XIII-4暗黒の島
ざわざわとゾンビのごとく手が伸びてきた。わたしとナギは踵を返して迷路のような街中へと逃げ込む。―――が、道が入り組んでいて何がなんだかわからなくなった。何度も町人と鉢合わせになるし、危うく挟み撃ちになるところだったし……。でもどうにか、がむしゃらに逃げる事はできた。けれども、いつの間にか私たちは狭い穴の中を走っていた。人ひとりがやっと通れる程の道には、そこら中に横穴があった。今、自分達がどこにいるのか全くわからない。食らい穴の中で、いろんな方向から追っ手の声がして、辺り構わず横道に飛び込むものだから、方向感覚を失うのは当たり前だ。
「セリナ、こっち!」
ナギが小さく叫んだ。
街の人々の足音が近付いている。
手を引かれたわたしは、足元に穴のある、危なっかしい壁の窪みに張り付いた。
どうか、気付かずに通り過ぎてくれますように!
ところが……
「――――っ!?」
グンッと強い力で足を引かれたかと思うと、次の瞬間には冷たい土の上にうつ伏せにされた。
今までほんの微かにあった光りまでもが消えている。
「声、出すんじゃねぇぞ」
なにが起こったんだろう?肩を掴まれたわたしは、酒臭い息に牽制された。
すぐに、ドタバタと大勢の足音が頭上を通り過ぎた。
しばらくして、ポゥ……と炎の明かりが灯された。
「黙ってついて来い」
明かりに照らされて、毛むくじゃらの顔が浮かび上がった。酒臭くはあったけど、彼に酔っている様子は微塵もなかった。
「適当に座んな」
そう言うと男はドッカリと唯一の椅子に腰を下ろし、ぐびぐび小樽の酒を煽る。
ボロイ小屋のような家だった。虫食い道の、少し広くなっている行き止まりにそれは建てられていた。洞窟を利用して作られていて、中は完全に独り住まい用だ。必要最低限のものしか置いていない。奥にもうひとつ熱を発する部屋があった。様々な金属、刃物類が並べられている。
「あ、あの……助けていただいて、ありがとうございました」
「あン?オレァ別に何もしてねえよ」
「はぁ」
黙るしかなかった。男は構わず酒を飲み干す。
「あのぅ」
「何しに来た」
「え?」
唐突過ぎてすぐに答えられなかった。
「地上の人間が何しに来たって聞いたんだよ」
不機嫌そうな顔で、どこか投げやりだ。元々こんな感じなのかな。
「何をって……私たち、ワグナー・ケイを譲ってもらいに来たの」
「セリナ!」
ナギが慌てて制した。たぶん、捕らえられると思ったんだろう。でも、もう言っちゃったんだから遅い。
「我らが神の石を奪いに来たってーのか。じゃあ―――縛り上げとかなきゃぁな」
「―――!!」
ガタリと男が立ち上がって、壁に立てかけてあった槍を掴む。剣呑な空気だ。
ナギが、出口を求めて視線を配る。私たちの背後に扉はあった。逃げようと思えば逃げ出せる。
けど……。
「あなたは、そんな事しない」
「セリナ……?何を――」
「何言ってんだぁ?オレも一応この街の住人だ。お前ら捕らえるのは当たり前だろ」
男はさらに近付き、見せ付けるようにして槍を動かす。
「しないよ。もしそうなら、あそこで私たちを助けはしなかったでしょう?あなたは私たちを長に引き渡したりはしない」
「なんでそこまで言い切れる?証拠なんてねーだろ」
「うん、ないね。けど、そうでしょう?あなたは街に馴染めないからこんな離れた所で暮らしてるんじゃないの?街の考えに疑問を抱いてるんじゃないの?」
自分で言うのもなんだけど、妙に自信がある。細かい事なんか考えてないんだけど。
「……変なヤツだな、お前」
男は矛先を下げた。
「あはは…よく言われるんだよねー」
「え?……え?」
ナギはまだ混乱している。オロオロと、わたしと男を交互に見ていた。
「そいつの言う通りだ。だが―――」
わざと一拍置いた。ものすごい凶悪な顔睨みつける。
「オレはこれ以上お前達に関わるつもりはねぇ。面倒事はごめんだ」
こわ〜。脅しなれてるって感じの凄みのきいた声だ。
「うん、わかってる。あとはケイの在りかを教えてくれるだけでいいよ」
「チャッカリしてんな……。もう関わらねぇっつったろ」
「ケーチッ」
「っるせぇ。何とでも言え」
その時、小屋の外から大勢の足音が近付いてきた。そして―――




