第十話 剣と銃
「セバス、出発します」
ランカは馬に跨ると、後ろに控えるセバスに言った。
「いってらっしゃいませ、お嬢様。夜道、お気をつけくださいませ」
ランカは馬の脇腹を蹴り、歩み始めた。従者が三人付いていく。皆、片手に鉄製の盾、腰に剣を携え、背中には教会の紋章の入った外套を羽織っていた。相手が銃を携行しているとの情報があり、そのためやや重いが防弾が期待できる鉄製の盾を装備していた。
「さて、まずどこから探そうか、クリス」
右隣を歩いている従者のクリスに聞いた。クリスは先代からスワロー家に仕えており、ランカは幼い頃から色々と面倒を見てもらっていた。
「そうだなぁ、ランカ嬢。酒場で聞き込みがいいんじゃないか」
クリスは答えた。
「ではそうしましょう」
一行は村の酒場へと向かった。酒場には仕事を終えた村人で賑わっていた。
「お嬢様、こんばんは。今日はどうなされました」
ランカは入り口を入ると、丸坊主の店主が近寄り話しかけてきた。
「ささ、こちらに腰をかけてください」
店の奥の方にある四人がけのテーブルの席をすすめた。
「いえ、結構です。今日は飲みに来たのではありません。人を探しているのです。二人組の男と、幼い少女を見かけませんでしたか」
「二人組の男ですか。今日の昼過ぎに大きな体格のいい男と小柄な男、それに10歳位の女の子の三人組がやって参りましたなぁ」
「そうです、きっとそれです。で、その者達ははどうしましたか」
「へい、食事をして行き、エルバンテ教会の場所を聞いておりました」
「エルバンテ教会?なんであんな所を。あそこはかつてオオトリ家の者が居たはずですが、今はもう廃墟になっているのではありませんでしたか?」
「さて、私にはなんの用があるのかは分かりませんが、ここから北西に30km程行った丘の上にあるとだけ教えました。帰り際に明日は早いから今日は早く寝ようと言ってましたので、まだ村のどこかにいるかも知れません」
「情報ありがとうございます。また今度皆を連れて飲みに来ますね」
ランカは酒場を後にするとクリスに命じて村の中の捜索を始めた。
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村の外れに空き家があった。その軒先には納屋があり、そこに一台のトラックが止まっていた。
「なぁ、リンシャ。追手はどこまで来ていると思う」
麦わらの上にマントを広げた簡易ベッドに横たわりながらアモンが聞いた。
「そうだな、早くて今朝にはノーザリアに情報が来て、そこから周辺の捜索が始まっているとしたらこの辺もやばいかも知れないね」
トラックの傍で弾丸の確認と整理を行っていたリンシャが答えた。
「取り敢えず、トラックのライトが目印になるといけないから、夜のうちはここでじっと待つしかないね」
「そうだよな、ライトは目立つからな。ここから30kmじゃ、ハナちゃんがいなくても夜のうちには着けないもんな」
「本当にお兄ちゃん達ごめんなさい。大変なことに巻き込んじゃって」
トラックの荷台から毛布にくるまったハナが言った。
「いいんだよ、ハナちゃん。女の子が困ってるんだ、助けるのが漢の道ってやつだ」
「おとこのみち?」
「ああ、ちょっと難しかったかな。漢の道ってのはだな、漢の生き様っていうかなんていうか、まぁ、そうだな、こうあるべきって事だよ」
「んもう、兄さんったらなにハナちゃんに語ってるんだよ。そう言うのはもっと大人の女性を口説くときに言いなよ。そんな機会があったらだけどね」
リンシャに言われ、アモンは機嫌を悪くした。
それからしばらく無言の時が流れた。アモンは簡易ベッドの上でブツブツと女性を口説く機会が無いことをぼやき、リンシャは弾丸の手入れが終わり、バッグやベルトに装着していた。ハナは知らない間に夢の中へと入り込んでいた。
「ん、兄さん、何か聞こえなかった?」
リンシャは最後の弾丸を腰につけるバッグ入れたとき、外からかすかに聞こえる声に気づいた。
「なんだ、何も聞こえなかったぞ」
アモンは体を起こすと、改めて耳をそばだてて外の音を聞いた。
「いや、確かに何か聞こえた」
リンシャはランタンの明かりを絞ると、納屋の入り口からそっと外に出て、村の中心部を眺めた。
複数の明かりが左右に動き、集まっては広がり、広がっては集まってを繰り返し、その一部がだんだん近づいてくる。
「兄さん、追手だよ」
リンシャはアモンに言うと、広げていた荷物をひとまとめにし、ハナを起こした。
「なんだって、そりゃ大変だ」
