スターゲイザー
5年前──
渋谷。若者の街として名高い日本随一の都市は突如として崩壊した。
当時の様子を実際に見た者は口々にこう言う。
「一瞬で地獄の門が開いたかのようだった」と。
始まりは大きな大地の揺れだった。
また地震だと。地震に慣れてしまったこの国の住民はさほど驚かなかった。
しかし直後に異変は起きた…
轟音と共に大地に空いた大穴。そしてそこから這い出してきた異形の怪物達。
それは迷うことなく人間を襲った。
「あの日、私は渋谷にいたの」
森は話を聞かせてくれた…
…その日はたまたま両親と買い物に来ていた。
用を済ませて帰ろうとした時、地震が起きて、しばらくして今度は地面に大きな穴が開くのを見た。
「何?あれ…」「お、おい、あれ…!」
周囲の人々が指差した方を見ると…
グシャア…っと「何か」が潰れるのが見えた。それが「人」だと気付いたのは臓器と血が飛び散っているのに気付いたから。
「キャアアアアアア!!!」
金切り声のような奇声の方に目を向ける。
私は確かに見た。知識を得た今ならわかる、あれは中型の式鬼「般若」だった。
人型をしながらも当然人の心など持ち合わせていない化け物…。
それが怪力で人々を握りつぶしていくのを物陰に隠れてただ見ていた私…
「お父さん、お母さん…どこ…!?」
さっきまで一緒に居たのに!騒乱の最中、逃げ回る人の波に紛れて私の両親を見失なってしまった。
「グルルル…!」
天邪鬼たちが般若の後ろから地上へと這い出して来た。小型といえど一般人にとっては脅威だった。大量の天邪鬼が逃げ遅れた市民に群がり…
「やめろおおおおお!!」
ブチッ
抵抗も虚しく首ごと脊椎を抜き取られた…
「ウッ…」
あまりの凄惨な光景に思わず吐き気を覚えた。
逃げなければ…
その一心で辺りを見回す。けれど…
「囲まれてる…!!」
あっというまに地上へと這い出してきた大量の式鬼によって一帯は完全に包囲されつつあった。
鎮圧に当たろうとした警官の死体が見える…
「どうなるの…?私…。お父さん……お母さん……」
私の隠れている物陰に般若が近付いてくる…
あんな化け物に…どうすれば……
心が折れる音が聞こえる。
私は、諦めかけた。
でも──
「好き勝手にやってくれたな」
私はそこであの人を見た。
真っ直ぐに式鬼の群れの中心へと向かっていくその背中は、恐れなど一切ない。
迷いなく歩んでいく姿はどこか神々しさすら感じた。
「グガガガ!!」
天邪鬼たちが一斉にその人に襲いかかる。
その人が手にした剣が一振りされると、そこから迸る雷が見えた。
…それと同時に天邪鬼たちは一瞬で黒焦げになって沈黙していた。
「お前が親玉か」
そして般若の方を向いた。
「アアアーーーー!!」
般若が叫びながら襲ってくる…巨大な腕が勢いよく振り下ろされる。
ドゴォン!ドゴォン!と轟音を鳴らしながら素早く地面に叩きつけられる剛腕を一撃、二撃と避け、一瞬出来た隙をついて雷を纏った斬撃が放たれた。
バチバチと音を立てながら般若の胴体に大きな傷が出来たのが見えた。
「すごい…自分より大きな相手に…あんな化け物に…」
「キャアアアアアアーーーーーー!!!」
傷をつけられて激昂したのか、般若が大声を上げる。
すかさず近くに崩れ落ちた瓦礫を掴むと、それを思い切りその人に向けて放り投げた。
それと同時に視界の死角へと素早く入り込み、腕を振り上げた!
「危ない!」
そんな不意打ちを思いつくなんて…
瓦礫が勢いよく地面にぶつかり、そこへ般若が大きく振りかぶった腕を振り下ろした…
けれど、そこにその人はいなかった。
「残念だったな。こっちだ」
瓦礫を投げられたのと同時に走り始め、一瞬で般若の背後へと回り込んでいたの…?
本当に人間なのかな…?
手にした剣が先程よりも強く光り輝いたかと思うと、一瞬眩い光が辺りを包んで視界が白く染まった。
ゴロゴロと雷が落ちたような音がしたかと思い目を開けると、そこにはシューシューと音を立てながら真っ二つに裂かれて黒焦げになった般若の死体があった。
「こんなもんか」
その人はそう言って剣を黒い石のような物へ変形させた。
「倒しちゃった…あの化け物を…」
ボーっとしている場合じゃない。今のうちに逃げなきゃ。だけど、私は知りたかった。
彼が何者で、どうやって戦っているのか。
「あの!」
物陰から身を出して声をかける。
「生存者か。無事か?歩けるか?」
そう言ってこちらへ歩いてくる。
「私は大丈夫です。あの…あなたは一体?」
「俺は織田天心。軍人だ」
「軍人…さっきの化け物は何なんですか?それにさっきの武器は…?」
天心さんは私の問いに少し考えるような顔をした後、答えてくれた。
「俺は、この騒動を終わらせるために戦う。その為に開発されたのがさっきの武器だ。といってもまだ試作段階だがな。ただし誰にでも扱えるわけじゃない。」
「それが使えれば…私でも戦えますか?」
「何…?」
天心さんは驚いたようだった。こんな子供がそんなことを考えるなんて思わなかったみたいだ。
「いいか?今は俺たちに任せろ。俺たちは為すべきことを成すために戦う。だがもし…万が一、あいつらとの戦いがこれで終わらなかったとしたら、その時はお前自身で考えろ。"何を為すべきなのか"をな」
そして天心さんは私に背を向けて歩き始めた。
「…俺にもお前と同じぐらいの歳の息子がいる。縁があれば、あるいはどこかで会うかもしれない。その時は仲良くしてやってくれ。織田天磨と…」
「これが、私のお話だよ」
話を終えて森は一息ついた。
「…親父がどうなったか知ってるか?」
残酷な問いだ。親父に憧れて武士を目指そうと思った人間がいる。それが俺は嬉しくて、だけど…
「それは…」
森が目線を落とした。
「織田天心、親父は渋谷メルトダウンで死んだ。多大な戦果を上げて。多くの命を救った。家族を…守った。けどな…」
「自分が生きてなきゃ、意味ねーだろ…」
俺は少しだけ悪態をついた。
「天磨くん、私はね、あの日天心さんに救われたよ。天心さんが来てくれたおかげで両親も無事だったんだ。感謝してもしきれないくらいだよ。」
「そうか…家族、大事にしろよ」
「うん…それにあの日決めたんだ」
森は力強い光の灯った目を向けてくる。
「私は人を守るために戦うって」
俺なんかよりよっぽどか弱そうに見えて、実際はめちゃくちゃ強いんじゃねーか?
「心」が。
「ああ、頼りにしてるぜ」
俺たちはそう言って笑い合った。