第三十四話 願い
彼女を喪って、五年が経った。
今年も桜はのんきに満開をむかえている。
桜の花を見るたびに、あの別れを思い出す。
彼女とのしあわせだった時間を思い出す。
「開祖様」
声に振り向くと、唯一の弟子がそこにいた。
「お客様です」
弟子の後ろから晴明が歩いてきた。
「よう。陰明師」
からかうように声をかけると、意地の悪い狐の笑みで応える男。
「すぐに肴を用意しますね」
気の利く弟子はペコリと頭を下げて厨に向かった。
「相変わらず気が利くな」
「ああ。おかげで助かってるよ」
桜の樹の下で二人で立ち話をする。
二人とも満開の桜を見上げたまま。
「寺はどうだ?」
「まあなんとかなってるよ」
「謙遜するな。名声は私のところまで聞こえているぞ」
「そうなのか?」
「『腕のいい退魔師のいる寺』だってな」
「『隻腕の退魔師』じゃないのか?」
「それもある」
思わず顔を見合わせ、ククッと笑い合った。
再び桜を見上げる。
さわさわと揺れる様子が、まるで彼女が笑っているようだった。
「――竹さんは褒めてくれるかな」
「そりゃ褒めてくれるさ。あの人はお前に甘いからな」
「そうかな」
「そうだろ」
晴明が言うなら間違いないな。
そうか。あの人は俺に甘いのか。
くすぐったくて、しあわせな気持ちに笑みが浮かんだ。
竹さんを喪った俺は、案の定熱を出した。
ようやく熱が下がっても動くことができなくなった。
彼女のいない世界に絶望していた。
彼女がいないのにがんばる意味が見いだせなかった。
彼女がいないのに生きる意味がわからなかった。
そんな俺に、晴明が言った。
「『生きている限りは、生きる努力をしなければならない』」
「『それが、生きる者の勤め』」
何かと思ったら「昔、姫宮にそう言われた」という。
「その言葉に、救われた」と。
「元々は姫宮が『半身』に言われた言葉らしいぞ」
『半身』。『智明』か。
「姫宮はその言葉を大切にしていた」
「なのに言ったお前がそれに反するような行動をしては、姫宮ががっかりするぞ?」
「……『俺』じゃない。『智明』だろう?」
「『同じだ』って、姫宮が言っていたぞ?」
「……………」
「姫宮をがっかりさせたいのか?」
「……………」
「今度会ったときに、姫宮に言うぞ。
『青羽は貴女を喪ってウジウジグズグズしていました』ってな」
その言葉に、ハッとした。
「――転生って、どうすればできるんだ?」
晴明は何度も記憶を持ったまま転生しているという。
竹さんにも何度も会っていると。
ならば。俺も記憶を持ったまま転生できれば。再び彼女に会える!
そう期待したのに晴明は「お前には無理だよ」とあっさりと断じる。
「なんで!?」
にらみつける俺に、晴明は呆れたようにため息を落とした。
「私の血を引いた子供に呪をかける。
その子供に私の魂と記憶を分けて刻む。
その子供の子供か孫を苗床にして、血に受け継がれた魂と記憶を目印に母体に宿るんだ」
そうやって代々安倍家に産まれ落ちるのだと説明してくれる。
自分が生まれ変るために安倍家を存続させているのだとも。
「お前、自分が生まれ変わるために姫宮以外の女性を抱けるか?
