第ニ十九話 闘病
ここから再び青羽視点です
熱い。痛い。苦しい。
俺はどうなったんだろう。
封印が解けた『禍』を再び封じるために、仲間達と共に突入した。
封印石を握って『禍』に突っ込んで、それで、どうなったんだっけ?
封印はできたのか?
他の仲間達はどうなった?
俺は、どうなっている?
熱い。痛い。苦しい。
でも、あたたかい霊力が流れ込んでくる。
これはなんだろう。
懐かしくて、愛しくて、うれしくて。
胸がいっぱいになる。
この霊力をずっと受け止めていたい。
なんだっけ。
誰だっけ。
懐かしい、愛おしい、俺の。
俺の。
ふっと意識が浮上した。
それにあわせてまぶたを開く。
うまく開かない。
ここは、どこだ?
ハァハァと聞こえるのは俺の息か?
苦しい。熱い。痛い。
「――青羽さん」
――誰? 子供の声?
でも、なんだろう。
懐かしい。愛おしい。
顔を見たいのに首が動かない。
苦しい。痛い。
目の前がかすんでうまく見えない。
誰かが俺をのぞきこんでいる。
誰?
子供?
――ちがう。
この目は。
この、まなざしは。
やさしい、この霊力は。
「―――」
竹さん
竹さんだ。
竹さんだ!
会えた。やっと会えた!
うれしい。うれしい! うれしい!!
会いたかった。ずっと会いたかった!
ずっと待ってた。ずっと探してた。
会いたくて会いたくて、ずっとがんばってきたんだよ!
言葉は胸にあふれているのに、声が出ない。
唇が動かない。指一本も動かない。
それでも、感じる。
竹さんが、俺の手を握ってくれてる。
霊力を送ってくれてる。
俺の中に、竹さんの霊力が染み込んでいく。
うれしい。やっと会えた。うれしい。
つう、と涙がこぼれた。
竹さんは優しく微笑んで涙をぬぐってくれた。
手、ちいさくなったね。
俺が大きくなったのかな?
もっと彼女を見ていたいのに、竹さんは俺の視界から消えた。
待って。いなくならないで!
そう言いたくても声が出ない。
少しすると、唇に何かが触れた。
水を含ませた布?
おかげで口が少し潤った。
「まだ、無理しないで」
再び視界に現れた竹さんは、昔のようににっこりと笑ってくれた。
いい子いい子というかのように、俺の頭を優しくなでてくれた。
ああ、うれしい。
竹さんが、褒めてくれてる。
がんばってよかった。
へへ。と笑顔がこぼれたつもりなんだけど、実際はどうなんだろう。
全然身体がいうこときかないんだよ。
俺、どうしたんだろう。
でも今は、どうでもいいや。
それこそ、夢でもいい。
竹さんに、会えた。
竹さんが側にいる。
うれしい。うれしい。うれしい。
「――少し、眠りましょう?
寝たらお薬が効くんでしょう?」
ああ、昔、俺がそんなこと言ったね。
覚えててくれてたんだ。うれしい。
うれしいで胸がいっぱいだ。
ああ、もっと竹さんを見ていたいのに。
なんだろう。目がよく見えないや。
まぶたをちいさな手が覆っている。
そのまま眠りに誘うように、頭からまぶたに向かってゆっくりとちいさな手がなでおろす。
ああ、気持ちいいなぁ。
「ずっと、いますから。
大丈夫ですから。
おやすみなさい」
ずっといてくれるの?
いなくならない?
それなら、いいか。
竹さんが俺の手を握る。
かわいい手が懐かしい霊力を送ってくれている。
ああ、竹さんだ。
竹さんが、いる。
うれしい。うれしい。やっと会えた。
うれしい気持ちのまま、また意識が沈んでいった。
意識が浮上するたびに彼女の霊力を感じる。
ああ、夢じゃない。
竹さんが側にいる。
それで安心して、また眠りに落ちる。
それを何度も何度も繰り返す。
そうやって何度も何度も眠っては目覚め、ようやく少し首を動かすことができた。
俺の手を握る竹さんを、見ることができた。
声はまだ出ない。
それでも彼女の姿を目に入れるだけで、うれしい。
あの頃よりもずいぶんちいさくなったけれど、顔もちがうけれど、『竹さんだ』とわかる。
なんでだろうな。やっぱり『半身』だからかな?
