第九話 決意
姫様が俺から離れていくならば、俺は姫様を追いかけると決めた。
黒陽は怒ると思った。
「話を聞いていたのか!?」と怒鳴られると思った。
それなのに。
黒陽は、あきれたような、馬鹿にしたような、諦めたような、気の抜けた顔で俺を見ていた。
思っていた反応と違い過ぎて引いてしまう。
「な、何?」
それまでの強気を引っ込めて、思わず声が出た。
黒陽は目を細め、生温かい眼差しを俺に送ると、それはそれは深ぁーいため息を吐いた。
「――はあああぁぁ……」
そしてふるふると首を振る。
何だよ? 何なんだよ!?
「――変わらない変わらないとは言ったが、ここまで変わらないものか…」
は?
「人間、一、二度死んだくらいでは変わらないのだな。よくわかった」
うんうん。じゃないよ!
ナニひとりで納得しているんだよ!!
ムッとした俺に、黒陽はククッと笑った。
「智明も同じようなことを言っていた」
思いもよらないことを言われ、きょとんとなった。
「生まれ変わった姫を探すと。
もし間に合わなくて自分が死んだら、必ず生まれ変わって、また姫を探すと」
でも、わかる。
俺も同じ立場だったら、同じことを言う。
同じ人間だから、当たり前かもしれないが。
「智明の執念が実って、こうして出会えたわけだ。
記憶がないのに。すごいな。お前」
それは褒めているのか馬鹿にしているのかどっちだ。
どういう顔をしていいのかわからず、ムッと口を曲げる俺に、黒陽は笑いを収め、真面目な声で話し始めた。
「結局、智明が生きている間には姫は生まれ変わらなかった。
智明は死ぬまでの十年、ずっと姫を探して、待っていたらしい」
――そうか。
『智明』は、会えなかったのか。
知らず眉が寄る俺に、黒陽はさらに言う。
「お前はまだ十歳だ。
智明の時代よりも平均寿命も長くなった。
平均寿命の五十歳まて生きたとしても、四十年。
そんなに長い時間を、姫のために使うというのか?
もう会えない人のために?」
黒陽の言葉にムッとする。
「四千五百年に比べたら短いものじゃないか」
俺の反論に、黒陽は目を見開いた。
「それに、なんでもう会えないなんて決めつけるんだよ。
すぐに強くなってすぐに会いにいく可能性だって、あるじゃないか」
その言葉には苦笑された。
いや、俺だってムリって、わかってるけど。
でも、ないとも言い切れないじゃないか。
またムッとした俺に、黒陽は厳しい声で言う。
「姫は今、十三歳だ。
生きられたとしても、あと五、六年。
そのあとはいつ転生するか、誰にもわからない。
智明だって会えなかったんだぞ」
「『智明』が会えなかったからといって、俺が会えないとは決まっていない」
そうだ。俺は俺だ。
まだ未来は決まっていない。
「あと五、六年あるんだろう?
それだけあれば、十分成人だ。ひとりで動けるようになる」
この寺では、退魔師の道を進む者は、成人したら退魔師としてあちこちに派遣される。
そのままあちこち退魔をしながら姫様を探せばいい。
「いつ転生するかわからないなら、今生を終えてすぐに生まれ変わることだってあるんだろう?
