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戦国 霊玉守護者顚末奇譚  作者: ももんがー
第一章 恋する少年
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第ニ話 目覚め

 女性が目覚めたのは、翌日の朝だった。


 ぬるくなった額の布を冷やし絞り、女性の額に当てた。

 その冷たさからか、閉じていたまぶたが動いた。


 あ。

 起きる。


 思わずじっとその顔を見つめた。

 ゆっくりと、まぶたがひらく。



 よくある色の瞳のはずなのに、特別な色に見えた。

 熱に潤んだ目を見ていると、俺の胸がきゅんとなる。なんだこれ。


 ここがどこかわからないのだろう。

 熱で息を荒くしたまま、天井あたりをぼーっと、不安そうにみている。


 よかった。

 意識が戻った。

 看病としては、第一段階突破だ。安心した。


 声をかけたほうがいいかな?

 でも、知らない男が声をかけたら驚くかな?

 かわいいな。あ、ちがう。それは置いとけ俺。

 今は声をかけるかどうかだ。


 動揺する俺の気配に気付いたのか、女性が俺のほうを向いた。

 ゆっくりと目を動かし、人がいるとわかったのか少し首も動かし―――驚きに目を見開いた。

 そして。



 笑った。



 うれしくてたまらないというように。

 俺になら何もかもゆだねても大丈夫というように。

 安心しきった、甘えたような笑顔。



 ずきゅうううぅぅん!!



 胸を撃ち抜かれた。



 かわいい! かわいい! かわいい! かわいい!!

 何? 何でそんなかわいい笑顔俺に向けるんだ?!

 会ったことあったか? いや、ない。

 こんなかわいいひと、会ったら絶対忘れない。

 ああ、愛おしい。何だこれ。

 胸の底から歓喜が湧き上がる。

 歓喜。そう、これが歓喜だ!

 うれしい! うれしい! かわいい! 愛おしい!

 ああ、身体の中で感情が暴れてる。おさえられない。うれしい。かわいい。うれしい。



 俺が一人花びら舞い上がる渦の中にいると、女性の唇が動いた。

 あ、そ、そうだ。

 喉がかわいているかも。

 水を飲ませよう。

 そう思い、少し身を乗り出した。


 「――――」


 ――動けなくなった。

 

 彼女の唇が、俺の、名を呼んだ。

「ともなりさん」

 確かに、そう動いた。


 何で? 何で俺の名を知っている?

 何でそんなに愛おしそうに呼んでくれる?

 誰かと勘違いしている?

 俺にそっくりで、俺と同じ名前の誰かと?

 それとも、本当にどこかで会った?

 俺が忘れているだけ?


 俺が動揺で動けなくなっている間に、彼女は身じろぎした。

 そして、なんとか腕を動かして、そっと右手を差し出してきた。


 甘えた視線。

 期待に差し出された右手。


 言われなくてもわかる。

「手を握って」と、甘えられている。


 かわいいがすぎる。


 期待されているならば、応えなければ。


 そう、これは看病だ。

 病人が心細くなって手を握ってほしいと望むなんて、よくあることじゃないか。


 誰とはなく言い訳をして、そっと彼女の手を取る。

 指先が触れただけで全身に電流が走った。

 俺が熱が出てきたか?! 熱くて熱くてたまらない。

 なんとか彼女の手を握る。といっても、重ねているだけだ。

 それだけでも頭が沸騰しそうでくらくらする。


 それなのに、彼女は重ねた手を見て、それはそれはうれしそうに笑った。

 安心しきった笑顔。

 そして、こともあろうに、その手をきゅっと、握った。


 俺の、手を、彼女が。握った。

 俺を見て、笑っている。



 愛しさで死ぬ。



 何だこの愛らしいいきものは!!

 俺を殺そうとしているのか?!

 かわいい! 愛おしい! 全力で守りたい!


 彼女の目から目が離せない。

 表情のひとつひとつを見落とすことができない。

 愛らしい。愛おしい。かわいい。

 そんな感情が次々と湧き出してくる。


 にまにまとにやけて仕方がない。

 彼女がかわいすぎる。

 かわいいものを見ているとにやけてしまうのだな。初めて知った。


 何か言ったほうがいいかな。

 こんな時、何を言えばいいんだろう。

 何か。何を。

 

「――大丈夫ですよ。大丈夫」


 つい、そんなことを口にした。

 他に何か言うことがあるだろう俺。

 自分の気の利かなさは今更だが、もう少しなんとか!


 一人反省会の俺をよそに、彼女は意外にも安心してくれたようだ。

 握る手からふっと力がぬけ、安心したというようにひとつうなずいた。


 そしてゆっくりと目を閉じた。

 俺の手を握ったまま。



 これは、握っていないといけないやつ、だよな?

 看病だよな? 正当な理由だよな?!


 そおっと、握る手に力を入れる。

 きゅ、と握られたのがわかったのだろう。

 彼女が、くすぐったそうに、うれしそうに、笑った。



 か、か、か、かか、かわ、かわいい!!



 もう何だよこれ!

 何でこんなにかわいいんだよ!?

 愛しいがすぎる!

 天女か? 天女なのか!?

 これどうしたらいいんだよ。もう感情めちゃくちゃだよ。かわいいしか出てこないよ。語彙力どこにいっちゃったんだよ!!


 ああ、愛おしい。

 俺の、姫。


 満たされた、幸せな感情にひたって。

 ふと、気付いた。


 ―――ん?

 俺、今、何考えた?

『俺の』『姫』?


 ―――あれ? 俺、そんな勝手に。

 名前も知らない女の人に対して、そんな、

 え? 俺、ヤバい奴?

