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戦国 霊玉守護者顚末奇譚  作者: ももんがー
第二章 霊玉守護者顚末奇譚
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第十八話 『禍』

青羽(せいう)

 声をたよりに探すと、久方ぶりの姿を見つけた。


晴明(せいめい)!」

 手を振る相手に人混みを避けながら合流する。


「久しぶりだな」

「ああ。――それより」


 挨拶もそこそこに本題に入ろうとする俺に晴明も苦笑を浮かべている。

 が、気にすることではない。

 息せき切って問いかける。


「竹さんが見つかったというのは、本当か?」


 ニヤリと意地の悪い狐のような笑みを浮かべてうなずく晴明に、腹の底から喜びが湧き上がってくる。



 やっと。やっとだ。

 やっと会える。

 十五年、待ったかいがあったというものだ。




 あの日。

 十三歳のあの日。晴明が寺に来て言った。


「姫宮が亡くなった」


 その言葉に、なにもかもが真っ白になった。

 俺は、間に合わなかった。

 その思いに占領されて、苦しくて悲しくて、ただただ泣いた。

 泣いて泣いてからっぽになった俺に、晴明は言った。


「姫宮はじきに生まれ変わってくる」

『先見』でわかる。と断言する。


「生まれ変わってきたら、赤ん坊だ。幼児だ。少女だ。

 護衛が必要だ。そうだろう?」


 晴明の言葉の意味を理解したとき、俺の中に再び火が点った。


 そうして再び修行に明け暮れた。

 十四歳(じゅうし)で実戦部隊に入った。

 あちこちに派遣され、様々な妖魔と戦った。

 戦の跡に(おもむ)き、治療や弔いをすることもあった。

 時には晴明からの依頼も受けた。

 晴明と共に戦うこともあった。

 同じ『霊玉守護者(たまもり)』と認められた人物にも会った。

 様々な経験をし、日々修行を重ね、それなりに名が知られるようになってきた。




 俺は、二十五歳になる。

智明(ともあき)』の年齢(とし)にはもう少しあるが、知り合いの『(ヌシ)』達が「全盛期に戻った」と言ってくれている。


 やっと、彼女の横に立てる。


 そんな自信がついた頃、晴明から連絡が入った。

「姫宮が見つかった」と。



 

「黒陽様と連絡がついた」と晴明が知らせてきたのは年末。

 すぐに向かいたかったが、たまたま離れた場所への退魔に向かっているところで、叶わなかった。

 気がはやるのをなんとか押さえつけ、大急ぎでかかっていた仕事を済ませる。

 寺の雑事も片付けて、やっと駆けつけることができた。


 連絡をもらってから、一月近く経っていた。


 俺は西から、晴明は北から進み、合流地点で待ちあわせた。




 街は正月が明け、間もなくやってくる追儺おにやらいに向けてにぎわいをみせていた。


「陰明師は忙しいんじゃないのか?」

「私が出向くことはないから大丈夫だ。

 それより姫宮のほうが大事だ。そうだろう?」


 そう言われてうなずく。



 晴明は名実共に安倍家の当主となり、日々忙しくしている。

 年末、正月、追儺と、陰明師は引っ張りだこのはずなのに「雑事は下の者で十分」と放っぽり投げて、竹さん達の支援にまわっているという。

 王家の行事も蹴った? お前、大丈夫か?


 供もなく晴明一人でうろうろしているのも、各種行事と竹さんの支援に人手を振りまくっているからだと話す。

「ま、自分の身は自分で守れるし、私一人のほうがいろいろ早い」


 こいつの言うとおりだ。

 庶民のような狩衣姿のこいつが、そのへんの武士もひとひねりできるとは誰も思わないだろう。

 僧形の俺も同じことができるが。



 二人で並んで歩いていると、まるで初めて会った十歳の頃に戻ったようだ。

 あの頃と比べ、背も高くなったし身体もできた。お互い大人になって酒も呑み交わすこともあるのに、二人になるといつもあの頃に戻ってしまう。


 竹さんと黒陽のいた、あの夏に。



 あの気のいい亀は変わりないだろうか。

 竹さんはどうしているのだろう。



 あれから十五年経った。

 俺も晴明もすっかり大人になった。

 竹さんは俺がわかるかな?

