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戦国 霊玉守護者顚末奇譚  作者: ももんがー
第一章 恋する少年
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第十五話 守護石

 晴明との修行も三日目。

 威圧を受けても気を失うことはなくなった。

 動けるかどうかは別の話だ。

 何度も威圧を受け、経験を積まなければ無理だと晴明が言う。

「時々威圧かけに来てやるよ」と言ってくれた。

 ありがたいやらおそろしいやらで、すぐには言葉が出てこなかった。


 風はかなり出せるようになった。

 今は風を使った術を練習中だ。


 風を使って遠くの音を拾う。

 風を使って遠くに音を飛ばす。

 風を使って対象を縛る。

 風を極限まで圧縮して刀のように対象を斬る。


 ひとつの風の術の応用だと理解はしていても、霊力操作が大変でなかなかうまくいかない。

 それでも何度も何度も繰り返し、晴明の手本から霊力の動きを読み解き、話し合い、基礎の基礎くらいはできるようになってきた。


 あとは繰り返し練習して、習熟度を上げていく。

 精度を上げ、威力を上げていく。

 退魔師になれば実戦で練習もできるだろう。


 とにかく基本の訓練ができていないとその先はできないとよく理解できた。

 身体作り、体力作り、霊力操作の訓練。

 これらを地道にがんばるしかない。




 竹さんとはこの日の朝、やっと話ができた。

 熱は微熱にまで下がった。ホッとした。


 泣いたのを見られたのが恥ずかしいのか、俺と顔を合わせた途端に布団をかぶって隠れた。

 そして、そろりそろりと顔を出す。

 照れくさそうなその顔だけで、気を失うかと思った。


 かわいいなぁ。愛おしいなぁ。

 ずっと一緒にいたいなぁ。


 あと少しで別れないといけない。

 そうわかってはいても、心が拒絶する。

 別れたくない。一緒にいたい。

 この人は俺のものなんだから。

 俺はこの人のものなんだから。


「――竹さん」

 ただ、名を呼びたい。

 ただ、俺を見てほしい。

 それすらも、あと数日。

 苦しくて、悲しくて、泣きそうになる。

 でも、この人に情けないところは見られたくない。

 弱っちい男の、情けない意地だ。


「竹さん。具合はどうですか?」


 重ねて声をかけると、やっと返事が返ってきた。


「――もう、大丈夫です。ご迷惑をおかけして、すみません…」


「貴女にならいくらでも迷惑かけてもらっても大丈夫ですよ」

 そう笑って頭をなでる。

 まだ少し熱い。


「無理だけはしないで? 大人しくしていてくださいね」


「どの口が言うか」

 ボソリと黒陽がなにかつぶやくが、無視だ。


 彼女の右手をとって霊力を流す。

 俺の霊力操作の精度が上がったのがわかったのだろう。

 竹さんがちょっと驚いた。


「わかります? 晴明と修行して、霊力操作がちょっと上手くなったんです。

 霊力量も増えたでしょう?」


 優しい顔でうなずいてくれる。かわいい。


「俺、強くなるから」


 強くなって、貴女を追いかけるから。


「待ってて」


 彼女はうなずいてくれなかった。

 ただ、困ったように眉を下げて微笑んだ。

 それでもいい。今はまだ、それでもいい。


 いつか、きっと。

 いつか。




 晴明との修行四日目。

 明後日には晴明と竹さんが出ていく。

 そのことから目をそらすように、今日も修行に励む。

 風刃はやっとそれらしくなった。

 まだまだ細い枝しか斬れないが。

 毎日修行しているうちになんとかなるだろうと晴明も言ってくれた。


 ふと気配を感じ、顔を向けると、離れた木陰に竹さんが立っていた。肩に黒陽を乗せている。

 俺と目が合うと、驚いた顔をしたあと、小さく笑った。

「見つかっちゃった」と肩をすくめる。かわいい。


「姫宮」

 晴明の呼びかけに、手を振って答える竹さん。ああ、かわいい。


 とてとてとこちらにやってくる。

 大丈夫か? 川原の石でこけないか?

 何度かこけそうになりながらも俺達のところまでやってきた。


「修行のお邪魔をしてごめんなさい」

「イエ。大丈夫ですよ。どうされました?」

「ちょっと川遊びに来ました」


 にこ。と笑う竹さん。かわいい。

 あ、ダメだ俺。また頭の中が『かわいい』でいっぱいになってる。でもかわいい。


 黒陽にうながされ、竹さんは俺達に手を振って別れる。

 反射的に手を振って見送る。

 竹さんは俺達から少し離れた川に入っていく。

 大丈夫か? 流されないか?

 どうにも心配で目が離せない。


「お前もたいがい過保護だな…」

 晴明がなにか言っているが、無視だ無視。

 俺の修行が止まっているが、晴明はそこを指摘しない。諦めたようだ。


 竹さんは膝上あたりまで水に浸かると、両手を水につけた。

 途端、竹さんからすさまじい量の霊力を感じたが、一瞬で消えた。

 何だ今の?

