第ニ十三話 東の姫の見解と後悔
引き続き晴明視点です
「この男だけど」
東の姫が幼い姿に似合わない鋭い目で青羽を見る。
ひとつうなずくと、姫は続けた。
「無理矢理生命力ぶちこんで再生してるから、しばらくは反動で熱に苦しむと思うわ。
あと、身体の修復を優先したから、枯渇した霊力は何もできていない。
再生した身体が定着するのにも霊力がいるし、これから少しずつ霊力を戻していくしかないわ」
姫の言葉に表情を引き締めてうなずいた。
あれだけ濃かった瘴気も無くなっているし呼吸も安定しているようにみえるから完治したのかと思ったが、まだ油断はできないようだ。
私の顔に「治ったんじゃないのか」とでも書いてあったのだろうか。
姫はちょっと肩をすくめると説明を追加した。
「とにかく浄化して身体を再生させないとすぐに死ぬのは間違いなかったから。
まずは浄化と身体の再生。
霊力はあとから補充できるから」
なるほど。
「支払い分の霊力石があるでしょう? あれで少しずつ霊力補充してやったらいいわ」
「色々とご配慮いただき、ありがとうございます」
再び深々と頭を下げる。
私達が話をしている間ゴソゴソしていた守り役が「姫」と声をかけてきた。
それを確認した姫とニ、三話をしていたが、二人が私に向き直った。
「これ、熱冷まし。で、こっちが回復薬。
回復薬は霊力も体力も回復させるから」
そう言って二つの瓶を差し出す姫。
瓶の中にはそれぞれ丸薬が入っている。
一見どこにでもある丸薬のようだ。
「丸薬のまま飲み込めないうちは白湯に溶かして飲ませなさい。
霊水を沸かした白湯ならなおいいんだけど。
ここは霊水沸く?」
「はい。ございます」
「じゃあそれで飲ませなさい。
熱があるうちは両方。
熱が下がったらこっちの回復薬だけでいいわ」
テキパキと説明していく姫にまた頭を下げる。
「何から何まで、ありがとうございます」
「つけといて」
ニヤリと笑う姫。
そんな姫に守り役は苦笑している。
黒い消し炭のようだった青羽は、当然衣服も燃えていて何も身にまとっていなかった。
さしあたり、と着ていた上着を脱いでかけてやる。
と、首からかけている御守袋に気がついた。
さすがに表面は焼け焦げて黒くなっているが、紐が切れることもなく青羽の首からかかっている。
「――あの状態でもこれは無事なのか…」
すごいな、と独り言ちたら、東の姫が「何それ」と反応した。
「昔、姫宮がお作りになった守護石です。
霊的守護と物理守護、毒耐性と運気上昇の四重付与だそうですよ」
さすがの姫宮の石も『災禍』には敵わなかったのだろう。
運気上昇は仕事をしなかったらしい。
運悪く姫宮に会えないだけでなく、こんなことになるのだから。
私の説明に、東の姫は「それで!」と納得したようにうなずいた。
「それだけついてたからこの男は助かったのね」
思いもしなかった言葉に驚く。
東の姫は腕を組み、うんうんとうなずきながら話してくれた。
「状況的に、多分この男は『禍』に至近処理で近づいたか、取りこまれたかしたはずよ。
それでも生きてるということは、霊的守護と毒耐性が仕事したのね」
「あと、あの腕の千切れ具合から見るに、物理で無理矢理引き剥がしてるよね」
東の守り役も後片付けをしながら話に加わってくる。
少年の声のちいさな竜と幼女の姫の会話に、どういうことかと思わず身を乗り出す。
「おそらくだけど」と前置きして、守り役が説明してくれる。
「この男、『絶対封じる!!』って『禍』に向かったんじゃないかな?」
「そうです」
姫宮に誇れる自分でいるために、姫宮に褒めてもらうために、こいつは命がけで『禍』に向かった。
「やっぱり」と苦笑して守り役が続ける。
「持ち主の強い意志がある場合は、どれだけ危険でも守護石には止められない。
守護石にできるのは、ふりかかってきたものから守ることだけだから」
「なるほど」
「で、守護石の可能な範囲でこの男を護っていた。
瘴気からも、何があったかわからないけど、こんな黒焦げになるようなナニカからも」
うなずく私に、守り役がさらに続ける。
「だけど、いよいよ生命の危機だったんだろうね。
多分、物理守護の力を利用して、対象から引き剥がしてる。
結果、動かなかった右腕が千切れた」
なるほど。
あの腕の傷はそういうことか。