 竹さんは子供だという。さぞ可愛らしいだろうな。


 晴明と話しながらも気持ちは竹さんのことばかりでいっぱいになる。

 そんな俺に晴明はあきれ顔だ。


「にやけ顔どうにかしろ」

「にやけてるか?」


 自分ではわからない。

 でも、そうかもしれない。

 もうすぐ竹さんに会えると思うだけで頬がゆるんで仕方ない。



 竹さんは今伏見にいるそうだ。

災禍(さいか)』は豊臣に関わっているとみて、姫達が探っているところだと晴明が教えてくれる。

 オレの風の術ならば情報収集に役立つだろうと姫達に推薦してくれ、やっと同行の許可が出たため連絡をくれたそうだ。

 もちろん竹さんの護衛も兼ねている。


 側にいられるならばなんだってかまわない。

 もうすぐ会える。

 うれしくて足取りが軽い。




「あれ」

 ふと、知った気配を感じた。

 向こうから歩いてくる二人組。

 がっちりとした大男と、ほっそりとした男。

 どちらも着物に袴の簡素な装いに刀をさしている。

 その大男に見覚えがあった。


穂村(ほむら)…?」

「知り合いか?」

「前一緒に仕事した『()』の『霊玉守護者(たまもり)』だよ」


 晴明も以前の俺の話を思い出したのだろう。「ああ、あの」と興味を持ったようだ。


 向こうも俺に気付いたらしい。

 手を挙げてきたので同じように手を挙げる。

 二人組が近付いてくるにつれて『ナニカ』を感じるようになった。

 リィン、リィンと、身体の中でナニカが鳴り響いている感じ。


 これは、あれだ。

 穂村に初めて会ったときの感じ。

霊玉守護者(たまもり)』の『共鳴』だ。



 やがて二人組が目の前にやってきた。


「青羽! 久しぶりだな!」

「そうだな」

「なんで京に? 仕事か?」

「ああ」

「仕事かぁー」と残念そうに言うので何かあるのかと思ったら「せっかくだから、メシでも一緒に行きたかった」という。相変わらず気のいい奴だ。


「あ。こいつ、(かつら)

 わかるだろうけど、『(もく)』の『霊玉守護者(たまもり)』」


「桂です」とペコリと頭を下げる男に「『(ごん)』の『霊玉守護者(たまもり)』の青羽です」と挨拶をする。


 桂と紹介された男は俺より少し年上だろう。

 只者でないのは立ち居振る舞いでわかる。霊力も多そうだ。

 あの穂村も認めているようだし、なかなかの人物のようだ。


「そっちは?」と穂村が晴明を紹介しろと言ってくる。

 正直に「安倍家の当主、安倍晴明だ」というわけにはいかない。

 ちらりと晴明と目を交わす。

 言ったら駄目と。はいはい。


「俺の友人。陰明師」

「どうも」

 ニコリと微笑む晴明に、穂村も桂も「どうも!」と笑いかける。



 話している間もリィンリィンという共鳴は止まない。

 穂村のときは霊玉見せあったら止まったんだったな、と思い出したが、そんなことをしている時間も惜しい。

 俺は早く竹さんに会いたい。

 さっさと別れることにする。



「じゃあ、俺達急ぐから。またな穂村」


「ええー。せっかく霊玉守護者(たまもり)が三人集まったんだぞー。酒の一杯でも呑もうぜー? 陰明師も一緒にさぁー」


「仕事だっての。またな」


 そう言って笑うと、「おう」と気安く手を挙げる。

 俺も手を挙げ、別れようとした。


 足を出そうとして、初めて気付いた。

 足が、動かない?! なんだ?!


 縫い付けられているような違和感に警戒態勢をとる。

 そのとき。


 リィン…リィン…と鳴っていた共鳴が強くなった。


 ――なんだ?

 なんか、おかしな感じが…?


 歩き出すことなく周囲を警戒する俺に、晴明もすぐさま警戒態勢をとる。


「――なんだ?」

 穂村も何か感じているらしい。

 桂もキョロキョロと辺りを見回している。


「――イヤな感じがする。

 青羽。急いでこの場を離れるぞ」


 晴明が切羽詰まった様子でボソリと告げてくるが、動けない。

 足が動かないだけではない。全身が動かない。なんだ?


