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戦国 霊玉守護者顚末奇譚  作者: ももんがー
第一章 恋する少年
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第五話 話し合い

 姫様の熱冷ましをもらおうと世話役達を探していると、房の一室で世話役達が集まっているのを見つけた。

 最年長の世話役で房の責任者の青蓮(せいれん)の部屋だ。

 青秀(せいしゅう)青峰(せいほう)に加え、十二歳の青佳(せいか)までいる。

 四人共が深刻な顔をしている。


 何かあったと、嫌でも察した。


「おや若。どうされました?」


 青峰に気付かれた。

 覗き見していたようで気まずいが、しっかりと顔を出す。


「姫様が目覚めた。熱冷ましをもらえるか?」

「承知しました。――が、その前に若」


 呼びかけに、身がこわばる。

 何かあったんだ。

 よくない、何かが。


 青蓮に座るよう手招きされる。

 大人しく青蓮の前に座る。


 青蓮が俺のことをじっと見る。

 俺に覚悟をうながしている。

 話を聞く、覚悟を。

 それほどの重大事がおきたと、嫌でも覚悟させられる。


 やがて青蓮が口を開いた。


「織田信長が討たれました」


 青蓮の言葉に衝撃が走る。

 戦乱の世を終わらせると噂の男が死んだ。

 それは、戦乱の世がまだ続くという意味に他ならなかった。


「――誰が」

 かろうじてそれだけが出た。


「明智に」

 家臣の裏切りにより、京都の本能寺で自害したという。


「ただし、情報が錯綜(さくそう)しておる。

 遺体がまだ見つからないらしく、信長はまだ生きているという者もいる」


 戦乱の世において、情報は命だ。

 俗世から離れた寺にみせて、この寺は情報収集に力を入れている。

 退魔師の仕事がらみで忍びと言われる一族ともつきあいがある。


 この寺には家督争いに負けてここに流れ着いた者も多くいる。

 俺もそのひとりだ。

 俺達を守るためにも、寺が巻き添えになることを防ぐためにも、情報は必要だった。


「――若ももう十歳。

 そろそろ己の道を定めなければなりません」


 青蓮の言葉が重い。

 以前から言われていた。


 乱世と言われるこの時代。

 時勢がどこに傾くか、誰にもわからない。

 だからこそ、いざその時に決断できるよう、常に様々を想定して考えておかなければならない。


 俺の実家は、織田の家臣の家臣の家臣だ。

 名だたる武将達からみれば弱小も弱小の家。

 そんな家でも家督争いは起こる。

 主家の命令で戦にも出るし、巻き込まれてお家断絶だってありうる。

 今回の本能寺の事件で、織田家臣団の勢力図が変わる。

 俺の実家も、どうなるかわからない。

 取り立てられる可能性も、取り潰される可能性もある。

 場合によっては、当主と後継者の首を差し出し、家のために俺を呼び戻す可能性だって、ないとは言い切れない。

 

 もし家から声がかかったとき。

 還俗して武士に戻るか。

 話を蹴り、僧になり退魔師として生きるか。


 俺の決断次第で、世話役達も、乳兄弟達も進む道が決まる。

 寺の立場が決まる。


 正直、どうすればいいのかなんてわからない。

 ただ、事件が起きた。

 時代が動く。

 今までのようにのんびり過ごすことはできないだろうことは理解した。


「――もう少し、考える」


 青蓮の目をみることはできなかった。

 知らず、畳をにらみつけるように言った。


 俺の言葉に、態度に、世話役達が「仕方ない」というように息をついた。

 即決できない後ろめたさと申し訳なさで苦しくなる。


 ぎゅ、と握った膝の上の拳が目に入った。

 ずっと姫様の手を握っていた手。

 思い出しただけでしあわせな気持ちになる。


「今は、姫様のことを第一に考えたい」


 俺の返答に、世話役が四人共驚いた顔で固まった。


「――え? 若、そこまで…?」


 青峰のつぶやきで世話役の固まりが解けた。

 途端にやいのやいのと言い出す。


「いやー、若いっていいなー!」

「まあ、ウチの宗派は妻帯可ですから、まあ、まあ、うん」

「だからおれに『近寄るな』て言ったのか若!?」


 ――は? 妻帯!? え!?


「ち、違う!!

 病人を、元気にしなきゃ、て意味だ!!

 そんな、さ、妻帯とか、そんなんじゃない!!」


 真っ赤になってたちあがった俺に、世話役達はにやにやと嫌な笑みを向けてくる。


「そんなんじゃないって!! 熱冷まし早く寄越せ!!」

「はいはい。ついでに夕食も用意しましょうねー」


 青峰が面白そうに立ち上がり、薬を取りに行った。


「――そういえば、姫様を助けてニ日になりますか」


 青蓮の言葉にうなずきを返す。

 意識が戻ってよかった。


「本能寺も、昨日起きたのです」


 その言葉に、心臓がドクリと跳ねる。

 姫様は、何か関係がある、と?