 竹さんはしばらくじっとしていたが、やがて身体をおこした。

 手の中を見てにこにこしている。かわいい。

 かわいいひとを愛でていたら、またすさまじい霊力が竹さんから出た。

 それも一瞬。

 手の中に収束されたように見えたけど、なんだろう?


「――なんというか、すさまじいな…」

 ボソリと、晴明がつぶやく。


「何してるかわかるのか?」

「わかる」


 竹さんの一挙手一投足を見逃すまいとしているかのように、晴明の目は竹さんから離れない。


「圧縮が早い。術の展開も、収束も早い。

 さすがとしか言いようがない…」


 ボソボソとなにやら感心している。

 俺にはただただかわいいひとがかわいく立っているように感じるのだが。


 そのかわいいひとは、口の前で手を握り合わせ、なにかを祈っている。かわいい。


 かわいいひとをぼーっと見ていたら、不意に目が合った。

 目が合った!

 ビビビッと、身体中がしびれたようになる。

 笑った! かわいい!

 何そのいたずらしてたら見つかっちゃったみたいな顔!

 かわいいがすぎる! 大好きだ!


 かわいいひとがまたとてとてと歩いてくる。

 水に入ったのに、着物も足も乾いているのは黒陽のいつもの術だろう。


「何作ったんですか? 姫宮」


 晴明のよびかけに、照れくさそうに笑う竹さん。かわいい。


「守護石です」


 はい。と手を開いて見せてくれる。

 そこには親指の先ほどの透明な丸い石があった。

 黒陽がここにきたばかりのときに「宿代だ」と渡してきた石みたいだ。


 許可を得て石を手にとった晴明は、透かして見たり手のひらて転がしたりしている。

「また、すさまじいものを…」なんてつぶやいているが、俺にはさっぱりわからない。


「物理守護と霊的守護と、毒耐性も入ってますか?」

「あと運気上昇も入ってます」

「四重付与…」


 晴明が無表情でつぶやく。

「まあまあの出来だろう?」と黒陽は簡単に言っているが、晴明がはりつけた笑顔で固まっていることから、トンデモナイモノだということは俺でもわかる。


 そのトンデモナイモノを晴明から返してもらった竹さんは、俺を見てかわいい顔で微笑んだ。


「あとでお渡ししますね」

「は?」


 ナニを?


「お寺で使ってる御守袋を青佳さんが用意してくださるそうなので。

 それに入れて、もう一度術をかけて封をしてから、お渡しします」


「この上術の重ねがけ…」


 晴明が死にそうなんだが。

 ナニ?


 理解できないでいる俺に、竹さんの眉が寄った。


「ご迷惑…でした、か…?」


 その言葉に、顔に、やっと理解した。


「………え? 俺、に?」


 俺に、くれるの?

 おそるおそる自分を指差す俺に、竹さんはコクリとうなずく。


「俺に、くれるの? その、守護石?」


 またコクリとうなずく。


「青羽さん、退魔師になるのでしょう?」


 呆然とうなずく。

 え? なんかすごい石っぽいんだけど。

 俺にくれるの?


「退魔師は、とうしても前線で戦うことが多いから、危ないことも多いでしょう?

 少しでも青羽さんを護れればと思って…」


 ――俺のために?

 俺を心配して?


「俺のために、作ってくれたの?」


 コクリとうなずく竹さん。

 なんだこのかわいいひとは!!


 うれしい! うれしい! うれしい!!

 竹さんが、俺のために作ってくれた。

 俺のことを思って作ってくれた。

 俺のために! 竹さんが!

 うれしい!

 うれしくて死にそうだ!!


「あ……ありがとう…」


 かろうじてそれだけ口から出た。

 抑えていないと叫び出しそうだ。

 自分でも顔が真っ赤になっているのがわかるのに、目の前の黒陽がニヤニヤとからかうような笑いを浮かべている。くそう。



「陰明師も前線で戦いますよ? 姫宮?」


 晴明がそう言って石を催促する。

 が、竹さんは「晴明さんは十分強いじゃないですか」と軽くあしらう。


 ――ん? てことは、俺が弱っちいからこの石を作ってくれたのか…?


 思わずへこむが、事実だ。仕方ない。

 それより、竹さんから贈り物をもらえる幸運を喜ぼう。


「そうですね。それに、これからも姫宮と一緒にいられますもんね」


 ニヤリと笑って俺を牽制してくる晴明。

 くそう。うらやましい。ねたましい。

 にらみつけると、晴明もニヤニヤ笑いを浮かべたままにらみつけてきた。

 お互いにバチバチと視線を闘わせていると、竹さんがコテリと首をかしげた。


「なんですか?」

「放っておきなさい姫。

 男には闘わなければいけないときがあるんですよ」


「たたかう?」

「まあ、男の意地とか、見栄とか、独占欲とか。

 小僧でも男です。張り合う相手がいるのはいいことです」


「はりあう?」

「どちらが上か、どちらが女性に好ましく思われるか。

 決めずにはいられない。オスの(さが)です」


「それは、いいこと?」

「いいことです。競ってこそ、男は成長するのです」

「だから放っておきなさい」と重ねて言われ、首をかしげながらも「はい」と答える竹さん。

 ああもう、かわいい!


