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戦国 霊玉守護者顚末奇譚  作者: ももんがー
第一章 恋する少年
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第八話 黒陽の話

「姫は、お前と共に生きることはできない」



 ピシャリと、冷水をかけられたようだった。


 共に生きるとか、そんなこと考えたことなかった。

 でも、そうだ。できれば。いずれは。

 姫様が側にいてくれたら。

 姫様の側にいられたら。


 考えてもいなかった無意識下にあった願いを、先に封じられた。


「――何で?」


 かろうじて、それだけ出てきた。


『半身』だって認めてくれたじゃないか。

 確かにまだ子供だけど。

 今は何の力もないけれど。

 でも、いつかオトナになって、『智明』みたいないい男になれば。

 黒陽だってさっき言ったじゃないか。「お前はいい男になる」って。

 なのに、何で?

 何で姫様と共に生きることができない?



 黒陽は、厳しい眼差しを俺に向けた。


「我らには『呪い』がかけられている」


「『――呪い』?」


 何だよそれ。

 言葉の不穏さに眉を寄せる俺を気にすることなく、黒陽は説明していく。



「私には『人間の姿を失い獣の姿になり』『死ねない』呪い。

 姫は『二十歳まで生きられない』で『記憶を持ったまま何度も転生する』呪い」



 ――今、何て言った?

 何の、呪い、だと?


