表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国 霊玉守護者顚末奇譚  作者: ももんがー
第三章 罪人と『半身』
29/38

第二十八話 『半身』

 彼の左手を握り、ただ霊力を流し続ける。


 早く良くなりますように。

 少しでも良くなりますように。


 智明(ともあき)さんと同じ年頃になった青羽(せいう)さん。

 そのせいか、以前にも増して同じに見える。



 前世で初めて目にしたとき、『智明さんだ』とわかった。

 信じられなかった。うれしかった。会えただけでただただしあわせだった。

 でも、そんなの駄目だとすぐに自制した。

 私は『罪人』だから。

『しあわせ』になっちゃ駄目だから。


 その智也(ともなり)さんには前世の記憶がなかった。


 黒陽に説明された。

「記憶がない以上、別の人間として扱いましょう」と。


 それなら、少しの間なら、そばにいてもゆるされるかと、お世話になることにした。


 でも、智也さんは智明さんのままだった。

 記憶がないというのが嘘のように、同じことを言う。同じことをする。

 私を甘やかして抱きしめて「大丈夫」って言う。


 ダメだって、わかってた。

 好きになっちゃダメだって。

 違う人だって考えようとした。

 でも、心が、魂が彼を求めてしまう。

 この人が私の唯一だと。

 この人が私の夫だと。


 十歳の智也さんの、青羽さんの姿だと、まだ歯止めが効いた。

 ちいさいから。智明さんではないからと。

 そう思っても、まるで智明さんの子供の頃を見ているようでうれしかった。


 別の人だと思おうとした。

 それなのに、優しくされて甘やかされて、やっぱり好きになった。


 それでも、まだ別れることができた。

 私には責務があるから。

 私は『罪人』だから。


 でも、こうして大人になった青羽さんは、ますます智明さんと変わらなくなった。

 最近では私が手をつないでいるのは智明さんなのか青羽さんなのかわからなくなってきた。

 わからなくなって、今ではごちゃごちゃに混じってしまった。


 私が好きなのは『この人』。

 私の夫は『この人』。

 最初からわかっていた。




「わかってないでしょ!? ただひとりの人に出会えるということが、どれほど奇跡的なことか!」



 梅様の話を、何度も何度も思い返す。

 四千五百年、何度も生まれては死んだ。

 その間にたくさんの人に出会った。

 そうして出会えた『半身』。

 確かに、何億分の一、何兆分の一の出会いに違いない。



 智明さんの時は私が先に死んでしまった。

 出会ったときにはもう余命がないとわかっていたから、仕方ないと受け入れた。


 転生したときにはあの人はもういなかった。

 当時の平均年齢を考えたら仕方ないと思った。


 会えなくて残念だったけど、会えなくてホッとしたのも本当。

 また会えたら、私は責務を忘れてしまう。

 あの人の側にいることしか考えられなくなる。

 

 私はしあわせになってはいけないのに。

災禍(さいか)』を追わなくてはいけないのに。



 あの人にもらったしあわせを胸にがんばろうと思った。

 あの人の思い出を胸に、あれから八百年近くがんばってきた。


 もう二度とあの人には会えなくても、あの人がくれた思い出があればそれだけで十分だった。

 あの人の言葉を、笑顔を、ぬくもりを思い出すだけでしあわせだった。

 その思い出があるだけでしあわせだった。


 私は『罪人』だから。

『罪人』の私には過ぎた『ご褒美』だと理解していたから。



 それなのに。

 また出会えた。

 私の唯一。私の『半身』。


 側にいたかった。別れたくなかった。

 でもあの人はまだ子供だったから。

 共に暮らすことはできなかったから。

 智明さんの記憶がないから。

 私がそばにいてはあの人にどんな迷惑がかかるかわからないから。


 実際高霊力保持者の私が長期間滞在する場所ではいつも問題がおきた。

 いいこともあったけれど、ほとんどはよくないこと。

 おかしな人や妖魔を引き寄せたり、私の霊力にあてられて具合を悪くしたり、私の霊力の暴走に巻き込んだり。


 あの人を守るためにも、私はそばにいてはいけない。

 私は『罪人』だから。

『災厄を招く娘』だから。

 責務があるから。



 あの人のためにも、あの人のそばにはいられない。

 自分が一番わかっている。

 だから、別れられた。

 責務を放棄せずにいられた。



 だけど。

 梅様の言うとおりだ。


『半身』に出会えること。

 生まれ変わって、再びその『半身』に出会えること。


 それは、どれほどの奇跡なのだろうか。


 

