閑話 竹様と『半身』(蒼真視点)
東の守り役 ちいさな青い龍 蒼真視点です
砂吐きそう。
何アレ。ベッタベタの甘々じゃん。
え? あの竹様、ニセモノ?
なんかヘンなモノでも食べた?
目の前には竹様とその『半身』がいる。
僕に背をむけているので向こうは僕がいることに気付いていない。
男が四歳の身体の竹様を膝に乗せ、二人べったりとくっついて話している。
目と目を見つめて「好きだよ」「私も」なんてイチャイチャしている。
え? 竹様、そんな顔できたの?
それともやっぱりニセモノ?
ナニその甘々な雰囲気! 砂糖溶かしてんの!?
竹様、そんな甘えん坊な態度できたの!?
僕の知っている竹様とあまりにも違いすぎて動揺が抑えられない。
これが『半身』か。
あの竹様をこんなにするなんて、すごいな『半身』!
晴明に頼まれて『禍』を封じた霊玉守護者の生き残りの治療をした。
ソイツは竹様の『半身』だった。
「しあわせになっちゃいけない」「自分は罪人だから」と嘆く竹様に、ウチの姫がガツンと言ってやった。
「『しあわせ』になってもいいのよ」と。
僕もそう思う。
竹様はとにかく責任感の塊で、罪悪感の塊。
いつもいつも「自分のせいで」「ごめんなさい」と嘆いていた。
いくら僕らが「竹様のせいじゃないよ」「僕らが森に行きたいって言ったからだよ」と言っても聞かない。
めちゃめちゃ頑固。
四千五百年聞かないって、相当だと思う。
そもそも四千五百年前に初めて会ったときからあの人は頑固だった。
初めて会ったとき、竹様は黄珀の北の館の一室で横たわっていた。
高熱と霊力の暴走に苦しんでいた。
竹様の内包する霊力はあまりにも多くて、それが暴れると周囲に迷惑をかける。
だからと部屋に結界を張って、ひとりでその苦しみに耐えていた。
あれだけの霊力の暴走、屈強な大人でもココロが折れる。身体が保たない。
それを十七歳のあの人は、ひとりで耐えていた。
治療に当たる僕らに「手間をかけて申し訳ない」といつも謝り、世話をする側仕え達に「迷惑をかけてごめんなさい」と謝っていた。
「病人がそんなこと気にするな!」と姫が怒っても「そういうわけにはいかない」と頑固に謝っていた。
いつも周りを気遣い、穏やかでやさしい人。
それが北の姫である竹様だった。
あれだけの苦しみを十七年も抱えていたなら、性格悪くなってもおかしくないのに。
世の中を恨んで、健康な人を妬んで、「なんで自分だけ」と嘆いてもおかしくないのに。
あの人はいつも周りに感謝していた。
強い人だと、感心した。
「ありがとう」と「ごめんなさい」以外の気持ちを、竹様から聞いたことがない。
特に『災禍』の封印を解いてこの世界に『落ちて』からは、竹様は「ごめんなさい」ばかりだ。
「自分のせいで『災禍』の封印を解いてしまった」
「自分のせいで、皆が『呪い』をかけられた」
「自分のせいで、たくさんの人を死なせてしまった」
何度生まれ変わっても竹様はその苦しみを抱えている。
何度生まれ変わっても罪を償おうと懸命に働こうとする。
まだ『落ちて』すぐの頃、竹様に何度か縁談があったと聞いている。
でも竹様はいつでも全部断った。
「自分は罪人だから」「自分は二十歳まで生きられないから」と。
黒陽さんも暗躍していたらしいけど、竹様本人が誰とも時間を共有しようとしなかった。
昔からあの人はそんなところがある。
あの霊力の暴走を何度も経験していたなら、いつ死んでもおかしくなかった。
いつ死んでもおかしくない状況に慣れてしまった竹様は、誰とも深く関わろうとしなかった。
「どうせすぐ死ぬから」と思っていることは、僕らにはお見通しだった。
諦めじゃなく、単なる事実としてそう思っていることは、僕らにはお見通しだった。
他の姫に恋人ができたときも「よかったね」としか思っていなかった。
「ズルい」とか「うらやましい」とか全く感じていない。
「自分はこんなに罪悪感抱えてるのに、なにアンタ達男作ってしあわせそうにしてんのよ!」くらい言ってもいいと思う。
なのに、あの人はそんなこと一言も言わない。
多分そういう発想がない。
ずっと病床暮らしだったからか、黒陽さん達守り役が過保護だったからか、竹様は何重にも重ねられた箱に入った、筋金入りの箱入り娘だった。
世界の汚いモノも悪いモノも目にすることなく、純粋培養されたお姫様だった。
世間知らずで、どこまでも善人で、だからこそ罪悪感にとらわれて他のことをみることすらできない頑固者だった。