竹さんがちいさな身体で懸命に介抱してくれる。
額の布をこまめに替えてくれたり。
薬を飲ませてくれたり。
「いつもと逆ですね」
そう言って、くすくす笑う。
「いつも私が寝込んで、貴方が看病してくれるのに。
逆は、初めてです」
ああ、本当だね。
たまにはいいもんだね。
竹さんが笑っているのを見るだけで、元気が湧いてくる気がするよ。
手を握ってて。
もうどこにも行かないで。
ずっと、側にいて。
また何度も何度も眠っては目覚め、薬や霊水を飲んで、また眠った。
何日経ったのだろう。
ようやく声らしきものが出た。
「――た、――さ、ん」
「はい」
ああ、あの夏みたいだね。
初めて貴女の名を呼んだ、あの夏。
懐かしくてうれしくて、つないだ手をきゅっと握った。
彼女はくすぐったそうに笑った。
ああ、かわいい。
姿が変わっても、ちいさくなっても、変わらずかわいい。
「まだ無理しないで。
ゆっくりでいいから良くなって。
元気になったら、いっぱい名前を呼んで」
うん。俺もいっぱい呼びたい。
早く元気になるから。待ってて。
そうしてまた眠りに落ちた。
少しずつ、少しずつ回復していくのが自分でもわかる。
眠って、目覚めて、薬や霊水を飲んで。
目覚めるたびに眠る前よりも回復していると感じる。
目覚めるたびに竹さんのかわいらしい笑顔に癒やされる。
彼女の霊力を感じる。
俺の『半身』。俺の唯一。
欠けた半分だから、こんなに霊力が馴染むのかな?
元々ひとつだったから、手を繋いでいるだけでこんなに安心するのかな?
なんでもいいや。
貴女がいてくれるなら。
待っててね。
すぐに良くなるから。
すぐに、貴女を抱きしめるから。
眠って、目覚めて、また眠って。
やっと身体が動くようになった。
そして、気付いた。
右腕が ない
「――う…」
なんだこれ。
なんで。
俺の
「……う……」
俺の 右腕 が
「――うわああぁぁぁ!!!!」
「青羽さん!!」
「うで、うでが」
「青羽さん! 青羽さん!!」
「うで、おれの、うで」
「青羽さん」
「うわああぁぁぁ!!!!」
駆けつけた晴明に後で聞いたところによると、泣きながら暴れる俺をちいさな竹さんがずっと抱きしめてくれていたらしい。
せっかく竹さんが抱きしめてくれたのに、そのときの俺は腕を失った衝撃でなにも考えられなくなっていた。もったいない。
ずいぶん暴れたから、また熱があがって動けなくなった。
みっともないところを見せたのに、竹さんは変わらずそばで笑ってくれる。
額の布をあてなおして、また左手を握って霊力を流してくれる。
「残ったのが、左腕で、よかった」
ぽろりとこぼれた言葉に、彼女がきょとんとする。
そんな顔もかわいいなぁ。
「貴女と、手を、つなげる」
かすれる声でそう言えば、恥ずかしそうに笑う。
ああ、かわいいなぁ。
竹さんと手をつなぐのはいつも左手だったから。
いつも俺の左に貴女がいたから。
右だと、へんな感じがするんだよな。
側にいてくれるなら、右でも左でもどっちでもいいんだけどさ。
右腕は残念だけど、左腕が残ってるから、まあいいか。
貴女と手をつなげるならば。
それからも、眠っては目覚めた。
熱は下がらない。
熱い。痛い。苦しい。
「竹さん」
愛しい名を呼ぶ。
「はい」と返事があるのがうれしい。
「竹さん」
「はい」
頭が朦朧としている。
勝手に涙がこぼれる。
熱い。痛い。苦しい。
左手の中にあるのは、竹さんの手。
ずっと求めていた、俺の半身の手。
「ずっと、会いたかった。ずっと、探してた」
「はい」
「会いたかった。会いたかったんだ」
「はい」
ぽろぽろとこぼれる涙と一緒に言葉がこぼれていく。
熱のせいかな。よくわからないや。
