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第11話 お姉さんは大食漢?



「で、いったい何を作るんですか?」

「今日は秋人くんの大好物、豚の生姜焼きを作ろうと思いますっ!」

「わーい、やったー」



 言葉では喜びを示すも、おそらく黒峰のボケである『大好物』というワードに対しやや棒読み感が滲み出てしまったのは許してほしい。


 黒峰が元気良く言い放った、豚の生姜焼きという料理。正直に言えば特別大の好物という訳ではなかったが普通に好きである。数ある豚肉料理の中でも定番中の定番で、もしかしたら男女問わず嫌いな人はいないのではないだろうか。


 キッチンに並べられた食材を見てみると、確かに豚の生姜焼きに必要なものが揃っている。豚ロース肉に玉ねぎ、生姜、キャベツ、そして長ネギや生卵、コンソメ顆粒だしなどだ。生姜焼きと関係がない食材もあるが、きっとそれは別の料理に使うのだろう。



「じゃあ、調味料は一通り揃えてあるので是非使ってください」

「わぁ、凄いねぇ。最後に食事したのは一昨日ですけれど……うん、あれから比べてもだいぶ増えてますっ。ありがたく使わせて貰いますね!」

「あはは、どうぞどうぞ」



 元々引っ越してきた日にスーパーへ買い物に行き醤油や味噌、砂糖、塩、和風顆粒だし、サラダ油といった基本的な調味料を購入していた秋人。大学生になってからというもの、大学の帰りなどにお店に寄って夕飯や朝の献立を考えながらその都度買い物をして自炊してたのだが、やはりというか調理を重ねる度に必然と使う調味料も増えてくるのだ。


 昨日などは中華が食べたい気分だったので麻婆豆腐と春巻きをチョイス。ラー油やオイスターソース、山椒、豆板醤、中華だしなど一気に様々な調味料を購入したので、きっと彼女はその事を言っているのだろう。


 おー、と調味料を置いている棚を見て目を輝かせている姿はとても可愛らしい。思わずこちらも口角が上がってしまう。



「あ、そういえば作る前にお米も炊いておかなきゃいけないですね」

「あー、そうですね。炊飯器に残ってるご飯も少ないですし……」



 ぽん、と手を合わせてふと思い出したかのように呟いた黒峰。確認の為に秋人がぱかりと炊飯器の蓋を開けると、茶碗一杯分のご飯しか残っていなかった。


 秋人が毎日炊いているご飯は一人暮らしということもあり精々2〜3合である。普段ならば余ったご飯は冷凍庫に仕舞い保存しているのだが、昨日の朝に焼きおにぎりを作り置きしてその日の内に全て食べてしまった。


 故に、現在食べられる状態のご飯はこの炊飯器の中のご飯だけ。二人で食べるというには明らかに量が少ないし、今から豚の生姜焼きを食べるというのにご飯がないのではとても寂しい。



「じゃあ今からご飯炊きましょっか。早炊きにすれば三十分くらいで炊けますし」

「それじゃあ私、今から部屋に戻ってお米持ってきますねっ」

「大丈夫ですよ。前にも言いましたけど折角黒峰さんがご馳走してくれるんですから、お米はうちのを使って下さい」

「ごめんなさい、いきなり押しかけたばかりに……」



 しゅん、と落ち込んだ様子を見せる黒峰だが、別に秋人はそこまで気にしてはいなかった。むしろ食材を購入して調理してくれるのだから、こちらからご飯を用意しなければ逆に失礼のような気がする。美人な彼女の手作りともあれば尚更である。



「いいんですよ。で、ご飯は何合炊きましょっか。三合くらいで充分です?」

「え、それだけ?」

「んっ?」

「え?」



 耳を疑うような言葉が聞こえたので思わず秋人は近くの黒峰へ思い切り振り向いたのだが、一方の彼女もこちらを見てきょとんとした表情を浮かべていた。


 因みになのだがお米を測るときの単位、一合とはお米用の計量カップ一杯分である。そして一合でご飯を炊くと約二食分のご飯が炊き上がるのだ。

 つまり三合とはお茶碗約六杯分。今日これだけあればおかわりしたとしても間違いなく足りるだろうと思い、秋人はそう訊ねたのだったが、まさかのそれだけという言葉が聞こえて耳を疑ってしまった。



(……あ、そういえば)



 ふと秋人は以前黒峰と一緒に食事を食べた時のことを思い出す。一昨日はあらかじめ「一緒に食事をしませんか?」と誘われていたので2合ご飯を炊いて準備していたのだが、彼女がおかわりをしてペロリと平らげてしまったのだ。


 その時はお腹が減っているのかな、と然程気にしなかった秋人だったが、今にして思えばやや物足りなさそうな表情を浮かべていた。購入してきた食材も二人で食べるにしては多い。

 思ったよりも大食漢たいしょくかんなのだろう。


 しばらくの間互いに見つめ合う二人だったが、おそらく咄嗟に出てしまった言葉なのだろう。彼女はかあっと顔を真っ赤にさせると、両手で顔を覆った。



「わ、忘れてください……」

「あはは、じゃあ6合用意しますね。それとも一升の方が良いです?」

「もうっ、揶揄わないでよう」

「いっぱい美味しく食べる人は素敵ですよ。それで、本当は?」

「…………お願いします」



 どうやら見栄というか、食にはしたない女性だと思われたくなかったようだ。気にしてない事を伝えた秋人が優しく促すと、頬を染めたままの黒峰はこくりと頷きながら返事を返した。

 



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