第ニ十一話 決戦
「まさかこんなことが起こるとはなぁ」
はぁ、と息を吐くと白いもやが現れ消えた。
寒い寒いと思っていたら、雪がちらついてきた。積もらないといいけどな。
竹さんに会いに行こうとして急いでいたら、知り合いに会った。
そこでちょっと立ち話をした。
その間に霊力を奪われ、トンデモナイ存在の封印が解けた。
そんなことが起こるなんて、誰が考えつく?
意識を失った俺達を運び介抱しながら、晴明は情報収集や各所への指示など、八面六臂の活躍をしていた。
そのおかげで『禍』包囲網はほぼできあがった。
発生からたったの六日でここまでもってきた。大した奴だ。
俺達霊玉守護者も、意識を取り戻してからは霊力回復に努め、お互いに話し合い、何ができるか、どう戦うか、ずっと検討を続けてきた。
晴明が陣を刻んだ封印石も出来上がった。
いよいよ明日『禍』の討伐に向かう。
清長――あとから倒れてきた神官の方――の『絶対結界』を解き、俺達が突入。
その間は通常の結界を数人の術者が展開することになっている。
今もその担当者が陣や札の確認作業に追われている。
それを漠然とみながら、ついぽろりと本音がこぼれた。
「――竹さんに会いたかったなぁ」
「――今から行くか?」
瘴気でドス黒くなった空に消えるはずの言葉に返事が返ってきた。
建物の壁にもたれていた俺の横まで歩いてきて、同じように持たれた晴明は、俺と同じように目の前で行われている作業を見るともなしに見ながらつぶやいた。
「もう暗い。今なら縮地で駆けても目立たない。
縮地なら伏見まですぐだ。
行こうと思えば、行ける」
そんな、甘い言葉をかけてくれる。
ハハッと乾いた笑いが出た。
「行けないなぁ」
俺がそう言うのがわかっていたのだろう。
晴明は「フゥ」とひとつ息をついた。
「行ったら、戻ってこられない」
竹さんを一目見たら、俺はもう竹さんのことしか考えられない。
世の中が滅びようが、世界中の人間が息絶えようが、どうでもいいと考えるようになる。
それがわかっているから、行けない。
「『禍』の討伐には、俺達五人が必要だ。
一人欠けるわけにはいかない。そうだろう?」
俺の言葉に晴明はぶすっと口を曲げる。
そんな晴明がおかしくて、ハハッと笑いが出た。
「俺は『竹さんに誇れる俺』で在りたいんだ。
だから、行けない」
「……そうだな」
十歳のあの日からずっと俺を見てくれていた晴明はわかってくれている。
俺がこれまでがんばれてきた理由。
『竹さんの側に居たい』
『「竹さんに誇れる俺」で在りたい』
寒い中をたくさんの人間が作業に追われている。
俺達が失敗したらおそらく終わりだ。
京都中の人間が死に絶える。
だが、成功する保証はどこにもない。
生きて帰れるかどうかすら、定かではない。
「竹さんに会ったら『青羽は立派でした』って、褒めまくっておいてくれよ」
「誰が。自分で行って褒めてもらえ」
「そうできたらいいなぁ」
この空の下にあの人がいる。
少し走れば、会いにいける。
「――会いたかったなぁ」
俺の唯一。俺の半身。
忘れたことなんてなかった。
ずっと想っていた。
やっと会えると思ったのに。
悔しいなぁ。
でも、逃げ出すことはできない。
そんなことしたら、俺は竹さんの前に出られない。
あの日からずっとがんばってきた。
『竹さんに誇れる俺』で在るように。
だから、今、がんばらなくては。
世の中のためとか、人々のためとかじゃない。
竹さんにカッコつけるために。
竹さんに褒めてもらうために。
たとえ、竹さんに会えなくなっても。
清長の『絶対結界』を解いた瞬間に五人で飛び込む。
すぐさま術者達の結界で外界と遮断される。
中は瘴気の渦だった。
用意してもらっていた浄化石がなかったらすぐに倒れていたに違いない。
浄化石の効果があるうちに討伐しなければ!
