第二十五話 看病依頼
年が明けて、菊様は十二歳、梅様は五歳、私は四歳になった。
やっと四歳。まだまだちいさい。
霊力も全盛期には劣る。だから使える術も限られる。
それでもできる限りのことしようと、日々豊臣家周辺を探っていた。
年が明けてしばらくしたある日。
京都の街で、激しい霊力のゆらぎを感じた。
都の結界が振動で揺れるような激しさ。
何があったのかとすぐさま菊様達のもとに戻った。
しばらく待たされて会えた菊様は「あっちは晴明に任せる」と言った。
もう晴明さんと打ち合わせをしたと言う。
「あっちはあっちにまかせて。こっちはこっちのことをしないと」と言われ、そのとおりだとうなずいた。
「竹に、頼みがあるの」
数日後、姫も守り役も全員集まった場で、菊様がそんなことを言った。
「なぁに? 私にできること?」
「そうね」
私にできることなら、やる。がんばる。
そう示すようにうなずくと、菊様は説明してくれた。
先の京都の結界のゆらぎは、昔私達が封じた『禍』の封印が解けて暴れたものだと。
気が遠くなった。
また、私のせいで。
私が余計なことをしたせいで。
落ち込む間もなく、菊様の話は続く。
「その『禍』は封じられたんだけど、唯一の生き残りがなかなか回復しないのよ。
死にそうだったのを梅が治療したの。
梅はその治療で霊力使ったから、これ以上は使わせたくない。
今後を考えて温存させときたいの」
わかる? と問われて、うなずく。
「私も今は動けない。
悪いけど竹。晴明の屋敷に行って、その生き残りを看病してやってくれない?」
なんで? と顔に出ていたのでしょう。
「アンタ、前のときに死にそうだった梅を浄化して霊力送って回復させたんでしょ?」
前のとき。
青羽さんと別れた後の話。
『災禍』を追って、追い詰めたと思った。
でもそれは違う『神』だった。
放っておくわけにもいかず、蘭様が滅した。
その場から逃げるときに足の遅い私は文字通り足手まといになった。
だから菊様と梅様に先に行ってもらった。
やっと術理無効の結界から出て転移できるようになって、晴明さんの屋敷に転移しようとした。
でも霊力がほとんど尽きていたからか、場所がずれた。
おたおたしているところを運悪く『悪しきモノ』に追われた。
うっかり崖から落ちたところを、青羽さんに助けられた。
私達が青羽さんと過ごしている間に、菊様と梅様は晴明さんの屋敷にたどり着いていた。
菊様は晴明さんにいきさつを説明して絶命。
ぎりぎりまで菊様に治療をほどこしていた梅様も死の淵をさまよう状態になった。
その世話で、晴明さんが私達のところに来るのに時間がかかった。
迎えに来てもらったときにそんな話を聞いた私は、晴明さんの屋敷に着くとすぐに梅さんの看病についた。
青羽さんにしてもらったように、手を握って霊力を送った。
水属性の私も聖水は作れた。
聖水を飲ませ、霊力を送ることで、梅さんは回復した。
あのときと同じように看病すればいいみたい。
それなら私でもできそう。
了承し、黒陽とすぐに行こうとしたら、止められた。
「患者を診察できる蒼真をそっちにつけるわ。
悪いけど、戦力的に守り役を二人つけるわけにはいかない。
黒陽は置いていって」
「いいわね黒陽」と言われ、黒陽も了承した。
黒陽がいないで他の守り役と行動するなんて、初めて。
緊張が伝わったみたい。
「よろしくおねがいします」と蒼真がにっこり笑ってくれた。
おかげで少し緊張がほぐれた。
蒼真は梅様の守り役。
でも初めて会った時から梅様と一緒に私の治療に携わってくれていた。
護衛とか側仕えとか世話役というよりも、梅様の助手とか、弟とか、そんな感じ。
今はちいさな青い龍の姿だけど、今でも医学薬学に詳しいし治療の手際もいい。
ケガ人? 病人? とにかく、患者さんのお世話をするなら、確かに蒼真がいてくれるほうがいい。
「悪いわね竹。蒼真をよろしくね」なんて梅様も軽く言う。
だから私も納得して「わかりました。がんばります」とうなずいた。
晴明さんの館には転移で移動。
すぐに出迎えてくれた晴明さんが、患者さんのところへ案内してくれた。
蒼真を肩に巻き付けるように乗せて晴明さんの後を歩く。
「晴明さん」
「詳しい話はまたあとで」
何があったか、どうなったのか、お話をしてほしかったけれど、ダメみたい。
晴明さんはいつになくピリピリしている。
こんな晴明さんは初めてで、こわくなる。
それほど重傷なのかしら。
私でお役に立つことができるかしら?
肩の蒼真が「大丈夫ですよ竹様」とちいさく声をかけてくれた。
「こちらです」と案内された部屋は、結界が張られていた。
厳重な様子にますます緊張が高まる。
そこに横たわっていたのは、ひとりの男性。
「―――!」
その人の姿が目に入った途端。
ギュウッ!
