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戦国 霊玉守護者顚末奇譚  作者: ももんがー
第四章 しあわせな時間
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閑話 青眼寺二代目住職 後編

引き続き青羽の弟子視点です

 青羽様が寺を飛び出して数日後。

 とんでもない知らせが入ってきた。


 京都が『(まが)』に襲われたというのだ。


 妖魔よりも『悪しきモノ』よりもとんでもない存在であるという『(まが)』。

 封印されていたのが解けたらしい。

 京都の街は瘴気に満ちて人がバタバタと死ぬ、死の街になっているという。


 安倍家から寺にも救援依頼が来て、何人もが京都に向かった。

 ぼくたち年少組も仕事が増えた。

 霊力回復薬が緊急でいるという。

 先輩達にくっついてせっせせっせと作った。



 ぼくたちも忙しくて大変で、青羽様のことをすっかり忘れていた。



 寺がやっと落ち着いたのは、第一報が入ってから二十日後だった。


 事態が起きて七日目には『(まが)』が封印されたけれど、後始末がまだあった。

 京都中の能力者や僧侶ががんばっていたけれど「とても足りない」と安倍家から再度依頼があり、亡くなった方の弔いにも人を送った。


 ぼくたちも京都に行った。

 炊き出しもした。病人や瘴気に(おか)された人の手当もした。

 そうしてバタバタして、やっと寺が落ち着いたとき、その(しら)せが入った。



 青羽様が『(まが)』の討伐に参加したこと。

 唯一人生き残ったけれど、生死の境を彷徨(さまよ)っていること。



「やっと会えると思ったのになぁ」

 ポツリと青峰様がつぶやいた。


「あんなに喜んでたのに……」

 青佳さんもくやしそうに言った。


 誰もが青羽様とお姫様が会えなかったことを悲しんだ。

 誰もが青羽様は帰ってこないと覚悟した。




 激動の冬が終わり、春がきて夏になった。

 安倍家から連絡が入った。


 青羽様が帰ってくるという。


 驚きながらも受け入れる体制を整えてみんなで帰りを待った。

 そうして現れた青羽様は、以前の青羽様ではなかった。



 右腕がなかった。



「このくらいで済んでよかったよ」

 そう笑う青羽様は痩せていた。

 筋肉も落ちて足も残った左腕も細くなっていた。


「とりあえず休め」と言われ実戦部隊を出た。

 以前のように戦えないことは明らかだった。




 青羽様はぼくの住む坊で暮らすことになった。

 元々この坊に住んでいたこと、責任者の青峰様が青羽様の世話役だったことから決まったそうだ。


「片腕では不便だろう」と青羽様に誰かをつけることになった。

「ぼく、やります!」

 すぐさま立候補した。



 青羽様は以前の青羽様ではなかった。

 寺を飛び出す前はウキウキして力があふれていたのに、穏やかで静かな方になった。

 いつもさみしそうに、どこか遠くを見ていた。


 お姫様はどうなったんだろうと思ったけれど、誰も聞くことができなかった。


 服を脱ぎ着するのをお手伝いしたり、お食事のお世話をした。

 青羽様はいつも穏やかに「ありがとう」「助かるよ」と微笑んでくださった。


「世話になっているから」と、ぼくに修行をつけてくれた。

 霊力操作中心の訓練は大変だったけど、できると青羽様がうれしそうにしてくれるからがんばった。


 穏やかな青羽様と過ごすのはうれしかったけれど、青羽様ほどの方をこのままにしておいていいのかなとも思っていた。


 秋、安倍家の主座様という方がたずねてこられた。

 立派な男性で霊力量が多いことも強いことも一目でわかった。

 そんな人と青羽様は普通にしゃべっていた。すごいと思った。


「京都の西にある廃寺を立て直してくれないか」

 主座様の依頼を青羽様は受けた。


 主座様がぼくと青峰様にこっそりとおっしゃった。


「今の青羽は抜け殻のようなものだから。

 少しでも大変な仕事を押し付けて忙しくさせたほうがいい」


 誰もが納得した。

 本当だったら五、六人は必要と思われる仕事だけれど、そんな理由でお供についていくのはぼく一人になった。



 青羽様は片腕でもとんでもない方だった。

 野党、五十人はいたよ?

