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戦国 霊玉守護者顚末奇譚  作者: ももんがー
第二章 霊玉守護者顚末奇譚
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第ニ十二話 治癒依頼

晴明視点です

 清長の『絶対結界』を解いた瞬間に五人が飛び込んだ。

 それに合わせて瞬時に結界を展開する。

 五重の結界だ。

 内側の術者ほど高霊力を必要とし、外側にいくほど人数を必要とする。

 長時間は保たない。それは承知の上で、交代要員も配している。

 決してこの結界を崩さないように。

 この結界が崩れたら最後、京都は死の都になるだろう。


 私は万が一の最悪が起きたときのために霊力を温存しておかなくてはならない。

 頭では理解しているが、結界を張る術者がひとり、ふたりと倒れるのを目の前で見るにつれ、焦燥感に襲われる。


 表情を作ってなんでもないことのように指示を出す。


 霊玉守護者(たまもり)達はまだか!?

 中はどうなっている!?


 ずいぶん長い時間に感じたが、実際は一刻弱だったと思われる。

 突然、結界の中の黒いもやがちいさくなっていった!


 封印石が起動した!

 封印陣が展開している!!


「おおっ!!」というどよめきの中、みるみるちいさくなっていく黒いもや。

 もやの周りに展開している陣が見える。

 成功だ!


 黒いもやの中から光が四つ飛び出した。

 何だ? と思う間に、ふ、と黒いもやが消えた。

 辺りに漂っていた瘴気も少なくなった。


 外側から順に結界を解除していく。

 状況を確認しながら、慎重に。


 最後の結界を解除した。

 そこには。


 透明な拳大の石がひとつと、黒い人形(ひとがた)がひとつ。


(まが)』か!? と警戒したが、気配がちがう。

 この気配は。


 ―――!!