「引き剥がしたから一緒に封印されなかったのかもしれないわね」
「運気上昇が仕事したんだろうね」
仕事をしていないと思っていた運気上昇だったが、十分仕事をしてくれていたようだ。
アハハ。と笑っていた守り役が、ふと気付いたように続けた。
「運気上昇といえば。
姫が来ることになったのがなによりの幸運じゃない?」
守り役の言うとおりだ。
この状態の青羽を治せるのは、この姫をおいてなかった。
姫が今連絡をとれるところにいたこと。
ここまで出向くことができたこと。
言われてみれば、幸運としか言いようがない。
ありがたくて、また深々と頭を下げる。
そんな私に二人は笑った。
「今の状況でウチの姫の貸し出しなんて、菊様よく許可したよね」
「――本当にそうですね」
私への『対価』だとしても、東の姫が抜ける負担は大きいはずだ。
「菊もなんか竹に引け目感じてんのかしらね」
「かもね」
軽いその言葉に、少し興味が湧いた。
「姫も何か引け目があるんてすか?」
軽い調子で聞いてみると、姫は顔をしかめ、守り役は「あちゃー」というように額に手を当てた。
「関係ないでしょ!」と怒られるかと覚悟したが、意外なことに東の姫はボソリと口を開いた。
「――『封じの森に行こう』て言い出したのは、私なのよ」
『封じの森』。
黒陽様から聞いた。
姫達が昔暮らしていた、こことは異なる世界。
そこにあった、『災禍』を封じた森。
東の姫は口を曲げてそっぽを向いていたが、目を閉じ、ひとつため息を落とした。
そして横たわる青羽をしばらく見つめ、ぽつりとこぼした。
「――つまんない昔話だけど、聞いてくれる?」
式神に茶の用意をさせ、姫と守り役にすすめる。
疲れていたのだろう。二人は甘い菓子に飛びつき、ぺろりと平らげた。
おかわりを持ってこさせ、空になった湯呑にも茶を足す。
やっとひと心地ついたのだろう。
ふう、と満足げに二人が息をついた。
そうして、東の姫は昔話をしてくれた。
「私達はあの世界の東、青藍という都に住んでいたの」
その都では、医術と薬術が盛んだった。
おだやかな気候は薬草栽培に適していた。
隣接する南の都が戦闘に特化した一族だったこともあり、治験には事欠かなかった。
凝り性の人間が多く、最先端の研究もされていた。
王族の姫として生まれた梅様も、当然のように薬術に興味を持った。
守り役と共にあちらの温室こちらの畑と顔を出し、様々な薬に精通していった。
薬師に師事し、学び、若くして薬師として免状をとり活躍した。
薬師として色々と調べるうち、失われた薬のことを知った。
それらの薬は、そもそも材料となる薬草が失われたために作られなくなったらしい。
薬の原料がないのではあれば作ることはできない。
それから薬草についても色々と調べたが、みつけることはできなかった。
諦めなかった姫は他国に調査依頼を出した。
中でも可能性があると思われたのが、中央の国にある『王家の森』。
その森は何百年もの間、人間の手がはいっていない。
ならば、失われた貴重な薬草も残っているかもしれない。
そう、考えた。
「あそこは長い間立入禁止だった。
あの頃には無くなっていた素材があるとふんで、ずっと調査させてくれって申請してたの。
で、やっと許可が出た。
馬鹿な私は喜んで、すぐさま黄珀に向かったの」
そうやっておもむいた中央の国で、北の姫――姫宮の霊力過多症について相談された。
そういう症例はいくつか知っていたから、薬を作ってやった。
同じように相談を受けていた西の姫と知り合った。
南の姫は元々知りあいだった。南の姫も自分にくっついて北の国の館に行くようになった。
徐々に姫宮は元気になっていった。
手が離れた頃、そもそもの目的である森に出かけることにした。
「話を聞いた蘭がおもしろがって『護衛でついていく』と言い出して。
菊も『気になることがあるから同行したい』て言って。
じゃあ仲間外れは可哀想だっていうんで、竹も誘ったのよ」
ちょっと場所を変えた散歩くらいのつもりで誘った。
きっと珍しいものもきれいなものもある。
部屋にこもりきりの竹が喜ぶと思った。
「竹は最初『自分は足手まといになるから行かない』って断ってたの。
それを蘭が『行こう!!』て、結構強引に誘って。
『基本は黒陽が抱いていけばいい』って提案までしてね。