 黒陽はただ淡々と説明していく。


 黒陽と姫様はこことは『異なる世界』に生まれ住んでいた。

 異世界からこの世界に落ちてきた、いわゆる『落人(おちびと)』だ。


 話には聞いたことはあったが、まさか本当に『落人』が存在するなんて思っていなくて驚いた。


 魔獣のでる森に囲まれたその世界には、五つの国があった。

 東西南北にひとつずつと、中央にひとつ。

 そのうちの北の国に住むのが、姫様達『黒亀族』を中心とした『黒の一族』。

 姫様はその王の娘であり、黒陽は姫様の守り役であり筆頭護衛だという。

 ちなみに黒陽の妻が姫様の筆頭側仕え、娘達も側仕えだったと黒陽か話す。


 生まれた時から姫様は霊力過多症で寝込んでいた。

 しかし姫様には結界や封印に特化した能力があり、離れた城から『魔の森』を抑えていた。


 ある時、転機が訪れた。


 医術と薬術で有名な東の国の姫と、学術に秀でた西の国の『先見姫』が、中央の国におもむくという話が聞こえてきた。

 その二人の知恵があれば、姫様の霊力過多症が治るかもしれない。

 一縷(いちる)の望みをかけて、姫様と側近達は中央の国に向かった。


 結果的に、姫様の霊力過多症は落ち着いた。

 東の姫の薬と西の姫による霊力訓練、そして同じく中央都市にきていた南の戦闘集団の姫に引っ張りまわされることで体力がつき、人並み程度に過ごせるようになった。


 そして、事件が起きた。


 中央の『黄の一族』が封じていた『災禍(さいか)』と呼ばれるモノの封印を、解いてしまった。


 そこが『封じの森』とは知らなかった。

 それが『災禍(さいか)』を封じた大樹だとは知らなかった。

 知らずに触れて、姫様の能力がその封印を解いてしまった。


 その場にいたのは、東西南北四人の姫と、それぞれの守り役。

 『黄』の王族の前に連行され、魂に『呪い』を刻まれ、異世界に落とされた。


 異世界に、この世界に落ちて、『呪い』が本当だと知った。

 どれほど元気でも二十歳を迎えられない。

 何度死んでも、何度も生まれ変わる。

 黒陽はそんな姫様の死をを何度も見送ることしかできず、己は死ぬことができない。


 それでも『呪い』を受け入れ、生きた。

 共に落ちた姫達と合流し、より良い世界にしようと取り組んだ。


 この世界に落ちて何度目かの生で、大きな争いがおきた。

 その中心にあの『災禍(さいか)』の存在を感じた。

 何故かはわからないが、姫様が封印を解いてしまったあの『災禍(さいか)』がこの世界にいると理解した。


 そして、その国は滅びた。


 その後も同じように一つの国の滅亡に立ち会い、これまでに二つの国が滅びるのを目の当たりにした。

 最初に生まれた世界も含めると、三つの国の滅亡に関わった。



「姫はずっと『災禍(さいか)』の封印を解いてしまった罪にとらわれている」


 自分のせいでたくさんの人を死なせてしまった。

 自分のせいでたくさんの人が不幸になった。

 そう言って、己を責めている。


「『災禍(さいか)』を再び封じることが、我らの責務。

 封印を解いてしまった我らが成さねばならぬ使命」


 それしか、罪をつぐなう方法がないから。


「姫は『災禍(さいか)』を追わねばならない」


 これ以上、不幸な人が生まれないように。

 これ以上、罪を負わないために。


「だから、姫はお前と共に生きることはできない。たとえ『半身』でも。――いや、『半身』だからこそ」


 黒陽は決意を込めるようにひとつ息を吸って、告げた。


「姫は絶対に、お前を巻き込まない」



 あまりにもたくさんの情報が入ってきて処理しきれない。

 息が浅くなる。

 苦しいのは息ができないから? 話が重いから? 姫様といられないと言われたから?

 思考がまとまらない。

 これではダメだ。


 意識して、ギュッと目を閉じる。

 思い切り息を吸い、止める。


 頭の中で黒陽の話を整理する。


 姫様と黒陽は『落人』。

 四千五百年も前に、この世界に落ちてきた。

 元いた世界で『災禍(さいか)』と呼ばれるモノの封印を解いたから。

 その『災禍(さいか)』のためにいくつもの国が滅びた。

 姫様と黒陽は、その『災禍(さいか)』を封じることを責務としている。

 姫様は俺を巻き込みたくない。

 きっと俺が弱いから。

 だから、俺は共にいることはできない。


 それならば。


 それならば。


 止めた息をゆっくりと吐き出す。

 はあああぁぁ。と、大げさなくらい息を吐く俺を、黒陽は黙って見ている。


 キッ、と黒陽を見据える。

 黒陽は俺の視線をまっすぐに受け止めた。


「俺がチカラをつければ、姫様と共にいられるか?」


 決意を込め、黒陽に問う。

 姫様が俺と共に生きられないというのならば、俺が無理矢理でもついていけばいい。

 果たさなければならない責務があるのならば、俺が協力すればいい。


 そのために、強くなればいい。


 考えてもいなかった、無意識の『願い』。

 気付いてしまった、俺の『願い』。


 姫様と共に在りたい。

 側にいたい。

 笑顔を見ていたい。


 そのためならば、何でもする。

 チカラをつける。

 強くなる。



 俺の決意に、黒陽はゆるく首を振った。


「どんなにチカラをつけても。

 どれだけ強くとも。

 姫は絶対にお前と共に生きることはない」


「何で」


「お前が、姫の唯一だから」


 意味がわからない。

 俺だって、姫様が唯一だと思ってる。

 それなら一緒にいればいいじゃないか。


「お前の側では、姫はしあわせだから」


 黒陽が、笑った。

 泣きそうな笑顔だった。

 その顔に、出そうとした反論を封じられた。


「だから、共にいられない」


 黒陽はうつむいて、ゆるく首を振った。

 俺は反論することも黒陽につかみかかることもできず、ただギュッと拳を握った。



 言いたいことも、聞きたいこともたくさんある。

 それなのに、黒陽があまりにもつらそうで、何も出てこない。

 それが自分で情けない。悔しい。



 姫様と共に在りたいのに。

 側にいたいのに。



 黒陽は、「ふぅ」とひとつ息をついた。

 気持ちを切り替えたのだろう。

 そして、淡々と言った。


「今は『ちょっと休憩』だ。

 晴明(せいめい)が迎えにきたら、また『災禍(さいか)』を追う日々に戻る」


 安倍家の迎えが来たら。

 そしたら、姫様とはお別れ。

 わかっていた。わかっていた。

 そのはずなのに。


 安倍家の迎えが来たら、もう姫様と会えなくなる。

 二度と、会えなくなる。

 俺の『半身』なのに。俺の『唯一』なのに。


 そんなの、いやだ。

 いやだ!!


