XI-2高く古きものの島
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あくる日、目が覚めても夜より多少明るい程度の朝で、霧は全く晴れていなかった。むしろ、昨日より濃くなっている気がする。
「どうしようか」
バイルー号でもらった干し肉や魚介類で朝食を済ませると、独り言のように呟いた。
「これでは先に進むのは無理よ。霧が晴れるか、せめて薄くなるまで待つしかないわ」
「ん〜」
了解して、とりあえず食べれそうなものを集めておくことにした。
昼。
霧は一向に晴れる気配を見せないので、私たちはする事もなく時間を持て余していた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「暇ね」
「暇だね」
「・・・・・・・・・・・・地図、見てみましょうか?」
「う〜ん・・・そう、だね」
地面に、ディスティニーからもらった各島々の地図の中からキーリスを選び、広げる。
この地図に間違いがなければ、町や村は海岸沿い、もしくは海に近い森の中に点々とあるだけだ。それほど人口は多くない。
今、自分たちがいるのはどの辺なのか検討してみたけれど、まずどの辺りから上陸したのかはっきりしない。それでも、民家は見当たらなかったのだから、港とは離れた所にいるのだろう。
「ねえ、なんでここから色が違うのかな?」
森の部分を指した。同じ森、同じ名前なのになぜか半分ぐらいの所に色の境界線がある。向かって右が普通の色。左が黒に限りなく近い緑。
「さあ・・・?どうしてかしら」
「そういえば・・・ここの木の色、丁度こんな色だね」
ランプの明かりに照らされた木の幹は、地図と同じく黒に近い色をしていた。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」
何となく沈黙して、
「黒って、大体嫌な言い回しが多いよね。“闇”とか“死”とか・・・」
「そ、そんなこと言うものじゃないわ!」
『そうだよ!何事にも、希望を持って挑まなきゃね』
「それもそうか。そうだよね。うん。さっきより現在地がしぼれたし――って、」
「ディスティニーさん!!」
『久し振りvv!』
びっくり。気付かないうちに会話に参加してた。
『ひっどいよねー。テンペレットからずーっと連絡くれないし、すっごく寂しかったんだよ!!いくらエナさんが話し相手になってくれてるとは言え、君達に色々してあげたこの僕に何の連絡も入れてくれないなんて酷すぎるじゃないか!!』
「あ・・・えっと、その・・・・・・」
「すみません、ディスティニーさん。私たちも色々とありまして、なかなか連絡をつけることができなかったのです」
『色々ね。確かに、色々楽しそうだったよねー。塔に囚われた悲しき宿命の青年を1人にしてさ、テンペレットのお祭り楽しんだりさ、乗せてもらった船の人達と仲良く遊んだりさ』
「あー、うん、だから・・・」
『僕も出られないかわりに色々細かい事聞きたいのにさ、なあーんにも話してくれなくてさ』
「ディスティニーさん、ですから・・・」
『おまけにオーケアニテスと悪者やっつけたりさ、まるで冒険者みたいじゃないか!近くにそういう友達がいるっていう満足感をもっと味あわせてよっ!!』
「わかった!わかったから、耳元で怒鳴らないでよ!ディスティニーが知らない事、話せばいいんでしょ?話すから、これからは定期的に連絡つけるから、そんな子供みたいに駄々こねないでよ」
『僕は子供じゃないよ!話してくれるんだね?これからちゃーんと、連絡入れてくれるんだね?約束だよ?』
「ええ、約束です」
やれやれと、彼には気付かれないように溜め息を洩らした。現在地がつかめず迷子になっている私たちに、大きな子供のお守りまで押し付けようとするんですか、神様・・・。
信仰心のカケラもないわたしが、珍しく慈悲を請うた瞬間だった。
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翌日、体はいつもとは違う疲れを訴えていた。原因はお喋りスズメ。
おまけに、霧も晴れてない。
仕方なく近くから食料を調達して、日保ちするよう焼いたり、燻製を作って過ごした。
あまり乗り気ではなかったけれど、あまりにも暇なので、またディスティニーとお喋りして1日が終わってしまった。
何日か経った。
