X-9旅の途中で
□□□
「セリナ、どうして!?いつの間にこんな…!!」
ナギは泡の膜に飛び込んでくるなり、そう責め立てた。
「あ、あの、説明はちゃんと後でするから。ちょっと待って」
ナギを一旦静めると、泡の膜を大事に抱えてくれている彼女に目で合図した。
彼女は一度船の下に潜り込み、反対側から顔を出す。遥か下で、ガドガとその仲間、そして裏切り者達の顔が一斉にこちらを見上げていた。
わたしは大きく息を吸い込み、
「伏せてー!!」
叫んだ。
すると、面白いほど半分ぐらいの――おそらくガドガ船長派――人が、バッと身を屈め、コーダ派の人達が棒立ちになった。
そこに、大波がバイルー号を襲う。
きっと、コーダ派の人達は波にさらわれて海に投げ出されてしまっただろう。
大波を作るためにオーケアニテスとジェットコースターのごとくダイビングしたわたしとナギは、そう予想するしかなかった。だが、もう一度海上へ頭を出した時、それは事実に変わっていた。
「ガドガー!大丈夫だったー!?」
びしょ濡れになった彼らは、“何てことしやがる!”って怒鳴っていたけど、その顔は楽しそうに笑っていた。
わたしは、これ以上バイルー号の皆に迷惑を掛ける訳にはいかないからと断り、オーケアニテスにキーリスまで送ってもらう旨を伝えた。ガドガは、取り敢えずコーダ達を乗せていかないといけないから、仕方がないと残念そうに頷いた。
「本当に、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
「ありがとね皆!コーダ達のことは任せたよー!!」
私たちはバイルー号の皆に別れを告げ、オーケアニテスと共に海へと潜っていった。
・・・
泡の膜の中で、わたしはナギに事の始まりから話した。
実は、最初に船が傾いた時、オーケアニテスの声を聞いたのだ。そこで、タイミングを計って彼女が作ってくれた膜の中にダイブした訳だ。コーダの意表を付くためでもあったし、コーダ一味を一度に戦えなくする為でもあった。
ガドガ達に“伏せて”と叫んだくだりに来ると、今まで黙っていたオーケアニテスが付け足した。
『裏切り者、水縛りかけた』
「――え?あ、これがオーケアニテスの声?」
どうやらナギにも聞こえたらしく、片耳を押えて驚いた。そして、いつものように質問タイムに入る。
『水縛り――私 睨む。人間 硬くなって動けなくなる。それ、水縛り』
ナギは、人為的な金縛りのようなものね、と納得した。
「・・・・あっ!!」
そういう事だねとわたしも頷いて、しばらくした後、ナギが突然声を上げた。
「どうしたの?」
「セリナ、あなたのワグナー・ケイ、盗られたでしょう!?取り返してないんじゃないの!?」
「ああ、何だ。そのことかー」
ナギが忘れ物でもしたんじゃないかと思ったわたしは、ほっと胸をなで下ろした。
「何をのん気に言っているの!あぁ、どうしましょう。海の底に落ちてしまっていたら、どうやって探せばいいの?仮に、コーダさんが持っていらしたとしても、素直に返してくださるかしら」
「あのさ、ナギ――」
「あぁ、オーケアニテスさん、先程の船まで戻れますか?もしケイが海の底にあったら、手伝っていただけますか?」
「ケイならここにあるよ」
「そうよ、ケイがおここにあれば、こんなに慌てる事は――」
「だから、あるんだってば」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
あんなにオロオロ顔を青くしていたナギが、ピタリと歩き回るのを止めた。
「あるの。ちゃんとここに。あれはフェイク――じゃなくて、ニセモノ。レジンの時、ケイの入ってた袋に石コロ入れたでしょ?その時のまんまだよ?」
わたしはゆっくりと、パニックになりそうだった彼女に言い聞かせた。ナギはキョトンとした顔で見つめてくる。
「・・・・・・ニセモノ?」
「そ」
「本物は?」
「ここ」
ニヤリ、と腰の袋を叩いた。
「・・・!!そうよ!そうだわ!私たち、レジンで交換したばかりじゃない。嫌だわ。私、すっかり忘れていて・・・」
ナギはやっと理解して、ペタリと座り込んだ。そして、風船の空気が抜けていくように長く息を吐き出す。
「ああ、もう。焦って損したわ」
「ま、たまにはそんな事もあるっしょ」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
『疲れた?』
「だね」
「えぇ」
そのままゴロリと仰向けになる。
海の中は恐いくらい真っ暗で、その中を赤い光がフラフラと漂っていた。生き物なのか何なのかはわからないけれど、昂ぶっていたわたしの心を不思議と静めてくれた。
ウェーアの瞳みたいだ・・・
彼の顔を思い出しながら、わたしはゆっくりとまぶたを閉じた。




