第十三話 晴明の話
「晴明に頼みがある」
黒陽の声に晴明が片眉を上げる。
「『頼み』、ですか?」
「うむ」
黒陽はひとつうなずくと、俺をちらりと見て、晴明に言った。
「この青羽の修行を見てやってほしいんだ」
「は…はあああぁぁ!?」
なんでこいつに?! 黒陽が見てくれてるじゃないか!
そんな俺の疑問に答えるように、黒陽が晴明に話しかける。
「基本的なところはこの半月でだいぶ身につけたのだがな。
こいつは金属性だ。
水属性の私では金属性のことを十分に教えてやれない。
昔聖水を錬成したときに一緒にやり方を試行錯誤したから錬成のことは少し教えたのだが、それ以外となるとどうもな。
お前なら全属性で、どの属性も並以上に使いこなしているから、教えられるだろう?」
「それは、まあ、そうですが」
晴明が軽く答える。
全属性? 並以上!?
とてもそうは見えない。
「白露に頼めればよかったのだが、今は動けないだろう?」
「まあ、無理ですね。それこそ年単位で休眠が必要でしょう」
よくわからない話で二人は納得している。
「こいつがどこまで伸びるかはわからないが、少なくとも並以上にはなる。
どこかで姫の役に立つこともあるかもしれぬ。
本人も姫のためにとやる気になっているしな。
どうだ? 受けてくれないか?」
そうか。黒陽は俺が『並以上にはなる』と思ってくれているのか。
胸がじんわりとあたたかくなる。
思わず黒陽を見るが、黒陽は晴明を見たまま、俺の視線には気付かない。
その晴明はしばらく黙り、ようやく口を開いた。
「――まあ、そうですね」
そして俺を見てニヤリと笑う。
「有能な手駒はいくつあっても構いませんからね」
手駒て。
俺はお前の手駒じゃないぞ。
竹さんの手駒になら喜んでなるがな!
「進んで無償で手駒になるという奇特な…イエ、貴重な人材です。
確保しておくべきでしょう。ただ」
そして晴明は真面目な顔で俺に言った。
「君はどうなんだ?」
「どう」の意味がわからなくて首をかしげる俺に、晴明は重ねて聞いた。
「同い年の私に修行をつけられるのは、嫌ではないか?」
そういう意味か。
確かにこいつは初対面から嫌味な感じで生意気だと思う。
竹さんに馴れ馴れしいのも腹が立つ。
だが。
「強くなれるのなら、竹さんの側にいるためなら、誰だって、何だっていい」
重要なのは、それだけだ。
「竹さんの側にいられるために、強くなりたいんだ。
俺を強くしてください。おねがいします」
きちんと姿勢を正し、手をついて頭を下げる。
「わかった。受けよう」
意外なほどあっさりと晴明が言った。
「ただし、私の教える術は陰明師としてのものがほとんどだ。退魔師には退魔師の術もあるかもしれない。
そのあたりはうまく使い分けたり切り替えてたりしろよ」
「はい」
習ったものをどう扱うかは俺次第だ。
強くなれるならば何でも習って習得してやる。
決意に燃える俺に、黒陽が声をかけてくる。
「姫が寝ている間に霊水作ってこい。
ついでに晴明に作るところ見てもらえ。
お前の金属性の練熟度も霊力量も、晴明ならそれで判断できるだろう?」
「そうですね」
それを見て修行内容を決めていこうと晴明と黒陽が話し合う。
ならばと、大急ぎで食事を済ませ、井戸から水を汲んできた。
桶の水を霊水に錬成する俺に「これはなかなかのものですね」と晴明がうなずいていた。
その日はずっと竹さんの手を握って霊力を送り続けた。
目を覚ましたら霊水を飲ませた。薬も飲ませた。
そのかいがあったのか、翌日には容態が少し落ち着いた。
晴明が言うには、話をすれば竹さんが寝込むことは想定の範囲内だったという。
だから『安倍家の迎え』として迎えに来ても、すぐには出立できないことはわかっていた。
ならば寝込むような話は安倍家に帰ってからすればいいものだが、竹さん自身が早く話をすることを望んだ。
それも晴明は想定していた。
竹さんの迎えを他の者に任せることは考えられなかったと言う。
安倍家の中でも竹さんの存在を知っているのは晴明とその側近数名、そして竹さんの世話役数名だけだという。
逆に竹さんは側近達を知らない。
安倍家で竹さんに関わっていたのは晴明と世話役だけだったからだ。
本能寺の事件からずっと、京都は以前にも増して騒々しい。
先日は山崎で明智と羽柴が戦ったという。
そんな中を竹さんの世話役だけでこの寺まて来させることはできない。
世話役は女性ばかりだ。
護衛をつけても、その護衛が犯罪者にならない保証はない。
晴明本人が迎えに来る以外に、選択肢はなかった。
だから迎えにくるのがこんなに遅くなった。
