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戦国 霊玉守護者顚末奇譚  作者: ももんがー
第二章 霊玉守護者顚末奇譚
20/38

第十九話 解き放たれた『禍』

晴明視点です。


前話の霊玉守護者の属性と名前を変えました。

『水』の湊→『木』の桂

伴って五人の立ち位置が変わりました。

気になる方は前話をご確認ください。

気にならない方はそのままどうぞ。

 姫宮の転生が確認された。

「生まれ落ちたらさっさと連絡してください」といつもお願いしているのに、いつも数年経ってから連絡してくる。

 困った姫と()(やく)だ。


 守り役の言い分も理解はできる。

「一日でも長く姫に『普通の暮らし』をさせてやりたい」

「両親がいて、家族がいて、愛されて育つ、そんな『普通』を少しでも長く」と。


 だが、こちらも姫宮が心配で心配でずっと待っているのだ。

 一報くらいあってもいいと思う。



 今回もやっと連絡を入れてきたのは、別の姫の守り役だ。

「竹様が合流したわよー」なんてのんきな報告を受けたときはくらりとした。

 職務怠慢じゃないだろうかあの亀!


「お前に連絡したら青羽(せいう)に言うだろうが」と言われては文句も言えない。

 黒陽様も姫宮も、青羽に知られたくないと考えていた。


 姫宮にとって『半身』である青羽の側にいるのは「とてもしあわせ」なのだという。

 いいことじゃないかと私は思うのだが、罪悪感の塊の姫宮にとっては「許されないこと」なのだそうだ。

 困ったひとだ。


 だが、今の状況を考えると、青羽の『風』を使えば情報収集がより楽になる。

 姫宮は転生したばかりでまだ幼い。

 青羽が護衛につけば、今五人つけている護衛は一人でよくなる。


 そうやって青羽を使う利点を並べ立て、ようやく連絡することの許可をもらった。

 別の姫に「使える駒があるんならさっさと出しなさい!」と怒られたことが決定打になった。


「でも」「だって」とためらう姫宮には悪いが、私は青羽の友人だ。

 おまけに姫宮が『しあわせな気持ちになる』とわかっているのだ。

 青羽を呼ばない選択肢は最初から無い。



 