 もしかしなくても、私はとてももったいないことをしたのかもしれない。


 青羽さんと別れたあの時。

 死ぬまでに三年あった。

 その間に会っておけばよかった。

 今生、生まれてすぐに会いに行けばよかった。

 もう二度と会えないかもしれない『半身』に。



 梅様の言うとおりかもしれない。

 罪をおそれず、未来をこわがらず、この人と共に在ればよかったのかもしれない。

『今』を共に生きればよかったのかもしれない。



 彼の左手を握る。

 大きな手。すっかり大人の手になった。

 あの頃は私のほうが少し大きかったのに。

 今の四歳の私の手はちいさくて、両手ではさむようにしないと彼の手を握れない。


 ちいさい私はお嫌かしら?

 ちいさい私を『私』とわかってくださるかしら?


 わかってくれなくてもいい。

 ただ、側にいたい。

 すぐに別れなくてはならないから。

 一緒にいられる今だけは、結界に守られている今だけは、貴方の側にいたい。



 貴方が好きだから。

 記憶があっても、記憶がなくても、貴方は私の『唯一』だから。



 梅様が(ゆる)してくれたから。



 今だけ。

 今だけだから。

 



 毎日毎日少しずつ少しずつ、霊力を注ぐ。

 注いでも注いでもあまり蓄積しない。

 身体の定着にまわされているからだと蒼真が説明してくれる。

 それなら一気に霊力を込めたらどうかと聞いたら「一気に入れたら破裂しますよ?」と真顔で言われた。


 破裂って何!?

 仕方なく、ゆっくりゆっくりと霊力を注いでいく。



 ふと昔智明さんにしてもらっていたことを思い出した。

 寝ているときも手を繋いでくれていた。

 夜ふと目が覚めたときでも、右手のぬくもりにとても安心してまた眠れた。

 私もしてあげられるかしら?

 私、寝相悪くないかしら?

 蒼真に相談してみたら「やってみよう」と笑われた。

 なんで笑われたのかしら?


 大きくなった青羽さんの左腕を抱きしめるようにくっついて寝た。

 そのぬくもりに私のほうが安心して、なんだかよく寝た気がする。

「お行儀よく寝てましたよ」と蒼真が太鼓判を押してくれたので、その日から青羽さんにくっついて寝ることにした。


「まさかあの竹様がこんなデレデレの甘々になるなんてねぇ…。

『半身』てすごいねぇ」


「何か言った?」

「イエ何も言ってないですよ? 気のせいじゃない?」

「そう? ごめんなさい」




 一月経ち、二月経ち、三月経った。


 時折青羽さんの意識が戻った。

 まぶたがふるえたあと、ゆっくりと目が開く。

 まだ首は動かないみたい。

 お顔をのぞきこんで視界に入ると、にっこりと微笑んでくれる。

 本当に微妙にしか動かないのだけれど、私を認識した青羽さんの目が「うれしい」と言ってくれる。

 それがたまらなくうれしくて、胸がぎゅうってなる。


 よしよしと頭をなでると、安心したようにまた目を閉じて眠りにつく。

 その様子がたまらなくかわいらしい。

 大人の男性なのに。

 今は私のほうが子供なのに。

 大人の青羽さんが子供のような表情で眠りにつくのが、愛おしく思える。


 大人の男性を『かわいい』と思う私って、おかしいのかしら?


 診察に来た梅様にこっそり聞いたら、何故か口を押さえてうつむいて動かなくなった。

 肩がぷるぷる震えてるけど、私、おかしなこと言ったのかしら?