「――ッ! 青羽!!」


 思わず駆け寄り触れようとしたが、その身を瘴気がまとわりついていて私でも触れない。

 必死で浄化の術をかける。


「霊水を持ってこい!!」

 何度も浄化をかけ、青羽が作っておいてくれた霊水もバシャバシャとかける。

 東の姫の浄化石も使うが、押し当てるとすぐにただの石になって割れてしまう。

 それほどの瘴気を受けた青羽はどういう状況なのか。

 最悪を考えないように、ただ必死に浄化する。


 周囲の状況確認は部下に任せる。

 青羽を浄化しながら報告を受け、指示をとばす。


(まが)』の封印は成功した。

 封印された封印石を厳重管理するよう指示する。

 他の霊玉守護者(たまもり)は見たらない。

 状況から考えて、『(まが)』にとりこまれ一緒に封印されたか亡くなったかのどちらかだろう。


 すぐに次の段階に移るよう指示する。

 京都中の瘴気の浄化だ。

 指定した場所に浄化石を配置し陣を成し、一気に浄化する。

 そちらの采配も部下に任せる。

 その他雑事を確認し、やっと触れられるようになった青羽を担ぎ、北山の屋敷に転移した。



 一番霊力の濃い祭壇の部屋に結界を張り、青羽を診る。

 霊力が枯渇寸前だ。

 皮膚は真っ黒に焼け(ただ)れている。

 かろうじて息はあるが、ヒューヒューと細い。

 そして一番の問題。

 右腕がなかった。


 何があったのか、青羽の右腕は肘あたりから引き千切られたようになっていた。

 鋭い刃物で斬られた傷よりも、こういう傷のほうが治りが遅い。

 おまけに傷口が瘴気を帯びていて、ズクズクと黒いもやが蟲のようにうごめいている。

 考えられるありとあらゆる手段を試し、少しでも回復するよう手を尽くした。




 どのくらいそうしていたのか。


 突然「晴明!!」と声が響いた。

 すぐに結界をゆるめると、赤い炎が飛び込んできた。

 真っ赤な長い羽根の美しい鳥。

 南の姫の守り役――緋炎(ひえん)様だ。


「緋炎様!?」

「ごめん! 晴明!! 失敗した!!」

「!」


 緋炎様の主である南の姫はまだ転生していない。

 守り役は主がいないときはわりと好き勝手にしている。

 他の姫の指揮下に入ったり、自分の気に入った人間を見守ったり、休眠したり。

 今回緋炎様は西の姫の指揮下に入り、巨椋池(おぐらいけ)を見張ってくれていた。


 巨椋池は『(かなめ)』の地だ。

 この京都の結界を支えている。

 その池を埋め立てようという計画が以前から出ていた。

 秀吉の命令だ。

 安倍家として正式に抗議をし、公家や王家も使って止めていた。

 が、この『(まが)』のどさくさに乗じてか、突然埋め立てをはじめたという。


「アンタの手の者が秀吉周辺の役人を見張ってたんだけど、どうもそっちを通さずに、秀吉が直接ふらっと現場に行って指示したみたいなのよ!

『即刻完了させろ』って厳命したみたいで、すごい勢いで埋め立ててる!!

 アタシの声も妨害も効かない!」


 それは、集められた人足が『霊力なし』だということか!?

 集めた人間が皆『霊力なし』なんてこと、あり得るのか!?


 ――『災禍(さいか)』ならば、こんなことも可能なのか!?


 埋め立てられたことにより『(かなめ)』のチカラが弱まってしまう。

 その前に『(かなめ)』を救い出さなければならない。

 それができるとすれば、私だけだろう。



 ――スマン、青羽。



 せめてもと、現状維持のために『(とき)(ふう)じ』の結界を張る。

 これで青羽の時間は止まった。


「すぐに向かいます」




 なんとか巨椋池の『(かなめ)』を助けることに成功した。

 巨椋池の『(かなめ)』は、霊獣・朱雀だ。

 初めて見たときは大きく美しい鳥だったが、今は弱々しく私の両手に収まっている。


 今回の埋め立てだけでここまで弱体化するとは思えない。

 池を埋め立てることができるように長い時間をかけて徐々に弱体化させていたのだろう。

 私ですら気付かない方法で。



 知れば知るほど『災禍(さいか)』の恐ろしさを感じる。

 ひとつの手でいくつもの成果を挙げる。

 何が布石になっているかわからない。

 気がついたら『災禍(さいか)』の手のひらの中で踊らされている。


 こんな存在を滅することなど、封じることなどできるのだろうか。




 ぐったりとした『(かなめ)』を姫達のところに連れていく。

 幸い、東の姫がいるので回復してもらえた。

 新しい住処(すみか)を探し、収まってもらう。

 今までの池のように大きな『(かなめ)の地』とはならないが、東の姫の回復のおかげでチカラを取り戻した『(かなめ)』は、再び南の『(かなめ)』の役割を果たせることになった。


 取り戻したとはいっても最低限のチカラでしかなく、結界も以前のような強さはない。

 それでも『京都を囲む結界』は維持できた。


 これにより、南の結界は宇治川まで南下した。

 結界に伏見まで入るようにしたのは、せめてもの意趣返しだ。




 姫達は現在『災禍(さいか)』を探している。

 お互いに連絡や打ち合わせをするために集まるこの屋敷は、安倍家のものだ。

 人員含めて姫達に提供している。


 姫達は『災禍(さいか)』の『宿主』は秀吉だと断じている。

 前の身体のときから色々と調べ、秀吉が『宿主』だとは確定したのだが、肝心の『災禍(さいか)』がどこにいるのかがまだわかっていない。

 どうやら小姓のひとりのようだと目星はつけているのだが、そこからがなかなか進まないようだ。


災禍(さいか)』がわかるのは、四人の姫と四人の守り役だけ。

 目の前でその存在を焼き付けられた者達だけ。

 対面すれば姿形が違っても「わかる」らしい。


 小姓ならば連絡役として他の武将や貴族とのやりとりもする。側室の館に出入りすることもある。

 そこで姫達は秀吉の数多(あまた)の館に潜入し『災禍(さいか)』を探している。

 守り役達も隠形の術を始めとした術を駆使して色々と調べている。


 あと少し。あと少しで『災禍(さいか)』を特定し追い詰められる。

 そんな矢先の、今回の騒動だった。


 