 すぐに飛んで来たがった青羽だったが、間の悪いことに退魔に(おもむ)く途中だった。

 なかなかの大物らしく、青羽以外に討伐はできそうになかった。

「すぐ! すぐに倒してくる!!」の宣言どおり、一日で討伐したらしい。さすがだ。

 それでも往復の日数と、丁度年末年始にかかり寺の雑事から逃げられなかったこともあり、出立が遅れた。



 再会した青羽は、うれしくてたまらないという顔を隠しもしない。

「縮地で行こう!」というのを「阿呆か」と止める。

 合流地点までは山の中だったから縮地が使えたが、ここから伏見までを縮地で移動することはできない。目立ちまくってしまう。


 現地で合流することも考えたが、この浮かれた阿呆は霊力を抑えることが頭からスッポリと抜けている。

 こんな高霊力保持者で戦闘力も高い男が、その能力をダダ漏れにして姫の元に突撃したら、それだけで『災禍(さいか)』に姫達の居場所がバレて逃げられてしまう。


 前世から慎重に慎重を重ねて、やっとあと一歩のところまで追い詰めたのだ。

 それをこの浮かれた阿呆のために台無しにするわけにはいかない。


 青羽を連れて転移するのも同じ理由で却下。


 阿呆を落ち着かせるためにも、私が阿呆の霊力を抑え隠すためにも、仕方なく離れた場所で合流し、歩いて移動することにした。


 普段は飄々としていて冷静沈着に物事を判断できるのに、姫宮がからんだ途端とんでもなく阿呆になる。困ったヤツだ。


「『半身』だから仕方ない」「そういうもんだ」と黒陽様が言っていた。


 かく言う私も、青羽がどれだけ努力してきたかずっと見てきた。

 どれだけ姫宮を求めてきたか、どれだけ姫宮を愛しているのか、ずっと見てきた。

 だから多少の浮かれは「仕方ないな」とあきらめて、ダダ漏れている阿呆の霊力を隠しながら伏見を目指した。



 仕方なく歩きで、それでもかなり早歩きで移動していると「あれ」と青羽が何かに気付いた。

 前から来る二人組。

 相当な手練(てだれ)だ。

 霊力量もかなり多い。抑えているようだが私にはわかる。

 何者かとうかがっていると「以前一緒に仕事をした霊玉守護者(たまもり)だ」と青羽が言う。

 なるほど。霊玉守護者(たまもり)ならばこの霊力量も納得だ。


 やがて目の前に来た二人組は、二人共霊玉守護者(たまもり)だと言うので驚いた。

 霊玉守護者(たまもり)が三人集まるなど、かつてあったのだろうか?



 イヤな感じがする。


 具体的に『先見』で悪い兆しがあったわけではない。

 この場の誰にも凶相はまだでていない。


 それでも、イヤな感じがする。


 天体を巡る星が何百年に一度交わるかのような。

 誰かが、何かが狙っているわけでもないのに、破滅へと導かれるような。


 人智を超えた流れの中にいる感じがする。



 こんな感覚のときは、マズい。

 すぐにこの場を離れたほうがいい。

 理由も理屈もあとで検証すればいいことだ。


 青羽を()かして立ち去ろうとするが、手遅れだった。

 青羽が、あの青羽が「動けない」という。


 攻撃された気配はなかった。

 何が起こった!?

 すぐさま結界を展開した。

 が、ナニカに弾かれた!


 私の結界が展開できないなど、尋常ではない!

 展開できないのは結界だけのようだ。

 すぐさま式神を放つ。情報収集だ。

 離れた場所から俯瞰(ふかん)で見ると、ここがどこかわかった。


 わかった途端に、理解した。



 ここは、姫宮から聞いていた場所。

 一番最初に羅城門が建っていた場所の近く。


 霊玉の元になった『(まが)』の本体が封じられている場所。



 霊玉守護者(たまもり)が――霊玉がこの場所に集まったことにより、封印が解けようとしている!?


 姫宮の複雑な封印の術の影響で私の結界は展開できない!?



「――何か…マズい…。逃げろ、晴明…」

「青羽!」


 術がだめなら物理で、と、グイグイと青羽を引っ張るが、ビクともしない。

 青羽自身に『(まが)』の影響が出ているのか!?

 ならばと印を切り、手刀を叩きつけて影響を断ち切ろうとしたのだが、何も変わらない。

 私でも敵わない、とんでもない霊力だ。



 どうする? どうする!?

 このままではまずい!!


 青羽達が立っている真下――三人の中心の地面から、ドプリと黒い淀みが浮かんだ。


 黒いドロリとしたものは、ゆっくりと渦を巻きはじめた。


 青羽達に影響がないよう、真上から攻撃を仕掛ける!

 が、私の攻撃はすべて飲み込まれてしまった!

 式神を突入させようとして、すんでで思いとどまる。

 この(よど)んだモノは、攻撃を飲み込んだ。

 式神も喰われてコイツの栄養にされるに違いない。



 どう対処すればいいのか考えあぐねていると、男が二人倒れてきた。

 

 誰だ? 何だ!?

 そう思う間もなく、突然、五人の身体から霊玉が飛び出してきた。

 

 霊玉守護者(たまもり)が、五人!?


 霊玉が、五行の並びに並んでいる!!


 あっと思う間に霊玉はくるくると円を描きひとつにまとまり、圧縮されていく。



 ギュウウゥゥ! と霊玉が圧縮されるのにあわせて地面の黒い(よど)んだ渦が霊玉に吸い上げられていくように見えた。


 パン!! と霊玉が弾けた途端。


 封印陣が、弾けた!


