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戦国 霊玉守護者顚末奇譚  作者: ももんがー
第一章 恋する少年
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第六話 修行ともやもや

 翌日の早朝から黒陽との修行が始まった。


 最初は普通の修行だった。

 俺の現在の力量を計るといって、今までの修行を一通りやってみせた。

 そこから霊力操作を中心に指導を受けた。


 最大値の把握、糸よりも細く霊力を練る、針の穴を通す、など、繊細で集中力の必要な訓練をいくつも行った。

 おかげですぐに霊力が空っぽになった。


「まだまだ無駄が多いな」と言われ、その通りだと思った。

 霊力回復薬を飲んで、回復しては空にし、また回復し、を繰り返した。


 黒陽の修行は日を追うごとに徐々に厳しくなっていった。

 じわり、じわりと難度が上がっていたから俺も気付かなかった。

 途中で「どんな修行をしているのか」と問うてきた世話役達にその時の修行内容を話すと、苦いものを飲み込んだような顔をして「ガンバッテ」と励まされた。

 その時にやっと「あれ?」と気付いた。


 俺が間抜けなのか。

 黒陽がやり手なのか。

 強くなれるのならばどちらでもいいことだ。




「姫のために水の霊力を圧縮させた水を作れ」と言われる。


 姫様は今霊力を回復させているところだという。

 空っぽになる寸前まで霊力が枯渇したので、戻すのに時間がかかっているようだ。

 発熱による体力低下も霊力回復をさまたげているらしい。


 椀一杯の中に水の霊力を圧縮して桶一杯分の霊力を込める。

 そうすれば、少ない量でも大量の霊力をその身にたくわえられると説明される。


 やり方は黒陽が教えてくれた。

 姫様のためなら! と反射的に挑戦し、無茶をしてしまう俺は馬鹿だと思う。

 黒陽の合格が出るまでに数日かかったが、姫様が「おいしい」とうれしそうに飲んでくれたので苦労が報われた。


 そこまではまだいい。


 何故俺は水脈を通って水源の『(ヌシ)』なんてトンデモナイ存在と対峙しているのだろう。

 何故霊水の霊力を圧縮して聖水を作るなんて無茶をやらされているのだろう。


 『(ヌシ)』達も俺のことを知っていようだった。

「久しぶりだな!」なんて親しげに話しかけてくる。

 そして「聖水を作れ」「お前下手になったな」「今度はいつ来る?」など勝手なことばかり言う。

 普通の人間に無茶言うな!


 だが、持ち帰った聖水を、姫様はそれはそれは喜んでくれた。


「すごく霊力が回復します」

「大変だったでしょう? ありがとうございます」


 心配してくれて、気づかってくれて、喜んでくれるから。


「大丈夫です」

「また行くことになってるんで、また作ってきます」

 なんて言ってしまう。


 自分がこれほど馬鹿だったとは知らなかった。


 


 姫様の熱はやっと下がった。

 助けてから十日経っていた。


 黒陽が言うには俺の作った霊水や聖水がかなり役立ったようだ。

「お前のおかげだ。ありがとう」なんて言われると、大変だったことなど吹き飛んでしまった。

 おまけに姫様にもすごく感謝され、うれしくて舞い上がってしまった。



 その姫様が「もう大丈夫です。お世話になりました」と出て行こうとするのを「病み上がりでは危ない」と引き止める。

 押し問答の末、安倍家の迎えが来るまで逗留してもらうことで納得してもらった。



 その安倍家の迎えはなかなか来ない。

 姫様と一緒にいられる。いいことだ。

 黒陽との修行が続く。いいこと…だ、よな…?




 黒陽との修行をがんばれている理由。

 それは、ひとえに姫様のためだ。


 霊力操作を修得して霊水や聖水を作れるようになった。

 姫様の回復の役に立つ。喜んでもらえる。


 姫様の手を握って霊力を送る。

 霊力操作ができているので姫様の回復の役に立つ。

 やわらかい手を堂々と握ることができて、はずかしいけどうれしい。


 姫様が俺に微笑んでくれる。

「ありがとうございます」と言ってくれる。



 正直、抱きしめたい。

 かわいいがすぎる。

 俺より年上だけど。

 俺より背が高いけど。

 どこか甘っちょろくてぬけてる姫様は、なんだか年上とは思えない。つい甘やかしたくなってしまう。

 そして俺が姫様の頭をなでたり、歩くときには手をつないだりと甘やかすと、姫様は恥ずかしそうに赤くなり、それはそれはしあわせそうに笑うのだ。


 その笑顔だけで、俺もしあわせになる。




 本当は、なんとなく察しがついている。



 黒陽や姫様が言っていた『智明(ともあき)』は、多分前世の俺だ。


 前世で『智明』と名乗っていた俺は、霊力が強くて、聖水作りが上手くて、姫様の『特別』だった。

 姫様は、きっと『転生者』だ。

 記憶を持ったまま生まれ変わった『転生者』。

『智明』は、前世の姫様が「唯一甘えられる」男だった。

 おそらく、今でも。

 