それこそ姫様が年頃になる頃には、俺は『智明』の年齢になってるかもしれない。
その頃にはきっと強くなってる」
そうだ。
『智明』の年齢になる頃には。
あと、十八年もあれば。
「姫様の助けになるくらい、いや、姫様を守れるくらい、強くなる」
俺の本気に、黒陽は黙った。
お互いに無言でにらみ合う。
先に音を上げたのは黒陽だった。
はぁ、とため息をついて、首を振った。
「――仕方ないな。『半身』だものな」
黒陽はまっすぐに俺を見て、言った。
さっきまでの厳しい目ではなかった。
「生半可な霊力では我らと共に戦えない。
それでも、やるか?」
「やる」
「私は側にいてやれない。ひとりで修行することになる。
それでも、やるか?」
「やる」
俺の本気を再確認した黒陽は、「ウム」と、ひとつうなずいた。
「じゃあ、ここにいる間、これからどう修行すればいいか一緒に考えてやる」
ぱっと喜色が浮かぶ。
まさか認めてもらえるとは思わなかった。
文句を言われても、反対されても、「俺の勝手だ」と押し通すつもりだった。
まさか協力してもらえるなんて。
「ありがとう」
「礼を言うのはまだ早い。
すぐに『許してください』て泣きつくことになるかもしれんぞ」
ククッと意地の悪い笑みを浮かべる黒陽に、ちょっと身震いした。
が、すぐに思い直す。
それほどの修行をしなければ、姫様を追いかけられない。
それほどの修行ならば、姫様を追いかけられる。
ならば。
「望むところだ」
生意気に笑う俺に、黒陽もニヤリと笑った。
それから色々と話をした。
俺はまだ十歳。これから身体が成長する。
まず第一は身体作り。次に霊力を上げる。
身体が成長するにつれ、霊力をためる『器』も大きくなっていく。
『器』が大きくなれば、霊力も上がる。
『主』のところへ行って聖水を作るのもいい修行になると勧められる。
他にも色々と話をして、一緒に世話役達のところに行った。
俺が「退魔師になると決めた」と宣言すると、世話役達は喜んだ。
あまりに喜ぶので「早く決められなくてすまなかった」と言うと、世話役達は優しく笑った。
「悩んで、自分で決めたことに意義があるのです」と青蓮が言ってくれた。
「さ。これからは『若』ではありませんよ。
退魔師見習いとして厳しく鍛えますから!
覚悟してください」
ニヤリと青秀が言う。
「おれと同じ立場だな。若」
青佳がいたずらっぽく言うが、すぐに「『若』じゃないだろ」と青峰にたしなめられていた。
「これからは『青羽』と名乗り、ここにいる兄弟子達に教えを乞いなさい」
「はい。今後ともよろしくおねがいいたします」
こうして俺は退魔師見習いの『青羽』になり、世話役達は師匠と兄弟子になった。
乳兄弟の宗範と宗久の兄弟の進退についても話をした。
本人達に「俺は退魔師になると決めた」と伝えると、そろって「よかった」と言うので驚いた。
二人共寺での暮らしが気に入っているので「いまさら武家に戻りたくない」と言う。
宗範は元々学問好きで「寺では剣術をそこまでしなくていいからうれしい」と以前から言っていた。情報分析する部署に出入りしては色々教わっているようだ。
正式にそちらに配属してもらおうと青蓮が請け負ってくれた。
宗久は食いしん坊で、しょっちゅう庫裏に行っては料理番達にかわいがられている。
青蓮が「料理番してみるか?」と声をかけると「やりたい!!」と即答だった。
俺がここ最近もやもやイライラしていることは、世話役達も乳兄弟達も気付いていた。
気付いていて、そっとしておいてくれていた。
俺が自分で折り合いをつけなければならないことだから。
俺が自分で結論を出さないといけないことだから。
そう、年長の世話役が青佳と乳兄弟達に話していたと聞き、ありがたいやら恥ずかしいやらで、下げた頭がなかなかあげられなかった。
青蓮が黒陽に礼を言っていた。
黒陽が何か言ってくれたと気付いているようだ。
そちらはそちらで何だか気恥ずかしい。
どうにも頭があげられない。
もやもやのひとつがこれで解決した。
どんな世の中になるかわからないが、俺は退魔師になることに決めた。
退魔師になって、強くなって、姫様を追いかける。
進むべき道と、やるべきことが定まった。
あとは、やるだけだ。
智明の竹のお話『助けた亀がくれた妻』もよろしくおねがいします