 ブワワワワーッ! 

 黒い(よど)みが天高く吹き出した!

 天の一箇所でくるりとひとつにまとまった黒い渦。


 よく見ると、(よど)みは黒い炎だった。

 ズクズクとまき散らす瘴気を受けて、我々を取り囲んでいた人々がひとりふたりと倒れていく。

 冬の灰色の空はどんよりと濁った黒に染め替えられた。



 非常事態だ!!

 すぐさま式神をあちこちに放つ!


「晴明だ! 巨大な『(まが)』の封印が解けた!

 瘴気を撒き散らしている!

 全員瘴気と『悪しきモノ』への警戒をとれ!」


 すぐさま札を投げつけ『(まが)』を攻撃するが効かない。封じようとするが弾かれる。

 式神を使っての攻撃も効かない。



 青羽達は倒れた。

 霊力をかなり吸い取られたようだ。


 渦を巻いていた黒い炎は、やがて人の形を取った。

 顔にあたる部分に面をつけている。

 舞楽の蘭陵王のような面だ。


 人の形をした黒いモノは、手を、足を動かして、体の状態を確かめているようにみえる。

 やがて納得したのだろう。

 ニタリと、(わら)った。

 


「カラダが、戻った」

「我は、王になる」


 ドッとさらに瘴気が広がる!

 展開している式神が京都中の状況を伝えてくる。

 京都を取り囲む結界のおかげで、結界の外に瘴気は漏れていない。

 その代わりのように、結界の内側は瘴気にあふれ大変なことになっている。

 あちらでもこちらでも、人がバタバタと倒れている。


 倒れた人の中、横たわった身体から黒いナニカがぞわりと抜けた。

 その黒いもやは上へ上へと昇っていき、『(まが)』に取り込まれた。


 人の魂を、喰っている!?


 よく見ると、人だけではない。

 ヒトならざるモノも『(まが)』に囚われ、喰われている。

 次から次へと喰い、『(まが)』は大きくなっていく。


 せめて喰らうのを止めたくても、私の結界は弾かれてしまう。


 どうする!? どうする!!

 このままでは、この京の都は『死の都』になる!

 


 次から次へとあらゆるモノを喰っていた『(まが)』だったが、真下に転がる存在に気付いた。

 その空洞の目を下に――青羽達に向けた『(まが)』は、ニタリと笑った。


「このチカラは、我のモノだ」


 大きな口をぐぱりと開き、黒い腕を伸ばして青羽に迫る。


「青羽!!」

 反射的に青羽に覆いかぶさる。

 自分と青羽に結界を展開するが、到底防げるとは思えない!

 もう駄目か!?



 バシリ!

(まが)』の腕が弾かれた!


 見ると、倒れていた神官が腕を伸ばしてこちらを見ている。

 彼が何かしたらしい。

 その彼と目が合った。

 補助を求められていると察し、駆け寄る。


「スミ、マ、セ…」

 手を伸ばしてきたので腕を取る。


「支え、て……」

「これでいいか!?」

 抱き起こし、背中を支えて座らせる。

 弱々しくうなずいた神官は息を整えると、キッと『(まが)』をにらみつけた。


 パンッ! と勢いよく柏手を打つ神官。

 その両手をバッと『(まが)』に向けた。


 その途端!


 キンッ!

 結界が『(まが)』を捕らえた!



 この私でも展開できなかった結界を展開するとは!