そうやって生まれ変わって、姫宮の前に顔を出せるか?」
「―――!」
「軽蔑されるんじゃないか?」
がっくりと首が落ちた。
晴明の言うとおりだ。
「……他の方法は……?」
「あいにく私はこれ以外の方法を知らない」
「……………」
がっくりと膝から崩れた。
手もついてうなだれる俺に、晴明は笑いながら言った。
「まあ別に記憶がなくてもいいじゃないか。
いつか生まれ変わって出会ったら、お前なら絶対に姫宮が分かるだろ?」
ジロリとにらむ俺に晴明は軽く肩をすくめる。
「『半身』なんだから」
「そうだろう?」と言われても素直にうなずけない。
そんな俺に呆れたように、晴明は続けた。
「お前だって、前世の記憶がなくても彼女を『半身』だと『わかった』んだろう?」
そう言われたら、確かにそうだ。
ポカンとする俺に苦笑して、晴明はさらに言った。
「黒陽様から聞いたことがあるよ」
黒陽がなにを言ったのかと身を乗り出す俺に、晴明はちいさくまた笑った。
「姫宮の『半身』は、強く強く願っていたらしい」
強い眼差しで俺を真っ直ぐに見つめ。
「『必ず生まれ変わって、姫を探す』
『必ず見つけて、また妻にする』と」
晴明は、そう言った。
「その『願い』が叶って、お前は姫宮と出会えた」
その言葉は、俺の胸に深く深く刺さった。
『智明』も、強く強く願っていた。
『必ず生まれ変わって、姫を探す』
『必ず見つけて、また妻にする』
そうして、『俺』が竹さんと出会った。
「それなら、お前も強く強く願ったら、生まれ変わってまた姫宮と会えるんじゃないのか?」
「――確かに……」
呆然としながらも納得を見せる俺に、晴明はいつもの意地の悪い狐の笑みを浮かべた。
「お前にいい言葉を教えてやろう」
腕を組んだ晴明は、エラそうにニヤリと口の端を上げた。
「『二度あることは三度ある』」
「――確かに!」
そうだ。晴明の言うとおりだ。
一度生まれ変わって竹さんと『再会』できたんだ。
次また生まれ変わったときにもきっと会える。
その考えはストンと俺の中に納まった。
そうだ。きっと会える。
いつになるかはわからない。でも、必ず。
必ず、また会う。
会って、また必ず恋をする。
そして、また妻になってもらう。
強く強く強く願おう。
いつかまた会えるように。
「やっと目が覚めたか」
ニヤリと笑う狐がそこにいた。
そうしてまた機能回復訓練に励み、どうにか寺に戻ったときには夏になっていた。
竹さんと初めて会った季節。
あの川原に降り立つと、今にも大きな黒い亀が現れそうな気がする。
寺には晴明が事情を話してくれていた。
京都に『禍』が現れたこと。
俺を含む五人で討伐に向かったが、四人は帰らず、俺も生死の境を彷徨っていたこと。
右腕を失ったこと。
晴明の館で治療にあたっていたこと。
寺に戻った俺を、皆が労ってくれた。
「しばらくは最前線にでなくていい」と言ってくれた。
片腕がないのは不便だろうと、小僧をひとり俺につけてくれた。
年末の討伐にもついてきた小僧。
俺と同じ武家出身の子供で、霊力もなかなかの小僧だった。
「僕、昔、貴方に助けられたんですよ」
そんなことを言われても覚えがない。
詳しく聞くと、穂村も一緒に行った大規模討伐のときのことだった。
呪物を投げ込まれた武家の家に妖魔が集っていた。
結界で保たせていたのを俺達が討伐した。
そういえば、結界が壊れてなだれ込んだ妖魔から母子連れを助けた気がする。
「それ、多分僕です」
その騒ぎのあとも不幸が続き、色々あってこの寺に来たという。
「あのときの退魔師の方の寺と知って、うれしかったです」
恩を感じてくれているらしく、細々とよく世話を焼いてくれた。正直助かった。
世話されるだけでは悪いからと小僧の修行を見てやりながら、さてこれからどうしようかなぁと考えていた。
そんなとき。晴明から依頼がきた。
「京都の西にある廃寺を立て直してくれないか」
あの醍醐の花見から五ヵ月後。
秀吉は死んだ。
『災禍』の加護がなくなったからか、それまでの幸運の反動かはわからない。
ともかく天下を統一した権力者がいなくなり、世の中はまた不穏な空気が漂いはじめた。
先の『禍』の騒動で、京都の結界やらなんやらにも影響があったという。
世の中が騒がしくなる前に総点検をしようと、晴明の指示で京都中の様々な場所に調査が入った。
神社仏閣は当然のこと、『要』や池や山、ありとあらゆる霊的な場所について調査をした結果、いくつかの重要な場所に問題があることが判明した。
応仁の乱によって荒れ放題に荒れた京都だから、当然といえば当然だった。
大寺院や有名社寺は織田信長を始めとした有力大名が権勢をかけて復興させていたが、ちいさな場所はそうもいかない。
優先順位をつけて安倍家が支援していくことに決めたという。
その中のひとつが、今回話のあった廃寺だった。
「五十年ほど前に坊守が死んでから誰も世話をしていないらしくてな。
地元の人間もそんなところに寺があったと知らなかった」
野党のねぐらになっていたらしい。
だから誰も寺だとは思わなかったと。
「『要』ほどではないが、そこも霊力の溜まる場所なんだよ。
このまま放置して野党の好きにさせていたら、悪しき『場』になる可能性がある」
「で?」
胡散臭さを隠しもせず、狐のような男はにっこりと笑った。
「野党の討伐。その後、寺の立て直し。これを、お前に依頼したい」
「……俺、片腕ないんだけど」
「並の野党くらい問題ないだろう」
「……立て直しって、俺、建築は専門外なんだけど」
「そこはちゃんと専門家をまわすから」
「金は」
「お前が『禍』を討伐した報酬がある」
「それは俺の金じゃないのか!?」
文句を言ったが、寺のエラいさん達が晴明に丸め込まれて結局俺に仕事が正式にまわってきた。
野党程度は片腕でも問題なく追っ払えた。
どれだけ痛い目にあわせてやっても何度もやってくるので面倒で仕方なかった。
殺すわけにもいかず、毎度毎度相手をしてやっていたらいつの間にか諦めたらしい。
寺は荒れ放題に荒れていた。
野党連中、よくこんなところをねぐらにしていたな!?