『気分転換になる』とか『体力づくりになる』とか言って、ダダこねて。
『黄』の国から正式に誘いが来たこともあって、竹の側近達も同行に了承したのよ」
目に浮かぶようだ。
あのちょっと強引で乱暴…いや、がさつ…いや、男らしい、そのくせ人の良い南の姫のやりそうなことだ。
そうやっておもむいた森は、素晴らしい森だった。
素材の宝庫だった。
収集の許可もとっていたので、守り役と二人せっせと収集した。
菊様はなにやら探りながら歩き、蘭様は護衛と言ってついてきたくせに好き勝手走り回った。
そんな面々を見ていた姫宮は楽しそうだったという。
一番大きな樹のそばで黒陽様に下ろしてもらって、座ったままあちこちをきょろきょろと見ていた。
いつもとちがう珍しい場所の珍しいものたちに、はしゃいでいたようだったという。
「そろそろ帰ろうか」と声をかけられた姫宮は、立ち上がったがふらりとふらつき。
樹に、手をついた。
そして、封印が解けた。
「竹は『自分が封印を解いたせいだ』って苦しんでるけど」
東の姫は眉を寄せ苦しそうに言葉を落とした。
「そもそも私が誘わなければ、こんなことにはならなかったのよ」
そもそも自分が興味本位で薬草を欲しなければ。
『封じの森』に行きたいと望まなければ。
竹を誘わなければ。
そうすれば、竹は罪を負わなかった。
自分達も守り役達も『呪い』を受けることはなかった。
国が、世界が滅びることはなかった。
竹が、あんなに自分を責めることはなかった。
ぽつりぽつりと後悔の言葉を落とす姫に、守り役が黙って寄り添う。
するりとその長い身体を撫でた姫は、悲しそうに悔しそうに顔をしかめ「蒼真だってこんな身体にならなかった」と、またひとつ後悔を落とした。
幼い姫が後悔にしょげている様子は可哀想で、しかしかける言葉が見つからない。
しかしふと気付いた。
まるで今回の件のようではないか?
そう行動したのは、間違いなく自分の意志。
そこに他者の関与はなかったと断言できる。
だが、結果だけ見れば最悪が引き出されている。
「あのときこうしていれば」「偶然こんなことが起こるなんて」
そんなことが積み重なっている。
――まさか。
まさか、それも。
「――その封印が解けたのも、『災禍』の仕業、ですか?」
自分の言葉に東の姫は口を引き結んだ。
寄り添う守り役の目つきも鋭い。
「菊はそう言ってる」
西の姫がそう言っているならば間違いないだろう。
姫宮は利用された。
『災禍』の封印を解くために。
「だからこそ、『災禍』は滅する。
何年経っても。
何度生まれ変わっても。
私達をもてあそんでくれたお礼をしてやらないとね」
本編に入れられなかった説明。
『禍』の瘴気の炎から霊的守護と毒耐性が仕事をして青羽を守っていましたが、限界値に達して死が目前になりました。
そんな青羽を守るために守護石が『起動』しました。
限界値に達したら『起動』して何が何でも助けるように、竹が術を組んで霊力をたっぷり込めていました。
物理守護のチカラを逆に使うことで『ドンッ』と身体を外に飛ばしました。
そのときに『禍』に差し込んで動かなくなった腕がもげたのですが、瘴気で焼かれてもろくなっていたのもあって、肘の部分でうまくもげました。
青羽が『キンッ』と音を感じていますが、守護石の起動音です。
起動にともなって竹の込めていた霊力が辺りに展開されて『禍』封印に不足していた霊力を補い、さらに封印陣を強化。
結果『禍』が封印されました。
つまり、青羽が竹の守護石を持っていなかったら『禍』は封印できませんでした。
実はここでも運気上昇は仕事していました。
そして四百年後の霊玉守護者達のなかに晃がいなかったら、晃の能力が発現しなかったら、晃が緋炎を呼ばなかったら、『禍』の浄化も封印もできず、彼らも今回の霊玉守護者のようになっていました。
お時間のある方は『霊玉守護者顛末奇譚』をお読みくださいませ。
青羽以外の四人は封印陣の完成を成し遂げ亡くなりました。
魂の状態で『禍』と一緒に封印されています。
四人の霊玉は、亡くなった時点で霊玉に込められた『持ち主が亡くなったら次の場所へ行く』術式に従い、完全に封印される前に結界から飛び出して行きました。
そうして、四百年受け継がれていきます。




