第十七話 別れ
短いですがキリがいいので。
ついに竹さんと別れる日が来てしまった。
竹さんを助けて約一か月。
たった一か月しか一緒にいられなかった。
晴明が安倍家の場所を教えてくれた。
有名な一条戻り橋そばではなく、今は京都の北西部の山の中にあるという。
この寺からは山を越えていったところになる。
地図でみればさほど遠くはないが、山越えが大変だ。
「縮地を使えばすぐだろう」とこっそり晴明が言う。
神速で駆ける基本の走りである『縮地』。
まだ俺は習得しきれていない。
縮地の練習といって行こうかな?
竹さんはしばらく安倍家にいる予定だという。
ただ、それもどうなるかわからない。
晴明がこっそり札を一枚くれた。
この札を目印に、式神を飛ばすという。
「何かあったら連絡してやるよ」と約束してくれた。
約束といえば、晴明が時々この寺に来て俺の威圧訓練をしてくれることも約束してくれた。
青蓮に許可を求めに行ったらものすごく喜ばれた。
晴明が「青羽だけでなく希望者がいれば一緒に威圧をかけますよ」とにっこりと言うものだから、青蓮は喜び他の兄弟子達はこの世の終わりみたいな顔をしていた。
「お世話になりました」
竹さんがペコリと頭を下げる。
本坊の前。
俺達青蓮の房の人間に加え、寺のエラい連中も加わって、竹さん達の見送りに出ていた。
晴明と竹さん、安倍家の迎えが三人とと護衛が十人。
今回は迎えに女性がいた。
竹さんの世話役だと晴明が話してくれた。
晴明がこっそり教えてくれたところによると、晴明も竹さんも黒陽も『転移の術』が使える。
それを使えば一瞬で北山の安倍家に帰れるのだが、使えることをあまり大っぴらにしたくない。
戦に利用されかねないからだ。
一瞬で遠距離を移動して情報を持ち帰れたら、それだけで戦局が変わる。
晴明も竹さんもそれがわかっているから、術が使えることがバレないようにわざわざ手間と時間をかけて歩いて移動するのだ。
「次に私がこっちに来るときは転移してくるからな。目印の転移陣、仕込んどいたから」
晴明の耳打ちに黙ってうなずく。
竹さんは寺のエラい連中に頭を下げたあと、俺達にもきちんと挨拶をしてくれた。
青蓮や兄弟子達に礼を述べ、俺の前に立った。
「青羽さん」
ああ、かわいいなぁ。
行かせたくないなぁ。
俺を呼ぶときにちょっと小首をかしげるクセ。
優しいまなざし。
俺の、半身。
離したくない。離れたくない。
でも、仕方ない。わかってる。
俺は、子供だ。
何ひとつ自分ひとりで成せない。
だから。
「竹さん」
だから、せめて気持ちだけでも今、伝えたい。
「俺、」
「青羽さん。ありがとうございました」
気持ちが言葉になる前に、止められた。
「お元気で」
にっこりと笑って、俺の動きを、言葉を制する。
――ずるい。
貴女はいつもそうだ。
自分を抑えて、俺の気持ちを聞きもしないで。
罪人だからとすべてを諦めてる。
俺の気持ちはどうなるんだよ。
貴女を好きな、この気持ちは。
ずるい。
自分勝手だ。
貴女が勝手をするなら、俺だって勝手にする。
貴女を諦めてなんか、やらない。
「俺、いつか必ず強くなります」
俺の言葉に竹さんは驚いていた。
黒陽と晴明はニヤリと笑った。
「必ず、貴女にふさわしい男になります」
胸を張って、堂々と、自信満々に宣言する俺に、竹さんは眉を下げた。
きっと困った子供だと思っている。
仕方のない子供の戯れ言だと思っている。
でも、いつか、必ず。
見てろよ竹さん。
すぐに大人になってやるからな。
「お元気で!」
それだけ言って、ペコリとお辞儀をした。
バッと頭を上げると、そこには竹さんの微笑みがあった。
「さようなら」
俺にそれだけ言って、彼女は見送りの人に黙礼をした。
晴明と目を合わせ出立の合図とすると、俺に背を向けて歩き出した。
彼女の肩の黒陽はずっとこちらを見てくれていたが、竹さんがふりかえることは一度もなかった。
小さくなっていく彼女の背を、拳を握りしめたまま、ただ見送った。
あの別れから十日もしないうちに晴明が来た。
「縮地を覚えろ」と、無理矢理山を駆けさせられる。
晴明の式神に追い立てられながら、死ぬギリギリの状況で走った。
「一緒にやりますか?」と笑顔を向けられた兄弟子達は逃げ出し、戻った俺に例によって憐れみの顔を向けるだけだった。
その甲斐あってか、五日ほどでそれなりに走れるようになった。
そして晴明に先導されるまま向かった先は、京都の北西にあるという安倍家だった。
「ここに隠れてろ」と言われ、木の中でじっと潜んでいると、竹さんが現れた。
晴明が何か話しながら縁側を指示し、竹さんはそれに従って座った。
ああ、変わってない。元気そうだ。
姿を目にしただけで泣きそうだった。
黒陽がちらりとこちらを見た気がした。
竹さんは俺に気付くことなく、晴明と話しながら何か手作業をしていた。
そんな彼女を、飽きもせずただずっと見つめていた。
晴明は宣言どおり、時々寺に来ては修行をつけてくれた。
威圧をかけてくれ、耐えられるようになったら幻術で恐怖や痛みに耐える訓練をしてくれた。
黒陽もたまに遊びに来てくれた。
二人が来ない日は真面目に修行に取り組んだ。
退魔師見習いとして寺の修行や用事もするようになったが、時間をやりくりして、地道にがんばった。
しんどくなったら縮地で安倍家に行った。
晴明にはもらった札で連絡できた。
そうして晴明が上手く竹さんを連れ出してくれて、こっそりと彼女の姿を見守った。
本当は、堂々と会いに行きたい。
会って「青羽さん」て呼んでもらいたい。
にっこりと笑いかけてもらいたい。
でも、俺はまだ弱っちいから。
今の俺が会いに行ったら、きっと彼女は逃げ出してしまうから。
いつか彼女が認めてくれる俺になるまでは、会えない。
晴明も黒陽も「お前が姿を見せたら姫は逃げるだろうな」と断言している。
竹さんは、俺といたあの一月足らずの時間を、とても喜んでいると話してくれる。
「しあわせだった。だからもう会えない」と言っているという。
相変わらず自分勝手なひとだ。
早く強くなりたくて、必死に修行に励んだ。
早く会いに行きたい。
ずっと一緒にいたい。
作戦だってある。
強くなって「護衛です」と言い張って居座るんだ。
甘っちょろい彼女を論破することくらい簡単だ。
彼女が自分勝手に俺から逃げるのだから、俺も自分勝手に彼女を追いかける。
そう思って、修行した。
晴明も黒陽も協力してくれた。
少しずつ求められるものが上がっていった。
必死に食らいついていると、強くなっていると実感できた。
時々『主』のところに聖水を作りに行った。
錬成能力も徐々に上がっていった。
たまに竹さんの姿を目にした。
会えなくても、話ができなくても、姿を見るだけでしあわせだった。
もう少し。あと少し。
そうやって、三年経った。
竹さんが亡くなった。
俺は、間に合わなかった。
明日から新章です