晴明の連れてきた大工と相談して、一旦更地に戻すことした。
俺の風の術で辺り一帯を薙ぎ払い、廃材やら雑草やらを一箇所にまとめて火をつけた。
風の術で空気を送り込み炎を操り、一気に灰にした。
もちろん火の粉を散らすようなことはしない。
山となっていた廃材があっという間に灰になるのを目の当たりにして、小僧がポカンとしていた。
近隣の農家に灰を引き取ってもらうついでに挨拶をする。
「野党がいなくなるならありがたい!」と好印象だった。
「仏事もやってもらえますか?」と尋ねられたので請け負うことを約束する。
これでも一応寺の人間だ。
一通りの仏事は教え込まれた。
戻ってくる野党に備えるために小僧と二人で野宿をする。
すぐに大工が仮の住まいを作ってくれた。
「材木が足りない」と大工がボヤいたので、裏の山の木を切り倒して持ってきた。
「丸太じゃちょっと」と言われたので霊力の刀で適当に角材に斬った。
「こんな板もできますか!?」と大工から次々に注文を入れられ、できないこともないからと応じた。
小僧の顎がはずれそうになっていた。
寺は本堂と俺達の住まいとなる僧坊だけの予定だ。
必要なものができたらまた作ればいい。
そう思っていたのに、近隣住民と大工が「鐘楼もいるだろう」「倉庫はどうする? いるだろう?」と口を出してきた。
時間も金もかかるじゃないか!
晴明にも本山にも意見を出してもらい、妥協点を見つけていった。
大工の手伝いをしたり、戻ってくる野党を追っ払ったり、近隣住民に頼まれて仏事を執り行ったり。
仮住まいながら忙しくしていた。
時々本山や晴明からの依頼で退魔に赴くこともあった。
左腕一本だがなんとか戦えた。
だが、やはり全盛期と比べると数段落ちる。
その分風の術を使うことが増えた。
なんだかんだと風を使っていたからか、ある日晴明に言われた。
「お前、また金属性が上がってるぞ」
この年齢でまだ伸びるとは思わなかった。
「霊力も増えてないか?」
「そうか?」
自分ではわからない。でも。
「竹さんの霊力が入ってるからかな」
なんとなく、そう感じるときがある。
彼女がそばにいてくれる感覚。
きっと彼女がずっと俺に注いでくれていた霊力のおかげだ。
そんなときは胸がほんわりとあたたかくなる。
彼女を感じて、しあわせな気持ちになる。
寺の再建を依頼されて最初の春。
彼女を喪って最初の春。
寺の敷地の一角に立つ一本の樹が、満開の花をつけた。
「……桜だったのか……」
その満開の花は、なんだか竹さんが笑っているようだった。
樹に抱きついて泣いた。
俺にとって『竹さんの樹』になった。
大工が「邪魔だから切ろう」「建材にしよう」と言ってきたことがあったが、それだけは許可しなかった。
僧坊は半年で建った。本堂は一年で建った。
内装も少しずつそろい、次第に寺の体裁が整った。
本尊だけは元の寺に残っていたものを修復した。
その本尊も戻り法要をひらいたのは、あの春から四回目の春だった。
「寺の名前はどうする?」
晴明に聞かれたので、以前は何という名だったのか聞いてみた。
「記録によると、以前は『青眼寺』となっている」
「じゃあそれで」
あっさり決める俺に「少しは考えろ」と晴明が文句を言う。
「『青』の字が入ってるから、それでいいよ」
「……なるほど」
それで晴明も納得した。
俺は正式にこの寺の住職となった。
近隣住民が「開祖様」なんて呼んでくる。
確かに俺が再建責任者だったけど、そんな『開祖』なんてのはちがうんじゃないか?