 今日はこれまでの経緯の報告に来ていた。

 西の姫、東の姫、四人の守り役。

 今日も姫宮は適当な理由をつけて外されている。



 四人の守り役は昔は人間の姿だったという。

 この世界に落とされる時に『呪い』をかけられ、獣の姿になったと。


 北の守り役、黒陽様は黒い亀。

 西の守り役、白露様は白い虎。

 南の守り役、緋炎様は鳳凰のような真っ赤な鳥。

 そして東の守り役は、青い龍の姿をしている。


 その面々の前で、『(まが)』のこと、『(かなめ)』のことを報告していく。


 その最後に、青羽のことを話した。


「――梅様。無茶を承知で、お願いがあります」


 東の姫に頭を下げる。


「私の友人である青羽の、今回の唯一の生き残りの治療をしてください。

 お願いします!」


「――できることとできないことがあるわ」

 幼女が顔をしかめ、それでも「状況を教えて」と言ってくれる。


 青羽の状態、現在は『時封じ』の結界の中にいることを伝える。


 医術と薬術で有名な東の国の王族の姫は、自身も有能な薬師であり医者であり治癒者だ。

 様々な知識と術は並ぶものがないと認識している。

 彼女に治せないならば、もうあきらめるしかないだろう。


「それは、私でないと治せないわね」と東の姫がため息をつく。


「ただ、現状私が動くのは……」

 ちらりと西の姫を見る東の姫。


 わかっている。

 姫達にとっても、今は大事な局面だ。

 だが、青羽を助けられるとしたらこの姫をおいて他にいないのも確かなのだ。


 どうすべきか迷っていると、黒陽様が東の姫の前に進み出た。


「――梅様。私からもお願い申し上げます。

 どうか、青羽をお助けください」


 深刻な顔で頭を下げる黒陽様に、他の面々は驚いていた。


「なんでアンタがそこまで言うのよ」

「青羽は私の友人でもあります」


 西の姫の指摘にそう答える黒陽様。


「…それだけ?」


 西の姫の指摘に、黒陽様はうなだれた。

 言わなくても『鏡』のチカラで知られると理解しているのだろう。

 ためらいながらも、口を開いた。


「――青羽は、姫の『半身』です」


 その場の全員が息を飲んだ。

 姫達の元いた世界での伝説は私も聞いている。

 当然ここにいる面々にはその意味がわかっている。


 どれだけ互いを愛するのか。

 どれだけ互いを求めるのか。


 全員が絶句している中、黒陽様はさらに言った。


「前世で、姫の夫でした」



「――竹ぇ!!」

「姫!! 姫!! シー!!」


 立ち上がり怒鳴る東の姫を、その守り役が押さえる。

 瞬時に黒陽様が結界を重ねがける。


「馬鹿じゃないのあの子!!

 こんなところで何してんのよ!!」


「仕方ないじゃない!

 オトコより『災禍(さいか)』とったってことでしょう!?」


 ちいさな龍のちいさな手で東の姫の肩を押さえる。

 対する東の姫も幼女なのでうまく押さえられているようだ。


「好きな男が!

『半身』がいるのに、なんでこっちにいるのかってのよ!!

『責務を放り出せ』って言ってんじゃないわよ!

 ギリギリまで側にいればいいじゃない!!」


「あの竹様にそんな器用な真似できるわけないじゃない!」


 落ち着いてー! と東の守り役が姫をさらに押さえようとするが、姫はダンダンと足を踏み鳴らし怒りをまき散らす。


「あの竹に!! あの生真面目のカタブツに夫がいたなんて!!

 あの竹が夫にするほどの男が、生まれ変わってまた会えたってのに!

 何してんのよあの子は!!」


 ムキー!! と暴れる東の姫を黒陽様以外の三人の守り役が押さえようと取り囲む。



「――その『半身』が、竹が呼ぶのをためらっていた男ね」


 西の姫の指摘に、黒陽様が黙ってうなずく。


「――竹ェェ!!」

「姫落ち着いてー!!」


 東の姫がさらに怒り叫ぶ。


「何なのよ! 馬鹿じゃないの!?

 さっさと呼べばよかったじゃないの!!

 そしたら少なくとも『(まが)』の封印は解けなかった!

