X-7旅の途中で
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その夜、ガドガは疲れと満足感に浸りながら、心地良い眠りにつこうとしていた。
オーケアニテスのお姿を拝見できた事。
たまたま乗せた少女が大胆な、度胸の据わった行動を取り、それによって船員の意志が1つになった事。今日は嬉しい事がたくさんあった。
(久し振りに気持ちよく寝れるわい)
ニンマリと笑みを浮かべながら、吸い込まれるように夢の世界へと旅立った。
その眠りが妨げられたのは、まだ空の白みさえ見られない、真夜中の事。
何の前触れもなく自然に目を覚ましたガドガは、自分の足辺りに光の塊があるのを発見した。
(なっなんじゃいありゃあ。幽霊なんか!?)
じっとりと汗で体が濡れていた。無論、暑いからではない。冷や汗だ。しかも、寝台に括り付けられたかのように動けない。
そんな自由の利かない体の中で、唯一動く目でそれを確認した。
『すぐに、少女達の元へ行きなさい』
何かされるのではないかと、恐るおそる光を凝視していた彼の脳内に、そんな言葉が響いた。
(なーにを言っとるんじゃ?少女ってーと、あの嬢ちゃん達しかおらんよなあ)
『そうだ、その2人だ。いいですか?よく聞きなさい。――この船に裏切り者が乗っている』
(―――!?)
不思議な声は、口にしていないガドガの疑問に答えた。そればかりか、疑いながらもそうであって欲しくない、と願っていた事実を伝えた。
これは夢だと思いたかったが、どう言う訳かそう思うことはできなかった。実際に、現実に起きている事としか感じられない。
『誰が裏切り者なのかは、あえて言わない。あなたが絶対に信用のできる者達の助けを借りて、今すぐに少女を助けるのです』
(助ける?その裏切りモンからけー?)
『彼女達は狙われている。今言えることはそれだけ』
(んな、いきなり言われてもなー)
『早くなさい。時間が惜しい。――頼んだよ』
ふっと、光が消えた。
同時にガドガの目を開き、今の出来事が夢だったと悟る。
しばし彼は思考を巡らせていた。
だが、ついに意を決したのか、力強く腰を上げた。
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―――コン・コン・コン
遠慮がちなノックで、死んだように寝ていたわたしは、あっさりと目を覚ました。
起き上がって外を見ても、まだとっぷりと夜に漬かっている。あれからまだ、そんなに時間が経っていないようだった。
しつこく落ちてくるまぶたと格闘しながらドアを開けると、ガドガの大きなお腹が目に入った。
「どーしたの?」
「シッ。夜中に悪いがのう、ちと中に入れてほしいじゃけん、ええか?」
声を立てるなと制した彼は、そわそわと落ち着かない仕草で辺りを窺っていた。わたしが首を傾げながらも頷くと、見えない所にいた他の船員――力自慢さんや漕ぎ手、遠見師など――も入ってきた。
私たちに話があると言われ、ナギを叩き起こす。
「ええか?時間がないそうじゃけ、手短に話すぞ?なんかよくわかんねえけど、お前さん達は狙われとるらしい。そんで、――これは確実な話なんじゃが――バイルー号には裏切り者がおる。じゃから、今からワッシらが手伝ったるけー、降りる準備をしてくれんか」
「うん、わかった」
「――!?ちょ、ちょっと待ってセリナ!返事が早すぎるわ。どうしてあなたは何も聞かずにすぐに頷いてしまうの?」
2つ返事で頷いたら、ナギに怒られてしまった。
「?いけないの?」
「い、いけなくはないけれど…けど、どうしてそんな事がわかったのか、ぐらいは聞いた方がいいでしょう?」
「じゃあ、それで?」
そういうものかと、ガドガに詳しい説明を請うた。
「そ、それが…夢の事だから上手く話せんじゃけ、勘弁してもらいたいんじゃが…。こう、目が覚めたら光の塊があって、不思議な声が言ったんじゃ。ワッシも信じられんが、作り話の類じゃないじゃけー、信じとくれ」
「はぁ、ですが…」
ナギが困った顔で、どうしようかとこっちを見る。
『時間がないよ、アルケモロス』
あの声がした。
もしかすると、ガドガの夢に出てきたのも“声の人”かな?そう思って声には出さずに確認すると、何の返事もなかったけれど、微かに頷く気配がした。
「ナギ、早く荷造りしよ。ガドガの言ってる事、本当っぽいよ。信じよう?」
