閑話 竹
『助けた亀がくれた妻』『紅蘭燃ゆ』に出てきた北の姫こと竹視点です
ただひとりの人に出会った。
『半身』と呼べる、唯一の人と。
罪人の私が、ただひとり甘えられる人。
私の、夫。
強くて、何でもできて、何でも知っていて。
私の弱いところも情けないところも全部「大丈夫」と受け止めてくれる。
可愛げのない私を「かわいい」と甘やかし、抱きしめてくれる。
苦しいことも、悲しいことも、辛いことも全部吐き出しても嫌な顔ひとつせず、むしろ「言ってくれてありがとう」なんて笑ってくれる、優しい人。
好きにならないなんて、できるわけない。
罪人の私が人を好きになるなんて、許されないのに。
好きになってしまった。
迷惑になるのに。
苦しませるだけなのに。
余命わずかな私では、あの人の役に立てない。
災いをもたらす私では、あの人に不幸をまねく。
それなのに。
わかっているのに。
あの人が、好き。
あの人に「好き」と言ってもらって、うれしい。
あの人が『しあわせ』を教えてくれた。
あの人が『うれしい』を教えてくれた。
あの人が『愛おしい』を教えてくれた。
私の、唯一。
私の夫。
私が生まれたのは『高間原』と呼ばれていた世界。
魔物の出る魔の森に囲まれた世界。
その世界には東西南北と中央の、五つの国があった。
私はその北の国『紫黒』の王の娘として生まれた。
生まれたときから強い霊力を持っていた。
自分でもどうにもできないそれは、私の身体には納まりきらなくて、しょっちゅう熱を出していた。
それでも笛の音に霊力をのせて散らせるようになってからは、多少は霊力の暴走も減ったし、何より魔の森の結界を保つ役に立てた。
私でも役に立てることがあることが、うれしかった。
ある時、中央都市に医術と薬術で有名な東の都市の姫と、学術に秀でた西の都市の『先見姫』がおもむくという話が聞こえてきた。
その二人の知恵があれば、私の霊力過多症が治るかもしれない。
一縷の望みをかけて、側近達と中央都市に向かった。
結果的に、私の霊力過多症は落ち着いた。
東の姫の薬と西の姫による霊力訓練、そして同じく中央都市にきていた南の戦闘集団の姫にお出かけにさそわれて出歩くようになって体力がつき、人並み程度に過ごせるようになった。
三人ともすごく素敵な女性だった。
しっかりと自分の足で立っている。
自分の信念を持ち、将来の展望も抱いている。
役立たずな私を気づかってくれる。
三人それぞれの守り役も素敵な人だった。
いたらない私をいつも優しく見守ってくれていた。
強くて優しくて明るい三人と、それぞれの守り役とにひっぱられ、私は、自分が元気になったと思ってしまった。
私でも誰かといてもいいと、勘違いをしてしまった。
そして、事件が起きた。
中央の『黄』の一族が封じていた『災禍』の封印を、私が解いてしまった。
そこが『封じの森』とは知らなかった。
それが『災禍』を封じた大樹だとは知らなかった。
知らずに触れて、私がその封印を解いてしまった。
知らなかったからと言って、許させることではなかった。
わざとではないからと言って、許されることではなかった。
その場にいたのは、自分を含めた東西南北四人の姫と、それぞれの守り役。
『黄』の王族の前に連行され、魂に『呪い』を刻まれ、異世界に落とされた。
私のせいで、三人の姫と四人の守り役が、呪いを受けた。
私のせいで、異世界に落とされた。
私が封印を解いた『災禍』のせいで、私の生まれ育った世界は滅びた。
たくさんの人が死んだ。
私のせいで。
私がいたら不幸が起こる。
私は存在してはいけない。
そう思うのに、何度死んでもまた生まれ変わる。
この記憶が消えることはない。
これが、私に課せられた『罪』。
忘れることも、死ぬことも許されない。
その『災禍』がこの世界にいると気付いた時に、理解した。
これが私の使命だと。
このために私は何度も転生しているのだと。
『災禍』を封じるために、私のこの大きすぎる霊力はあるのだと。
それなのに、私はまた失敗した。
『災禍』の存在を認識していながら、封じることができなかった。
結果、国が滅びた。
たくさんの人が死んだ。
必死で力をつけた。
術をみがいた。
時間だけはあった。
他の三人の姫にも、四人の守り役にも協力してもらった。
それでも、だめだった。
再び、国が滅びた。
罪だけが重なっていく。
なのに死ぬことも忘れることも許されない。
償う方法がわからない。
死の苦しみの瞬間だけが、私が償えていると思えた。
その時も、苦しんで死んだ。
泥に押しつぶされて、息が苦しくて。
ああ、これで少しでも償いになれば。
そう思って、死んだ。
そのはずだったのに。
「がんばれ」「がんばれ」
「大丈夫だ」「がんばれ」
そんな声が私を呼び戻した。
あたたかい霊力が身体に染み込んでくる。
強い力が抱きしめてくれる。
「生きている限りは、生きる努力をしなければならない」と。
「それが生きる者の勤めだ」と笑う人がそこにいた。
その人は何でもできた。
薬を作って私に飲ませる。
食事を作って私に食べさせる。
自分でわかる。『器』に穴があいている私はもう長く生きられない。
薬も食事も、無駄になる。
それなのに、その人は「飲め」「食べろ」と言う。
黒陽が「恩返しに」と、その人の望みを叶えると提案した。
こうやっていつも気が利く守り役に助けられている。
その人の望みは、都作りに関することだった。
自分のことでなく世の中のためになることを望むなんて、なんて高潔な人だと尊敬した。
その人の側にいると、うれしかった。
穏やかで、優しくて、側にいるだけで安心する。
寝込んでばかりで役に立たない私を大切にしてくれる。
そのときにはわからなかったが、淡い好意を抱いていた。
その人に惹かれていた。
初めて抱きしめられたときに、わかってしまった。
この人だ。
この人が、私の『半身』だ。
それからは、それまで感じたことのない気持ちを次々と感じた。
うれしい。しあわせ。大好き。愛おしい。
側にいるだけでしあわせだなんて。
抱きしめられるだけで泣きたくなるなんて。
きっと、これは『ご褒美』。
罪人の私なんかにはもったいないくらいの『ご褒美』。
とびきりうれしくて、とびきりしあわせな時間だった。
あの人と別れてから、ずっとあの人のことを想って生きている。
罪人の私は、もうあの人に会えないけれど。
あの人は「探す」と言ってくれたけど。
探さないでほしい。
忘れてほしい。
私は罪人だから。許されないから。
でも。
忘れないでほしい。
探してほしい。
また会いたい。
そう願う自分があさましくて、嫌で仕方ない。
罪人だとわかっているけれど。
許されないとわかっているけれど。
あの人のことを想うことだけは許してほしい。
もう会わないから。
使命を果たすから。
想うだけは、どうか、許してください。
あの人との思い出を思い出してがんばるから。
あの人のぬくもりを思い出してがんばるから。
想うだけは、どうか。
『あの人』こと智明とのあれこれは『助けた亀がくれた妻』をお読みくださいませ