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XIII-7暗黒の島



 ―――?

 






 何が起こったんだろう?

 巨大な刃は足元で鐘のような音を奏でている。

 カツン……石畳を鳴らして、群集からひとりの人物が姿を現した。それは―――









「オルコン!?」

「オルコンさん!」

停止していた脳が急速に回転し始める。住人の方は逆に止まったようだ。口が開きっぱ。

「ったく、な〜んで来ちまったんだか……」

ブツブツ言いながらもオルコンは、わたしの手枷、足枷を外してくれた。

「そっちの嬢ちゃんを助けてやれ」

くぎ抜きのようなものを渡され、素早くわたしはナギの救出に向かった。

「オルコン貴様!!」

「よっ、長。今日はよく会う日だな」

「貴様、町の掟を無視するだけに飽き足らず、我らが神にまで背を向けるのか!!」

「従ってたつもりもねぇがな。――どうした?来るなら来いよ。俺が何言おうが制裁するつもりだろう?」

オルコンの挑発に乗って、死刑執行人が斧を持ち上げた。その目は、闘志に燃えている。

「へっ!そーこなくっちゃな!!鍛冶屋の腕前、とくと御覧あれ!」

戒めから開放されたナギの強張った体を支えながら、わたしは刃の間合いから充分に外れた。


 ギィィィィン……と、擦過音をさせながら、大剣と斧がぶつかり合う。


 刃が合わさる度に、ひやりとして身を竦ませてしまう。


 右へ左へと攻撃を仕掛けながら、オルコンは徐々に相手を追い詰めていく。分は彼にあるようだ。



「ちィッ!」



しかし、断続的に続いていた攻防が、突然止んでしまった。

「1対1の勝負に水を差すなんざ、野暮のやる事だぞ」

オルコンの背中には、小さな短剣が突き立っていた。

「神に背きし者は、その全てを罰する」

「へっ、問答は無用ってか」

「やれ!!」

長が合図すると、(とき)の声が地を揺らした。皆武術の心得があるのか、がむしゃらに突っ込む事はせず、数人がさっと出てオルコンを囲う。他の人達は期を窺い、隙を見る。そこそこ手練な住人たくさんVS鍛冶屋ひとり。誰が見ても形勢不利だ。実際、オルコンは押され始めていて―――




「オルコン!!」




 大剣がはじかれた。

 彼の鼻先にたくさんの切っ先が突きつけられる。

「悪いな嬢ちゃん。流石にこの人数は無理だ」

ジリジリと退いてきた彼は、背中に私たちを庇いながら自嘲的な笑みを見せた。

「鍛冶屋の腕前も、所詮そんなものか。―――裁きを下せ!!」




 操り人形のように住人達は一斉に凶器を振りかざし――――



 ―――ド ―― ン!!



 地を揺るがす衝撃が、私たちの命を救った。


「何だ!?どうした、何が起こったんだ!?」

「あそこだ!空が欠けた!!」


本物の空を、太陽の光りを見たことのない地下都市の住民は、驚き慌てふためき、大混乱に陥った。

「……すげっ。あ、今のうちに逃げた方がいいんじゃないか?」

「ええ、ですが……」

「まだ行けないよ」

「―――だ、そうです」

耳打ちするオルコンに、ナギは苦笑いで答えた。


「あれが外の光りだ!!」


わたしは出せる限りの大声で叫んだ。一斉に注目される。

「私たちは光りの当たる大地から来た。外にはこの都市の何百倍もの人々が住んでいる。たくさんの人が互いに支えあって生きているんだ。ここだけが、この暗い地下だけが世界の全てじゃない!あなた達にはたくさんの可能性がある。誰もが大きな可能性を持っているんだ。ここで一生、掟に縛られて生きるだけでいいの!?それで満足なの!_」

「我らはハーディス様に従う!彼の言葉のみが全てだ!!」

長が負けじと声を張る。

「皆長と同じ意見なの?違うでしょ?オルコンのように掟にうんざりしている人もいるだろうし、ほんの少しでも違った意見を持っている人だっているはずだ!家族でさえも人によって考えは違うのだから」

「ほざけ!皆この者の言葉に耳を貸すな!あ奴はアルケモロス。我らに禍をもたらす者ぞ!」

そうだそうだと野次が飛ぶ。だが、最初ほど勢いはない。

「で?どうなの?皆はどうしたい?言ってごらんよ。自分が思うことを口にするだけで罪に問われる事はないんでしょ?」

分からず屋の長から視線を外し、ずらりと並ぶ住人を見つめた。それぞれが周りの出方を窺うようにキョトキョトと落ち着かない。と、

「オレは、こんな地の底に這いつくばって一生を終えるのは嫌だ。光りで満たされた地上で、オレのしたいことをする。リーズの連中のようにいろんな所に行くのもいいかもなぁ」

「だっだが、地上には獰猛な動物や恐ろしい化け物がいるのだろう?そんなところに出て行くなんて――」

おどおどした様子で、ひとりの男性が不安を告げる。

「そうだ!我らを異形の者として迫害するかも知れないだろ!」

「おいおい、同じ人間だぜ?話せばわかるだろ」

オルコンは呆れ顔で返す。

 うーん。両方の言い分はわかるんだけどね。けど、今はとりあえず私たちが生きれる方を探さなきゃ。

 どうやって話を進めていけばいい?

 どうやったら、彼らのしがらみを解くことができる?



『―――おい』


ハーディスが物陰から突然姿を現した。

「うわっ!?ど、どーしたの突然。もしかして怒った?」

「攻撃されている。崩れる」

言った途端、第2の爆発が起こった。ビキッとヒビが大きくなり、天井が、この街の空が崩れ出す。町中が騒音と悲鳴で満たされた。そういえば、天井が欠けてたの忘れてた。

「逃げよ!地上で生き延びるのじゃ!!」

長が俄に叫び、住民は静まり返った。

「早くしないか!女子供が先じゃ!―――ゆけ、アルケモロス!皆を導け!!」

わたしは一瞬固まったけれど、すぐに頷いて皆を先導した。私たちが下ってきたあの通路へ。見えるところまで来ていたから、何とか道がわかってよかった。

「長老さん!!」

皆が走り逃げる中、長老だけが逆方向へふらふらと向かっていた。先ほどまでのしゃんとした雰囲気がない。引きとめようと足を向けると、

「構わずゆけ!ワシはここの長じゃ。ここが滅びるのならば、共に逝くのが宿命……」

必死に逃げる人々の流れに逆らえず、崩れゆく天井に追い立てられ、そこへ辿り着く事はできなかった。

 奥歯をかみ締めながら通路を登りきると、ハーディスが待っていた。

「開けるぞ」

「――ぁ。皆!目を瞑って!!」

ずっとこんな薄暗い所にいたんだ。まともに日の光を目にしたら――。

 カッと光りが差した。

「ああ!!」

「目が!目が痛い!!熱い!!」

あまりの眩しさに、地下の住民は目を押さえてよろめいた。中には中へ戻ろうとする人までいる。眩しいと言っても、夕方だ。それでも、つらいのだろう。

「しばらくすれば慣れるだろうから、落ち着いて」

私たちは人々を宥めながら誘導して、何とか全員を外に出す事ができた。

 

 そこに――――



















 「これはこれは。ご機嫌いかがかな?女神様方」






 

 聞こえるはずのない声が、聞こえてしまった。



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