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第10話 お姉さんの来訪




「く、黒峰さん? あれ、今日って約束してましたっけ……!?」



 大学の先輩である隣人の突然の訪問に思わず呆けたような声をあげてしまう秋人だったが、当の彼女はきょとんとした様子であっけらかんと言葉を紡ぐ。



「んー? 今日大学の廊下ですれ違った時に行くって伝えたじゃないですか?」

「えっ」

「ウインクで」

「あれってそういう意味だったんですか!?」



 確かに黒峰の言う通り、彼女とは今日大学の廊下ですれ違っている。


 因みにだが、廊下の向こう側から歩いてくる黒峰に最初に気付いたのは一緒に行動していた駿平。元々は午後の講義が終わり、帰宅する前に講義の変更がないか学生支援課前の掲示板を見ていた秋人だったのだが、「めっちゃ綺麗な人がいる!!」とやや興奮気味に肩を叩いてきたのだ。興味は薄かったが、痛かったので鬱陶しげに振り返ったら実は黒峰だったという顛末である。



(分かる訳がないんだよなぁ……)



 周囲の学生が口々に称賛しながら彼女の魅力に見惚れているなか秋人はてっきり挨拶の意味で軽く会釈をしたのだが、ウインクという仕草だけでその意図を汲むのは相当無理があるだろう。


 なお、その様子を近くで見ていた駿平からは迫力のある笑みで肩を掴まれて黒峰との関係を追求されそうになったものの、なんだか癪だったので幼馴染である東雲と犬猿の仲になってしまったエピソードを尋ねたらそっと目を逸らされた。


 友人からの深掘りイベントは無事に回避したが、逆に気になるところである。


 それはともかく。



「どうしよう……すみません黒峰さん。次の食事の時は僕が料理をご馳走するって約束でしたけど、何も準備出来てないです……」

「あ、もしかしてこれからお夕飯でした?」

「あはは、お恥ずかしながら今までちょっと寝てまして……」

「うふふっ、季節の初めだもんね。しかも慣れない事ばかりだろうから、自分でも気が付かない内に疲労が溜まっちゃって眠たくなりますよねぇ」



 柔らかくおっとりとした声で微笑む黒峰だが、なんというか包容力が凄い。この人が怒るところなんて想像出来ないな、と思いつつも優しく目を細めた彼女はそのまま言葉を続けた。



「でも、ちょうど良かったです」

「? 何がです?」

「私、実は今までバイトでお腹がペコペコだったんですよ! なので……じゃーん!」



 黒峰は今まで両手で後ろに隠していたネギのはみ出たマイバッグを掲げると、にへら、と笑みを深めながら上目遣いでこちらを見つめた。



「———一緒にご飯、食べませんか?」



 






 お邪魔します、と部屋に上がると、早速キッチンで調理の準備を始めた黒峰。水色のマイバッグから食材を取り出している彼女だったが、一方の秋人はラノベ作家だということがバレないように念の為ノートパソコンの電源を落としながら少し離れた自室から声を掛けた。



「そういえば、黒峰さんってスーパーのアルバイトしてるんでしたっけ?」

「うん、そうですよ。大学に入学して一ヶ月くらいしてから始めてますから……かれこれ二年程ですかね。週に三日くらいですが大学のある日は四時間とか、たまに休日に人が足りなかったらフルで出勤してますねー」

「うわぁ、それは大変ですね」



 思わず顔を顰めながら、秋人は無事シャットダウンしたノートパソコンを閉じると、朗らかな声で黒峰の返答が返ってきた。



「うふふっ、ところがどっこい私よりもバイトを複数掛け持ちしている子とか全然大学に居るんですよ〜。凄いですよねぇ……私、体力ないから。他に収入があるとはいえ、その子らに比べたら私なんてまだまだなんですよ」



 おっとりとした謙遜する声が向こう側から秋人の元へ届く。


 以前一緒に食事をした際、確か彼女はレジを担当していると言っていた。高校の頃からラノベ作家として収入を得ていたので秋人はアルバイトを一切したことが無いのだが、接客業をしているというだけで尊敬に値するのは些か大袈裟だろうか。


 何せ丁寧な接客を心掛けている場合であっても、理不尽な言い掛かりや心無い言葉を投げ掛けてくる客はどうしてもいるのだ。二年も働いていればきっと温厚でおっとりとした性格の彼女でもそういったクレーマーに遭遇したことがあるだろう。


 たかが二年、されど二年。先程黒峰はまだまだと言っていたが、へこたれない精神力、つまり心の芯が強くないと普通ならば同じ仕事は長続きせずやめてしまう。それがバイトならば尚更だろう。

 しかしどうやらその言葉は本心のようだが、どことなく端々に自信の無さが伺えるのは気の所為か。普段の明るくおっとりとした彼女がみせた少々ネガティブな雰囲気を、なんとか払拭したくて。



「———僕も手伝いますよ、黒峰さん」

「え……?」



 自室を出た秋人は、キッチンにて調理道具を用意していた黒峰にそう声を掛けた。無言で彼女の側まで近付くと、そっと視線を向ける。


 至近距離で見るきょとんとした可愛らしい表情に、秋人は思わず笑みが溢れた。



「人は人ですし、僕から見れば黒峰さんはとても頑張ってると思いますよ。みんな違って当たり前なんですから、まだまだだなんてそう自分で自分を蔑ろに扱っちゃダメです」

「——————」

「って、いきなり何様だって感じですけれど」

「う、ううん! 励ましてくれたんですもんね! とっても嬉しいです、はい!」



 慌てたようにふるふると首を振った黒峰だったが、何処となく頰が赤いように見える。普段のおっとりとした彼女がもじもじとしている様子はとても可愛らしかった。



「もう、そんなこと言われちゃったら私……」

「え?」

「な、なんでも無いですっ!」



 呟くような小さな言葉だったので上手く聞き取れなかったが、元気を取り戻してくれたのならば良かった。


 こうして二人は料理に取り掛かるのだった。





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