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XII-3白銀の島

 私たちは割り当てられた部屋に入り、ドサリとソファーに身を投じる。一気に緊張が解けたって感じで、どっと疲れが出た。


「なんや。そない気ぃ張っとったんか?」


 「「!?」」

勢いよく後ろを振り返る。キョトントした顔のおじさんがそこにいた。

「トルバ、なんでいるの?」

「なんでって…ワイ、お前さんらのお守り頼まれたやないか。いちゃ悪いんか?」

「い、いえ…私はてっきり、ご自分のお部屋へ向かわれたと思っていましたので」

「さよか。まぁええわ。それより、晩飯までなにするんや?ウォルターはん言っとったみたいに探険するんか?ここでゴロゴロしながら話しでもするんか?」

彼も、前を横切って向かいのソファーに身を沈める。そして、身を屈めた姿勢で上目遣いに私たちを見ると、

「どないするんや?」

「「………・…」」

どうしようか。疲れてはいるけどこの家の中を探険してみたいし。けど、聞きたい事もあるし…。

「えっと…ディムロスサンはあなたの事信用できるって言ってたんだけどさ、まだあなたのことがよくわからないんだよね。だから――」

「話しにするんか?」

「…うん。それに、トルバも私たちの事わからないでしょ?女の子 2人がどうして…とか、思ってるでしょ?」

「ん〜。まあちょっとは思うけどな。人の世話焼くんはワイの性分みたいやし、あのディムロスが信頼できるゆうてんやから譲ちゃん達が悪い奴だとは思わん。ワイもそう思うし」

彼はしみじみ頷いて続けた。

「ホンマ珍しいんやで?アイツが人前でこいつは信用できる言うの。ワイに対してのも、言っとるの1回しか聞いたことあらへんし」

「そうなんだ」

ちょっと意外…でもないか。ウェーアの時も、すごい疑り深いところあったし。

「せや。まーそういう事で、お互い腹割って話そうや。ディムロスに信用されとるモン同士、な?」

情報交換という形で、トルバとディムロスの出会いを聞き、彼らの各地での活躍を語ってもらった。代わりに私たちは、旅の始まりからの話を大雑把に伝えた。

 ラズロも言っていた通り、ディムロスは小さい事に両親を盗賊に殺され、辛くも生き延びたらしい。包囲されていた部屋から脱出した彼は、独り港まで降りていき、ファスト山脈に行き着いた。そこでトルバと彼の師匠に出会う。3人で1年程過ごした後、ディムロスの体に突然エウノミアルの刻印が現れた。その日からずっと、トルバはディムロスの協力者らしい。アシュレイさんとは仕事でソイルに行ったときに知り合った。元々家がなかったトルバはアシュレイさんの家の婿養子になったそうだ。

 トルバは、私たちの(つたな)い説明を真剣に聞いてくれた。ラルク(火の精霊)の行では、エバパレイト出身の彼に大いに興味を誘ったらしい。ウェーアとラルクが戦う所なんか、目を輝かせて子供みたいにはしゃぐ。


 「お話中失礼いたします。夕食の準備がすみましたので、こちらへどうぞ」


 あらかた話し終えたところで、ウォルターさんが呼びに来てくれた。

 シビアさんの手料理は、家庭的なのに人気のレストランシェフが作ったようにおいしかった。ここではラズロの家とは違って、執事も他の使用人も一緒に食べる。と言っても、家主以外に住んでいる人はウォルターさんとシビアさんしかいないみたいだけど。3人だけでこの家に住んでいるのかと問うと、ディムロスは肯定した。

「大抵のエウノミアルは、自身を守るために牢番人や用心棒を雇うらしいがな。俺は特に必要ないと思って途中でやめた。俺がいなくても、雑魚なら程度ならウォルターで十分だしな」