 身体の奥底からナニカが湧き上がる!

 風をまき散らす竜巻のような、強いチカラ!


 考えろ。考えろ。

 どうすれば、姫様といられる?

 考えろ。考えろ。

 なんで姫様といられない?

 俺が弱いから。ならば強くなればいい。

 俺が姫様の唯一だから。姫様は俺といるとしあわせだから。

 俺だってそうだ。

 姫様は俺の唯一。姫様といるとしあわせ。

 なんでそれが悪い?

 考えろ。考えろ。

 

 ――ふと、姫様の笑顔が浮かんだ。


 優しい笑顔。

 俺をみて、しあわせそうに笑う。

 でも、時々苦しそうにしているのも気付いてる。

 なんでそんな苦しそうな、悲しそうな顔で笑うのかと、気になっていた。


 黒陽の話を思い出す。

 姫様が『災禍(さいか)』の封印を解いたことで、たくさんの人が死んだ。

 きっと姫様は、罪悪感を抱えてる。

 自分のせいでたくさんの人が死んだと思ってる。

 そんな状況で、姫様ならどうする? どう考える?


 姫様なら。

 あの、優しくて甘っちょろいひとならば。


 ――「『しあわせ』になってはいけない」と、そう、考えるんじゃないか?


 ああ、ありそうだ。

 姫様なら考えそうだ。

 だから、俺は側にいられない。

 でも。


 それって、勝手じゃないか?


 姫様が苦しいから、俺から離れるってことだろ?

 俺の気持ちも、俺の都合も全部無視して、姫様の都合だけで言ってることだろう?

 そんなの、自分勝手じゃないか。

 俺の気持ちはどうなるんだよ!?


 確かに、今の俺は子供で、チカラもなくて、弱い。足手まといになる。

 でも、俺だってずっと今のままじゃない。

 黒陽と修行したこの数日だけでもずいぶん強くなった。

 これから修行を続けて、世話役達みたいに実戦も経験していったら、きっと強くなる。姫様の役に立つ男になれる。


 そう。出会ったときの『智明』の年齢になれば。

 出会ったときの『智明』は、二十八歳。

 あと十八年。

 それだけあれば、十分強くなれる!


 姫様が勝手を言うなら、俺だって勝手を言ってもいいはずだ!



 決めた。


 俺は、強くなって、姫様を追いかける。


 姫様がどれだけ嫌がっても構わない。

 どれだけ逃げても、追いかける!

 


 ゆっくりと顔を上げる。

 黒陽をにらみつける。

 ずっと黙っていた俺がにらんでくるなんて思っていなかったのだろう。

 黒陽はちょっと驚いたようだった。


「姫様の事情も、姫様の考えも、わかった。――でも」


 俺はわざと胸を張って、堂々と言った。


「俺が姫様を追いかけるのは、俺の勝手だろう?」



 ずっと昔から胸の奥に何かがある。

 学ばなければ。

 チカラをつけなければ。



 何かが俺を()かしていた。

 じっとしていられなくて、修行に明け暮れていた。

 何になるか。そんなこと関係なかった。


 ただ、チカラが欲しい。


 それが何のためのチカラかはわからないが、チカラを求めて毎日修行に励んでいた。



 きっと、このためだ。

 姫様のために、俺はチカラを求めていた。

 姫様と共にいられるために。

 姫様にふさわしい男であるために。



 姫様が目を覚ました時、強く感じた思いがある。


 この人は俺のものだと魂が叫んでいた。

 やっと会えた。やっと戻ってきた。

 もう離さない。ずっと一緒だ。



 そうだ。もう離さない。もう諦めない。

 物分かりのいいフリなんて、してやるものか!

 足掻いて足掻いて、みっともなくすがりついて、追いかけてやる。


 たとえ何年かかっても。

 いつか、必ず、姫様の側にいる。

 姫様の側で、姫様をしあわせにしてみせる。



「俺は、退魔師になる。

 退魔師になって、姫様を追いかける」

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