 あっという間に全員一撃で()して終わった。

 二、三人ずつ縄で縛って近くの川に放り投げた。

「失敗したな。自分で歩いて出て行ってもらわないと面倒だったな」なんて簡単におっしゃる。

 ぼくはなにも言えなかった。



 そうして入った寺は建物の原型を留めていなかった。

 傾いた屋根は瓦が落ち草が生えていた。

 壁も一部しか残っていない。

 床板は穴だらけで、立ち入れば落っこちるのはすぐにわかった。

 建物の周りも草だらけ。

「野党連中、よくここをねぐらにしてたな」

 呆れたように青羽様がおっしゃった。


 主座様に紹介された大工に挨拶に行き、同行してもらった。

「こりゃあ全部壊してイチから作ったほうが早そうですね」

「わかった」


 そしてかろうじて残っていた仏具を運び出し修理に持っていった翌日。

 青羽様は「下がってろ」と一言おっしゃった。


「ええと、ここからあそこまででいいか?」

 のんきにそんなことをおっしゃったと思った途端。

 ゴッ! 突然竜巻がおこった!

 あっと腕で顔をかばった。

 風が収まった気配にそっと目を開けてみると、そこには山があった。


 あのオンボロ建物は?

 周りにあったボウボウの草は?


 キョトンとしている間に青羽様はポッとちいさな火を出した。

 それを無造作に山に投げ入れた途端。

 ゴッ! と炎が立ち上がった!


 地獄絵図でみた炎の山が目の前にあった。

 炎は不思議なことに火の粉を散らすことなくすごい熱さで山を燃やし、半刻もかからず消えた。


 あとには灰の山があった。


「風を使えばこのくらい簡単だよ」

 風刃で建物も草も薙ぎ倒し、風で一箇所にまとめ、風を送り込んで火の勢いを調整した。

 なんてことない、至って簡単なことのように説明してくださる。

 ぼくはなにも言えなかった。



「灰をどうするかな」と青羽様がお困りだったので、なにか使い道はないかと近隣農家に聞きに行った。

 灰は色々使い道があるのでゆずってほしいと言われた。

 こちらも助かるので了承し、青羽様に報告した。


「そりゃ助かるな。なにか袋に入れて行けばいいか?」

「桶を預かってきました。ここに――」

 入れて持って帰るそうです。

 重いですから大人の男性が数人来られます。


 そう言う前に青羽様が風を使ってあっという間に大きな大きな桶を灰で満たした。

 その上灰で満杯になった桶二つをつないだ天秤棒をヒョイと肩にかついだ。


「どこに運べばいい?」


 ソレ、相当重いですよね?

 ぼく、カラの桶二つ持ってくるだけでヘトヘトになったんですけど。


 そんなことを口にも出せず、農家に案内した。

 せっせと往復した結果、朝は草ボウボウの廃屋があった場所は、夕方には更地になっていた。


 翌日大工を連れてきた。

 大工はポカンと口を開けて固まっていた。

 わかる。わかるよ。

 あの状態から二日や三日で更地になるなんて、普通思わないよね。


 ところが大工はすぐに気を取り直し「解体の人足を探していたがいらなくなった」と喜んだ。

 図太い大工だなと感心した。

 安倍家の御用を受けるならそのくらいでないと勤まらないのかな?


「すぐに取り掛かれるか?」

 青羽様の質問に大工は渋い顔をした。

「肝心の材木がまだ用意できません。今はあちこち建て直しが入ってまして、資材不足なんです。

 こちら様のお話をいただいたのはついこの間なので、いまから発注することになります。

 果たしていつ材木が揃うやら……」


 大工のもっともなボヤきに青羽様は「フム」とひとつうなずくと「ちょっと待ってろ」と言いおいてどこかに行った。


 少しして戻ってきた青羽様は、丸太を担いでいた。

「裏の山の権利ももらってるから。木はあるぞ」


 意味がわからない。


「これ、使えるか?」

 ぼくと一緒にあ然としてた大工は、さすが専門家だった。

「丸太では使えません」

「なるほど」


 青羽様はうなずくと、ポンと丸太を上に投げた。

 丸太を投げた!?