そう思って毎回毎回訂正していたけれど誰も聞いてくれないので最近では諦めている。
俺と小僧の二人だけの寺だが、寺の規模がちいさいのでなんとかなっている。
近隣住民もなにかと手伝ってくれたり野菜を差し入れてくれたりするので助かっている。
寺の敷地と一緒に裏の山の権利まで押し付けられたので、仕方なく世話をしている。
この場所は晴明が最初に言ってきたとおり霊力の溜まる『場』のようで、手入れをすればするほど清浄になっていった。
時々晴明が遊びに来る。
俺を心配して来てくれるのは理解していたけれど、わざと知らんぷりをして招き入れ、酒を酌み交わした。
近況報告。仕事の話。術の話。他愛のない話をしながらのんびりと呑む。
そうして竹さんとの思い出話をする。
晴明と話していると、まるで竹さんがどこかにいるかのように感じる。
いつかひょっこりと顔を出して「青羽さん」とあのやさしい声で呼んでくれそうな気がする。
そんなことないとわかっているけれど、つい、そんなことを夢見てしまう。
彼女を喪って五年。
今年も竹さんの桜が満開になった。
最初の年にこの桜を見つけてから、毎年満開にあわせて晴明と酒を酌み交わしている。
彼女の供養だ。
生真面目な彼女は俺が彼女のために法要をするのを「迷惑になる!」と嫌がりそうなので、こうして晴明と二人で静かに悼んでいる。
このくらいなら彼女も許してくれるだろう。
文句を言われたら「俺達が勝手に酒を呑んでるだけだ」と言い張る。
きっと彼女はかわいらしく頬をふくらませながらも、しぶしぶ認めるに違いない。
いつものように他愛もない話をしながら、彼女の思い出を語っていた。
そばで世話をしてくれている小僧が、この日珍しく口をはさんできた。
「その、『竹さん』というのは、『姫宮』というのは、どのようなご関係の方ですか?」
ずっと気になっていたらしい。
『思い切って聞きました!』『怒られたらどうしよう!』という顔でこちらを見つめていた。
思わず晴明と顔を見合わせ、ぷっと笑った。
「俺の妻だよ」
「開祖様の!?」
俺に妻がいたことに驚いたらしい。そりゃそうか。
「私の昔馴染の女性だったんだ。
『禍』の討伐で生死の境を彷徨っていた青羽をずっと看病してくださったんだよ」
「そうなんですか!」
晴明の説明に小僧はなにやら納得している。
だがすぐに気付いてしまった。
「……その……。その、奥様は……」
黙ってしまった俺達の態度で察してくれたらしい。
小僧は「余計なことを申しました。申し訳ありません」と頭を下げた。
「いや、いいよ」と笑顔を作ったが、小僧は申し訳なさそうにちいさくなってしまった。
ふと思いついていつも身につけているお守袋を引っぱり出した。
中から丸い石をつまみ出して見せる。
「これ、妻が俺に創ってくれたんだ」
「――なんだかすごい石ですね……」
俺達の会話をずっとそばで聞いていた小僧は『竹さん』が能力者だと知っている。
小僧もそれなりの能力者なので、この石のすごさがわかるらしい。
晴明が「四重付与なんだよ。物理守護と霊的守護と――」と説明すると目を丸くした。
「それにしても、綺麗な石ですねえ」
俺の持つ石をじっと見つめたまま、小僧がポツリと言った。
「ウチのご本尊様の白毫のようですねぇ」
その言葉にポカンとした。
――それは。
「――いい考えだな」
隣で晴明も同じことを考えたらしい。
「どうする? 青羽。お前次第だ」
ニヤリと笑う晴明。なんのことかと首をかしげる小僧。
「――青正、お前――」
「ハイッ」
「――お前、天才だな!」
てっきり怒られると思っていたらしい小僧はポカンとしているが気にしている場合ではない!
