表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/44

逃亡

 浄御原さんが去り、ホテルの一室には野郎が三人残った。

 追手を撒くとかそれ以前に、一刻も早くこの場所から離れなければならないと本能的に感じた。


「えーっと、まずは何をどうしましょう?」

「正面からはもう出られません。近江さん、跳躍力には自信がありますか?」


 貞永さん? だったか?

 俺の問いに答えてくれたのは良いが、彼のする不穏な質問に否が応でも不安は募る。

 冗談であって欲しいと切に願う。


「残念ながら、我々は世界線への干渉が許されているというだけで、あなた方と同じ生身の人間。正攻法しかありません。あ、ちなみにこの肉体は週末のジム通いの成果です」


 と、彼はその肉体を見せつけるように言った。

 いや、知らんがな。


「自信はありませんが、やるしかないなら、やるしかないでしょ……」


 我ながら見上げた社畜根性である。

 4年もフリーターに甘んじていながら、言えるものではないが。


「本当に理解が早くて助かります。幸いこの辺りのビル群は密集していて、比較的楽に隣のビルへ移ることができるでしょう。どうしても無理なようでしたら我々が先に移ってロープを張るので、そこを伝ってきていただいても構いませんよ」

「そうですね…。状況によりお願いするかもしれません…」


 もはやどちらの難易度が高いかなんて話はどうでもいい。

 ただ一つ明らかなのは、俺は捕まる前に死ぬ確率が高い。






 その後、俺たちは一晩中警察の手から逃れ、初めのラブホテルからかなり離れた雑居ビルの間にある路地裏まで来ていた。


「ここまで来れば安全でしょう!」


 貞永さんが清々しい表情で言う。

 結果から言うと、ジャンプもロープも無理だった。だから俺は〝ボール〟になることにした。

 一人が先に向かいのビルに渡り、残った一人が俺を投げ渡す。

 その繰り返し。

 心苦しいが、早速他人に自分の〝可能性〟を託してしまった。

 いや、ここはもやしの俺を責めるより、週2のジム通いでアクション映画張りのパフォーマンスを発揮した二人を称賛するべきなのである。


「おかげ様で……。お手数をお掛けして申し訳ありません」

「いえ、お気になさらず。一先ず、ココで浄御原理事を待ちましょう」


 お縄になるまいと必死で考えずにいたが、この二人を全面的に信用したわけではない。

 とは言え、あの女が妄言を言っているようには見えなかった。


 俺たちが路地裏について10分程で、彼女は再び姿を現す。


「大変お待たせしました! 近江さん、よく生きてましたね!」


 あぁ本当にその通りですね。

 でもその言い方、『場合によっちゃ死んでっかもなー』くらいのスタンスに聞こえるのは気のせいでしょうか。


「二人も有給休暇中にも関わらず、お疲れ様でした。特別手当についてはこちらの方で申請しておきました」


 有給だったのか。それは嫌でも悪いことをした気分になる。

 それにしても、置かれている状況とは対照に、妙に会話が所帯染みているから、イマイチ緊張感が保てない。


「はっ! ありがとうございます。では私たちはこれで。近江さん、今日はありがとうございました!」


 貞永さんが、律儀にも謝辞を述べてきた。


「いっいや、こちらこそ。貴重な休日にスミマセン……」

「お気になさらずに! 組織の一大事なので!」


 そう言って胸を張る彼のその姿は、まさに社畜の鑑といって差し支えない。

 素晴らしい御仁だ。


「それと近江さん」


「はい?」


「……いえ、理事を頼みます」


 そう言い残すと、二人は去っていった。


「やっと、二人きりになれましたね」


 浄御原さんは、顔を赤らめながら意味深な台詞を吐いた。

 そんな彼女の粋な心意気を華麗にスルーし、俺は質問に移ることにした。


「んで……、浄御原さん。色々聞かにゃならんことがあるんですが……」

「呼び捨てで結構ですよ。私の方が年下ですし、敬語も必要ありません」


「……分かった。じゃあ浄御原。単刀直入に聞く。あんた、あのこと知ってんのか?」


 疑問なんて山ほどあるのに、真っ先にこの質問が出てきてしまうあたり俺も女々しい。


「と、言いますと?」

「いや、すまん。知らないならいい……」


「〝殺人〟と聞いて、少し心がざわつきましたか?」


 彼女にそう言われた瞬間、俺は背筋が寒くなった。