しかし子供の自分ひとりが「安倍家の迎えです」と言っても信じてもらえない。
そこで、側近のひとり――晴明の実父と、護衛二人で来たという。
言ってみれば箔付けだ。
竹さんがすぐには動けないだろうから、晴明だけが逗留して、他の三人は帰らせることも、最初から話し合っていたという。
事実、三人は寺に一泊して、翌日の朝には出立した。
一週間後にまた迎えに来るという。
「――聞いてもいいか?」
竹さんの容態が落ち着いたので、晴明に修行をつけてもらうことになった。
黒陽は竹さんの護衛として残った。
いつも修行する川原へ向かう道すがら、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「竹さんが寝込むと思ってた話って、何だ?」
「お前には関係ない話だよ」
まあそうくると思ったよ。
「『災禍』に関わる話か?」
あの人があれほど取り乱すなんて、それ以外ないと思う。
俺のかまかけに、晴明ははっきりと顔をしかめ、俺をにらみつけてきた。
「――黒陽様か?」
うなずくと、晴明は舌打ちした。
「べらべらと、おしゃべりな亀だな」なんて文句を言っている。
「『災禍』を、封じられなかったのか?」
再びのかまかけに、晴明は目を閉じため息をついた。
「黒陽様が『聡い』と言っていたが、なるほどな」と褒めたかと思えば「厄介な」と吐き捨てる。
褒めるかけなすか、どっちかにしろよ。
晴明はしばらく迷っていた。
やがて足を止め、ゴソゴソと懐を探り、札を一枚出した。
その札になにやらつぶやき、ふっと息を吹きかけると、「これ持て」と片側を俺に渡してきた。
わけもわからず紙の端を握ると、やっと晴明は話し始めた。
「『災禍』に関わりがあると思って追い詰めたら、『災禍』ではなかった。
ただ、チカラのある『神』といえる存在で」
何だソレ。
『人違い』は聞くが、『神違い』なんてあるのか?
「何とか滅したが、四人の姫のうち、ふたりが亡くなった。
ひとりはまだ意識が戻らない」
――それは。
それなのに、自分は生きている。
そんなの、あの甘っちょろい人に耐えられるわけがない。
「姫宮も亡くなると思った。
私の『先見』では『姫宮が亡くなる』とでていたから。
なのに、実際は姫宮は生きている。
話を聞いたあの人がああなるのは、まあ、想定の範囲内だ」
「――そうか…」
それしか言葉が出なかった。
「多分、お前が助けたんだろうな」
「まあ、そうだけど」
たまたま川に流れ着いたのを寺に連れて帰った。看病のかいあって助かった。
そのことを言っていると思ってそう返事をしたのだが、「そうじゃない」と否定される。
「黒陽様に言われて、霊力送ったり霊水作ったりしたんだろう?」
うなずく。
そんな話もしていたのか。
確かにおしゃべりな亀だな。
「多分、それらがなかったら姫宮は亡くなってた」
そうなのか?
いぶかしげに晴明を見る俺に、晴明は黙ってうなずいた。
「黒陽様から姫宮の『半身』の話を聞いたことがあるよ」
急に変わった話に戸惑うと同時に、黒陽がこの男に『智明』のことを何と話していたのか気になった。
「すごくしつこい男だったらしい」
何だソレ。
以前俺に話したときは大絶賛だったのに。
エラい違いだな黒陽!?
「生命尽きた姫宮を三度蘇生させたって」
「何だソレ」
つい声に出た。
そんな俺に晴明は我が意を得たりと身を乗り出してきた。
「信じられないだろう? ウソだと思うだろう?
だから余計に、姫宮の『半身』なんて存在、黒陽様のたちの悪い冗談だと思ったんだ」
うん。納得した。
うなずく俺に晴明は話を続ける。
「だが、姫宮が今こうして生きている。
あながちあの話も、冗談ではなかったのかもしれない」
『しつこく蘇生させた』ってことか?
そんなことができるのか?
というか、その言い方だと、俺が竹さんを蘇生させたみたいだぞ?
俺はただ運んで手を握っていただけだぞ?
戸惑う俺に、晴明は意外なほど優しい顔で笑った。
いつもの意地の悪い狐のような笑顔ではない、慈愛に満ちた微笑みだった。
「お前が姫宮を助けたのも、再び出会えたのも、『運命』というやつなのかもしれないな」
『運命』。
そうだといいな。
そして、また会えたなら尚いいな。
何も言えないでいる俺に、晴明はまた笑った。
今度はいつもの意地の悪い狐の笑みだった。
「これから先。
姫宮が今生を終えて生まれ変わったあと。
また何かあった時に、お前がいたら姫宮が助かるかもしれない。
そのためにお前を鍛えるのは意義がある。
ビシビシいくぞ。覚悟しろ」
「望むところだ」
にらみつける俺に、晴明はまたニヤリと笑った。




