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II-4ほんのひと時

 向こう岸に着いてほんの少し歩くと、なだらかな丘の上にリーバの町が見えてきた。そのすぐ下には大きな砂浜が広がっていて、大きな船が何隻も停められていた。

 町に入るとナギは辺りをキョロキョロ見回し始めた。

「どうしたの?」

わたしが聞くと、

「いつもは誰かが迎えに来ているのだけれども・・・」

彼女はうーんと唸って、

「しかたがないわね。道すがら探しましょう。」

歩きを再開した。

 


 港町の風景を楽しみながらのほほんと歩いていると、  

「待てー!!」

「待てぃ!待たんか貴様!!」

野太い怒鳴り声が歩いている人達の視線を集めた。

「んなこと言われて待つバカがいるかよ!」

誰かがそれに応える。

 確かにそうだよなぁ。

思いながらわたしも皆と同じ方向を見る。と、

「どうしたのかしら」

後ろから髭を生やしてつばのない帽子を被ったおじさんが、全速力で突っ走って来ていた。さらにその後ろからは筋肉隆々の、同じような服を着たイカツイおじさん達が、前の人を追いかけていた。その人達はそれぞれ手に、鉄製のこん棒を持っていたり、弓矢を持っていたりしている。

 この状況からいってどっちかが悪い奴なんだろうけど、見た目はどっちも悪そう。

 けれど次の瞬間、

「―――っくそっ!よこせぇ!」

「きゃああ!」

追われていた地味な服を着たおじさんが、道を歩いていた女の人の手から赤ちゃんを奪い取った。と言うことは、こっちが悪い人。

見る見るうちにイカツイおじさん達が現場に到着した。  

「寄ってくんじゃねえ!」

髭オヤジは、手に隠し持っていたナイフを赤ちゃんの首に向けた。

 とたんに筋肉オヤジは戸惑うように動きを止める。  

「シエラぁ!シエラを離して!!」

赤ちゃんの母親が我が子を呼んだ。その声に反応したのか、赤ちゃんは関を切ったようにわんわん泣き出した。

「うるせぇな。これだからガキは嫌いなんだよ」

悪い人はぼやくように言うと、イカツイおじさん達を睨み付けた。

「動くんじゃねーぞ?赤ん坊の命が欲しかったら、その武器置きな」

私達が見守る中、おじさん達はしぶしぶ手にしていた武器を足下に置く。

「もっと自分から離せ」

今自分が優位に立ってることが楽しくてしょうがないみたい。男は、こんな状況にも関わらず、薄ら笑いを浮かべていた。

 「ナギ、あの人達は何?」

わたしは隣にいるナギにそっと聞いた。

「たぶん、牢番人よ。左胸の所に鳥かごのような印しが付いているでしょう?」

彼女はひそひそと教えてくれた。

 牢番人?ってことは、あの髭のおじさんは牢屋から逃げ出したのかな?

「へへへ・・・よおし。じゃあそれを・・・っとぉ、おい!そこの黒いの!」

「ん?」

あれ?心なしか髭の男がわたしの方を見てる気がする。と言うより思いっきり目が合った。

「お前だよ!変な黒い髪の女!!」

変なとはシツレイな。

「あの武器全部オレん所持って来い」

・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・え?

「どーした!早くしねえか!」

男はこれ見よがしに赤ちゃんにナイフを突きつけた。

 な、なんで?なんでわたしなの?

 観客席でのほほんと劇を観ていたら、突然役者に“おまえ、この役をやれ”って舞台に引っ張り出された。ああ、やっぱりずーっと傍観者でいることはできないのか…。嫌だなぁ、逃げたいなぁって思ったけど、人の命には替えられないのでわたしは慌てて牢番人達が持っていた武器を取りに行こうとした。

 そうしたら、

「待って下さい!」

ナギがわたしの腕を掴んで声を上げた。

「――ナギ?」

「あなたはこんな事をして、恥ずかしいとは思わないのですか!?あなたが何をして捕まってしまわれたのかは存じませんが、人を傷つけて何が楽しいのですか!そんな小さな子供を人質に取って、何が楽しいのですか!」