「まあ。では、ウォルターさんも剣がお強いのですか?」

ナギの隣で姿勢よく魚のスープを飲んでいる執事さんは、スプーンを降ろして恥ずかしそうに微笑んだ。

「いいえ、剣ではありません。あまり人が扱わない物でございます。それでも、他の武器よりは得意ですが、強いという訳では……」

「まったまた〜。何言うとんねん、ウォルターはん。あんさんの腕前は相当のモンやで。ワイも敵わんやさかい」

「俺に負ける奴がウォルターに敵う訳ないだろ」

「なんやとー!?」

「そういえば、シャルナーゼはどうした」

喚き出したトルバを無視して、ディムロスはシビアさんに尋ねた。そういえば、姿が見当たらない。

「ああ、言い忘れておりました。なんでも、久し振りの長旅で疲れたとか。今夜はもうお休みになられると」

「……そう、か」

彼はすうっと目を細め、堅く口を閉ざした。


・・・


 夕食後、わたしとナギはディムロスに連れられて、2階にある彼の書斎へと足を運んだ。

 円形の部屋には、本がぎっしり詰め込まれた本棚や何に使うのかわからない物、植物や液体の入った密封ビン、積み重ねられた紙の束などで一杯だった。まるで研究者の部屋だ。

「汚い所だが……まあ適当に掛けてくれ」

促されて、わたしとナギは中央辺りにあるソファーに遠慮がちに腰掛けた。

「さてと、―――なにをそんなに硬くなっているんだ?」

デスクチェアーに上着を掛け、向かいのソファーに座ったディムロスは、不思議そうに首を傾げた。

「硬くって言うか…なんか緊張するっていうか……。ねえ?」

「あのウェーアさんがエウノミアルの、しかも有名なディムロス・リーズさんだとは思いもしませんでしたので……」

言って、ソファーの上で小さくなった。

「何を言っているんだ、俺は俺だろう?エウノミアルだとか、そんな事は関係ない。――まぁ、君達の好きなようにしてくれ」

そう言った彼は、どこか悲しそうに顔を曇らせた。

「好きにって……敬語とか、サン付けとかしなくてもいいってこと?」

「当たり前だ」

「で、ですが、あなたは――」

「“エウノミアル”はただの役名だ。俺はただの人間だろ?君達と同じで歳も近い。なぜそんな差別を受けなきゃいけないんだ?」

「じゃあ……“ディムロスのバカ!”とか言ってもいいの?」

「いや、それは……まぁ、そんな感じだ。無理にとは、言わないが」

「そうおっしゃって下さるのは嬉しい限りですが……」

彼女の性格上、どうしても受け入れられないようだ。

「だから、それは君が決めてくれて構わない。――それより、君達は俺に何か聞くためにここまで来たんだろ?」

ディムロスは諦めたように溜め息を吐き、すっと正面に向き直った。その表情は、ウェーアが時折垣間見せた、優しい微笑みに彩られていた。

「何で知ってんの?シビアさんから聞いた?」

「いや。ディスティニーを紹介してもらった時に、ウィズダムへ行くと聞いた。何か精霊について聞きたそうだったからな」

わたしとナギがそれぞれ毒づくと、笑いを含めた声が“何を聞きたいんだ?”と問う。

「ナギからどうぞ」

「…私は、もう少し整理してからお伺いするわ。セリナ、お先にどうぞ」

って言われても……わたしだって何から聞こうか悩んでるんだ。

「え〜っと…あんまり関係ないかもしれないけど……。わたし、ここに来る前にオジサンに絡まれたんだ。その時助けれくれた人がいたんだけど……ディムロス、じゃないよね?」

「ああ、」

やっぱ違うか。ウェーアと同じ香りがしたから気になってたんだけどなー。

「よくわかったな」

・・・ん?

「まあ!あれはディムロスさんだったのですか?でしたらなぜ、声を掛けてくださらなかったのですか?それに、お声が違っていたと思いますが……?」

「ああ、それな。科学者が遊びで作ってくれたんだ。奥歯に仕込んでおくだけで他人の声にしてくれるらしい」

「なんでそんな……わざわざ」

「エウノミアルだとバレると色々動きにくくてな。外出するときは大抵変装して出かけるんだ。あれは今日届いた物だから試したくなってな。しかし……声が違うだけで皆わからないものなんだな。まぁ、それでも顔は隠さないといけないんだが」

その辺もどうにかできるといいんだけどなと、残念そうに溜め息を吐く。

「ウェーアさんの時は変装していらっしゃらなかったのですか?」

「ん?あの外套と帽子だけでも、他の島の者ならバレないかなと……。ま、ギリギリ?よく似ている人だ、ぐらいには留められたろ」

「なんか、めんどいね」

「有名人は色々と大変なのだよ、セリナ君」

ニヤリと口の端を吊り上げる彼は、とても楽しそうだ。

「そういえばあの時、ディムロスさんはなぜエバパレイトへ?視察のためですか?」

「あ〜、そうだな……葬儀がてらに視察、かな」

「知人がお亡くなりに……?」

「俺とトルバの師匠だ。と、言っても俺は1年しか彼の教えを受けていないがな」

ディムロスの顔にすっと影が差す。悲しいけど、悲しんでいいのか迷うような……。

「それでも、ディムロスは師匠の事好きだったんでしょ?悲しかったんでしょ?だからあの時、すごく苦しそうな顔をしていたんだね」

彼は一瞬だけ驚いて、そうだなと頷いた。

「セリナ、君のおかげでずいぶんと俺は―――」

「あら、私の知らない所でずいぶんと仲良くなられていたのですね」

あっ、しまった。ナギにはまだマンティコアの洞窟での事、話してなかった。―――あれ?けど、ナギの顔……怒ってない?