霊玉の共鳴で『禍』の本体の場所はわかる。
瘴気のせいで視界が悪いが、本体目がけて走る。
俺達の気配を感じたのか、『禍』が取り込んでいたであろう『悪しきモノ』を吐き出した!
それが俺達を取り込むためなのか、俺達を殺すためなのかはわからない。
わからないが、こいつらを倒さなければ本体にたどり着かない事実に変わりはない。
五人で必死に滅していく。
穂村と桂は刀で次々と斬り捨てていく。
清長は水を使い、もうひとりの元親は土人形を使役して倒していく。
俺も風の術を使い、霊力の刀を出して戦う。
俺は退魔師としては上位にあると自負しているが、その俺と遜色ない実力者が四人もいるとあって、『悪しきモノ』の討伐はなんとかなった。
『禍』が攻撃をしてくるのをかわしながらこちらも攻撃を仕掛けるが、全てあの黒いもやに吸い込まれていく。
俺達の攻撃を吸い取ることで『禍』はさらにチカラを増しているようだ。
「ならば!」と、穂村が刀に炎をまとわせて物理で斬りかかったが、実体がないのか何なのか、もやもやした部分が切り離されるだけでまた元に戻ってしまう。
「やむを得ん。予定どおり、封印するぞ!」
穂村の声に「おう!」と返し、位置を確認する。
晴明に言われていたとおり、封印石を握り霊力を込める。
「今だ!」の声に合わせて封印石を投げつける。
が、弾かれた!
「駄目か!?」
「まだだ! 封印石は壊れていない!」
ザッと風を使って、転がった石をそれぞれの手元に戻す。
こんな場合も想定して打ち合わせていた。
「最終手段だ! 握り込んで、直接ぶち込もう!!」
「おう!!」
『禍』の攻撃をすり抜け近寄り、五人の呼吸を合わせて一気に腕を差し込む!
「グオォォォ!」とも「ギャアァァァ!」ともつかない叫びを上げ『禍』が暴れる。
振りほどかれないように必死に食らいつく。
封印石の霊力が足りない!
身体中から霊力を絞り出し、封印石に霊力を込める。
まだか!? まだか!!
早く、早く封印陣を展開しろ!!
込める霊力が足りないのか『禍』の抵抗のためか、なかなか封印陣が発動しない。
このままでは先にこちらの霊力が尽きる。
そうなっては、再封印など不可能だ。
汗が滝のように流れる。
まるであの夏のようだ。
俺はまだガキで、黒陽が修行をつけてくれていた。
俺は汗だくで必死なのに、あの亀はのんきに川で涼んでいたっけ。
ああ。懐かしいなぁ。
こんな時なのにふっと笑顔になった。
そうだ。晴明もまだ生意気なガキだった。
あいつは最初からえらそうで、俺のことにらんできたっけ。
俺が竹さんの側にいるだけの価値があるか見てたんだよなアイツ。
竹さん。
竹さん。
会いたかったなぁ。
側に居たかったなぁ。
生まれ変わったら、今度こそ会いにいくから。
また強くなって、必ず貴女に会いにいくから。
『禍』が危険を感じたのだろうか。
黒いもやが俺達の身体に這い上がってきた。
俺達を取り込もうとしていると、直感的にわかった。
だからといって逃げるわけにはいかない。
今この封印石を離したら、もう封印の機会はない!
ズブズブと黒いもやに身体が沈んでいく。
目の前は真っ暗闇。
俺を取り囲んでいるもやは瘴気の炎なのだろう。身体中がジリジリと灼けていく。
それでも必死で封印石に霊力を送る。
きっともう少し! きっとあと少し!!
早く、早く陣を展開しろ!!
その時。
キンッ!
ナニカが発動した!
その途端、右腕に激しい痛みが走った!!
千切られた!!
そう思った瞬間。
ドン! と、何かに弾かれた。
すぐさま封印陣が展開したのがわかった。
遠のく意識の中で、封印陣に囲まれちいさくなっていく『禍』と、そこから飛び出す四つの光が見えた。