 青羽様が左腕を振ったと思ったら、丸太は角材になっていた。

 意味がわからない。


「これならいいか?」

 ぼくはポカンとするしかできないでいたのに、大工は意見を出してきた。


「生木のままでは使えません。

 しばらく乾燥させないといけません」


「フム」

 青羽様はブツブツとなにか考え、左手を角材に突き出した。

 ゴッと風が角材を包んだ。


「これでどうだ?」

「……完璧です」


 意味がわからない。


「風を使って乾燥させたんだよ。あとはあまり得意じゃないけど、木と水の霊力操作して木の水分を抜くようにした」


 けろりとおっしゃる青羽様。

 え? 実戦部隊の人って、みんなこんなことできるの!?


 後日訪ねて来られた青秀様に聞いてみたら、頭を抱えておられた。



「こんな長さのこんな厚さの」「これくらいの」

 大工の注文に青羽様は次々とこたえ、資材はあっという間にそろった。


「山の手入れもできて丁度良かった」なんて青羽様は大したことないような顔でおっしゃる。

 意味がわからない。


 資材を現地調達、それも短期間でできたわけで、費用も工期も短くなった。

 おまけに「ヒマだから」と青羽様が手伝うからさらに仕事が早くなった。


 ヒマって、貴方、毎度毎度野盗追っ払ってるじゃないですか。

「あんなの運動にもならない」


 あちこち退魔に出かけてるのに。

「すぐ終わる簡単な退魔ばかりだからなぁ」


 ぼくのお師さんはとんでもない方だった。



 青羽様の腕っぷしはすぐに広まった。

『野盗のねぐらのある危険な地域』だったのが『凄腕の退魔師のいる、どこよりも安全な地域』になった。

 地元住民も「安心して暮らせる」と大喜びした。

「せめてものお礼に」と、しょっちゅう色々なものを差し入れてくれるようになった。


「なにもしてないのにこんなにもらうわけにはいかない」と青羽様は遠慮されたけど、貴方の存在自体が抑止力になってますからね!?


「ここはいい人ばかりなんだなぁ」なんてのんきに言う青羽様に「ズレてるなぁ」とこっそり思った。



 青羽様のおかげで十分な資材が用意できた。

 その資材を奪いにくる連中を青羽様が叩きのめしたおかげで資材が守られた。

 青羽様の存在のおかげで大工達は安全に仕事だけに集中できた。

 青羽様の存在のおかげで安全に暮らせると恩を感じた近隣住民が手伝いにきてくれた。


 結果、予定よりも工期も資金も余った。


「忙しくさせたかったのに。もう終わるのか?」

 それは困ったなと遊びに来られた主座様がおっしゃる。


 ぼくと一緒にご報告にあがった大工が「それなら」と追加の建物を建てることを提案した。

 主座様はお褒めくださったけど、青羽様が嫌がった。

「時間も金もかかるじゃないか!」


 主座様と本山の青秀様と青峰様がうまく言いくるめてくださり、最終的に青羽様も納得してくださった。


 そうして僧坊は半年で、本堂は一年で建った。

 それでも工事は終わらない。

 青羽様はせっせと木を切り建材にしている。

「ここまでしなくてもいいのに」とブツブツ文句を言っておられたが、誰一人賛同する人はいなかった。


 青羽様は仏事も行うようになった。

「新しいお寺の開祖様」として近隣に知られるようになった。


「元からあった寺を再建する責任者だっただけだから開祖じゃない」

 青羽様はいつでも誰にでもそう言った。

 でも『開祖様』という呼び名はピッタリだとぼくも思った。

 だからぼくも「開祖様」とお呼びするようになった。


 しばらくは嫌そうにされたけど、最後にはあきらめてくださった。



 そうして開祖様は寺の住職として忙しくされるようになった。

 細々(こまごま)とした頼まれ事も応じ、近隣から尊敬を集めておられた。

 でも本人はそんなことちっとも知らず、飄々としておられた。



 そんな開祖様の様子が変わるのが春だった。

 僧坊近くに残した桜が咲き始めると、突然しあわせそうに微笑んだり、苦しそうにしたり、こっそり泣いたりしておられた。


 満開の時期には必ず主座様がいらした。

 お二人で桜を見ながらお酒を酌み交わしていらっしゃる。

 横でお世話をしていると必ず『竹さん』と『姫宮』という名が聞こえてくる。

 どうやら同一人物のようだ。

 お二人にとってその女性がとても大切な方なのだということはお話の端々から伝わってきた。


 もしかしてその方が噂の『お姫様』なんじゃないか?