「晴明! これで仏像できるか!?」
「ああ。ここの本尊を修復した仏師に依頼しよう。どんなのがいいかな?」
「地蔵がいいな。童の地蔵」
「ああ。いいな。どのくらいの大きさにする?」
二人で話が盛り上がり、ポカンとする小僧を置き去りにして詳細を詰めた。
そうして年が変わる頃、晴明が一体の木像を持ってきた。
ハラリと包みが解かれた途端、胸がぎゅうっと締め付けられた。
「――竹さん――」
おだやかな微笑みを浮かべた子供の像が、そこにあった。
「どうだ? よくできてるだろう?」
「――上出来だ」
額にあの守護石を埋め込み、にっこりと微笑んでいる。
ちいさく首をかしげているのがあの人らしい。
両手を合わせ立っている姿は、まるで俺のしあわせを祈ってくれているようで、膝をつき、思わず抱き上げた。
「――竹さん――」
ぎゅっと抱きしめると、守護石からほのかにあたたかな力を感じた。
きっと竹さんがまだ見守ってくれている。
俺のことを守ろうとしてくれている。
そう感じて、人目も憚らず泣いた。
竹さん。
竹さん。
俺、怒ってるんだよ。
なんで黙って行ったんだよ。
なんでひとりで行ったんだよ。
いつもそうだ。貴女はいつも勝手だ。
俺の気持ちを考えないで。
俺のことばかり思いやって。
俺がどれだけ苦しむかわかってないんだろう。
貴女が勝手ばかりするなら、俺だって勝手にする。
必ず生まれ変わって、貴女を探す。
必ず見つけて、また妻にする。
必ず。
必ず。
竹さん。
竹さん。
会いたいよ。さみしいよ。
俺を甘やかしてくれるんじゃなかったの?
俺と一緒にいてくれるんじゃなかったの?
俺は必ず生まれ変わるから。
必ずまた貴女に出会うから。
そのときは、いっぱい褒めて。
貴女のいない世界でも、俺、がんばるから。
いつか貴女に会えたときに胸を張れるように、一生懸命生きるから。
ずっと好きだよ。大好きだよ。
だから、待ってて。
どれだけかかっても、いつか必ず生まれ変わるから。
何があっても、いつか必ず貴女に出会うから。
また会えたら、必ず言うから。
「俺の妻でいてください」って。
俺の唯一。俺の『半身』。
大好きな、俺の妻。
忘れない。忘れられない。
ずっと貴女を胸に生きていく。
それが貴女の望みだから。
貴女との約束だから。
あれから何年経っただろうか。
俺はすっかりジジイになった。
今年も竹さんの桜は満開を迎えた。
「よう。陰明師」
同じだけ歳をとった男が今年もやってきた。
白髪になってますます白狐のようになった。
「今年も咲いたな」
「ああ」
あれから寺の建物も増え、人も増えた。
俺は退魔師も住職も引退して自由気ままに暮らしている。
手元には竹さんの童地蔵。
側に置いていつも話しかけている。
竹さんの桜がよく見えるように建てた僧坊の縁側に晴明と童地蔵と座る。
気の利く元小僧現住職が小僧に肴を持ってこさせてくれた。
「竹さんはまだ転生していないのか?」
「まだみたいだな。他の姫もまだ転生していない。
まあもう数十年はかかるだろうよ」
「じゃあ俺が生きてる間には会えないかぁ」
残念だけど仕方ない。それだけ大変な封印だったということだろう。
「竹さんはあのときがんばったんだね。すごいよ」
童地蔵の頭をよしよしとなでる。
そんな俺を晴明が笑う。
「姫宮が聞いたら喜ぶぞ」
「そうかな」
「そうだよ」
毎年こうして花見をしている。
あと何回こうして花見をするだろうか。
「――俺、絶対に生まれ変わるから。
生まれ変わって、絶対にまた貴女に会うから」
何度も何度も誓った『願い』を、今日も口にする。
晴明も盃を傾け「そうだな」と笑う。
「強い『願い』は叶うというから。
きっとまた会えるさ」
空になった晴明の盃に酒を満たし、自分の盃も満たして軽く持ち上げる。
カチン。
ふたつの盃が軽やかな音をたてた。
強く強く強く願おう。
貴女と再び会えることを。
『二度あることは三度ある』。
だから、必ず会える。信じてる。
強く強く強く願おう。
強く強く強く願うよ。
「必ず生まれ変わって、また貴女と出会う。
必ず見つけて、また妻にする」
童地蔵の額の守護石がキラリと光を反射した。
そこに込められているのは、物理守護と霊的守護と、毒耐性と、運気上昇。
「待ってて」
そっと頭をなでる。
童地蔵がうなずいたようにみえた。
これにて本編完結です。
あと番外編二話で完結となります。