「あなたの過去については存じております。何分こちらも()()()の立場ですので」

「……そりゃ()()()の周辺事情くらい事前に調べるよな」

「まぁそういうことですね。それよりも、どうして殺人鬼の〝近江さん〟が平行世界の存在を知り得たのか、気になっているんじゃないですか?」


 それはかなり疑問に感じていた。特典を受け取ってから、殺人に及んだのか。

 はたまた、殺人を犯してから特典が付与されたのか。

 後者だとすれば、なぜ機構の人間は殺人鬼の〝俺〟の前に現れたのだろう。

 それともどこか別のルートで知り得たのか。


「そこも改めて説明しなければなりません。残念ながら諸々の混乱もあり、職員の誰がどういう経緯で〝近江さん〟に接触したのかまでは把握出来ていません。そもそも私たちがあなたたちの前に現れること自体非常に稀なケース。余程の異常事態がない限り、私たちが世界線に干渉することはありません。人々が容易に私たちの存在を知ってしまえば、あちこちでモラルハザードが起こってしまいますから。いわば特典はあなた方へのインセンティブではなく、問題を未然に防げなかった我々のペナルティなのです」


 それは至極、納得のいく話だ。

 いくら罪を被せる相手がもう一人の自分とは言え、公然と法を犯せるわけなのだから。


「特に今回のケースは我々の今後を占う一大事。近江さんには特典とは別に何かお礼を、と思っています」

「……」

「やる気、出ましたか?」

「まぁ何もないよりは……。で、それって具体的に何だ?」

「ワ・タ・シ、なんていかがですか?」


 天然モノにしろ養殖モノにしろ、こういった類のキャラクターは控えめに言って始末が悪い。

 というより、シンプルに苦手だ。


「冗談はさておき。特に決まってはいません。全てを終えた後、あなたのお望みのものを差し上げたいと思っています」

「それはまぁ、考えておく……。じゃあまずは何をどうすりゃいいんだ?」


「ではまず、歯を食いしばって下さい!」


「は?」


 一瞬だった。


 女のこぶしを視界に捉えた時には既に手遅れだった。


 コイツ、殴りやがった。グーで。俺の顔に。


 俺はそのまま意識を手放した。



◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「気が付かれましたか?」


 ここは……、隣町の駅か?

 俺はホームのベンチで横たわっているようだ。

 殴られた後遺症で頭がグラグラするが、いつまでも寝ているわけにもいかない。

 俺はゆっくりと起き上がった。


「で……、何で俺は殴られた上でここに連れて来られたんだ?」

「ココが()()()()()だからですよ」

「どういうことだ?」


 浄御原は事の顛末を話した。

 彼女曰く、ココは殺人鬼の〝俺〟が生きている世界だそうだ。

 また、俺のような一般人が他の世界線へ介入するためには、機構の人間の〝手引き〟が必須らしい。

 〝手引き〟とは、早い話、強い精神的ショックを与えること。

 何でもそれによって他の世界線との境界が曖昧になるのだとか。浄御原が俺を殴ったのはそれが理由らしい。疑わしいことこの上ないが、まぁ仮にもお偉いさんの言葉だ。一旦、信じてみることにする。ただ他にもやり方あったろ、絶対。


「それにしても事件現場が駅のホームって……、爆破テロでも起こすのか? だとしたらココにいたらヤバくねぇか?」

「どのような手口で犯行に及んだのかは分かっていません。事件が起きた頃には監視AIは不具合を起こしてましたから」

「じゃあなんでココで起きたって言えるんだ?」

「勘です」

「はぁ!?」


「そもそも平行世界とは、軸が違うというだけで、時間の流れは一定です。人々の〝if〟によって生まれるものではありますが、それもただ単純に別の選択肢に進んだ結果としての世界が生じるだけ。タイムマシンのようなもので過去に遡って確認できるだなんて思わないで下さい。現実を見ましょう。人生ナメてるんですか?」


「今更、あんたが現実を語るか?」


 俺は今後の先行きに一抹の不安を覚え、ため息をつく。

 すると突如、駅構内に甲高い叫び声が鳴り響いた。


「その人、痴漢です! 捕まえて下さい!」


 全力疾走でこちらに向かってくる男と目が合う。


「「あっ」」


 はい。バッチリ〝俺〟でした。

 どうやら〝俺〟は、触れてはならないものに触れてしまったようだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