アモンも起き上がり、立てかけておいた大盾を手に取ると、盾に身を隠すようにしながら外の様子を探った。
「まずいな、リンシャ、いつでも出れるように準備してくれ」
アモンは腰の小剣を引き抜くとじりじりと納屋の中に下がってきた。
リンシャはハナを荷台から抱えて下ろし、助手席に乗せた。
「どうしたの、リンシャ兄ちゃん」
「追手が来た。今から逃げるからじっとしていてね」
「うん、分かった。ハナ、二人の邪魔にならないようにここでじっとしてるね」
ハナは運転席と助手席の中間部分に毛布をぎゅっと握りしめ、丸くなった。
外の明かりはいよいよ近づいてきた。
「おい、あそこの家は調べたか」
男の声がした。その声に反応して2・3の明かりが近づき、一団となって納屋に近づいた。
「あ、納屋の中に何かいるぞ!」
一人の男が叫んだ。
「お嬢様に報告だ」
別の男が言うと、胸元から笛を取り出し、思い切り吹いた。
甲高い笛の音が鳴り響いた。
「まずい、リンシャ、行くぞ」
アモンが言うと、リンシャはすぐさまキーを回し、エンジンをかけた。
アモンは納屋から飛び出し、前に突き出した大盾で追手を突き飛ばした。
その隙をついてリンシャがトラックを出すと、アモンは荷台に飛び乗り、村の外への道を取った。
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「この道がエルバンテ教会へ続くのか」
ランカはクリスのみを従えて、村から北へ伸びる道を見ていた。
その時、遠くで笛の音が聞こえた。
「何かあったのか」
ランカはすぐさま歩みを返し、笛の音がした方へと向いた。
間もなく二つ並んだライトがこちらに向かって近づいてくる。それと共にエンジン音も聞こえてきた。
「例の連中か!」
クリスは盾を構え、ランカの前に立った。
「止まれ、そこの車!」
道の真ん中に立ち塞がり、大声をあげた。
「ちっ、危ない!」
リンシャは急ブレーキをかけた。トラックが止まるとアモンは荷台から飛び降り、やはり大盾を構えてトラックの前に出た。
「危ないじゃないか、ちょっとどうてくれないか」
アモンはクリスに言った。
「お前達、誘拐犯だな。ここを通すわけにはいかない」
「へ、俺たちか誘拐犯?なんのことだ。さっぱり分からんな」
アモンがやり取りしている間に、リンシャは運転席で拳銃に弾丸を詰めていた。
するとクリスの後ろから赤髪の剣士、ランカが前に出てきた。
「二人組の誘拐犯がこちらに逃げてきているとノーザリア教会から報告があった。貴殿達がその誘拐犯では無いのか」
そう言うと、腰からレイピアを引き抜き、前に突き出した。
「ちょっと待ってくれよ、話を聞いてくれ」
アモンは危害を加えるつもりはないという意思を伝えるため、盾を脇にどかすと手を広げて見せた。
「黙れ、問答無用」
クリスが剣を引き抜くとそのまま打ち掛かってきた。
咄嗟にアモンは盾を構えると剣の打撃を受け、そのまま左へと受け流した。クリスは体制を崩したが、右足を出し地面に踏ん張ると返す剣で、アモンを切り上げようとした。しかし、それもアモンの大盾に阻まれ、剣は宙を舞った。
その瞬間、ランカがアモンの右肩目掛けてレイピアを突き出した。
アモンは体重を左足に掛けていた。そして右手には何も持っていなかった。レイピアが目に入った時にはその突撃を回避する術はなかった。
右肩にレイピアが刺さるのを覚悟した瞬間、銃声が鳴り響いた。
運転席の窓から身を乗り出したリンシャが、デリンジャー拳銃を打った。
その弾は宙をすすむとランカのレイピアにあたり、レイピアを真っ二つに折った。
「んな、馬鹿な」
ランカは驚いた。
「ナイス、リンシャ」
アモンはほっとした。
一瞬呆然としたが、ランカは折れたレイピアでアモンに斬りかかろうとした。
ズバン
もう一度銃声がした。
ランカの目の前を銃弾が横切った。
「お姉さん、次は当てちゃうよ」
リンシャはデリンジャー拳銃を中折れすると次の弾を装填した。
その間にアモンは荷台に飛び乗った。
「兄さん、つかまってて」
リンシャはアクセルを思い切り踏み込み、一路北上して行った。
エルバンテ教会のことを聞こうよった所が、ランカが領主を勤める村であった。
酒場で情報を集めた三人は、そのことで見つかってしまうことになってしまった。
間一髪のところをリンシャの銃がアモンを救う。
リンシャの銃の腕前は素晴らしい。
さて、エルバンテ教会とはどんな場所なのか。
もし、お気に召したようでしたら★下さい。




