X-1旅の途中で
やっと日がわかった頃にはもう、11月19日になっていた。
そして今日、お昼を回った頃にウェーアの言っていた“ミアル”という島に着く予定だ。それは、テンペレットを出て5日目の事だった。
客船だったら3日ぐらいで着いていたはずなんだけど、私たちの乗った船は荷物船。途中で小さな島々に寄って行ったから、その分遅くなった。
「ねえナギ。ミアルってどんな所なのかな?テンペレットみたいに広いのかな?」
朝食の後片付けをしていた。食堂には私たちと調理師の4人しかいない。
「さあ、どうなのかしらね。私も知らないわ。けれども、よく“物知りの島”って呼ばれているのを聞くわ」
ナギが聞いた話では、ミアルは情報を主に売買している島らしい。だからウェーアは“ミアルに行けば知りたい事がわかるかもしれない”って言ったんだ。しかも、ガドガは日が落ちるまで外出許可をくれた。
昼食後、料理長のシモヨさんが“片付けはいいから行ってきな”って言ってくれた。私たちはお言葉に甘えて、船を下りた。
ミアルの町は、一言で言えば巨大迷路だった。狭い路地の多い町なりは、それなりに古さを感じさせるもので、3階を越える高い建物は数えるほどしかない。山と呼べるものもなく、あったとしてもなだらかな丘ぐらいだ。
ここでも津波の影響があったらしく、少々ごたついていたが、それほど支障はなさそうだった。
そんな町の中を色々と見ながら歩いていると、
「君達、誰かお探しかなっと」
「誰も何も探してないよ」
即答で返した。
変なおじさんだ。
見た事のない変な服を着て、バンダナで顔を鼻まで覆っている。その上、つばのないニット帽を目深に被っている。つまり、全く顔が見えない。
「俺はミアル1の情報屋、ラヌシーだ。何か聞きたいことがあるんじゃないか?っと」
おじさんはわたしの言葉を無視して、話を進めた。わたしは、ナギの手を取って歩調を速める。
「今なら特別に500で、どんな情報も売ってやるよっと」
ラヌシーとか言うおじさんは、しつこくついて来る。料金高いし。
「じゃあ、甘いあま〜いパーファもお付けするよ。ラービニのお嬢さん方っと」
私たちがどこから来たかなんて、服を見ればわかることだ。
「さっ、350でどうかなっと」
ついに値段を下げてきた。そうとう生活に困っているようだ。どうせなら信用できそうな、怪しくない人にしたい。ミアル1の情報屋だって、自分から言う?普通。
「頼むよぉ。50でもいいから、助けると思ってぇっと」
おじさんはナギの腕を掴んで、私たちの足を止めさせた。
「では、5でどうでしょうか?後払いで、情報の質によっては上がりも下がりもします」
「ナギ!何言ってんの!!」
さらに値切った彼女は、あまり探している時間もないでしょう?と言った。確かにそうだけど、こんな奴に聞く事もないんじゃない?
「まーて待て待て待て―い!!そンこのお前!!」
不意に、おもちゃのような甲高い面白い怒鳴り声がして、周りの人もなんだなんだと発信源に視線を送る。
太った背の低い男は、やはり口を覆ったバンダナと帽子で顔が見えなかった。流行ってんのかな、この格好。
突然現れた男に指さされたラヌシーは、指の延長戦沿いに後ろを振り返っていた。
「お前だ!そこのラービニの服来た子供の隣にいるラヌシー!!」
「・・・俺か?っと」
やっと気付いたラヌシーは、人差し指で自身を指す。
「そーだお前だ!!突然だが――――覚悟しろ!!」
周りには人集りができていた。野次馬したい気持ちはわかるけど、されている方はたまったモンじゃない。
「ナギ、今の内に逃げよ」
ラヌシーに気付かれないように耳打ちすると、
「ちょっと待てっと」
彼に腕を捕まれた。金づるを逃がす気はないらしい。
「なんだァ?」
どうやら今の言葉は太った男に対してのものらしく、数メートル先で返事があった。
「お前・・・・・・誰だ?っと」
「お前!俺様がわからんのか!?知らんのか!?それでも情報屋か!?」
ふとっちょが驚愕して怒鳴った。高い声だから頭にガンガン響く。
「知らん。誰だ?っと」
「おれ様だ!」
帽子を取った。目が異様に小さい。
「誰だ?っと」
「お・れ・様だっ!」
口のバンダナを取る。うわっ・・・・タラコ唇。
「だれだ?っと」
それでもわからないラヌシーに、ついにブサイク男が名乗った。
「同級生のパーラだっ!!」
