XII-9白銀の島
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セリナが目を覚まさないまま、5日が過ぎました。
気持ちがやっと落ち着いてきた私は、セリナが目覚めるまでずっと、彼女の隣に居ることにしました。そうすればディムロスさんの安心してお仕事に戻ってくださると思ったのです。しかし、私の作戦は失敗してしまいました。ディムロスさんは、確かに仕事に手を付け始めてはくれたのですが、その膨大な量の書類をここに持ち込み、極力セリナの傍から離れないようにしていました。
「ディムロスさん、私が看ていますから、少しお休みになられては・・・・・・?」
「いや・・・・・・」
このような感じで、お返事はどこか上の空です。
私も、食欲があまりありませんでしたが、それでも彼よりは食べれるようになりました。睡眠も大分取れるようになりました。一方、他の方達はというと、とてもお忙しいようです。シビアさんは家事全般にセリナの世話(私もしています)。ウォルターさんはディムロスさんのお仕事のお手伝いをしていらっしゃいますし、トルバさんは事件の後処理に追われています。
なので、まるでこの部屋だけが外の時間から切り取られたかのように、ゆっくりと1日が過ぎていきました。
外は、今日も雪でした。
今までにない程雪量が多く、どんどん積もっているようです。“風がない”と、ディムロスさんが呟いていました。
世界は、日に日に白く染められてゆきます・・・・・・。
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ある日の夜。
頭に入りもしない書類に眼を通していると、突然慌しく叩かれる戸の音に静寂が破られた。
「ディムロス様!」
返事も待たずに扉を開けたウォルターは、血相を変えて飛び込んできた。
「ディムロス様、各地で積雪による被害が多発しております。それぞれの街や村で作業を行っておりますが、なかなか……」
「被害状況は?怪我人はどのくらいだ」
「あつ、は、はい。家屋が雪の重みに耐え切れず倒壊しているものが最も多いようです。怪我人は今のところ百数十名、行方不明者は500を越えると……。死人が出たとの情報はまだ入いっておりません」
「そうか……」
俺は椅子から立ち上がりかけて動きを止めた。
ナギはセリナの隣でぐっすりと寝入っている。
そっと、離さなかったセリナの手を見た。彼女の手はまだ暖かい。だが、もしこの手を離してしまったら……。街の、この島の人々を救えたとしても、彼女を失ってしまったら……。
セリナか、より多くの人々か。
私か、俺か……。
この手を離すか離さないかでどちらかが失われるかもしれない。それとも……。両方を、救うことはできないのだろうか。
「ディムロス様」
片方しか、選ぶことはできないのだろうか……。
「…彼女を、頼む」
俺は窓を開け、上着も持たずに飛び出した。
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こ こ は・・・
なにもない。
色があるのかないのか、それすらわからないような空間にポツリと1人、いた。
どうしてこんな所にいるんだろう
あたりを見回す。
本当になにもない。どこまでも続いていそうで、意外と狭いかも知れない空間。
あぁ、そうか。わたし、アフェクを庇って……。
じゃあ、わたし 死ぬのかな。 もしかしたらもう死んでるのかも。
『やあ』
ふっと、唐突に光が現れた。男とも女とも取れない光の輪郭。
「えっと……声の人?」
光が頷いた。
「わたし、死んだの?」
『まだだよ。けれども……そうだね、いずれそうなる』
「……そっか」
不思議な感じ。もうすぐ死ぬって言われても、なんとも思わない。“ああ、そうなんだ〜”だけ。
「これもあなたの言う運命ってやつ?」
『そうだよ。そして世界は消滅するんだ。運命は変えられない。……今までの君を否定することになるけれど、ね』
「………」
声の人は、いつもと変らない穏やかな口調だった。始からずっとこうなる事を知っていたら、すんなり事を受け入れられるんだろうか。
『誰かに伝えたいことがあるのなら、私が伝えてあげるよ。ご両親とか、友達とか……』
「急に言われても……。あ、じゃあひとつだけ」
どうぞ、と声の人が促す。
「“ごめんなさい”って、いろんな人に。わたしが今までに関わった人達に。……大変かな?」
『問題ないよ。それだけでいいのかい?』
わたしはゆっくりと頷こうとし、思い留まった。さっきとは何か違う。なんだか、急に霧が晴れたように思考がはっきりとしてきた。
「……って、言うかさ」
ナギの顔が浮かんだ。彼女の、泣きそうな顔。ウェーアの、ディムロスの怒ったような悲しそうな顔……。
「わたし、死ぬこと前提なんだ」
声の人は、まだ生きているって言ってた。けれども、今すぐに死ぬとは言っていない。
『運命は変えられない』
「そんなことない」
なぜか即答できた。さっきのは変化のせいだろうか。
『そう思いたい気持ちはわかるけれどね』
同じくゆっくりとだけど、キッパリ返された。少し哀れっぽく。
「けど、まだ死んでないんでしょ?いずれって、いつなの?」
『……君の体は今、意識が戻るかどうかもわからない状況だよ?助かる可能性はごくわずかだ』
「運命って、そんなにハッキリわかるもんなの?」
『私から見ればね』
「本当に?」
『何が言いたいんだい?』
挑むように声の人のぼやける姿を睨んだ。
「運命は決められたものじゃない」
『………………』
「生きるも死ぬも、諦めるも頑張るも、自分で選ぶものだ。決定されている物事なんて何一つない。道があったとしても、どれを選ぶのかはその時にならないとわからない。どんな結果になるのかわからない。――違う?」
声の人は何も答えない。わたしは構わずに続けた。
「“運命は全て決まってる”って思ってるんだから、答えられないか。けど、少なくともわたしは、まだ死ぬなんて決まってないと思う」
『では、逆に聞くけれども、どうして君はそこまで言い切れるんだい?確たる根拠でもあるのかい?』
「それは……よくわからないけど。けど、まだ死んじゃあいけないって気がするの。手が……右手がすごく暖かくて……。それが――ここが生と死の間だって言うのなら、この温もりがわたしを生かしてくれてる。それが理由だよ」
『……アライオスか……』
初めて、声の人のイラついた声を聞いた。まるで、思い通りにならなくて腹を立ててるレーミルみたいだ。
『無理だよ。君は死ぬんだ』
「決め付けないで!わたしはまだ死なない、まだ死ねない!!―――戻るんだ。戻って、皆のいるこの世界を守る。わたしは……わたしは、アルケモロスなんだから」
『そうだね』
「――――っ!?」
急に、声の人の輪郭がボロボロと崩れて――――