胸が、しめつけられた。
何で? 何でこの人がここに?
「――青羽さん――!」
思わず駆け寄り、顔を覗き込む。
熱のせいか真っ赤になり、目を閉じて苦しそうな顔は、精悍な大人の男性のもの。
十歳の青羽さんの面影をみつけることはできなかった。
でも、この人は青羽さん。
間違いない。
私の『半身』!
そっと頬に触れる。
霊力がほとんどない。
何でこんなに。
一体何が。
「薬は飲ませてる?」
「はい。霊水に溶かして、ご指示のとおり朝昼晩と飲ませています」
「処置したのが昨日の昼だから、丸一日でこれか…。
思ったほど回復してないね…」
蒼真と晴明さんの話が聞こえるけれど、うまく頭にとどまってくれない。
「回復していない」という言葉だけがひっかかった。
「私…、私、何をしたらいいですか!?」
すがるように蒼真にたずねる。
「左手を握って」
言われたとおりにするべく、かけられたお布団から左手を探して握る。
「霊力を流せます?」
「やってみます」
意識を集中して、青羽さんに霊力を流す。
いつもやってもらっていたように。
お願い。うまくいって!
願いが通じたのか、私の霊力はするりと青羽さんに流れていく。
そばで様子をうかがっていた蒼真が「ウン。うまく行ってる」と太鼓判を押してくれた。
「竹様、この調子でしばらく霊力流してみて。
外傷はウチの姫が全部治したんだけど、霊力までは補充できなかったんだよ」
「わかりました」
何故こんなことになったのかはわからないけれど、私でできることがあるのならばがんばる。
私で青羽さんを助けることができるのならば、がんばる。
必死で霊力を流していると、また蒼真に声をかけられた。
「あんまり根つめないでね竹様。
竹様の霊力が足りなくなったら、患者に送れなくなっちゃう」
確かにそうかも。
必死になりすぎてもダメみたい。
む、難しい。
「もーちょっと力ぬいて…。そうそう。そのくらい。
そんな感じで、ゆるーく、長ーく、流していって」
はい。と答えて、再び霊力を流すことに集中する。
青羽さんの右側に座った晴明さんが、額の布を桶の水に浸し、絞って再び額に戻した。
「――姫宮」
「はい」
「青羽は、がんばっていましたよ」
「青羽は、貴女にまた会うことだけを願っていました」
晴明さんは、ぽつり、ぽつりと話してくれた。
どれだけ青羽さんががんばっていたか。
青羽さんがどんなふうに評価されているか。
青羽さんが、どれだけ私に会いたがっていたか。
今回のいきさつも話してくれた。
「詳細は本人から聞かないとわからないが」と前置きして、こんな状態になった理由を教えてくれた。
「姫宮のお守りが役に立ったみたいですよ。
梅様と蒼真様がおっしゃっていました」
その言葉に、側にいた蒼真が笑ってうなずく。
よかった。
私でも、役に立てることがあった。
青羽さんを守れた。
それからずっと手を握って霊力を送った。
枯渇寸前だったようで、送っても送ってもなかなか霊力は回復しない。
こうしてずっと手を握っていると、こんなときなのにしあわせな気持ちになる。
やっと会えた。
やっと側にいられる。
顔をのぞきこむ。
苦しそう。かわいそう。
でも、顔をみることができてうれしい。
昔智明さんが言ってくれたことを思い出した。
「貴女が好きだから、ずっと顔を見ていたい」
「貴女が好きだから、ずっと手をつないでいたい」
「貴女が好きだから、ずっと側にいたい」
あの気持ちが、今、わかった。
私も、同じ。
貴方が好きだから、ずっとこうしていたい。
貴方が好きだから、ずっと側にいたい。
貴方が、好きだから。
蛇足ですが。
『紅蘭燃ゆ』のあと。
安倍家にたどり着いた梅と菊ですが、菊は霊力の使いすぎで死の淵に。
梅と蒼真が菊を助けようとギリギリまで治療していましたが、その甲斐なく菊は亡くなりました。
梅も重なる霊力の行使で死の淵におちいり、蒼真が必死で治療していました。
が。
梅達がギリギリまで治療していたおかげで魂レベルの霊力の修復が成され、菊はわりとすぐに転生。
竹は青羽が回復させ、その竹が梅を回復させたので、竹と梅もわりとすぐに転生しています。
治療がなければ五十年は転生できないレベルの死闘でした。
晴明の『先見』どおり竹があそこで死んでいたら、青羽に助けられなかったら、梅も竹もこの時点で転生できていません。
菊ひとりと守り役では『災禍』を封じるだけの結界は不可能。せいぜい見つけて『印』をつけるしかできません。
滅するのは蘭がいないと不可能で、せめて封印するのでも竹がいないと無理という状態です。
RPGでいうところの、梅は回復役、菊は賢者な役割なので。
ちなみに蘭は勇者枠、竹は聖職者枠です。




