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戦国 霊玉守護者顚末奇譚  作者: ももんがー
第一章 恋する少年
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第十一話 大丈夫

 俺が青羽となった翌日。

 安倍家からようやく連絡がきた。

 明日には寺に来るという。

 姫様と黒陽を助けて半月経っていた。


 俺は青羽となって、髪が短くなった。

 剃髪ではなく、青佳と同じように髪を短く刈り込んでもらった。

 頭が軽く涼しくなった。

 暑いからちょうどいい。

 竹さんも「凛々しいてすね」と褒めてくれた。

 うれしくてでれてれとゆるみそうになる顔を締めるのが大変だった。


 暮らし自体は変わらなかった。

 黒陽との修行は並の退魔師修行よりも相当厳しいものになっており、指導役である青蓮から「そのまま黒陽様の修行を続けるように」と言われたからだ。




 その日もいつもどおり黒陽と川原で修行をしていた。

 昼をまわって太陽の日差しが痛いくらいになってきた。

 黒陽は亀だからか、暑くなると川に入って涼みながら俺の指導をする。

 俺はだらだらと汗をかきながら霊力を練る。


 ふと、黒陽が顔を上げた。

「来たな」


 何が来たのかと問う間もなく、黒陽がひょいと俺の肩に乗ってきた。

 ちゃんと自分の身体は乾かしている。


晴明(せいめい)が来た。行くぞ」


 ドクン。心臓がはねた。

 ついに来た。

 竹さんを連れて行く、迎えが。



 行かせたくない。

 ずっと一緒にいたい。

 でも、それが無理な話だということも理解している。


 そもそも寺に女性を住まわせるわけにはいかない。

 うちの宗派は妻帯可だが、妻帯している者は寺を出て別の住居を持っている。

 俺はまだ子供だから、そういうわけにはいかない。

 寺の仕事をしてくれている女性もいるが、その人達も皆通いだ。

 

 竹さんが今一緒に暮らせているのは、俺が助けたから。病人だったから。

 安倍家の迎えが来るまでと、期限がきられていたから。



 わかっている。

 わかっていても、くやしい。

 別れなければならないことが。

 自分が子供であることが。




 本坊の入口で、数人の僧の出迎えを受けている集団を見つけた。

 狩衣姿の男性がひとりと水干姿の子供がひとり。

 直垂(ひたたれ)の男性二人は護衛だろう。太刀を()いている。


『安倍家の迎え』がたったの四人であることに驚いた。

 しかも女性の竹さんの迎えなのに、女性がいない。

 どういうことだろうと思いながらも近寄ると、向こうが先にこちらに気付いた。



 最初に振り向いたのは、水干姿の子供だった。

 俺と同じくらいの年齢に見える。

 狐のように細く吊り上がった目をした、白い肌の少年だった。

『烏の濡れ羽色』というのはこういうものだと例えられそうな、つややかな長い黒髪を後ろでひとつに束ねている。


 遅れて振り向いた狩衣姿の男性も、少年と同じ目をしていた。親子かもしれない。

 青秀と同年代か少し上――三十代半ばくらいにみえる。



「黒陽様」


 少年の言葉に、肩の黒陽が鷹揚に言った。


「世話をかけるな。晴明(せいめい)


 ――『晴明』!? こいつが?!


 京都を拠点とする霊能力者集団・安倍家の祖。

 大陰明師、安倍晴明(あべのせいめい)

 噂では安倍晴明は何度も安倍家に生まれ変わっているという。


 このガキが、俺とそう変わらない子供が、その晴明だというのか?!

 そんな大層な霊力、感じないぞ?!