「何もおかしなことはないわ。

 だって『半身』じゃない。

 そーゆーモンらしいわよ!」


「そうなの? よかった」


 大人の男性の青羽さんをかわいく思ってもおかしくないみたい。安心した。

 さすが梅様。なんでもよくご存じなのね。



「ナニアレ。べた惚れじゃない」

「もー甘々なんだよ。男に意識があったら大喜びするよ絶対」

「まさかあの竹があんなこと言う日が来るなんて…。

 あの罪悪感の塊が…。しあわせそうに…。

 よかった…。よかったわねぇ」

「姫。姫。保護者みたいになってるよ」




 四ヵ月が経ち、五ヵ月経った。


 手を握って霊力を流す。

 ゆっくり、ゆっくりと。

「無理矢理再生させた身体が少しずつ馴染んできてる」と蒼真が教えてくれる。切れた右腕も順調だという。


 少しだけど、首が動いた。

 かすれてたけど、声が出た。

 一日一日、少しずつ、回復の(きざ)しがみえた。



 熱は下がらない。

「あれだけの量の生命力叩き込んでるからね。身体に馴染むまでは自分以外の霊力に反発して熱が出るのは仕方ないよ」と蒼真が教えてくれる。


 私の霊力は反発されることなく染み込んでいっている。

『半身』だから?

 属性の相性がいいから?

 青羽さんのお役に立つなら、なんでもいい。

 熱を下げるためにも、今日も霊力を流し続ける。




 半年が過ぎた。まだ熱は下がらない。

 それでもやっと会話ができるようになった。


「竹さん」

「はい」


 名を呼んでくれるのがうれしい。

 やさしいまなざし。変わらない。

 しあわせで、胸がぎゅっとなる。


「ずっと、会いたかった。ずっと、探してた」

「はい」


 きっとずっと苦しめていた。ずっと青羽さんに負担をかけていた。

 それなのに、そんなふうに言ってもらって、うれしい。


 探さないでほしかった。でも、探してもらえてうれしい。

 私も本当は、ずっと貴方に会いたかった。

 本当は、ずっとそばにいたかった。


「貴女と、一緒に、いたい」

「私もです」


 私も貴方と一緒にいたい。ずっとずっとそばにいたい。

 きゅ、と握る手に力が入る。

 青羽さんはしあわせそうに微笑んでくれた。


 青羽さんがしあわせそうに微笑むだけで、胸がきゅうんと締め付けられる。

 うれしくてしあわせで泣きたくなる。


 しあわせそうな青羽さんを見ることができて私もしあわせ。

 しあわせそうな青羽さんのそばにいられるだけで私もしあわせ。

 こんなにうれしくてしあわせな時間を過ごせるなんて、考えたこともなかった。


『罪人』の私がこんなしあわせな気持ちを抱くなんて、いけないことだと思ってた。

 罪人は罪人らしく、必死に罪を償わなくてはいけないと思っていた。

 この人のそばにいたらそれだけで私はしあわせだから、そばにいられないと思っていた。


 でも、梅様が(ゆる)してくれた。


「罪を分けっこしよう」と「一緒に償おう」と言ってくれた。

「『しあわせ』になってもいい」と、赦してくれた。


 梅様の言う通りだった。

 今までの私は未来を恐れて逃げ回っていた。

『今』を大切に生きることができていなかった。

 私の『半身』を大切にできていなかった。



 大好き。

 大好き。


 ずっとそばにいたい。

 でも、そんなことできないってわかってる。



 私は『災禍(さいか)』を追わなくてはならない。

 私が『災禍(さいか)』を封印しなくてはならない。


 それが私の責務。

 罪を償う、ただひとつの手段。



 だから、今だけは。

 赦されている、今だけは。


 ただの貴方の『半身』として、私の『半身』の貴方のそばにいたい。

 貴方が好きなことを伝えたい。

 貴方と同じ時間を過ごしたい。


 今だけ。今だけだから。


「大好きだよ」

「私も」


 今だけは。


「大好き」


 今だけは、貴方と過ごしたい。

 貴方のそばにいるだけで、私はしあわせだから。

ここまで竹視点でお送りしました。

明日からは再び青羽視点に戻ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