第十ニ話 紹介
翌日。
竹さんは熱を出した。
「やっぱりな」
「想定の範囲内ですね」
高熱に苦しみながら「ごめんなさい」と泣く女性に対してひどくないかこの二人。
竹さんの額を冷やす俺の横に晴明が座り、竹さんに声をかけた。
「姫宮」
かろうじて目を開ける竹さん。
涙で目元はぐしゃぐしゃになっている。
熱で顔も真っ赤だ。かわいそうに。
「私もしばらくこちらで厄介になりますから。
気にせずゆっくり治してください」
――はぁ!?
こいつが、寺にとどまる?!
聞いてないぞと叫びたくなるのをぐっとこらえる。
怒鳴ったりしたら竹さんの具合がもっと悪くなる。
ギリギリとにらみつけるが、当の本人は涼しい顔だ。くそう。憎たらしい。
「――ごめ、なさ…」
またほろりと涙が落ちる。
ああ、もう。仕方ないなぁ。
額の布を目元全体にかぶせ、ごしごしとふいてあげる。
ついでに額やら頬やら拭いてから、布を再び水に浸し絞る。
布を額に戻そうと顔を見たら、また涙がこぼれていた。
布を広めにたたみ、額から目元を覆っておく。
これで余計な男も見えないだろう。
俺のねらいがわかったのか、晴明が少しムッとしたのがわかった。
手を握って霊力を送る。
そんな俺を見た晴明がちょっと驚いていた。
何を驚くことがあるんだろうか?
竹さんは昨日から手をつなごうとすると嫌がるようになった。
どうせロクなこと考えてないに決まっている。
「許されない」とか「しあわせになっちゃいけない」とか。
竹さんが何も言わないから、俺も知らんぷりで手をつなぐ。
嫌がられても構わない。
この甘っちょろい人には、多少強引なくらいで丁度いいのだから。
「――竹さん。ちょっと眠ろう?
眠っているうちに薬が効くよ」
薬も嫌がったが、無理矢理飲ませた。
食事は食べられなかった。仕方ない。
「大丈夫。大丈夫」と、意味もなく言い聞かせながらつないだ手をなでてやる。
逃げようとするのを握りしめて捕まえる。
ボロボロと泣きながらさらに激しく逃げようと起き上がり抵抗したので、ぎゅっと抱きしめて押え込む。
「大丈夫。大丈夫」と背をなでる。
日々鍛えてる男をなめるなよ。
年下だけど。背は低いけど。
竹さんくらい押えられるぞ。
「うううっ」とうめき、俺の肩に顔を埋めて竹さんは泣いた。
泣いて泣いて、泣き疲れてやっと眠った。
泣くならもっと泣き叫べばいいのに。
「うわーん」て、子供みたいに大声で泣けばいいのに。
泣くときまで我慢しなくていいのに。
ふう、と、眠った竹さんを横にして、濡らした布で顔を拭いてやる。
眠っているときまで眉が寄っている。
眉間をつついてもしわはとれない。
もう一度布を濡らそうと水にひたして、驚いた。
氷のように冷たかったからだ。
見ると、桶の中にホントに氷がうかんでいた。
ちらりと黒陽を見るとうなずいたので、黒陽が出したらしい。
すごいな。最初からやってくれよ。
竹さんの額に布を置くと、少し落ち着いた。
ふう、と、また息がもれる。
「――スマンな」
「別に」
黒陽が言ってくるのに言葉を返す。
別にこのくらい大したことじゃない。
俺が彼女の苦しみの根本を解決できるくらい強かったら、こんなふうに泣かせることもないのに。
今の俺にできるのは、手を握り、霊力を送ることくらい。
熱で苦しむ彼女の看病をするくらい。
そのくらいしか、できることがない。
「青羽」
黒陽の声に顔を上げる。
黒陽は厳しい顔でにらみつけてきた。
「今のうちに食事をしてこい」
「え。でも」
「姫は大丈夫だから。お前、昨夜も食べてないだろう」
そうだっけ?