「本能寺の事件が起きたのは昨日の早朝と聞いています。

 若が姫様を拾ったのも昨日の早朝。

 いくら関係者だったとしても、そんな短時間で本能寺からここまでは来れますまい」


 青秀の言うとおりだ。

 どんなに早い馬を飛ばしたって、京都の街中からこんな山奥まで、短時間で来られる訳がない。


「『転移の術』を使える能力者もいる」


 転移の術。

 一瞬で離れた場所に移動する術。

 聞いたことはあるが、使える者を見たこともないし、実際あるのかどうかも疑わしいと思っている。


 だが、黒陽のあの霊力ならば、もしや。


「――なんにしても、姫様と亀様からは、改めてお話を聞かないといけませんな」


 ふう、と息をつく青蓮の言葉に、思い出した。


「そういえば、安倍家の者と思われる人物から連絡が入っていた。

『数日中に迎えに来る』と言っていた」


「安倍家から」

「ああ、昼前に話されていた『連絡した』というのですか。返事が来たのですか?」


 黒陽と話をした青秀が言うのに対してうなずく。

 安倍家との関係については、昼前に世話役が来たときに黒陽を起こして話をしている。


「――安倍家の人は、名を名乗りましたか?」

「確か」


 青蓮の問いに答える。


「『晴明(せいめい)』と」


 その名を聞いた途端、青佳を除く三人の表情が険しくなった。

 何度も生まれ変わっているという噂のある、安倍家初代と同じ名。

 本人だろうか。

 俺には判断ができない。


 目で会話していた三人だったが、青蓮がひとつため息をついた。


「姫様が重要人物なのがよくわかりました。

 丁重におもてなししましょう。

 寺には私から話しておきます」


 そうしてもらえると助かる。



 とりあえず本能寺のことも姫様のことも、情報が少ない。

 しっかりと情報が集まって、判断できるまでには数日かかるだろうという話でまとまったところで解散になった。




 姫様と黒陽に夕食と薬を持って行く。

 青蓮も一緒だ。

 横になった姫様はまた眠っていた。

 黒陽と青蓮の話が終わるまで、寝させておくことになった。


 青蓮の問いには黒陽が答えてくれた。

 本能寺の話や、織田や明智に関することも青蓮が聞いたが「俗世のことは我らには関係ない」と一蹴していた。



 話が終わると「宿代だ」と黒陽が丸い透明な石をどこからか出してきた。

 親指の先くらいの大きさ。

 とんでもない霊力が込められているのがわかる。


「封印石だ。

 霊力を込めて対象に投げつければ、封印する。

 退魔師ならば使えるであろう」

「こ、こんな貴重なもの…。いただけません!」


 青蓮の腰が引けている。

 相当貴重なもののようだ。

 なのに黒陽は雑に転がしてきた。


「私が作ったものだから気にするな。

 すまんが、安倍家の迎えがくるまで、もう数日逗留させてほしい」


 青蓮は震える手で石を受け取ると、捧げ持ったあと懐の懐紙で丁寧に包み、懐に納めた。

 そして黒陽に向かって丁重に頭を下げる。


「男ばかりで気の利かぬこともありましょうが、どうぞごゆっくり療養なさってくださいませ」

「うむ」

 えらそうに黒陽がうなずく。


「ところで」


 黒陽が青蓮に話しかける。

 もう話は終わったのではないのか?


「姫はまだ熱が下がらない。

 しばらくは動かせまい。

 そこで、どうだろうか。

 私の暇つぶしに、この子供に修行をつけてもいいだろうか?」


「は?」

「若に、ですか?」


 ナニ言ってんだこの亀。

 きょとんとする俺達を意に介さず、黒陽はにっこりと、いや、ニヤリと笑って続ける。


「この子供、なかなか見どころがある。

 (ごん)属性特化だし、霊力の扱いも上手い。

 もう少しコツを覚えたら、もっと上達すると思うのだ。

 何より、我らはこの子供に助けられた。

 言ってみれば、恩返しだ」


『暇つぶし』なのか『恩返し』なのか、はっきりさせてくれよ。


 だが、この黒陽からはとんでもない霊力を感じている。

 修行をつけてもらえれば強くなれるのではないか?


 ずっと心の奥底にあった焦燥。

 力をつけなければ。

 強くならなければ。


 それが、叶うかもしれない。


「姫には私の結界を張っておくから大丈夫だ。

 もちろん、お前達の修行方針があるだろうから、迷惑だったら無理にとは言わない。

 ただ、私も、タダ飯を食らってぼーっとしているよりも、小僧をいたぶ…。イヤ、小僧をからか…ゲフンゲフン」


 本音が隠せてないぞ。くそう。

 青蓮も苦笑いだ。


「と、とにかく。

 迷惑でなかったら、この子供の修行、私につけさせてもらえないだろうか?」


「どうします? 若」


 青蓮が問うてくる。

 俺が決めていいのならば、答えはひとつだ。


「――やりたい」


 青蓮をまっすぐに見て、答える。

 青蓮は困ったような、仕方ないと思っているような顔でうなずいた。

 そして黒陽に「よろしくお願います」と頭を下げてくれた。

 もちろん俺も黒陽に頭を下げる。


「お願いします」


 きっと俺は生意気な顔をしているだろう。

 どんな修行かはわからないが、力を得られるならばやってみせる。



 黒陽はニヤリと笑った。

 きっとこいつの腹の中は甲羅の色よりも黒いに違いない。

 そう思わせるような、意地の悪そうな笑みだった。


 こうして俺は、助けた亀に修行をつけてもらうことになった。

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