 俺の驚きをまるっと無視して、黒陽と少年――晴明は話を進めていく。


「ご無事で何よりです。姫宮は?」

「姫も無事だ。案内させよう。――青羽」


 黒陽も俺を『青羽』と呼ぶようになった。

 黒陽の呼びかけに、やっと晴明が俺を見た。


「これは青羽。この寺の退魔師見習いだ。

 我らを助けてくれた恩人だ」


 へぇ。と、晴明は笑った。

 どこか馬鹿にするような、挑みかかるような、不遜な笑みだ。

 その笑みにムッとする。

 が、青蓮を始めとした寺のエラい連中の前だ。

 大人しく「青羽です」と頭を下げ挨拶をする。

 晴明は挨拶を返すこともなく、フンと見下してきた。


 何だコイツ。ムカつくヤツだな!


「主座様。姫宮のお部屋に案内してくださるそうです。

 参りましょう」


 狩衣の男性に声をかけられ、晴明がうなずく。

 どうも俺達の間にただよう不穏な空気を察した青蓮が気を利かせて案内を買って出たようだ。

 客人達は足を清め、房内に入っていく。



 黒陽にうながされ、仕方なく俺もついていく。


「――何アイツ。アイツが本当に『安倍晴明(あべのせいめい)』なのか?」

 こそりと肩の黒陽につぶやくと、黒陽はククッと笑った。


「お前が私が話していた姫の『半身』だと気付いたのだろう。

 晴明にしては子供っぽい反応だ。いいことだ」


「よくないよ」

 何だよそれ。


 不満を抱きつつもついていくことしかできず、すぐに竹さんのいる部屋に着いた。


「晴明さん」

「姫宮」


 その声に。その表情に。察した。

 こいつも竹さんが好きなんだ。

 竹さんが大切なんだ。


 理解した途端、ムッとした。

 不快感がうなぎのぼりになる。


 なに俺の竹さんに馴れ馴れしく話しかけてるんだよ。

 なんでそんなに親しげなんだよ。ムカつく。

 竹さんも。そんなヤツに笑いかけないでよ。

 なんでそんな安心したみたいに警戒解いてるんだよ。

 そんな顔、俺以外の男に見せないでくれよ。


 腹の底が黒いものでグツグツ煮えている。

 口を出すこともできず、ただ二人を見て拳を握っていることしかできない。


 くやしい。情けない。腹が立つ。


 黒陽がニマニマしているのがまた腹が立つ。


 不意に竹さんの表情が変わった。

 苦しそうな、真剣な顔。

 何か、大切な話をしようとしている。


「――スマンが、姫と晴明と三人にしてくれるか?」


 すぐに察した黒陽がその場にいた大人達に向かって言った。

 人払いだ。

「では」と、出ていく大人達。


「青羽。お前もだ」


 動かない俺に、黒陽が厳しい声で言う。

 黒陽の言葉が信じられなかった。

 俺は追い出されないと勝手に思っていた。

 反論する間もなく、ぴょんと俺の肩から飛び降りた黒陽が「青羽」と退室をうながす。


 吐き出したいものをぐっとこらえ、一礼して部屋を出た。


 部屋を出るとき、狐のような目が意地悪く弧を描いたのが見えた。




 大人達の話し合いからも外された俺は大人しく元の川原に戻り、ひとり修行に打ち込んだ。


 もやもやする。ムカムカする。


 以前黒陽は「もやもやしていい」と言ってくれたけれど、あの時とは別のもやもやが渦巻いている。


 霊力訓練をする気になれなくて、ただひたすらに木刀を振った。

 もやもやもムカムカも斬り捨ててしまえたらいいのに。

 ただがむしゃらに木刀を振り回す。

 型も何もない。ぐしゃぐしゃの、めちゃくちゃだ。

「うわああぁぁ!」と獣のように叫びまくる。

 どれだけ叫んでも動いても、ちっともスッキリしない。

 汗がだらだら流れる。

 汗と一緒にムカムカも流れたらいいのに。



「――羽。青羽!」

 黒陽の声に動きを止める。

 ハァハァときれる息もそのままに声の方に向くと、晴明がいた。

 黒陽は晴明の肩に乗っている。