「…そう、ね。ガドガさんは悪い人ではありませんし…」
ナギも納得した上で、私たちは急いで支度をすませて甲板へ出た。
「あすこに小舟があるけー。あっちの方に黒いでっぱりが見えるじゃろ?あれがキーリスじゃ。あれに向かって行きゃあいい」
「うん、ありがと。ごめんね?巻き込んじゃって」
「いんや。俺達の方こそ、ちゃんと最後まで乗せてってやれなくてごめ―――あっ!?」
小舟をつないでいる縄に手を掛けた力自慢が、急に叫んだ。そして、縁から身を乗り出して下を覗き込む。
まさか…と思っているうちに、大勢の足音がどこからともなく現れた。
「今晩は船長。良い月夜ですね」
丁寧な、しかしそれ故に軽蔑の浮き出た声が、黒い塊の1つから発せられた。
「コーダ。やはりお前じゃったか」
1本のマストに付けられたランプの明かりに照らされて、バイルー号の副船長が姿を現した。
「ああ、お気付きでしたか。それなのに放って置くとは…あなたは本当に人がいい。まあ、その甘さが今回僕に幸運をもたらしてくれたのですが」
くつくつと、闇の底から嘲笑が滑り出す。口は半月型に歪められていたが、メガネの奥は彼の本当の感情を表していた。どこか、ラービニで襲って来たダーユを思い出させる。
「おいコーダ!どういうつもりなんだよ、船長裏切って!嬢ちゃん達をどうするつもりなんだ!?」
「“裏切って”…?僕はいつからあなた達の仲間に入ったんですか?そりゃあ、始めのうちは言うことを聞いていましたけれども、ねぇ。僕は一度たりともあなた達を仲間だとは思ったことがない。むしろ、そうですね…利用できる存在、ですかね」
「――っ!てめぇ……!!」
「まあそういきり立たないでくださいよ、暑苦しい。それに、僕がお話したいのはあなた達ではありません。そちらのお嬢さん方だ」
コーダは氷のような冷たい目をこちらに向けた。
「今日、ご活躍いただいた黒髪の子。君かな?我らが同胞に色々としてくれたのは。“あのお方”は大層ご立腹のご様子だ」
見る見るうちに、彼の表情は変わっていった。能面のような笑顔の下から、ギラリと光るモノがちらつく。
「“あのお方”?」
「そう、“あのお方”だ。彼はより完全になられる為に、お前達の持っている“石”を欲していらっしゃる。おとなしく渡せば悪いようにはしない」
「“あのお方”って、何者なの?」
話を伸ばしながら、頭をフル回転させていた。
どうすれば逃げられる?
脱出用の舟はない
辺り一面は深い海
まだまだ夜の明けそうにない海に飛び込むのは自殺行為だ
船上でかくれんぼするには限りがありすぎる
「残念ながら、教えることはできませんねぇ。――さあ、お喋りはこの辺でいいでしょう。“石”を渡してくれませんか?」
片手を差し伸べ、目を細める。獲物を狙う蛇のような、気持ちの悪い目だ。
「あんたみたいな人にあげるもんか!一昨日来やがれ!!」
ちょっと言ってみたかった台詞を言えて満足しているわたしに対し、相手は突然明かりの落とされた部屋のごとく、ガラリと表情を変えた。笑顔の仮面が完全に剥され、隠れていた本性が牙を剥く。
「下手に出てやればいい気になりやがって小娘がっ!お前に断れるような権利はないんだよ!グダグダ言ってねぇで、さっさと渡しやがれ!!」
いきなり怒鳴られてびっくりした。でも、どこかで同じような状況に陥った事があったような…。
「“石”をよこせ!!“あのお方”に捧げるのだァ!!」
あっけに取られているうちに、わたしはコーダに掴みかかられていた。
背中から甲板に叩きつけられ、息が詰まる。その隙に首から下げていた袋を引きずり出された。
「てめぇ!!」
一拍遅れて、力自慢が吼える。が、示し合わされたようにコーダの仲間が動いた。
一瞬にして船上は、激しい喧騒に包まれた。
騒ぎを聞きつけて上がってきた他の船員も加わり、さらにヒートアップする。
「返して!!」
力任せに袋のヒモを引きちぎられてしまった。
「ヒヒ・・・・ヒャハハハハハハハ!いい気味だなァ!“あのお方”に恥をかかせた報いだ!殺されないだけありがたいと思え!」
「こ、のっ!!」
珍しくキレて、わたしはずうずうしく乗っかっているそいつの背中につま先を跳ね上げた。
「――ぐっ!?こ、このガキィ!!」
コーダが額に青筋を浮かべて、大きくコブシを振りかぶった。
思わず身を固めて、強く目をつぶり――