『うれしい』も『楽しい』も封じ、ただただ罪を償おうと「自分にできることはなんでもやる」と進んで働こうとするお人好しだった。
菊様白露さんと術を研究したり。
結界石や霊力石をせっせと作ったり。
僕らが薬を作る手伝いをしてくれたり。
「お人好しが過ぎる!」とウチの姫に怒られても「このくらいしかできることがないから」と困ったように微笑む人だった。
あの人、自己評価が低すぎるんだよね。
『禍』級を封じる結界ひとりで張れる術者が世界にどれだけいるか、知らないんだろうね。世間知らずだから。
あの人の生成する水がどれだけ効力が高くて貴重か、わかってないんだろうね。世間知らずだから。
穏やかで、お人好しで、世間知らずで、うっかり者で。
四千五百年の間、よく騙されたり利用されたりしなかったと思うよ。
いい家族の元に生まれたのもあるけど、利用されそうになったら黒陽さんが察知して家から出ていたというのも大きいかもね。
竹様は『自分の高霊力のために引き起こすわざわいに家族を巻き込まないため』と思ってるらしいけど。
この世界で『災禍』の気配を感じて、滅するために追うようになってからは、より責任感や罪悪感が強くなった。
ひとりで動けるくらいに成長したらすぐに家を出る。
黒陽さんとふたりあちこちに出向いては『災禍』の気配を探る。
脇目も振らず術を磨き霊力を鍛え、ただただ『災禍』を滅することだけを考えていた。
必要以上に他人と関わることを拒み、やむを得ず関わった人には必ず対価を渡し、「罪人だから」としあわせを拒み、ただただ罪を償うことだけを考えていた。
そんな竹様が当たり前になっていた。
まさかそんな竹様に『夫』がいたなんて!
晴明から友人である生き残りの霊玉守護者の治療を依頼された時、黒陽さんが言った。
「姫の『半身』です」
「前世で姫の夫でした」
『夫』!? 竹様に、『夫』!?
なんかの聞き間違いかと思った。
だって、あの竹様が。罪悪感の塊の頑固者が。
それに、黒陽さんが竹様の側にいることを認める男なんて、存在するわけないと思ってた。
黒陽さんの過保護はハンパじゃない。
高間原にいたときからひどかったけど『落ちて』からさらにひどくなった。
まあね。そりゃ、わかるよ?
あれだけ世間知らずで純粋培養だったら、守らなきゃ! て思うよ?
だからって、近寄ってくる男を片っ端から威圧するのはどうだろうか。
また竹様はそれに全然気が付かないんだよねぇ。竹様、ぽやんとしてるから。
よくあれで四千五百年なんとかなってきたよね。
菊様に言われて姫と共に生き残りの治療に赴き、身体を治した。
でも霊力までは補充できなかった。
そこまでしたら再生させたこの男の身体が保たないことはわかっていた。
「『半身』である竹に霊力を注がせよう」姫がそう提案した。
「『半身』なら霊力も馴染むらしいし、竹は水属性で元々治癒に向いてるし。
実際前のときに私も竹に助けてもらったし」
いくつも理由を挙げる姫が、竹様と『半身』を共に過ごさせようとしているのはわかった。
だから男の治療をする建物に結界を張り、外の時間よりゆるやかに時間が流れるようにした。
この建物で半月経っても、外では二日しか経っていない。
この建物の一月は、外の四日。
男の治療に時間がかかるのがわかっていたからもある。
竹様は『災禍』の封印の中心になるから、そのときまでに治療を終わらせるために時間を引き伸ばしたのもある。
でも一番の理由は、竹様と『半身』を共に過ごさせようとしたから。
しあわせな時間を一日でも長く経験させてあげたかったから。
最初のうち竹様は『前世の夫』でも『半身』でも、頑なに看病だけをしていた。
甘える素振りも、愛しさを出すこともなかった。
生真面目にただ霊力を流していた。
ただ男の回復だけを願っていた。
だけど、ウチの姫にガツンと怒られて、変わった。
『しあわせ』になる、覚悟ができた。
「今だけだから」「あと少しだけだから」
そんなふうに言い訳して、男のそばにいる『しあわせ』を噛み締めていた。
「そばにいるだけで『しあわせ』なの」
まさか竹様からそんな言葉を聞く日が来るとは思わなかった。
「なにもいらないの。そばにいられるだけでいいの」
そう言って竹様は、四千五百年で初めて見る顔で笑った。
男の意識が戻ってからはさらにしあわせそうだった。
男が「好き」とぽろぽろこぼす。
「私も」と竹様もしあわせそうに応える。
何アレ。ホントに竹様?
