X-6旅の途中で
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「セリナ!セリナー!!」
「譲ちゃん、危ねえって!」
どうしましょう!何度も身を捩じらせるオーケアニテスさんに一生懸命しがみ付いていたセリナが、ついに海へ投げ出されてしまいました。
どうしてセリナが行かなくてはいけなかったのでしょうか。どうして私はあの時、彼女の反対を押し切ってでも一緒に行こうとはしなかったのでしょうか。止められなかったのでしょうか。
「舟を出して下さい!早く!!」
「譲ちゃん、悪いけど・・・」
「なぜ!?どうしてですか!どうしてあなた方は人が海に投げ出されても動こうとはしないのですか!?私たちが他人だからですか!?でしたら、セリナが人でもないオーケアニテスさんを助けに行ったのは、どうしてですか!」
私の問い掛けに答えられる方はいませんでした。誰もかれもが目をそらして、合わせないようにしています。
「――お、おい・・・」
信じられない、と声が上がったのはその時でした。
どなたかが海を指し、つられて他の方々もそちらへ目を向けます。私もその1人でした。そして――
「あれは・・・セリ、ナ・・・?」
遠目にもわかるほどの大きな淡い膜の中に、セリナらしき人物が横たわっていました。そして、丸い膜を抱えているのは、先程まで暴れていた、オーケアニテスでした。
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『起きなよ、アルケモロス。呼んでいるよ』
・・・・・・・・・・・ だ れ ・・・・・・・・?
『私は私さ。いつも君の傍にいる』
ああ、声のヒトね。また出て来てくれたんだ・・・・・・
『そうだよ。さあ、オーケアニテスを助けてやってくれ。彼女は君を待っている』
――うん、そうだね。わたしが言い出したことだ。最後までやらなきゃ。
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・・・・・・・・・・
「――あ・・・。助けてくれたの?ありがと」
目が覚めると、わたしはオーケアニテスが抱える、淡いオーロラ色の膜の中にいた。さっきから、海に入ったり出たりを繰り返していたが、衝撃はほとんどなかった。
『あなた、助けてくれる、言ったから』
きれいな声だ。きっと世界中の人が聞きほれる。
「そっか。よかった、声が届いて。待っててね。今からこのロープで・・・・・・・あれ?」
体に巻いていたはずのロープが消えていた。しがみ付いている最中か、投げ出された時にでも外れたんだろう。
「おーい!大―丈夫かーぃ!?」
どうしようかと悩んでいる所に、下の方から呼ぶ声がした。小舟に乗っていた、力自慢だ。
「何とかねー!ねえ、代わりの太いヒモない?解けちゃった」
返事を返した事にホッと笑顔を見せた漕ぎ手と、力自慢のおじさんは、そろって頭上にロープを掲げた。あんなに波があって、水を吸って重くなっていたのに、引き上げてくれたんだ。
「ありがとー!!こっちに投げれる?――オーケアニテス、あれこの中に入れれるかな?」
『できるよ』
力自慢のおじさんが、先に重りを付けて投げた。見事なコントロールで、それは真っ直ぐにわたしの方へ向かって来る。
膜を通り抜けたそれを拾って、再びしっかりと縛り付けた。
「じゃあ、これからあなたの背中によじ登るんだけど・・・海に入らないようにできる?あと、暴れられると落っこちちゃうから、できるだけ我慢してくれると助かるんだけど」
『がんばる』
頷いたわたしは海の中にいる膜から出て、オーケアニテスのヒレを伝う。彼女は言われた通り、暴れずに背中を海上に出していてくれた。
海から抜け出したわたしは、真っ直ぐにオーケアニテスの首に刺さっているモリへと向かう。
そして、彼女の傷口を見て、その深さに眉をひそめた。
誰なんだろう。どうしてこんな酷い事をするんだろう。
そう思いながら、しっかりと絶対に解けないようにロープをモリに結び直す。
もし捨てたものが誤って刺さってしまったのなら許せないし、故意に行なった事なら、なおさら許せない。
確認作業を終えて、小舟に合図を出す。力自慢がさらにバイルー号へと伝えた。
やがて、水を吸ったロープがゆっくりと海面へ姿を現す。オーケアニテスと船の間に、1本の筋が浮かび上がった。
「いい?オーケアニテス。一気には抜けないだろうから、相当痛むと思う。だからその…頑張って!」
『がんばる』
こういう時、なんて励ませばいいのか…ボキャブラリーが少ないとかなり困る。
バイルー号は最初よりもずっと近くに来ていた。波も治まり、より救助に専念できるだろう。
オ――――ン・・・・・・
鐘のような鳴き声が、高く響き渡った。
それを合図に、3ヶ所で綱を引く。
始めは全く動こうとはしなかったモリだが、次第にずっ ずっ と、鱗の間から引き出されてきた。その度に鮮血が溢れて、わたしの体は海と同じ色に染められた。
オーケアニテスが悲痛に鳴く。けれども彼女は決して、身をよじったり暴れたりはしなかった。
全身を徐々に現すモリ。それは、一際大きく引かれた時にやっと、彼女の体から抜け落ちた。
いきなり抜けて踏鞴を踏んだわたしは、離れた所から沸き起こる歓声を耳にした。
「よぐやった嬢ちゃん!てーした根性だがや!!」
バイルー号に戻った途端、バシバシと背中を叩かれ、わたしはその場にへたり込んだ。
「おおおおおい!だだ、大丈夫けっ!?」
背中を叩いたうちの1人、ガドガが慌てふためいてオロオロする。わたしは疲れ果てていて、答える気にもなれず、ひらひらと手を降って示した。
ナギが抱きついてきた。
彼女の温もりが、冷えた体に温かい。
夕日を背に、傷の手当てを断って去った彼女の感謝の言葉を思い出しながら、わたしはゆっくりと目を閉じた。