「いや、腹減ってないし」
「いいから食ってこい」
「いや、竹さんに霊力送らないと」
「いいから! 食ってこい!」
尚も抵抗する俺に、黒陽がボソリと言った。
「背が伸びないぞ」
それは困る。
竹さんより背が高くなって、軽々と抱きかかえるのが目下の目標なのに。
黙ってしまった俺に、黒陽はため息をついた。
「そんなところまで変わらないでいなくてもいいものを」とぶつぶつ言っている。
どうも前世でも似たようなことをやらかしたらしい。えらく心配してくれている。
「黒陽様」
いつの間にかいなくなっていた晴明が戻ってきた。
握り飯と椀を乗せた盆を持って。
「とりあえず、食べながら話をしましょう」
「そうだな」
晴明が無造作に盆を置く。
竹さんに配慮してだろう。顔が見える、少し離れた場所に置いた。
そちらに向かう黒陽が「お前も来い」と命令するので、仕方なく竹さんの手を離す。
しぶしぶ盆を囲み「いただきます」と手を合わせる。
握り飯を一口かじると、途端に腹が空腹を主張してきた。
「昨日はゆっくり紹介できなかったから」と黒陽が俺達を紹介してくれる。
「これが晴明。まあお前も知っているとおり、『安倍晴明』だった男だ。
何回も転生してて、今…何回目だ?」
「七回目ですね」
さらっとトンデモナイことを言う。
転生者というだけでも驚きなのに、何度も転生しているなんて。
そんなこと、できるのか?!
「今何歳だ?」
「十歳です」
「青羽と同い年か」
つい相手を見る。
晴明は目を丸くして俺を見ている。
多分俺も同じような顔をしているのだろう。
しかめ面になったのもほぼ同時だった。
「以前もいったが、晴明は我らに恩義を感じてくれていてな。
何かと世話になっている。
今回もこうして迎えに来てくれたりな」
「姫宮のためなら当然です」
どこか得意げに晴明がにっこりと笑う。ムカつく。
「何回も転生してるし、一回一回は百歳近くまで生きてるから、今はこんな見た目だが、物知りで強いぞ」
「それほどでもないですよ」
嫌味にも見える笑顔だが、何となく謙遜でもなく本当にそう思っているのが伝わってきた。
さっき俺も考えていたこと。
『もっと強かったら、竹さんを泣かせないですんだのに』
きっとこいつも、同じように感じてる。
同じ悔しさを感じてる。
ちょっとだけ、親しみを感じた。
「で、これが青羽。
武家の子息で、後継者争いに敗れて寺にきた。
つい二、三日前に退魔師になると決めて、今は退魔師見習いとして修行中だ」
ざっくりと俺の説明をする黒陽。
俺はといえば、何となくペコリとおじぎをした。
への字口でにらみつけたままだったけど。
「青羽は、まあ、この前も話したが、姫の『半身』だ。
昔話した『智明』の生まれ変わりだな」
黒陽の説明に、晴明はあきれたようなため息をひとつついた。
「本当に存在するとは思いませんでしたよ」
「「は?」」
何だその言い草。
「だってそうでしょう?」と晴明は黒陽に言う。
「黒陽様が姫宮に男を近づけるなんて。
しかも姫宮の側にいることを認めるなんて。
白露様も緋炎様も信じていませんよ?」
「あの二人…」
黒陽が憎々しそうにうめく。
普段の黒陽の様子が浮かぶ。
きっと相当過保護なのだろう。
「彼が姫宮に触れられるのは『半身』だからですか?」
こいつも竹さんが結界をまとっていることを知っているらしい。
親しいなら当然かと思いつつも、なんだかムカつく。
「いや。『智明』のときに姫に触れられるように私が『承認』した。
どうも魂に刻まれているらしく、生まれ変わった今も『承認』が生きてる」
「俺が『境界無効』の能力者だから触れられるんじゃなかったのか?!」
思ってもみなかった黒陽の話に、思わず声があがる。
「そっちも引き継がれてるのか」と黒陽が言うということは『智明』も『境界無効』の能力者だったようだ。
「『特殊能力』は魂に刻まれている能力ですからね。
転生してもたいていは引き継がれていますよ」
さらりと晴明が説明する。
「で。姫宮の『半身』の君は、これからどうするつもりなんだ?」
晴明がなんでもないことのように聞いてくる。
が、それが俺の覚悟を見極めるつもりなのはわかった。
だから、俺も隠すことなく本音で言う。
「今は一緒にいられないとわかっている。
俺はまだ子供だし、弱い。
今無理矢理竹さんについていっても、足手まといになる。迷惑をかける。
だから、修行して、強くなる。
退魔師になって、竹さんを探す。
逃げても追いかけて、一緒にいる」
俺の決意を示すように、姿勢をただしてまっすぐに晴明の目を見て告げる。
晴明はそんな俺に「ふーん」と言うだけだった。