「梅様のおかげ」と竹様は穏やかに微笑む。
「こんなに『しあわせ』な気持ちを知ることができたのも。
こんなに『しあわせ』な時間を持つことができたのも。
全部梅様のおかげ。
梅様が赦してくれたおかげ」
そうして「蒼真も。ありがとう」とやさしく微笑む。
その微笑みは、四千五百年見てきた中で一番綺麗で、一番輝いていた。
男が回復するために竹様に抱きつくようにけしかけてみた。
素直な竹様は照れながらもすぐに応じる。
そうしているうちにくっつくことに慣れてしまった二人は、いつでもどこでもベタベタしている。
まあね?
けしかけたのは僕ですよ?
だから文句言うのは違うかもしれないよ?
でもさ!
あんな始終くっついてなくてもよくない!?
もう、見てる方が恥ずかしいんですけど!!
そりゃね?
傍から見たら仲のいい親子とか、幼女のお世話する男とか、微笑ましい光景だと思うよ?
でもね!
あの二人、もう、醸し出す雰囲気が桃色なんだよ!!
お互い『好き』ってのを隠しもしないんだよ!
もう目が違うんだよ!!
『好き好き光線』が出てるんだよ!!
甘々なんだよ! デレッデレなんだよー!!
経過報告に戻ったときに姫達にそう訴えた。
誰もが「信じられない」と驚いた。
唯一平気な顔をしていたのが黒陽さん。
「『半身』だから。そういうものだ。仕方ないと諦めてやってくれ」
あの黒陽さんが、竹様に男がベタベタしてるのを許すなんて!!
「私も『半身』がいたから、気持ちはわかる」
そう言って、かなしそうに口の端を上げる。
「高間原にいたときに会わせたかったな」
ぽつりと、そんなことを言う。
そうだね。
竹様のあんなしあわせそうな甘えた顔、黒枝さん達にも見せたかったね。
きっと北の館の人みんなが大喜びしてお祭り騒ぎになっただろうね。
「アイツなら姫を任せられる」
黒陽さんがそこまで言う男をみんな見たがったけど、豊臣の調査が大詰めで見ることができなかった。
晴明の館の時間で約一年半が過ぎた。
外ではあれから約二ヶ月。
どんよりとした雲に覆われた寒空も色を変え、暖かな春風渡るいい季節になってきた。
秀吉が醍醐寺で大々的に花見をする計画が持ち上がった。
大名も側室も皆参加の、大規模なものだ。
「『災禍』も必ずこの場に来る」
菊様が断じた。
「ここで封じる」
そのための作戦や術式を組んでいく。
僕が竹様にそのことを伝えることになった。
『しあわせ』な時間の終わりを告げることになった。
「わかりました」
竹様はしずかにそれだけ言った。
「ありがとう蒼真」
そう言って、穏やかに微笑んだ。
なんだよ。なんでそんなに聞き分けがいいんだよ。
もっとわがまま言ったらいいじゃない。
「行きたくない」「『災禍』なんか知らない」「自分は『半身』と暮らす」って、言えばいいじゃない。
「『夫婦』だ」って、言ってたじゃない。
「また『夫婦』になれた」って、あんなに喜んでたじゃない。
男だって言ってたよ。「すぐに釣り合う年齢になる」って。
「『夫』と認めてくれてうれしい」って、喜んでたよ。
あんなに「好き」って言ってたじゃない。
なのに別れるの?
生きて帰れないんだよ。もう会えなくなるんだよ?
なのに別れるの!?
「それが私の責務だから」
かなしさも気負いもみせず、ただ穏やかに竹様は微笑んだ。
「『しあわせ』な時間を、ありがとう。蒼真」
そう言ってやさしく微笑んだ。
なんだよ。あんなに甘々だったのに。
あんなにしあわせそうだったのに。
なんでそんなふうに笑うんだよ。
なんでか僕が悔しくてかなしくて、泣きたくなった。
ぎゅっと目を閉じて歯を食いしばっていたら、竹様がよしよしと頭を撫でてきた。
「あの人には黙っておいてね」
「……黙って行くの?」
驚いて目をあけたら、竹様はちょっと首をかしげて、困ったように笑っていた。
「あの人に知られたら、絶対ついてこようとするから」
「……連れて行けばいいじゃないか。有名な退魔師なんでしょう?」
まだ機能回復訓練中で大した戦力にはならないかもしれないけれど、最後の瞬間に一緒にいることはできる。
最後までそばにいることはできる。
そう思ったのに、竹様は首を振った。
「あの人、すぐ無茶するから。連れて行くわけにはいかないの」
困った子供の話をするように竹様は、それでもしあわせそうに笑った。
「あの人には、しあわせに長生きしてほしいの」
「もう会えなくても。もうそばにいられなくても。
あの人がしあわせなら、それだけで、私もしあわせなの」
そうして竹様は、満開の桜の下に向かった。
あんなに愛した『半身』を遺して。