「ごめんね、ナギ。言うの忘れてた。ファスト山脈でさ、マンティコアに襲われたでしょ?あの夜、ナギが寝てる時に――」

「――いろいろあったんだ」

止められた。知らないよー?せっかく怒ってなかったのに。

「“いろいろ”、ですか?」

ナギの笑顔が変わった。すさまじい怒気が伝わってくるよう……。

「ああ」

「他人には言えないような事でしょうか?」

「……私の面子に関わるな」

「先程、“エウノミアルはただの役名だ”とおっしゃったのはどなたですか?」

「な、謎が多いほど魅力が上がるって言うだろ?」

引きつった笑みと、完璧な微笑みが衝突している。まあ当然、ナギが優勢。

「では、ディムロス・リーズさんにお尋ねしたい事があるとご存知でしたのに、なぜ私たちに何も聞いてくださらなかったのですか?」

「そ、それは……」



  バーン!!



「時は夜なり日は明日!!雪ィ積もっとるでディムロス!!今から皆で雪ガはっ!?」

ドアを壊す勢いで突然乱入したトルバ。不法侵入者は額のド真ん中に鉄球をクリーンヒットさせられ、騒々しく倒れた。

わたしとナギが状況を理解する前に、

「いきなり何するんや!死ぬとこやったやないか!!」

ガバリッと飛び起きたトルバは、おでこからダラダラ血を流して叫ぶ。あ〜血、苦手なのに……。

 反対にディムロスは、そんな茶飯事……と、無関心。何事もなかったかのように私たちに向き直り、

「さて、今度は君達の話を聞かせてくれないか?」

「その前にディムロスさん、トルバさんの手当てを――」

「必要ない」

ナギの心遣いは一蹴された。とことん、トルバをイジメたいらしい。

「ひっでーやろ、こいつ。いつもいつもこんなんでさ。ワイが怪我しても知らんぷりや」

垂れてくる血を手で拭うが、なまじ額の傷だけに次から次へと流れ出る。

「ディムロス、止血ぐらいさせてあげて?」

「…………」

彼はむっとした顔で押し黙ると、不意にツイッと棚の一角を顎で指した。トルバはニカッと笑って礼を言うと、救急箱を手にして治療し始めた。わたしはほっと胸をなでおろす。

「……セリナ」

顔を上げると、絳色の瞳と目が合った。

「顔色が悪い。疲れたのか?無理をしないで、今日はもう休んだ方がいいんじゃないか?」

「あ〜、大丈夫。血が苦手なだけだから。なんともないし」

へーき、へーきと、手をひらひらさせる心内では、そんなに顔に出てたのかと驚いた。

「セリナ、血が苦手だったの?今までなんともなかったじゃない」

「そうだっけ?それどころじゃなかったから、平気だったのかな?」

確かに、今思い返してみれば流血沙汰が結構あった。本当に、よく平気だったなぁ。

「こいつよう怪我したやろ?意外と向こう見ずなところもあるんよ」

「確かにそうですね。見ているこちらがハラハラして、よく怖い思いをさせられました。

「せやろ〜?ワイと仕事するときもガフッ」

「セリナが平気と言うのなら、話を続けようか」

「………うん」

クッションショットを喰らったトルバは置いておいて、わたしとナギはディムロスと別れてからの話をした。

「あっ、そうだ。ラズロがよろしく言っといてくれって言うの忘れてた」

キーリスの黒森ラビュリントスを抜け出した後、お世話になったラズロの件で思い出した。彼の話をしてあげると、ディムロスはうれしそうに“あいつらしい”と柔らかな表情で聞いてくれた。

「そういえば、ラズロさんがおっしゃってましたが……。ディムロスさんのエウノミアルの刻印とは、どのようなものなのですか?一人ひとり違っていらっしゃるのでしょう?」

「ああ、俺のは――」

と、いきなりワイシャツに手を伸ばしてボタンを外す。

「な、何して///」

「何って……」

「こいつの刻印はここにあるんや」

いつの間にか復活したトルバが、自分の鎖骨をトントン叩いてニヤついた。

「なんや、セリナ嬢ちゃん照れとんのか?乙女やなぁ」

「別に、照れてなんかないもん!」

「三十路オジサンのたるんだ体よりはいいだろ?」

「どぁ〜れが三十路やて〜!?まだ3年あるわ!!」

「ほら、これだ」

「って、無視かいな!!」

 真っ先に飛び込んできたのは深い絳だった。白い肌に、立体感のある中心の球。それを取り巻く4つのクリスタル・ダイヤに曲線という紋様が色鮮やかに刻まれている。

「こいつの内面、よぉ表してる思わんか?真っ赤っかで血ィみたいやけど」

トルバは面白そうにディムロスの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。金髪の彼はその手を鬱陶しそうに払う。いつまでも子ども扱いされるのが嫌なんだろう。

「仲、良いんだね」

「「――――はぃ?」」

じゃれあう2人を見ての、素直な意見だ。2人は拍子抜けした顔で声を揃えた。

「?だって、トルバもディムロスも一緒にいると楽しそうなんだもん。お互いに相手のことをよく理解しててさ、喧嘩しても互いに酷い怪我しない程度に抑えてるし。すっごく仲がいいって事だよ。ね?」

「……さ、さよか………?」



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