全くもって太陽の光を拝む事のできなかった私たちは、多少危険でも先へ進むことにした。
なにしろひどい霧で、1メートル先も見えないものだから、手ごろな枝で探りながらノロノロ進む。
次第に空気中の水分を吸って、服が重く冷たくなる。見えない足下に、何度も突っかかっては転んだ。
ディスティニーとの連絡もおぼつかなくなってきた。雑音がひどい。彼は、精霊に近付いた証拠だと言っていた。
幾日歩いても、霧は私たちの視界を塞いだまま動こうとはしない。
暖を取ろうにもくすぶるばかりで、つかの間の休息もままならなくなった。
そんなある日、白い世界の中から微かな声を耳にした。
「・・・誰かいるのかな」
「え?」
ナギが驚いて振り返った。まだ彼女の耳には入っていないらしい。
「ん・・・何でもない。早く抜けないかなー、この森」
余計な心配をさせないよう、黙っておいた。
しかし、日に日にその声は、聞こえる回数を増やしていった。
反対に、ディスティニーとはつながらなくなった。
声は、歌を唄っていた。
木のざわめきのような、かすかな歌声で。
ナギが、上から何か見えないかと、木に登ってみると言い出した。
「危ないよ、止めときなって。ただでさえ見にくいのに、足滑らしたらどうするの?」
「でも、このままじゃ私たち、野垂れ死んでしまうわ。食料もそろそろ底をつきそうだし、寒いし・・・。このまま歩いていたって、埒が明かないでしょう?」
「まあ・・・そりゃ、そうだけど・・・・・・」
結局、ナギは登ると言って聞かなかった。
頑固者はどっちだよ・・・・・・・・・
「気を付けてよ?」
地上に押し留められたわたしは、慎重に枝を登って行くナギを見送った。
ガサガサと、葉を掻き分ける音がしばらく続いて、
「どーおー?」
上に着いた頃かと、声を掛けてみた。――ガサガサ葉の揺れる音が返って来るだけだった。
しばらくしてもう一度尋ねると、返答があった。
「駄目だわ。とてもこれ以上行けそうにないの。枝や葉がすごくっ―――きゃあぁぁぁぁぁ!!」
「ナギ!?」
悲鳴がこだました。足を滑らしたのかと思ったが、違うらしい。かなり上のほうで喚く声が聞こえる。
わたしは、いてもたってもはいられなくなって枝に足を掛けた。ナギに、“今行くから”と言いながら1本1本慎重に登る。――結構恐い。
彼女はずいぶん上まで上ったようだ。かなりの高さまで来たけれど、まだ足の先すら見えない。
と、今までかすかにしか聞こえていなかったあの歌が流れてきた。今までにないほど近く、はっきりと。
迷い込むは 二羽の鳥
一羽は 多くを知りたがり
一羽は 奇態な別世界
木立ざわめく 森の中
弱き羽を 大きく広げ
そこここに 舞い降りる
其の目指すものは 何ぞ
私はここにいる
抜け出せようか ラビュリントス
ツルを足に絡ませて
私のクシュロが 邪魔をする
其の目指すものは 何ぞ
私はずっと ここにいる
声は、葉のこすれる音にも、人の声にも聞こえた。わたしは危機感を覚え、スピードアップでナギを助けに行く。
「ナギ!生きてる!?」
「失礼ね、ちゃんと生きてるわよ」
濃く掛かる霧の中に、かろうじて彼女の姿を見ることができた。
「げっ…何、これ」
しかし、その体にはたくさんのツルが絡み付いていた。ご丁寧なことに、宙ぶらりんで。
「登っていたら突然絡み付いてきたのよ。妙な歌声も聞こえてくるし…」
「待っててね。今取ってあげるから」
腰に吊るしていた短剣を抜き、ツルに刃を立てる。―――が、あっという間にシュルシュル伸びてきた別のツルに手を弾かれ、短剣を落とされてしまった。
「ああもう!なんでこのツル勝手に動くんだよ!!」
自棄になって切るのを諦め、ガッシと掴みかかる。が、ツルはより一層身を固めるばかりで、緩めることすら許されなかった。それどころか――
「ナギ〜ィ、取れないよぉ―――ん?げっ!?」
今度はわたしの体にまで巻きついてきて……ついに2人仲良く吊し上げられてしまいました。
「大丈夫?セリナ」
「うん。痛いとか、そういうのはない。けど……」
「けど?」
「…………情けない…………」
「ええと…。これは、仕方がないと、言うしかないのかしらね」
と、また木々の間からあの歌が流れてきた。
今度は、さっきよりももっともっと近くで。
「えーっと…どちらさん?」
まだ姿の見えない歌い手に尋ねる。すると、意外にも返事があった。
『森の司人、ウグト』