「青羽!」

 尚も晴明が()かす。


「すまん…晴明…。動けない……」


 かろうじてそれだけ言えた。

 俺の言葉に晴明が息を飲む。

 すぐさま俺達の周りに結界を展開した。が。


「――弾かれた――?」


 晴明の結界が展開できない。

 晴明の結界が!? 


 ナニカが起きようとしている。

 攻撃された気配はなかった。

 なのに何故俺は動けない?

 引き寄せられるようなこの感覚は何だ!?


 目の前の穂村も桂も動けないようだ。

 身をよじったりしているが、何かに囚われたように苦悶の表情を浮かべている。


「――何か…マズい…。逃げろ、晴明…」

「青羽!」

 グイグイと晴明が引っ張ってくれるが、ビクともしない。

 キッと表情を変えて晴明が印を切る。

 俺の額に手刀を叩きつけてきたが、何も変わらない。

 痛かったぞくそう。


「晴、明…。逃げ、ろ…」


 共鳴はどんどん強くなる。

 リィン、リィンと鳴いていたのが、間隔が次第に短くなり、リリリリリ!とひとつの音に聞こえる。


 動けない俺達と晴明の様子に、道行く人々はなんだなんだと遠巻きに囲みはじめた。

 その中からふらりとひとりの男が飛び出してきた。

 神官だろうか。白い装束をまとっている。

 俺と桂の間に割りこむように歩いてきたかと思ったら、そのまま苦しそうにうずくまる。


 あっと声をかけようとしたその時。

 俺と穂村の間にも男が倒れ込んできた。

 驚く俺達の足元でうずくまった男は苦しそうに胸を押さえている。


 誰だ? 何だ!?

 そう思う間もなく、突然、身体から霊玉が飛び出してきた。

 驚くことに、倒れ込んできた二人の男からも霊玉が飛び出した。



 霊玉!? この二人も『霊玉守護者(たまもり)』か!?



 俺達の目の前に浮かんだ霊玉はかすかに震えている。


 円を描くように等間隔に浮かんだ霊玉を見て、気付いた。

 五行の並びに並んでいる。

 たまたまか?! たまたまのはずだ!

 一体、これから何が起こる!?



 リイィィィ、と、ひときわ大きな共鳴が起こった。

 驚いたが、邪悪な感じはない。

 やっと会えた、と喜び()いているのが伝わってくる。

 

 やがて、霊玉から光があふれ、隣の霊玉へとむかう。

 木から火の霊玉へ、火から土の霊玉へ。

 ゆらり、と移動した光はさらに隣へ、隣へとゆらぎうごき、次第にその早さを早め、くるくると渦を巻きはじめた。


 くるくる くるくる くるくる くるくる


 廻る光は次第にひとつに溶け合っていく。

 やがて子供の背丈ほどのひとつの球体になった。



 やっと会えた。

 やっとひとつに戻れた。



 そんな気持ちが伝わってきた。

 それなのに俺の中の焦燥感はどんどん増していく。

 まずい。このままではまずい!!


 なんとか霊玉を戻そうとするも身動きがとれない。

 霊玉を散らそうにも霊力操作ができない。

 勝手に霊力を吸い上げられているようで、そのために身動きがとれないのだと今更気付く。



 共鳴も細かい音が重なりすぎて、リリリリリーン、リリリリリーンと、逆に長く響くように感じた。

 そうしているうちに大きな霊玉はくるくるまわりながら徐々に小さくなっていく。

 圧縮されていっているとわかった。


 いつも手のひらに現れる大きさにまでちいさくなった。


 一瞬動きを止めた霊玉は、ふるりと表面をみだし。


 そして。



 パァン!


 弾けとんだ!


 

 

 火花が散るように弾けた霊玉は、それぞれの霊玉の持ち主の身体の中に吸い込まれた。


 霊玉が戻った途端、あれだけ動けなかった身体が動くようになった。

 ぐらりと傾いだ身体をなんとか片膝をついて支え、天を仰ぐ。



 そこには、ドス黒い炎の渦が浮かんでいた。

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