「・・・・・・・・・・・・・ああ!!――あ?っと」
やっと思い出した――と思ったら、駄目だったみたい。カクンッと人形のように首を傾ける。これはもう、一生思い出さないね。
「もういい!八つ裂きにしちゃる!!」
「ほいさっさっと」
ラヌシーが何かを地面に投げつけたかと思うと、一瞬にして視界が真っ白になった。しかも、目にめっちゃしみる。
けれども実際、わたしが苦しむ時間は短かった。わたしは誰かに腕を引っ張られ、踏鞴を踏みながらもむせ返る野次馬の間をすり抜け、白い煙から脱出していた。
「げほっごほごほっ―――って、何で私たちまで連れてくのよ!あいつはあんたを狙るんでしょ!?」
「ここには入るんだっと」
またわたしの言葉を無視して、ラヌシーはマンホールのふたを開けて下へ押しやった。
「―――ふぎゃ!!」
梯子があるのにも関わらず、格好をつけようとして飛び降りたラヌシーは、鈍い音を立ててお尻から落ちた。
「もう、ここまで来れば追って来ないのではないですか?」
巨大な地下水路をだいぶ走らされ、わたしとナギはへとへとになっていた。
「そうだな。もうそろそろ休んでもいいかっと」
やっと、通路のへこみで一時休憩を取らせてくれた。
「1つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?っと」
「先程のパーラさんとおっしゃった方は、なぜあなたを追われるのです?あちらはあなたの事を御存知のようでしたが・・・」
ナギの質問に彼は、どうしてかわからない。ふとっちょに関しては見た事のある顔かもしれないと答えた。
「この情報は料金にはならないのかな?金になる事を聞いて欲しいぜっと」
「あ、そっか」
そういえば、私たちにこの人の生活が掛かっているんだった。
「どうするナギ?何を聞こうか」
「そうね・・・ではまず、ディムロス・リ――」
言葉が急に途切れた。
「あんの×××野郎!どーこ行きゃあがった!ラヌシー!!出ーてこーい!!」
ああ、目の小さいタラコ唇の怒鳴り声だ。
私たちは素早く息を潜めて壁にくっ付いた。地下水路は申し訳ない程度の明かりしか点いていない。上手くいけばやり過ごす事ができる。
「俺様の獲物を横取りしやがってあんちくしょうめ!!」
―――ドタバタドタバタドタバタ・・・・・・・・・
案の定パーラは、こっちには目もくれず嵐のように通り過ぎていった。
「・・・はーっ」
思わず安堵溜め息が洩れて、皆がほっと胸を撫で下ろす。が、
―――・・・・・・タバタドタバタドタバタ!!
「げっ」
遠ざかって行ったはずの足音が段々と大きくなってきたと思ったら、ザーッとスライディングして止まった彼と目が合った。そして、かくれんぼの鬼が相手を見つけた時のような、満面の笑みを浮かべ、
「みぃ―――――っけ!!」
叫んだ。
「ここで会ったが百年目!ラァヌスィ、かァくごぉ!!」
パーラが手裏剣のような小刀を振りかざす。
「ほいさっさっと」
―――ボワンッ
と、また煙が充満した。わたしは先程の経験を生かし、息を止めながら何とか脱出する。
「ハーッハッハッハッハー!!2度も同じ手に引っかか――ぅお!?ガハッ!?ゲホゴホッ!な、何で・・・?ガハッなん・・・で、こっちにけ――ゴホッ煙ガハッ・・・し、しまった!こっちはゴホッ!かっ風下ホッ!?」
・・・2度も引っかかってんじゃん。
「ナギ、逃げよ」
わたしは小声で、同じように煙の中から出てきた彼女に声を掛けた。
「ええ。――あら?ラヌシーさんは?」
「え?」
おかしいな。さっきまでいたと思ったのに・・・。
「ゲーゴホゴホッ!!っと」
「ぬ、ゲホッら、ラヌシー!ゴホッそこかァ!?」
2人の声が耳に届いたかと思うと、煙の中でドダドタと争う音がした。
「・・・・・・・・・どうする?」
「どうしましょうか・・・」
このままトンズラしてもいいんだけど、一応ラヌシーは私たちを助けて・・・・・・くれた?それに、共に追われる身だから――
「こんの!ゲホッガハッゴホッ!!くっ、くらえーい!!」
「――ふうっと」
「あれ?」
煙の中ではまだ争う音がしているのに、ラヌシーは平然とした顔――もとい、雰囲気で姿を現した。
「さ、逃げるぞっと」
彼はそっと耳打ちすると、私たちの手を引いて逃げ出した。
徐々に薄れていく煙の中からは、パーラの勝ち誇った高笑いが響いていた。