 

 でも、感情がおさえられない。

 この人は俺のものだと魂が叫んでいる。

 やっと会えた。やっと戻ってきた。

 もう離さない。ずっと一緒だ。


 手を握ったまま、彼女はまた眠ってしまった。

 安らかな表情に安堵する。


 この手はいつ離せばいいのだろう。

 離したくない。ずっと握っていたい。 

 でも、こんなところ、あいつらに見られたら。



 そう思っていたら、丁度良く襖が開いた。

 ビクリと身体がはねた。


「おや若。手を握ってあげてるのですか」

「い、いや、その、彼女が、手を、出してきて、その」


 世話役の一人、青秀(せいしゅう)に指摘され、つい言い訳がましい言葉が出た。


「ああ、意識が戻りましたか」

 もう一人の世話役、青峰(せいほう)の言葉にこくこくとうなずく。


「水は飲ませました?」

「いや。目が覚めて、またすぐ眠ってしまった」


 冷静に処置の話をしてくれたので、こちらも少し落ち着いた。



 青秀は三十三歳、青峰は二十九歳。

 二人共子供の頃からこの寺で育ち、能力者として退魔におもむいている。

 医術薬術にも堪能で、戦闘能力も高い。

 能力者として期待されている俺の教育係だ。


 俺の世話役はあと二人。

 俺のニ歳上の青佳(せいか)と、六十歳近い青蓮(せいれん)だ。


 あと、俺と一緒に寺送りにされた乳兄弟の宗範(むねのり)宗久(むねひさ)の兄弟。

 宗範が十三、宗久が俺と同い年の十歳。


 この七人でこの房で暮らしている。



「で、何か話をしましたか?」

「いや。何も。―――ただ」


 言おうか言うまいか躊躇(ちゅうちょ)したが、思い切って口にした。


「俺の名を、呼んでくれた。―――気がする」


 おや。と世話役達が軽く目を見張る。


「お知り合いでしたか?」

「いや。初めて会った。―――と、思う」


 俺の戸惑いに何を思ったのか、二人が微妙な顔をした。


「―――若。知ってますか?

 そういうのを『自意識過剰』ていうんですよ?」


 何だよそれ!


「かわいい女のコが自分を知ってくれてるなんて、現実にはないんですよ?」


 可哀想なモノを見る目をやめろ!


「でも、何故か俺を見て安心したようで…。

 笑って、くれて…」


 あの、安心しきった笑顔。

 思い出すだけでもかわいすぎてたまらない。


 そんな俺を世話役二人はニヤニヤと見ている。

 何だよ! イヤな顔だな?!


「いやー。若もそういうお年頃ですかー」

「寺に来たばかりのときはあんなに小さかったのにねー。いやいや、大きくなって」


「な、何言っている!? そんな、お前達―――」

「ハイハイそうですね。よかったですね」

「いいんですよ若。かわいい女性に惹かれるのは、男として当然です」


 初々しいなー。いいなー。などと世話役達がからかってくる。

 どんどん顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。


 何か言いたくても言葉が出ない。

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 こんなことは初めてだ。


 どうにもできなくて、ぷいっと世話役達から目をそらす。

 我ながら子供っぽい。

 案の定、世話役達はクツクツと笑っている。

 大笑いしたいのを病人を気づかっておさえているのが丸わかりで、なおさら顔が赤くなる。


 女性は変わらず熱で苦しそうだ。息が荒い。

 それでも表情はどこか穏やかになったように感じて、見つめているだけで笑みが浮かぶ。


 早く目が覚めないかな。

 話をしたい。

 もっと笑顔を見せてほしい。

 そんな願いをこめて、手を握る。



「―――若。この娘さんのことですが」


 青秀が改まって声をかけてくる。

 真面目な表情に何かあったと察する。


「安倍家ゆかりの娘さんかもしれません」


 安倍家。

 京都を拠点とする霊能力者集団。

 祖はあの大陰明師、安倍晴明(あべのせいめい)

 噂では安倍晴明は何度も安倍家に生まれ変わっているという。

 そして京都の結界を守っていると。


 応仁の乱以来京都は荒れ放題だ。

 それで『守っている』とは笑える話だと思う。

 が、安倍家がチカラのある家であることは変わりない。

 権力も財力もあると聞く。


 そんな安倍家にゆかりがあるとは、どういうことだろう?


「何故そう思った?」

「袖の中にこんなものがありました」


 見せてくれたのは、紙が二枚と石がひとつ。

 紙は濡れたせいだろう、何が書いてあったのかはわからないが、何かの札のように見える。

 そして石は、親指の先くらいの丸くて透明な石。

 どうやってあるのか、中に五芒星が入っている。


「ご存知のとおり、五芒星は安倍家の紋です。

 こちらの札も、うっすらとですが五芒星が見えます。

 ただの陰明師の可能性もありますが、この石の霊力を見るに、只人(ただびと)ではないかと」


 これほどの霊力を込められた石を持っているのならば、安倍家の頂点に近い存在か、その存在の関係者であろうと青秀が言う。


「念の為、安倍家に連絡を取ります。いいですね?」


 いいも悪いも、俺には決定権はない。

 世話役達が必要だと判断したらそれに従うだけだ。

 彼女を助けた俺を気づかってそんな風に言ってくれるのだということも理解できるから、大人しくうなずいた。




 こんな時、早く大人になりたいと思う。

 早くチカラをつけて、自分のことは自分で決められるようになりたい。

 どんな自分になりたいかはわからないのに、そんな気持ちばかりが浮かんで、あせる。


 そんな自分にため息がこぼれた。

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