 そう思ったけど、お二人がとても大切そうにお話されているのを見ていると、なんだか会話に入るのもためらわれていつも聞けなかった。


 ある年の春、思い切って聞いてみた。

「その、『竹さん』というのは、『姫宮』というのは、どのようなご関係の方ですか?」


「俺の妻だよ」

 開祖様はしあわせそうに微笑まれた。

 あの『(まが)』の一件のとき開祖様の看病にあたっておられた女性だという。


 やっぱり! 開祖様は『お姫様』に会えたんだ!

 しかも『妻』ということは、結ばれたんだ!


 よかった! とうれしくなった。

 けれど、すぐに気がついた。

 その方が今ここにいないということは。

 開祖様が春にあんなふうに泣いておられるということは。


「……その……。その、奥様は……」

 黙ってしまわれたお二人に、察した。

 あわてて謝ったけど、開祖様はかなしそうに微笑むだけだった。

 なんだか申し訳なくなってしゅんとしたぼくに、開祖様は奥様に贈られたという石を見せてくださった。


 その石は、不思議な石だった。

 すごいチカラが込められているのはもちろんだけど、なんだかあたたかい気持ちが伝わってくる気がする。

 きっと奥様の開祖様への気持ちがこもっているんだろうな。

 やさしくて、あたたかくて、見守ってくれているよう。

 そう。まるで、仏様のような。


「ウチのご本尊様の白毫(びゃくごう)のようですねぇ」


 ぽろりとこぼした言葉に、開祖様と主座様はなぜか喜んでおられた。

 そうしてできた童地蔵は、ちいさくてかわいらしいものだった。


 三、四歳くらいの子供を写したようなその地蔵を開祖様は抱き上げ「竹さん!」とすがりついて泣き始めた。


 え?『竹さん』って、奥様だよね?

 それ、子供の像だけど?


 おんおん泣く開祖様にびっくりしていると、主座様がこっそりとぼくを部屋から連れ出した。

「泣かせてやってくれ」


 何もかも知っているというそのお顔に、どうしても気になったので聞いてみた。


「……あの………。開祖様の奥様は、その、子供のお姿だったのですか?」

「そうなんだ」


 え?『お姫様』は開祖様よりも三歳年上って聞いてたけど?