とにかく。
「ずっと、言いたかったことが、あるんだ。
初めて会った、十歳のときから、ずっと」
そう。言いたいこと。
言わせて。聞いて。
「ずっと、貴女が、好きです」
彼女はなにも答えてくれない。
それでもいい。
ただ、言わせて。
ずっと言いたかった、俺の気持ち。
「貴女と、一緒にいたくて、力をつけたんだ」
貴女と一緒にいる。それだけのために。
「俺、がんばったんだ」
子供みたいに言う俺の頭を、彼女はいい子いい子となでてくれる。
「――貴方ががんばってきたことは、晴明さんから聞きました」
ああ。晴明、言ってくれたんだ。
「自分で言え」なんて言ってたのに。
ありがとな。
「ありがとうございます」
彼女の言葉と笑顔にその時の俺はなんだか妙に満たされてしまい、再び眠りに落ちていった。
眠って、目覚めて、薬や霊水を飲んで。また眠って。
何度も何度も繰り返した。
時々、竹さんと話ができた。
熱のせいでまともな会話だったかよくわからないけど、彼女と話せるだけでうれしかった。
「竹さんにとっては、俺は『俺』なの?『智明』なの?」
ずっと聞きたかったことも、熱による判断低下でするっと聞いてしまった。
荒い息でわけのわからないことを言う男なんて放っておけばいいのに、彼女は俺の手を握ったまま、ちゃんと考えて、ちゃんと答えてくれた。
「最初に貴方に出会ったときにね」
「うん」
「『智明さんだ』って、思ったの」
そうだね。そう呼んでたね。
「でも、貴方には『智明さん』の記憶がなくて」
「うん」
「貴方は記憶がないから、別の人だと思おうとしたの。
『智也さんだ』って。
『青羽さんだ』って。
『智明さんじゃない』って、自分に言い聞かせてたの。
好きになっちゃいけないって、思ったの。
でも、貴方は全然変わらないから。
記憶がないのに、前世と同じ言葉をくれるから。
前世と変わらず、優しくて、頼もしい貴方のままだったから。
だから、」
そして、ちいさなちいさな声で言った。
「また、好きになったの」
――好き?
竹さんが、俺を?
あの十歳の、弱っちい俺を、好きになってくれてたの!?
竹さん、『俺』のこと好きだったの!?
竹さんは頬を染めうつむいた。
恥ずかしいのだろう。
俺の手をぎゅっと握ってくれる。
俺は熱がまた上がったみたいだ。
熱くて熱くて苦しいのにうれしい。
うれしくて胸がくすぐったくて、俺も手を握り返した。
それが恥ずかしいのか、竹さんはさらに赤くなった。
耳まで真っ赤だ。かわいい。
「私、いっぱいいっぱい考えたんです」
うつむいたまま、俺に目を合わせないままで彼女は続ける。
「私が好きなのは『智明さん』なのか『青羽さん』なのか」
考えてくれてたんだ。
相変わらず生真面目だなぁ。
かわいいなぁ。
「いっぱいいっぱい考えたんですけど……」
きゅ、と俺の手を握る手に力を入れて、彼女は思い切ったように顔を上げて俺の顔を見た。
「私にとっては、貴方はずっと貴方のままなんです」
ん?
「貴方は私の唯一。
姿が変わっても、記憶がなくても。
同じ人なの。変わりないの。
貴方は『貴方』なの。
『智明』さんで『智也』さんで『青羽』さん。
別の人には思えないの」
なんとかわかってもらいたいというように、彼女が一生懸命に伝えてくれる。
つまり、どういうことだ?
俺は『俺』であると同時に『智明』でもあるということか?
んん? アタマがこんがらがってきたぞ。
わたわたと話していた彼女だが、俺がわかっていないと思ったのだろう。
恥ずかしそうにうつむいた。
「貴方が『智明さん』でも『青羽さん』でも、どっちでもいいの。
私は、『貴方』が、――貴方が、好き、なの」
――竹さんが、俺を、好き?