 ひとり欠けることになるのだから!」


「それはわからないわよ。

災禍(さいか)』のことだから、どこにどんな罠をしかけてるか、誰にもわからない」


「少なくとも、夫と過ごす時間はできた! そうでしょう!?」


 西の姫の指摘にかみつく東の姫。

 そして、がっくりと膝をついた。


「――もう、何なのよ…。

 何であの子いつも我慢するのよ…」


「竹様だもん。仕方ないよ」

「わかってるわよ!」


 守り役の慰めるような声にかみつき、東の姫は悲しそうにうなだれた。


「あの子はいつもそう。

『自分のせいで「災禍(さいか)」の封印を解いたから』

『自分は罪人(つみびと)だから』って、いつも自分を責めている。

 ――ちがうのに。

 竹のせいじゃないのに」


 その言葉に「おや?」と思った。

 姫達の事情はおしゃべりな亀からざっと聞いている。

 が、あくまで姫宮と黒陽様の立場からの話だ。

 他の姫にとっては違う話なのだろうか?


 詳しく聞きたかったが、西の姫から声をかけられて聞けなかった。


「晴明」

「はっ」


「――今回の件、『(まが)』も『(かなめ)』も、どちらもアンタに助けられたわ」


 西の姫の言葉に「とんでもございません」と返す。


「だから、これはその『対価』」


 わざとそんな言い方をする西の姫。


「梅。晴明について行って。治療してやって」

「わかったわ」


 即答の東の姫に急かされて、青羽のところに転移した。




 東の姫は青羽の姿を見るなり(まなじり)を吊り上げた。


蒼真(そうま)! 浄化陣! 特級! 五つ!」

「ハイッ!」


 バババッといくつもの術を展開する東の姫。

 守り役が次々と瓶や皿を並べていく。

 その用意されたナニカを姫の術が吸収していく。


「晴明! 結界を解きなさい!」

「ハッ!」


『時封じ』の結界を解いたその途端。

 東の姫の複数の術が一気に青羽の身体に叩きつけられた。

 ビクン! と一度激しく身体が跳ねた。


 すかさず姫が胸にかけている勾玉を首から外して両手で握り込み、霊力を集める。

 透明だった勾玉は見る見る赤く染まり、霊力をあふれさせた。


 その勾玉を、青羽の胸の中心に置いた。

 パアッ! と青羽が強い光に包まれた。


 次の瞬間。

 あれだけひどかった皮膚の火傷(やけど)はみあたらず、元の青羽の顔に戻っていた。

 黒い消し炭のようだったのに!


 私がありがたさに胸がいっぱいになっている間に、守り役が青羽の右腕を何か紐のようなもので縛った。

 肩に近いあたりをギュウッときつく縛る様子に、まさかと青くなった。


 ヒュ、と一陣の風が吹いた。

 それだけ。

 たったそれたけで、青羽の右腕は短くなった。


「―――!!」


 叫びだしそうになるのをなんとかこらえる。

 斬り取りころがった腕だったモノに姫は勾玉を押し付ける。

 勾玉は白くなっていた。

 勾玉が触れた途端、ジュウ! と腕だったモノが消えた。


 腕の斬り口からじわりと血がにじむ。

 しっかり縛って止血をしても、ある程度は出てくる。


「――ウン。正常な色ね」


 幼女が生々しい腕の斬り口を見てうなずく様子はかなり違和感があるが、そこは気にしてはいけない。


 東の姫と守り役はテキパキと右腕を処置してくれた。



「とりあえず瘴気は全部浄化した。

 焼け焦げた皮膚と筋肉も全部再生した。

 一番ひどかった右腕の傷は、再生できなかった腐った部分を切り落としてさらに浄化をかけてから処置した。

 肋骨と左足の骨折、破裂してた内蔵も完治した。

 他にも細々したものが色々あったけど、身体は全部治ったわ。安心しなさい」


「あ…。ありがとうございます!!」


 まさかそんなところまで!! という酷い状態だったようだ。

 この姫がいてくださらなかったら、青羽は間違いなく死んでいた。


 感謝で震えていると、東の姫がニヤリと笑った。


「次回の支払い分から引いておいて」

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