 主座様の言葉にさらにわからなくなっていると、開祖様が説明してくださった。


「『呪い』で、子供の姿になってたんだよ」

「ああ」

 そういうことかと理解した。


「あれが青羽が最後に見た姿なんだ」


 あのお姿が開祖様にとっての『お姫様』なんだと納得した。


 泣いて泣いて泣いて、泣きつかれたのか。

 静かになった部屋をのぞくと開祖様は眠っておられた。

 童地蔵を抱きかかえるように。

 いつも近くに寄っただけで飛び起きる開祖様が、お布団をかけても起きなかった。



 それから開祖様は童地蔵をずっと手元においておられた。

 こっそりお部屋をのぞくと、よく童地蔵にむかって話をされていた。

 そのお顔がしあわせそうで「よかった」と思う。


 これならもう吐き出すものはいらなそう。



 僧坊と本堂ができてしばらくして、開祖様は苦しそうにされていた。

 やっぱり春だった。

 その頃のぼくは開祖様がなにを苦しんでおられるのかわからなかった。

 だから言った。

「なにか溜めておられませんか?」と。


「いいことも、悪いことも、溜めていると苦しくなると、青峰様がおっしゃっていました」


 それはぼくが寺に来てすぐのこと。

 急に変わった環境と慣れない生活に毎夜泣いていたときのこと。


「誰かに吐き出すのが嫌だったら、紙に吐き出せばいいと、冊子をいただきました」


「……そういえば俺も昔もらったな」


 ちいさく笑って「ありがとう」と頭を撫でてくださった開祖様は、次の日、冊子を手に入れてこられた。

 それから数日、その冊子に書き物をし、燃やした。

 それでスッキリされたらしく、それからも時々冊子をもとめては部屋にこもり、燃やすことがあった。


 一度だけ、悪いことだと思いつつも、どうしても内容が気になったぼくは、開祖様をだました。


 冊子に火をつけようとした瞬間をねらって「開祖様! お客様です!」と声をかけた。

 手を止めた開祖様がいなくなったすきに、冊子を何も書いていないものと取り替えた。

 そうして戻ってきた開祖様は、何も書いていない冊子をそれと知らずに燃やした。


 こっそりと読んだその冊子には、開祖様になにがあったのかが書いてあった。

(まが)』を討伐したときの様子。その後の開祖様の状態。奥様との時間。奥様のこと。


 開祖様は奥様と過ごせて、とてもとてもしあわせだったという。

『異世界の姫君』ということも『呪い』を受けていることも書いてあった。

 二十歳まで生きられないことも、何度も転生していることも。

 だから主座様に『呪い』の話を聞いたときに「一度亡くなって生まれ変わってこられていたのか」と理解した。


 そして奥様を(うしな)ってどれだけかなしいのか、どれだけ会いたいのかがつづられていた。



 こんなにかなしい想いを抱えて、この人はずっとがんばってきたのか。

 こんなにつらい想いを隠していたのか。

 読んだぼくがぐずぐず泣いた。


 開祖様はいつも飄々としていて、なんでも簡単にこなして、誰からも尊敬されて、すごい方だと、穏やかな方だと思ってた。


 でも、ほんとうはこんなにつらいかなしいこころを抱えておられた。

 こんなにつらいかなしい想いを知っているから他人にやさしくできるのかな。

 奥様がたくさんやさしくしてくださったからやさしくできるのかな。


『いつか必ず生まれ変わる』

『生まれ変わって、また貴女と出会う』


 そんな願いが書かれていた。




 開祖様は童地蔵を決して他の人に見せようとしなかった。

 自分の部屋にずっと置いておられた。

 主座様と花見をするときだけ縁側に持ち出しておられた。


 開祖様が亡くなったとき、童地蔵をどうしようか悩んだ。

 本堂におまつりするのがいいか、開祖様と一緒に葬るほうがいいか。


 主座様に相談した。

「お前が持っていてくれ」

 驚くぼくに、主座様はおっしゃった。


「『いつか必ず生まれ変わる』とあいつは願っていたから。

 あいつならきっと願いを叶えるだろうから。

 そのときにそれがないと、あいつもさみしいだろう?」


 そのお言葉に、開祖様の手記にあった『願い』を思い出した。

 そうだ。開祖様はあんなに強く願っていらっしゃった。


 また生まれ変わることを。

 また奥様に会うことを。


「寺のほうに置いたらどうなるかわからないから。

 お前の個人的な物として子孫に継いでいってくれ。

 そうすればあいつが生まれ変わってきたとき、返しやすい」


 主座様はそうおっしゃった。

 だけど『開祖様の生まれ変わり』なんて、誰がわかるんだろう?


「私がわかる。

 私はこれからも何度も転生するから。

 生まれ変わったあいつをみつけたら連れてきて、渡すように言うよ」


 主座様ならば間違いないだろう。

 安心して言われるとおりにすることを誓う。


「私は死んでもすぐに転生する。

 時々ここに来て童地蔵を見せてもらう。

 そのときにあいつのことも伝えておくよ」


「それでしたら、主座様がお持ちになったほうがよろしいのでは?」

 そう言ったけれど、主座様はニヤリと笑ってこうおっしゃった。


「自分のそばにその童地蔵がいないと、あいつ、怒るだろ?」


 開祖様のお墓は寺のすぐ裏に決まった。

 位牌は寺に安置する。

 なるほど。この童地蔵がこの寺にないと、開祖様がさみしがられてしまう。


「では開祖様が生まれ変わるその日まで、私の一族でお預かりします」

「頼むぞ」


 そうして童地蔵は寺ではなく庫裏(くり)の住職の部屋に安置されることになった。




 不思議なことに、困ったことがあったときにこの童地蔵に話をしたりなでたりするとスルリと問題が解決した。

 きっと開祖様の奥様が助けてくださっているんだ。


 だから今日もぼくは童地蔵に手を合わせる。


「開祖様が生まれ変わって、また奥様とあえますように」


 強い願いは叶うという。

 開祖様はそれはそれは強く願っていらっしゃった。

 ぼくなど大した力はないけれど、少しでも開祖様のお力になれれば。

 そう願って、今日も童地蔵に手を合わせる。


「お二人がしあわせでありますように」


 童地蔵の額がキラリと光った。

これにて完結です。

お付き合いありがとうございました。

明日からしばらく『根幹の火継 番外編』に投稿したのち、このお話の続きになる話の連載を開始します。

よろしければ引き続きお付き合いくださいませ。


明日からはナツのお話です。

『根幹の火継 番外編』からアクセスおねがいします。

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