 きっと、すごい男だった。


 でも、『今の俺』はただの子供。

 前世の記憶もない。

 聖水作りだって始めたばかり。

 霊力もまだまだ足りないとわかっている。


『俺』は、どうしたらいいんだろう。

 姫様達が見ているのは『俺』なのか、『前世の俺』なのか。

『俺』のこの気持ちは『前世の俺』のものなのか。

 姫様を好きだった『前世の俺』の記憶に引っ張られて姫様を好きになったのか。


 これから『俺』はとうしたらいいのか。



 色々なことが浮かんではもやもやと渦巻いて落ち着かない。

 それでも黒陽の修行でくたくたになった身体は横になるとすぐに眠りに落ちる。

 夢見ることもなく、気付いたら朝になっている。

 ゆっくりと考える時間がないのはいいことなのか悪いことなのか。

 それすらもわからなくて、頭の中がぐちゃぐちゃで、もやもやイライラする。




「もやもやするんだ」


 ある日、修行の合間に手頃な石に座って休憩しているとき。

 思い切って黒陽に言ってみた。


 人気(ひとけ)のない川原。

 世話役も誰もいない。黒陽と二人きり。

 黒陽なら、俺のこのもやもやを解決できるのではないかと思った。


 世の中のこと。俺の進退のこと。姫様のこと。前世のこと。いろいろ。いろいろ。


 うまく説明できないことがまたもやもやする。


 それなのに黒陽はあっさりとぶった斬った。

 

「お前の年頃にはよくあることだ」


 うむうむ。じゃないよ!

 そんな答えが欲しいんじゃないよ!

 何ニヤニヤしながら見てるんだよ!!

 ダメだこの亀。全然親身になる気がない!


 俺がそっぽを向いてふくれていると、黒陽がクツクツと笑った。

 子供扱いされたようで、実際子供だから仕方ないと理解していても腹が立つ。

 にらみつけると、黒陽は意外なくらい優しく笑った。


「お前は今、さなぎなんだ」


 突然何を言い出すのか。

 話の展開が読めない俺に黒陽が問うてくる。


「さなぎの中がどうなっているか、知っているか?」


 さなぎ? の、中?

 きょとんとした俺に、重ねて問う。


「卵から生まれた芋虫が、さなぎになって、成虫になる。

 芋虫と成虫では、姿形が全く違うだろう。

 何でそんなことになるのか、知っているか?」


 考えたこともなかった。

 言われれば、確かにそうだ。

 さなぎになることで芋虫は全然違う姿形に変化する。

 では、さなぎの中ではどうなっているのだろうか。

 案を出そうと考えてみるが、何ひとつ浮かばない。

 そんな俺に、黒陽はあっさりと答えを教えてくれる。


「さなぎの中ではな。

 芋虫はその身をドロドロにしているんだ」


 思いもよらない答えに、ふくれていたことも忘れて驚く。


「自分をドロドロに溶かして、新しい姿形に創りあげる」


 そんなことがおこっているなんて。

 そんな存在だなんて。

 初めて知った。

 世の中不思議なことがあるものだと感心する。


「へぇ」と驚く俺に、黒陽はにこりと笑った。

 いつもの嫌味ったらしい笑顔ではなかった。



「今のお前の年代は、さなぎの時期なんだ。

 子供から大人に変化する時期。

 身体も変化する。心も変化する。

 色々な刺激を受け、良くも悪くも影響を受ける。

 身体も心も安定しないから、もやもやしたりイライラしたりする。

 誰にだって、どんな立場の人間にだって、同じようにおこることだ。

 それが大きいか小さいか、自分の中で納められるか外に爆発するかの違いはあれど、な」



 黒陽の言っていることは、わかる。

 なんとなくだけど、わかる。

 俺はそういうのを抑えるように教育されてきた。

 だから、本来ならば、こうして愚痴じみたことを言うのもよくないのかもしれない。


 でも、そうか。

 俺は、さなぎか。

 内側をドロドロにして身体を作り変えている途中か。

 それなら。


「もやもやしたりイライラしたりしてもいいのか?」

「いいさ。大いにもやもやしろ。

 それがお前の『(かて)』になる」



 そうか。いいのか。


 何故かストンと落ち着いた。

 問題は何ひとつ解決していないのに、黒陽がもやもやを認めてくれたことで、今までのように不快でなくなった。


「羽化したお前はどんな男になっているかな」


 黒陽が楽しそうに俺を見る。

 きっと黒陽には見えているのだろう。

 大人になった俺の姿が。

 前世の俺の、『智明』の姿が。



「黒陽はさ」

 だからつい、聞くつもりのなかったことが口をついた。


「前世の俺と、どういう関係だったんだ?」


 しばらくの無言のあと、黒陽がポツリと言った。


「――私は、友人だと思っていた」


「否定しないんだ?」

「何を?」

「前世の俺と知り合いだったこと」


「――お前が聡いことはわかっているからな」


 ニヤリと笑って、そんなことを言う。


『聡いとわかっている』のは、俺? それとも『智明』?

 そう口に出かかったけど、口を閉じた。


 黒陽と前世の俺は友達だった。

 それが聞けただけでいいかと思ったからだ。


 黒陽は、ごまかすこともしらばっくれることもなく、俺の質問にちゃんと答えてくれた。

 俺を子供だからと(あなど)ることなく、誠実に答えをくれた。

 それだけでいいかと思った。



 俺も黒陽を友達のように思っている。

 見た目が亀だから、人間の大人のように外見で年齢がわからないから親しく感じるのかもしれない。

 年齢も全然違うし、修行をつけてもらっているのだから『師匠』と言うべきなのかもしれない。


 だが、黒陽は親しげに好き放題言ってくる。

 俺を子供扱いせず、対等に接してくれる。

 それが俺はうれしいし、「友達ってこんな感じかな」と思っていた。


 実は俺には友達がいない。

 乳兄弟達にとって俺は主人だし、世話役達にも俺は『保護すべき子供』で『違う立場の人間』だ。

 だから、親しい存在であっても、友達ではない。

 それに不満を持ったことはない。

 いつも良くしてもらってありがたいと思っている。


 だが、黒陽とお互い好き放題言いあって遠慮なくぶつかっていると、乳兄弟や世話役に感じたことのない開放感や気楽さがあり、うれしくなるのだ。



 黒陽に出会えてよかったと、そう思うのだ。

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