第二十話 対策
引き続き晴明視点です
すぐさま姫達に連絡をとばす。
現在『京都の外を囲っている結界』は、東は比叡山、西は愛宕山、北は鞍馬山、南は巨椋池を『要』として成立している。
姫達のいる伏見は結界の外だ。
京都の『内』がこれだけ瘴気だらけでも『外』の伏見は全く影響がない。
ここにも『災禍』の作為を感じ、歯噛みする。
式神を通して姫達の元へ意識を飛ばし、一連の説明をする。
報告するのは西の姫と東の姫、西の守り役と北の守り役――黒陽様だ。
姫宮は東の守り役が上手に席をはずさせてくれた。
南の姫は転生していない。
前世の死に際、魂を削ったためだと思われる。
今までなんの疑問も抱いていなかったこんなことにさえ『災禍』の作為ではないかと疑念が浮かぶ。
こうやって疑念を抱かせ疑心暗鬼におちいらせるのも『災禍』の仕業なのだろうと理解していても、疑いだしたら止まらない。
「――まさか、そうくるとはね…」
西の姫がギリリと歯を食いしばる。
一手一手慎重に積み上げてきた盤面を、子供が「えーい!」とひっくり返すような手だ。
悔しくて仕方ないだろう。
私は悔しくてたまらない。
「――申し訳ありません。姫。
まさかこんなことになろうとは…」
西の守り役――白露様がうなだれる。
あの『禍』を封印したのは姫宮と黒陽様、白露様だと聞いている。
封印が解けた結果、現在姫達を窮地に追いやっているとなれば、黒陽様が以前ブツブツ言っていたように「さっさと滅しておけばよかった」ということになる。
「青羽は無事か?」
「霊力を奪われただけです。
しばらくすれば回復すると思われます」
私の報告に黒陽様がほっとする。
そして、顔を曇らせた。
「――我が姫には聞かせられない」
「そうね。あの甘っちょろい竹が知ったら、間違いなく飛んでいくわよ。
あの子のチカラなら京都中の瘴気の浄化も、一度確立した封印陣の再構成も可能だわ」
西の姫が冷静に分析する。
「そして霊力を使い果たし、竹は死ぬわけね」
「『災禍』を封じられる唯一の可能性が、ね」
東の姫の指摘にも冷静に答える西の姫。
白露様はしゅんとして、大きな身体を極限までちいさくしている。
「――ホント、イヤになる」
はあぁっ、と西の姫がため息をつく。
「どこからどこまでが偶然なのか。
どこからどこまでががアイツのせいなのか。
私の『鏡』でも見通すことができない。
――イヤになる」
そうぼやきながら、西の姫は鏡に手をかざす。
西の姫の『神器』だ。
姫達にはそれぞれ『前の世界』から愛用していた品がある。
長年使い続け、霊力を込め続けたその品は『神器』となり、姫達の能力を行使する上での補助を担っている。
西の姫の能力は『先見』。
『先』と言っているが、単なる未来予知だけではなく、過去も『視る』ことができる。
積み重ねられてきた過去の様々な要因を検証し検討し、より精度の高い『先見』を導き出すのが西の姫だ。
その能力の補助をする鏡に手をかざす西の姫。
黄金色に変わった姫の目にはその鏡に映る様々が見えているのだろう。
しばらく無言で集中していたが、ひとつ息を落とした。
「晴明」
「はっ」
「そっちはアンタがどうにかできる?」
しばし、迷う。
できるかできないかで考えたら。
「……可能です」
そう、答えるしかない。
私に「できる」と判じたからこそ、西の姫は「できるか」と聞いてきた。
「じゃあ、そっちはアンタに任せるわ。
竹と梅の支払い分でどうにかできるでしょう。
足りなかったら言いなさい」
『支払い分』とは、姫達による各種霊石のことだ。
最初に私が知り合い、恩を受けたのは北の姫――竹様だ。
生真面目で遠慮深い姫宮は、私が手放しに支援することを嫌がった。
「支援を受けるのであれば対価を渡す」と言い張り、霊力を込めた石を錬成してくれるようになった。
それを『支払い』と呼んでいる。
姫宮のくれる石は質が良く、一回の人生ではお釣りが来る。
そう言って生まれ変わったあとも支援し、そして気を使う姫宮がまた「対価を」と石をくれる。
姫宮のくれる石は封印石が多い。
姫宮は封印や結界に特化した能力を持っているので、一番作りやすいと話してくれる。
そして、現場で一番役に立つ。
そうやって私が姫宮を支援しているうちに、他の姫や守り役とも親しくなり、遠慮など無い他の姫達にいいように使われている。