「うるせえな!何が言いたいんだよ、ガキがっ!」

男が怒鳴ると赤ちゃんがよりいっそう力強く泣き出した。

「その子を母親に返してあげて下さい」

「ああ?」

 ああ、どうしてナギはこんなに正義感が強いの?こんな奴説得しても聞くはずないじゃないか。

「そんなことすりゃあ、俺の立場がねえじゃねえか・・・」

男もキッパリと言ったナギに面を食らったみたい。いくらか意気消沈している気がする。

「それとも何かぁ?お前がこのガキの代わりになってくれるのか?」

「いいでしょう」

「「―――!!」」

ナギのさらりとした言葉に、この場にいたほとんどの人が驚愕した。

 自分から人質になるって言う人なんて、そうそういない。ましてやそれがまだ14の女の子だなんて。

「お、おい譲ちゃん、やめとけ!そんな自分から危険に飛び込んでいくこともないだろう?」

近くにいたおじさんがナギを説得しようとした。けど、

「あの子を見捨てろと、おっしゃるのですか?」

ナギの一言に大の大人が口ごもる。

 もともとわたしが男にあの武器を持て来いって言われたんだ。だったら――

「だったらわたしが――」

「セリナを危険にさらすわけにはいかないわ」

またさらりと言われた。

「そんなのっ!わたしだってナギだって、誰だって同じことだよ!」

「私はいいの。セリナも他の人もだめよ」

「はい?」

訳がわからなかった。

 何て言い返そうか迷っているうちに、ナギはスタスタと男の所へ行ってしまう。

 みんながポカーンとナギの動きに目線を動かす。

 髭の男さえも、牢番人達に注意を払う事を忘れていた。

 その牢番人もボーッとしていたから意味なかったけど・・・・ 。

 ナギがスッと男に両手を出した。赤ちゃんをよこせって言ってるみたい。男はあっけに取られながら無防備に赤ちゃんを手渡した。

「どうぞ」  

「あ、あの・・・でも・・・」

母親もあっけに取られながら、微笑むナギから赤ちゃんを受け取った。

「私は、大丈夫ですから。危険かもしれません、少し離れていた方がいいでしょう」

ナギはそう言うと、今度は牢番人の前に置かれていたこん棒を1つ拾い上げると、重そうに男の所へ持っていった。

「へ、へへへ・・・素直な譲ちゃんだなあ。さすがに1つずつじゃなけりゃあ無理か」

男はやっと元の調子を取り戻しだして、またいやらしい薄ら笑いをうかべながら言った。

「あら、意外と素直ではないかもしれませんよ?」

「な―――」

――ゴスッ

 子気味いい音が鳴り響いた。

 男と音の空隙(くうげき)にナギは、持ってきたこん棒を勢いよく振り上げて、手を出しかけていた男の頭にクリーンヒットさせた。

「うわ、いったそー」

 南無阿弥陀仏、と合掌した途端、

「――うぐぐ・・・こ、こぉのおヤロー!」

男が怒り狂って、目の端に涙を浮かべながら怒鳴った。

 大きくナイフが、太陽に反射してギラリと光る。

 ナギはとっさの事に動けないでいた。

「――っ!伏せて!!」

ナギがそれに反応して身をかがめるのが先か、わたしと彼女の頭の上を何かがヒュッと通り過ぎた。

「ぐわああああああぁ!!」

男の痛そうな叫びが木霊した。手で押えられた男の肩口には、細長い矢が突き刺さっていた。

「これでも弓は得意な方なんだ」

不意にわたしの後ろから声がした。振り返ると、どこかで見たような若い男の人がこっちを見下ろして微笑んでいた。

 誰だったっけ?

 わたしが一生懸命思い出そうとしている間にも、事件は幕を閉じようとしていた。

 やっと我に返った牢番人さん達が男を取り押さえて、ナギを立たせて何か話し始めた。弓を持った若い人は、すっとわたしの脇を通り過ぎて牢番人達の方へ歩きだす。わたしもナギが心配だったから、彼に続いて小走りに駆け出した。

「ナギ!大丈夫?怪我ない?」

ナギは、見た目はごついのに気の優しそうな一人の牢番になにか言われていた。ナギは顔をわたしに向けると、

「セリナ。大丈夫よ、なんともないわ。――そちらの方は・・・」

と、わたしがいつの間にか追い越しちゃっていたお兄さんを見た。そして、あっと小さく声を上げる。

「あなたは、昨日の――」

「どうも、こんにちは」

 ああ、そっか。やっと思い出した。昨日のユーンに怒鳴られて科学研究所を追い出された人だ。

「昨日はどうも。これから君の家に行こうとしていたんだけど、手間が省けたね」

そう言って彼はポケットからナギのハンカチを取り出すと、ありがとうと言って彼女に返した。

「あ。すみません、わざわざ…。あの、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

ナギはちょこん、と頭を下げてハンカチを受け取ると、淡い緑髪の彼に聞いた。

「僕?僕はアーヴ・ヴィル。――あ、そうだ。これ、ありがとうございました。すみません、勝手に借りてしまって」

アーヴって名乗った男の人は、ナギの前に目線を合わせるように膝をついている牢番人に、さっき使った弓矢を手渡した。

「ああ、いえ、そんな謝っていただかなくてもいいんですよ。ああけど、今回確かに我々は出端をくじかれて何もできませんでした。そこを君たちのような若者に助けてもらったのは感謝していますよ。でもね、お嬢ちゃん。あの後牢人番号2431732がお嬢ちゃんや他の人に刃物を向けていたらどうするつもりだったんだい?――そっちのお兄さんもですよ。もしケガでもしたらどうするつもりだったんだい?まあ、今回はケガ人もなくて万事収まったからよかったものの、次はこうはいかないかもしれない。わかるね?だからもう、金輪際こういう危ないことに首を突っ込むのはやめて下さい。わかるね?」

「はあ、それは、すみませんでした」

「今後、そういう事がないように気を付けます」

アーヴは後頭部をかきながら、ナギは苦笑しながら頭を下げた。すると、すっごく心配しているような困った顔をしていた牢番人が突然、あわあわと慌てて、

「ああ、そんな!頭を下げられるほどじゃないんだよ。ね?わかってもらえれば、それでいいんですから。――あ。ところでお礼をしたいんですけど、感謝状でいいですか?あっ、お金の方がいいですよね」

と、まくし立てるように言った。

「「いいえ、そんなお礼だなんて――」」

ナギとアーヴの声がダブった。

「…ですがねぇ…」

牢番人は目をパチクリさせて、ちょっと笑いながら口ごもる。

「いえ、僕は遠慮させてもらいます。僕はそんなに大したことはしていませんから、お礼をもらう必要はありません。」

「私も、あたり前の事をしたまでですから。牢番人さんには悪いかもしれませんが、遠慮させていただきます」

二人は異口同音に言うと、わたしをひっつかんで逃げるようにそこを後にした。

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