視されてるよ……。いや、さ……。俺も冷凍庫にあったアイスを娘のとは知らずに勝手に食べたのは悪かったけどさ……。何もアイスだけでそんなに怒ることなくない……?」

「いや怒りますよ。実を言うと僕も以前妹のアイスを間違って食べちゃったことがあったんですけれど、どうやら季節の限定品だったらしくて東堂さんとおんなじ状況になった時があります。今では普通に仲良しですけれど」

「あらあら」

「……それで、秋人くんはどうやって仲直りを?」



 微かに希望を見出したのか、こちらの様子を伺う東堂。なにやら画期的な助言を期待しているようだが、残念ながらそんなものはない。


 秋人はにこりと笑みを浮かべると口を開く。



「従順になるんです」

「じゅう、じゅん……?」

「僕の場合、そのアイスは期間限定品だったので既にどこを探してもなかったんです。なのでまず許して貰う為に、手始めに他の味を全て揃えて献上しました。そこからがスタートラインです」

「お、おう……」

「とにかく相手の要望を全て受け入れるんです。何かを食べたいと言われればそれを作り、何処かに出掛けたいと言われれば荷物持ちになり……。流石に妹から一緒にお風呂に入ろうと言われた時は断りましたが、全面的に従順な意思を相手に見せるんです。あと下手に口答えするとますます悪化するんで気をつけて下さい」



 こちらの場合だと、兄である秋人が妹である自分に尽くす姿を見て満足したのか、暫くすればその怒りは鎮火したようだった。


 しかしそれはあくまでこちらの場合。東堂と愛娘の親子としての関係性が良好なのか、秋人としては判断しようがないので必ずしも当て嵌まるとは限らないが、参考にはなるだろう。



「わかった、なんとか従順になってみるよ……!」

「あ、因みにですけどあまり下手に出てもウザがられるので気をつけて下さいね?」

「八方塞がりじゃん!?」

「あらあら、うふふ〜」



 頭を抱える東堂を二人で宥めながらも、緩やかに打ち合わせが始まったのだった。




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