 これほどの術者がいたとは知らなかった。


(まが)』は透明な丸い球体の中でジタバタと暴れている。

 このままではいつか結界が弾けてしまいそうだ。


「――こ、れ――、私、の、特殊能力、です」


 息を切らし、神官が説明する。


「『絶対結界』。

 対象は、逃げられ、ま、せん」


 特殊能力ならば並の術とは違うだろう。

 ハァハァと息を切らす神官に、持っていた水筒から水を飲ませる。


「それ、でも、この大きさが、限界、です。

 結界を縮めようと、さっき、から、……、で、も、ダメ、で」


「わかった。十分だ」


 そううなずいてやると、ニコリと笑って神官は気を失った。


 結界は維持されている。

 特殊能力ゆえだろう。


(まが)』が結界に封じられたため、瘴気が増えるのは止まった。

 それでも今あふれているこの瘴気を収めるには並大抵のことではない。


 京都中に広がった瘴気の浄化と、この『(まが)』の再封印。

 この二つが、今やらなければならないことだ。

 どちらも簡単にできることではない。

 姫宮にこちらに来てもらうか――。



 ――姫宮、に?



 そう考えた瞬間。

 カチリと、何かがはまった。




 昔、姫達から聞いた話。


災禍(さいか)』の話。




 姫宮達が追っている『災禍(さいか)』とは、ナニか。


 それは、望みを叶えるモノ。

 それは、運命を操るモノ。


 強い望みを持つモノの強い願いを叶えるために、偶然を重ね合わせて運命と結果を引き寄せるモノ。


 強い望みは犠牲もいとわない。

 強い願いは(にえ)を要する。

 結果、全てが滅びる。

 周りも、無関係なモノも。

 願った当事者も。



 それでも、その願いを叶える。


 それが 『災禍(さいか)





 ――そうか。これが。


 これが 『災禍(さいか)』の チカラ。





 偶然、姫宮が転生していると知った。

 当然青羽に連絡をとる。が、姫宮がすぐに許可を出さなかったために連絡が数日遅れた。

 そのために、青羽は退魔に出かけなければならなかった。

 あと二日早く連絡していれば、間違いなく奴はすぐに姫宮のところに駆けつけた。


 連絡が遅れたために青羽は退魔に出かけ、偶然年末年始が重なったためにすぐには動くことができず、今日この日にここを通った。


 偶然、今日この道を選んだ。

 偶然、ここで、この場所で知り合いに会った。

 それが偶然霊玉守護者(たまもり)だった。


 偶然、この場所で立ち止まった。

 偶然、この場所で立ち話をした。

 あと一歩ずれて話していたら、結果は違った。

 あと少し早く話を切り上げていたら、結果は違った。

 あと少し早く歩いていたら、そもそもここで立ち止まることはなかった。


 偶然『(まが)』の封印の真上に霊玉守護者(たまもり)が一定時間いたから、霊力をじわりじわりと奪われた。

 結果、『(まが)』の結界に影響を与えた。


 偶然、霊玉守護者(たまもり)が五人、この場所にいた。

 偶然、五行の並びに立った。

 偶然、それが『(まが)』の封印の真上だった。




 こんなことが、有り得るのか!?

 こんな、神でもできるかわからないような偶然を全て引き起こすことなど!


 だが、この出来事が起きたことによる影響を考えると『災禍(さいか)』が関わっているとしか思えなくなる。



 姫達は今『災禍(さいか)』の『宿主』は豊臣秀吉だと断じて探索中だ。

 姫宮が封じた『(まが)』が解き放たれ、京都を瘴気あふれる街にしたとなれば、少なくとも姫宮は離脱しなければならなくなる。

 姫達を支援している私も、私の手の者もこちらにかからなければならない。

 そうなると必然豊臣への追求は止まる。

 その隙に逃れるなり別の宿主に宿るなりできるだろう。


 豊臣が狙う将軍職の任命も、公家の名家の戸籍も、この状態の京都を救うとなれば何でも望み通りだろう。


 どこまでが偶然で、どこまでが狙ってのことなのか。


 自分も踊らされた一人であるから解る。

 他者の関与は、決して無かった!


 それなのに、結果だけを見れば、追われる『災禍(さいか)』にも姫達が狙う豊臣にも都合のいい結果になることは間違いない。




 あまりにも都合よく、出来すぎている。

 ブルリと悪寒が走った。



 これが 『災禍(さいか)』。


 ヒトを滅ぼし、国を滅ぼす存在。

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