姫宮のためになるので、私に否やはない。
ただ、姫宮が私に遠慮して他の姫達を怒った。
「なら私達も対価を渡せばいいんでしょ!?」と、他の姫達も石をくれるようになった。
特に東の姫の浄化石はものすごく役に立っている。
あの石ひとつ投げるだけで周囲が一気に浄化するのだ。
東の姫の浄化石は、今回また支払ってくれた分もある。十分な数があるだろう。
姫宮の封印石で陣を刻めば、あの『禍』も再封印できそうだ。
「アンタが回してくれてる人員はこのままこっちに預からせて」
「はい」
「蘭がいない現状では、竹が封印することしかできないわ。
竹の霊力は温存しなければならない。
そっちのことは、知らせない」
「はい」
「今回は千載一遇の機会なの。
おそらく『宿主』は秀吉で間違いない。
状況を見るに『願い』は満願間近。
秀吉も『災禍』も緩みが出る。
女好きの秀吉だから私達も近づきやすい」
「承知しております。
こちらのことはおまかせください」
「――頼むわよ」
「はっ」
正月が明けて姫達はひとつ年をとった。
それでも、西の姫は十二歳、東の姫は五歳。姫宮は四歳だ。
いくら何千年も生きた記憶があるとはいえ、現状は幼女ばかり。
その幼女に頼らなければならないというのは、成人男性として情けないものがあるが、彼女達にしかできないのだから仕方ない。
私は私の仕事をするだけだ。
安倍家はいくつもの拠点を持っている。
そのひとつに青羽達を運び込み、介抱する。
単純な霊力不足だったので、これも姫達の支払い分である霊力石をいくつも使って霊力を補充する。
青羽達を介抱しながらあちこちに指示を飛ばす。
浄化石をどこに配置するのがいいか、地図とにらめっこしながら陣を成すように置く場所を考える。
式神が使えるところは式神を、人間でないといけないところは人間を使う。
安倍家の陰明師だけでなく、寺社、公家、武家、市井の術者、ありとあらゆる術者に頼る。
時間との勝負だ。
人海戦術で臨まなければ対処できない。
安倍家の金蔵が空っぽになってでも、今、対処しなければならない。
魂を奪われ亡くなった人への対処もしなければいけない。
真冬なので夏ほどではないが、放置したままにしておくと腐る。疫病の原因になる。
湧き出した『悪しきモノ』の討伐も同時進行だ。
かなりあの『禍』に喰われたが、隠れていたのか、あの瘴気のせいで『悪しきモノ』に成ったのか、かなりの数が湧き出している。
指揮系統を作る。
極力現場で処理できるように。
私は一番最初の指示と最終決定だけで、あとは現場に任せる。
その旨を各担当責任者に伝える。
後方支援部隊も整える。
食事の世話、怪我人の世話、札や武器の補給、やることはたくさんある。
責任者に「出入りの商人でも一般人でも使えるものは何でも使え」と指示する。
急ぎ必要になるのが回復薬だ。
霊力回復薬が特に欲しい。
大至急作るよう指示する。
バタバタしているうちに霊玉守護者達が目覚めた。
まだ霊力が足りないのだろう。起き上がることはできそうにない。
「――せ…。陰明師」
青羽が気を使って、あえて『陰明師』と呼ぶ。
「何があった?」と問うてきたので、五人の意識があることを確認してこれまでわかっていることを話していく。
五人共ただでさえ悪い顔色がさらに悪くなってしまった。
式神に手伝わせながら食事を取らせ、薬を飲ませる。
その時にそれぞれの話を聞く。
あとから倒れてきた二人の男も、有名な能力者だった。
私も名前だけは知っていた。
今日はたまたま通りかかっただけなのだと話す。
『災禍』のチカラを感じて歯噛みする。
「――おそらく、あの『禍』を倒せるとしたら、お前達だけだ」
私の言葉に、五人がうなずく。
この五人は、退魔師として、術者として国でも上位にあるだろう。
その上、あの『禍』の霊力の一部である霊玉を持っている。
影響を与えられることは間違いない。
「私の名は、安倍晴明」
青羽以外の四人が息を飲んだ。
青羽はちょっと眉を寄せただけだ。
「安倍家主座として正式に依頼する」
私の言葉に、五人の表情が引き締まる。
「此度現れた『禍』の討伐。
討伐が不可能であれば、封印。
これを、貴方方にお願いしたい」
「お受けいただけますか?」とたずねると、五人共うなずいた。




