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戦国 霊玉守護者顚末奇譚  作者: ももんがー
第一章 恋する少年
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第七話 『智明』

「――スマンな」


 俺が黙ってしまったからか、黒陽がボソリと言った。

 何のことかわからなくて黒陽を見ると、黒陽は苦笑を浮かべていた。


「お前が『智明』の記憶がない以上、智明のことを引っ張り出すのは良くないと理解しているのだが。

 お前があまりにも『智明』のまんまだから、ついつい口に出てしまう」


『まんま』て、何だよ。

 俺がそう思ったのがわかったのだろう。

 黒陽が笑って続けた。


「我らのような長命のモノは、見たらわかるんだ。『あいつだ』ってな。

 お前だって、親しい人間ならば、髪型や衣服が変わってもわかるだろう?」


 そういう感覚か。

 わかる。と示すのにうなずくと、黒陽もうなずいた。


「だが、記憶がない上に、生まれ育った環境や出会う人も変わるわけだから、前世と違う人間になることがほとんどなんだ。

 それなのに、お前ときたら、全然変わらない。

 それが我らはうれしくてな。

 ついつい、余計な口をきいてしまう」


 黒陽の言う『我ら』が、『(ヌシ)』達のことも含めているとわかった。

 黒陽も『(ヌシ)』達も、初対面の俺に親しげにしてくれる。

 それだけ俺が『智明』に似ているのだろう。


 ん? 転生している本人の場合は、似ているでいいのか? 本人というのか?


 話をしているうちに、『まんま』『変わらない』と言われる『智明』が、気になってきた。

 これまではおそらく前世の自分だと理解していても、なるべく考えないようにしていたのに。

 あまりにも黒陽がうれしそうに、親しげに言うものだから、ちょっとだけ気になった。


「――『智明』って、どんな男だった?」


『前世の俺』とは聞けなかった。

 俺は『俺』で、『智明』ではない。

 ただ、『智明』がいて、俺が存在するのだろうことは、なんとなく感じている。


 俺の質問に黒陽はどこかを見たまま答えた。


「いい男だったよ」


 そして、ニヤリと笑った。


「あれほどの男はなかなかいない」


 大絶賛じゃないか。

 すごいな『智明』。


「我らが出会った時、ヤツは二十八だった。

 京の都を作る仕事をしていて、退魔も請負っていると言っていた」


 退魔師。

 自分の将来の道のひとつ。

 そうか。『智明』も、退魔師だったのか。


「当時、都の水脈はめちゃくちゃでな。

 助けてもらった恩返しに、私が手助けして、二人で都の水脈を整えたんだ。

 千年()つ都になるように、てな」


「何だソレ」


 この亀トンデモナイ仕事してた!

 そして『智明』! よくそんなのできたな!?

 ホントに人間か?!

 いや、俺の前世なら人間だろうけど!?


「そのときに『(ヌシ)』達と知り合ったんだ。

 で、姫のために智明が聖水作ったら『(ヌシ)』達が気に入って、時々作りにいくはめになった」


 で、今俺が作らされている、と。


 でも、そうか。

 やっぱり『姫様のため』か。

 生まれ変わっても俺は変わらないらしい。


「我らが共に暮らしたのは、四か月ほどだった。

 だが、それまでの四千年に匹敵する四か月だったよ」


 懐かしそうに微笑む黒陽の言葉に、衝撃を受けた。


 四千年て何だ?

 たった四か月しか『智明』と過ごしていないのか?


 俺の顔がこわばったのに気付いたのだろう。


「やっぱりお前は聡いな」そう言って黒陽は苦笑した。


「聞き流せばいいものを」

 クッと笑う黒陽に何と言おうか迷い、そのまま聞くことにした。


「黒陽は四千年生きてるのか?」


「あれから八百年近く経ってるからな。

 今は、そうだな。四千五百年といったところか」


「そんな年齢(とし)に見えないな」


 亀は長命だというが、霊獣ともなるともっと長命なのだろう。

 感心しながらこぼした俺の言葉に、黒陽はどこか楽しそうに、どこか悲しそうに、笑った。


「『智明』とは、四か月しかいなかったのか?」


 そんな短い期間で、黒陽と友達になり、姫様にあんなに慕われるなんて。

 すごいと思う反面、なんでそんな短い期間で別れたのだろうと思う。

 俺だったら、死ぬまで姫様と一緒に暮らしたい。

 何年でも、何十年でも。


 黒陽はなんでもないことのようにさらりと答えた。


「姫の生命が尽きたからな」


 ―――それは。


 ―――そんな。


 俺はきっとひどい顔をしているのだろう。

 固まった俺に、黒陽はまた苦笑した。


「智明が我らを助けてくれたときには、もう姫は長くないとわかっていたんだ。

 それなのに、あの聡い男は、気付いてしまったんだ。

 姫が己の『半身』だと」


『半身』。

 俺も感じた。

 姫様を抱きしめた時、強烈に理解した。

 この人だ、と。

 この人が、俺の『半身』だと。


「『半身』て、何なんだ?」


 感覚では理解できるのだが、何か(いわ)れがあるのだろうかとたずねると、黒陽は少し考えて、話しはじめた。


「我らが元いた世界には、伝説があったんだ」


「『元いた世界』?」


 俺の問いには答えず、黒陽は話を進める。


「その伝説とは『夫婦は元々ひとつの(カタマリ)だった』というものだ。

 ひとつの(カタマリ)に陽と陰――男と女、二つの(タマシイ)が宿り、半分に分かれた。

 だから、失った半分を求めるのだ、と。

 そして再び出会えた二人は、お互いを『半身』と呼ぶんだ」


「私と妻もそうだったんだ」と、少し得意げに話す黒陽。

 妻? いるのか?

 やっぱり亀か?

 話を聞けば聞くほど疑問が出てくる。

 もう、何から聞けばいいのかわからなくなってきた。

 ぐるぐるしていると、黒陽がたずねてきた。


「お前も感じたんじゃないのか?」


 何を、と聞かなくてもわかる。

 姫様を、俺の『半身』だと。


「―――」


 黙ってうなずく俺に「だろうな」と黒陽はあっさりしたものだった。

 何だろう。すごく照れくさい。

 顔が赤くなっているのが自分でもわかる。

 恥ずかしくて黒陽を見ていられなくて、うつむいて意味もなく足元の小石を足でつついてみた。

 そんな俺に、黒陽は笑った。


「お前はいい男になるよ」


 そんなことを言うものだから、驚いてつい黒陽の顔を見る。

 黒陽はさっきも見せた、どこか楽しそうな、どこか悲しそうな笑顔を浮かべていた。


「お前は姫の『半身』だからな」


『「智明」の生まれ変わりだから』と言われなかったことが意外だった。

 そして、黒陽が『俺』をちゃんと見てくれていると理解できて、何だか身体中の力がぬけた。

 言葉の意味をかみしめているうちに、胸に湧いてきたものがある。


 喜び。


 前世とか関係なく、『俺』を見てくれている。

『俺』を認めてくれている。

 それだけでもうれしいのに、姫様の『半身』とも認めてくれた。

 うれしくて、誇らしくて、なんだか身体がぽかぽかする。


 そんな俺に構わず、黒陽は言葉を続けた。


「ただ、これだけは承知しておいてほしい」


 思いがけない厳しい声に、俺の表情も引き締まる。

 何を言い出すのかと黒陽を見つめる。


 黒陽が出した言葉は、考えてもいないものだった。



「姫は、お前と共に生きることはできない」

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