「わかってないですね姫宮。

 我らは、どっちが姫宮にふさわしいかで争っているんですよ?」


 晴明が意地の悪い狐のような笑みで竹さんに言う。

 おい。余計なこと言うな!


 うろたえる俺に気付かない竹さんはコロコロと笑う。

「ふさわしいって」

「かわいらしい女性を巡って争うのは男の常ですよ。

 物語にもよくあるでしょう?」


 動揺する俺を放置して、晴明はニヤリと竹さんに笑いかける。


「どうです? 物語のように、私と恋をしてみませんか?」


「もう。晴明さんたら」


 仰天する俺と違って、竹さんは晴明を軽くあしらう。

 本気にしていない。何でだ?


 竹さんはちらりと俺を見て、晴明の耳元に口を寄せた。

 ナイショ話のようで、口元に手を添えている。


 それなのに、竹さんの声がはっきりと聞こえた。



「いつも言ってるじゃないですか。

 夫のいる女性を口説いてはダメですよ」



 ―――は?


 今、何と、言った?



「ずっと昔の話でしょう?」


 晴明もぼそりと返している。なのにはっきりと声が聞こえる。

 竹さんは、俺に話が聞こえているとは思っていないらしい。

 晴明にこそこそと話す。


「でも、私にはあの人だけなんです。

 あの人だけが、私の夫なんです。

 たとえ昔の話でも。何度生まれ変わったとしても。

 だから、からかってもダメですよ?」


「ダメですかー」

「ダメですよー」


 そして二人でクスクスと笑い合う。

 その様子から、この会話がいつものことだと察した。



「早速袋をもらって入れてくる」と竹さんと黒陽が立ち去るのを呆然と見送る。



 ナイショの話が聞こえたのは、晴明が風の術で俺に声を飛ばしてくれたからだと説明してくれる。


「…………夫………って…………」


 思わずもれたつぶやきに、律儀に晴明が答えてくれる。


「例の『半身』らしいぞ」


『智明』か。

 夫だったのか。

 たった四か月で夫にまでなったのか!

 なんて男だ!!


「本人がああ言ってるのに、信じてなかったのか?」

「黒陽様が術をかけて洗脳したのかと思ってた」


 何だそりゃ。洗脳て。


「信用ないな黒陽」

「あの人の過保護はハンパないからな。

 そのくらいやりかねない」

「黒陽………」


 そんなふうに思われてるなんて。黒陽。普段どんななんだよ? 大丈夫なのか? イロイロと。


 竹さんと黒陽の心配をしていたら、ある事実に気付いた。


「………え? 俺、これから『智明』と争うの……?」


「時間が経って相当美化されたヤツとな」


「何だソレ。絶望的じゃないか?」


「いやいや。お前、生まれ変わりだろう?『半身』だろう?

 なんとかなる可能性も…………」


「…………」


「…………」


「……なんか言えよ」


「……ウン。スマン」


「そんな言葉聞きたくない……」


 両手両膝をつきがっくりうなだれる俺の肩をポンと叩く晴明。


 なんだか晴明と親しくなった気がする。

 うれしくない。


 ついでに気になったことを聞いてみる。


「お前はどうなんだよ」


「私? なにが?」


「お前も竹さんが好きなんだろう?」


「好きだけど」


 やっぱりな。

 ていうか、あっさり言うんだな。


「お前の『好き』とは違うよ」


 ……ん?


 意味がわからない俺に、晴明が説明してくれる。


「もう長いこと付き合ってるし、姫宮がこーんな小さいときもあれば、私がジジイのときもあったし、なんていうか、もう、娘とか孫とかの感覚に近いかな」


「孫」


「何かと心配な孫。

 気になるし、かわいくて仕方ない」


「恋愛対象ではない?」


「ないない。

 私の相手はちゃんと別にいる」


「お前みたいな意地の悪そうな男に?!」


 驚く俺に「失礼な」と返す晴明。


「私の妻も可愛らしい女性だぞ?

 いつか会わせてやる」


 ニヤリと笑って自信満々に言う。


「それこそ存在するのかよ」

「失礼な」



 そのまま晴明と話をした。

 竹さんの話。黒陽の話。俺の話。晴明の話。

 昔のこと。これからのこと。いろいろ。いろいろ。

 とりとめもなく、思いつくままに話をした。


 竹さんが恋愛対象でないならば、何で初めて会ったときから牽制してきたのかと聞けば「かわいい娘や孫娘に気がありそうな男がいたら男親ならば誰だって牽制するだろう?」と当然のように言われる。


 保護者気分だったらしい。

 話してみると「なーんだ」だった。


 そして保護者気分で竹さんを狙う俺を検証した結果、「こいつならまあ側にいてもいいだろう」という結論に至ったという。


 それで修行をつけてくれる気になった。

 そして今日の俺のヘコみ具合に「私にできることは協力してやるよ」と言ってくれた。


 きっと晴明も無理だと思ったんだな。くそう。

 協力してもらえるのならば何でもありがたい。



 結局その日はずっと話をして修行が終わった。

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