 俺の乱れた剣術を見ていたのだろう。

 晴明はどこから馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。


 子供っぽく暴れていたのが何だか急に恥ずかしくなり、腕で乱暴に目元の汗をぬぐう。

「何?」と黒陽に問うと、黒陽はあきれたようにため息をついた。


「姫との話は終わった。

 我らは寺の大人達と話がある。

 お前、ちょっと姫に夕食持っていってくれ」


 そう言われて初めて空の色が変わっているのに気付いた。

 竹さんに関することならば何をおいても優先する。

「わかった」と答えると「頼むぞ」と軽く返してくる。


 その声に「おや?」と思った。

 なんだか悲しそうな色が交じっていた気がする。


 俺がその正体について聞く前に黒陽が指摘してきた。

「汗流して、着替えてから行けよ。お前、ひどい状態だぞ」


 そのまま晴明と共に本坊へ向かって行った。

 晴明が黒陽に話している言葉が風にのって聞こえてきた。

「あんな子供」とか「あの程度」とか、断片的な言葉だけだったが、俺が腹を立てるのには十分だった。




 黒陽に言われたとおり水を浴びて着替えてから竹さんの部屋に行く。

 ずいぶんと日が長くなった。

 夕焼けが西の空に広がっている。明日もいい天気だろう。


「竹さん。夕食ですよ」


 いつもならすぐに返事があるのに、何も反応がない。


「竹さん?」

 再び声をかける。

 やはり何も反応がない。


「竹さん? 入りますよ?」


 しばらく待って反応がないことを確認してから、そっと襖を開ける。



 竹さんは、じっと座っていた。



 開け放たれた窓から入る光が部屋の中を赤く染めている。

 赤く染まった竹さんはいつもとは別人のように見えた。

 うつむいて、こわばった表情で、畳をにらみつけている。


 いつも優しく笑っている竹さんがこんな顔をするなんて。


 怒っているのだろうか。

 まとう雰囲気も竹さんらしくない。

 いつもはぽやぽやしているのに、今はピリピリしている。


 食事を机に置き、行灯(あんどん)に火を灯す。

 側に寄るが、気付いていない。


「――竹さん」


 目の前で顔をのぞくと、やっと俺に気付いてくれた。

 ハッとしてわかりやすく動揺した。


「と、とも、あ、ちが、せ、青羽、さん」


 ああ、かわいいなぁ。

 わたわたとうろたえる姿に癒やされるなんて、俺も相当重症だ。


「夕食ですよ。食べましょう」


 竹さんが食事をとれるようになってから俺が一緒に食べている。

「姫ひとりでは食が進まない」と黒陽が言ったからだ。


 いつもは黒陽と三人で食事をするのだが、黒陽は大人達との話し合いでいつになるかわからない。

 あれは「先に食べとけ」という意味だろう。


 声をかけても竹さんは動かない。

 仕方なく手を取り「さぁ」と軽く引くが、どうしたわけか全く動かない。

 いつもはちょっと手を引いたら、すぐに従ってくれるのに。


 うろたえていた顔がまたこわばっている。

 先程の話し合いで何かあったのだろう。

 目線が下を向いたまま動かない。


「――竹さん?」


 俺の呼びかけに、やっと顔を上げてくれた。

 だが、その顔に浮かんでいたのは、弱々しい、はりつけたような笑顔だった。


「――ごめんなさい。今日はちょっと、食欲がなくて…。

 食べられそうにないので、下げてもらっていいですか?」



 その声に、表情に、知らず眉が寄る。

 何を抱えているんだ。

 何をこらえているんだ。

 俺みたいな子供にもわかるような、苦しそうな顔をして。


 そっちがごまかす気なら、こっちだって考えがあるぞ。



 俺はわざと気が付かないフリをして、竹さんの額に手を当てた。


「――な…」


「熱はないみたいですね。