あれ? 俺、都合のいい夢を見てるのかな?
さっきからしあわせな言葉ばかりが聞こえてくるぞ?
十歳の弱っちい俺を好きになったとか。
俺が好きとか。
あれ? 俺、死ぬのか? むしろ、死んだのか?
驚く俺に気付かず、彼女は頬を朱く染めたまま、おずおずと聞いてきた。
「貴方はどうですか?
私、ちいさくなったけど、顔も変わったけど、違ってしまいましたか?」
ああ。そういうことか。
そう言われれば、確かに。
俺にとって彼女の姿かたちはあまり関係ない。
俺が惹かれているのは、彼女の中身だから。
前の彼女と今の彼女は違う外見だし年齢も違うが、俺にとっては同じだ。変わらない。
中身が変わらないのだから。
なるほど。彼女はそういう感覚で俺を見ているのか。
「ちいさくなっても、顔が変わっても、貴女は貴女のままだ。俺の、竹さんだ」
「貴方もずっと私のトモさんですよ」
うふふ。と恥ずかしそうに笑う竹さん。かわいい。
そして彼女は左手をつないだまま、空いた右手を伸ばした。
頭をなでようとしてくれたらしい。が、手が届かない。
諦めたように手を離し、俺の枕元にわざわざ移動して顔を覗き込み、俺の頭を優しくなでる。
「早く元気になって。
またぎゅって抱きしめて。
よしよしって頭をなでて。
いっぱい『大丈夫』って言って。
私の手を握ってて」
たくさんたくさん注文をしてくる彼女がかわいくてたまらない。
愛おしくて胸がいっぱいになる。
「――うん。うん。わかった」
なでてくれる彼女のちいさな手に甘えるように頭をすり寄せた。
「俺も、いっぱい甘やかしたい」
目を閉じて彼女の手のぬくもりを堪能する。
彼女はくすぐったそうにちいさく笑った。
「俺の前では甘えて。いっぱいわがままを言って。
抱きしめて、頭をなでて、離さないから」
ホントだよ。
嫌がっても甘やかすよ。
覚悟してね。
彼女を甘やかすために元気にならなければ。
そう思った途端に回復が早くなった気がする。
俺の身体は俺が思っていたよりも単純にできていたらしい。
それでもなかなか熱は下がらない。
霊力もまだ足りない。
眠って、目覚めて、薬や霊水を飲んで、また眠る。
「――竹さん」
「はい」
「竹さん。会いたかった。会えて、うれしい」
うわ言のように、彼女に伝える。
「貴女と、一緒に、いたい」
「私もです」
つないだ左手から彼女の気持ちが伝わってくる。
うそじゃない。
病人への適当な励ましでもない。
彼女は、本当に俺と一緒にいたいと思ってくれている。
うれしい。うれしい。もう離さない。ずっと一緒だ。
熱のせいか、やっと会えたからか、一度吐き出したからか、いままでずっと言いたかったことがぽろりぽろりとこぼれ出る。
「こんなこと言ったら、貴女は逃げ出すと思って、言えなかった」
「でも、ずっと言いたかった」
「竹さん」
「好きです」
「ずっと一緒にいたい」
「貴女とずっと一緒にいられるために、強くなったんだ」
「貴女は俺の唯一だから」
「貴女は俺の『半身』だから」
彼女は微笑んで応えてくれた。
「私も、貴方だけです」
「貴方が、好き」
「貴方だけが、私の唯一。
貴方が、私のただ一人の夫」
「――うれしい…」
竹さんが「俺を好きだ」って。
俺のこと「唯一」だって。
うれしい。しあわせだ。
いままでがんばってきてよかった。
かわいい手をぎゅっと握る。
間違いなく、竹さんがここにいる。
安心して、うれしくて、しあわせで。
調子に乗って、またぽろぽろと気持ちをこぼす。
「竹さん」
「竹さん」
「好きだよ」
「ずっと、好きだよ」
「私もです」
「貴方に会えて、うれしい」
「また好きって言ってもらって、うれしい」
「いくらでも言うよ」
「ずっと、言いたかったんだ」
「好きだよ」
「ずっと、好きだよ」