 吐き気とか、頭痛とかはどうてすか?」


「……そういうのは、ないです」


 ぼそぼそと返してくる。

 そっと俺の手から逃げようとする竹さんにムッとした。

 膝立ちになり、逃げられないように竹さんの頭を抱きかかえる。


「――青羽、さん」

 じたばたと逃げようとするのをぎゅっと押さえ込む。


「じっとしててください。

 熱も吐き気も何もないなら、きっと霊力不足です。

 このまま、霊力を送りますから。

 じっとしてて」


 そんなわけないとわかってる。

 それに、霊力を送るなら、いつもやってる手を握るので十分だ。

 でも、竹さんがごまかすから。

 俺から逃げようとするから。

 俺も気付かないフリをして、竹さんを逃さない。


「大丈夫。大丈夫です」


 ぎゅうっと抱きしめて、耳元にそうささやく。


 竹さんに何があったかなんて知らない。

 でも、何か辛いことがあった。苦しいことがあった。

 俺では何の助けにもなれないこともわかっている。

 それでも。たとえ気休めでも。

 抱きしめて、大丈夫だと言ってあげたい。

 俺がいるとわかってほしい。

 俺が。貴女の『半身』が。


 抱きしめることしかできないけれど。

 支えることはできないけれど。


 彼女を抱きしめているだけで、欠けた部分が埋まるような感覚になる。満たされていく。

 俺が感じているこの感覚を、彼女も感じていたらいい。

 何の役にも立たない俺だけど、今この瞬間、彼女を満たせたら。

 彼女のココロを支えられたら。


 霊力を送る。

 彼女の身体に俺の霊力が染み込んでいく。

 このまま彼女を俺の霊力で染めてしまえたらいいのに。

 このままずっと俺の腕の中に捕まえておけたらいいのに。



「――ダメ、です」


 震える声で、竹さんが俺から逃げようとする。


「ダメじゃない」


 逃さない。

 俺の身体を押し返そうとする腕に負けないように、片手は頭を抱えたまま、片手で肩を抱く。


「ごはんが食べられないくらいに弱っているんだから。

 大人しく霊力受け取ってください」


 わかっていて、わざとそう答える。

 竹さんは俺の腕の中で震えている。


「ちがうの」

「ちがわない」


「ダメなの」

「ダメじゃない」


 ぎゅうっと抱きしめて、霊力を送る。

 彼女は駄々っ子のように首を振る。

 俺の胸に顔をすりつけて甘えているようにしか見えない。かわいい。


「――私、違くて。ダメで。

 私、の、せいで。また、失敗して。

 だから、私、だから、だから」


 嗚咽(おえつ)まじりに一生懸命訴えてくれるが、なんのことかわからない。

 ただ、俺から逃げようとしていることだけはわかる。


「――大丈夫。大丈夫」


 だから俺も、何も気付かないフリを続ける。

 気休めにもならない言葉を重ねる。


「わ、私、私の、せい、で、」

「大丈夫だよ。大丈夫。大丈夫」


 逃げないで。

 溜め込まないで。

 吐き出して。


 そんな願いを込めて、彼女の頭をよしよしとなでる。



「大丈夫。大丈夫」と呪文のように繰り返しながら彼女の頭を撫でているうちに、竹さんから力が抜けた。

 そっと腕をゆるめて顔をのぞき込むと、竹さんは泣きながら眠っていた。

 苦しそうな、つらそうな顔で泣いていた。


 その顔に、黒陽から聞いた過去の話や『呪い』の話を思い出した。

 きっとずっとこうして泣いていたんだ。

 どうにもならない昔のことだとわかっていても、その時の彼女を抱きしめてあげたかったと思う。

 だから、ここからは昔の彼女の分。



 そして俺はまた馬鹿みたいに「大丈夫」と言いながら、彼女の頭をなでた。

 何度も何度も、眠る彼女の頭をなで、抱きしめた。

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