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IX-5常磐の風の島

□□□


 ………………

 ……………………………



「――ここ、は…」

「あっ!ナギ、おはよ。ルーシフ!起きたよー」

聞きなれた声がして、私は視界をはっきりさせるために何度か目をこすりました。

「あ、ら?ルシフさんのお家?私、いつの間に…――!セリナ、ケイは―――痛っ!」

慌てて飛び起きると、肋に刺すような痛みが走りました。

「だ、だめだよナギ、まだ完全に治った訳じゃないんだから」

セリナも慌てて私の体を支え、枕を背中にあてがってくれました。私は、自分はどうしていたのかと聞きました。どうやってここまで来たのか、記憶に無かったからです。確か、レーミルさんが…


 セリナは少しずつ、思い出すように話してくれました。その間に風の精霊さん達は食事の支度をし、持ってきてくださいました。

『ごめんねナギ〜。オウラが頑張ってくれたんだけど、完治は無理だったよぅ』

一息ついたところで、ルシフさんが肩を落として謝られました。オウラさんもその横で、いつにも増して泣きそうな顔で座っていらっしゃいます。そんなオウラさんには、ケガの治りを促進させる力があるそうです。

「いいえ、ルシフサさん達が謝る事ではありませんから。セリナが止めたのに突っ込んでいった私と、レーミルさ――レーミルなのですから」

「ナギも悪くない!“あいつ”でいいんだよ、あんな奴。名前で呼ぶこともないの!!」

私は怒りながらも庇ってくれるセリナに苦笑いしながら、小さく“そうね”と頷きました。


○○○


 ナギがあばらを折られてから、6日ほど経った。

 オウラの治癒力のおかげで、ナギの回復は早かった。けど、完全に治るまでに1本船を乗り過ごしてしまったので、結局もう3日ルシフ達にお世話になった。



 この6日間の内に、大きな地震が1つと、小さいものが2・3回あった。

こちらの世界では地震にあったことが一度も無かったから、町は大パニックに陥った。幸い、テンペレットの家は作りがしっかりしていたので、建物が崩れることはなかったけれど、それでも家具や物が落ちてきて怪我をした人、亡くなった人が大勢出た。ついでに小さな津波まで押し寄せてきて、なかなか騒然とした空気は治まらなかった。

 今はもう大分落ち着いて、波にさらわれてぐちゃぐちゃになってしまった道路や、それぞれの家の中を町人総出で片付けている。

 ナギが心配になってディスティニーに連絡を取ったが、その時はなぜかつながらなかった。そこで、わたしが外に出て呼んでみたら、すぐに応答した。精霊の影響で通信ができなくなるみたい。

 彼にこちらの状況を伝えてそっちはどうだって尋ねたら、ラービニでも大きな地震があったらしい。津波の被害も相当だ。家の中にいた人は大抵助かっているけど、何せ海の水が町中に入ってくる時期があるほどだから、下の通りを歩いていた人が大勢波にさらわれてしまった。エナさんはその日、ディスティニーに呼ばれて塔でお喋りしていたから何ともなかったそうな。


 ナギにその事を伝えると、安心して良いのか悪いのか、よくわからないと言った。


・・・


 復興作業を進める妙な活気の中、私たちは荷物を持って港へ向かっていた。予定通りに運行されていれば今日、キーリス行きの船が出るはずだ。


「キーリス行きの船・・・そうじゃなぁ、この旅の商人屋さんの物を何か買ってくれたら思い出すかもしれんなぁ。――今日のお勧めはこの名画、『モナリゾ』(複製品)。1万と、ちょいと値は張るが――」


「他の人をあたりましょう」


「キーリス行きの船けー?あんたら運が悪いねぇ。今日は来れないって今さっき連絡があったばっかだがよ。もう何日か待つしかねえなぁ」

「そんなぁ〜」

やはりあの地震の影響らしい。

「あっ!あの船は?」

一隻だけ、大きな船が港に留まっていた。パキャルー号と似た造りの船だ。

「ありゃー大型荷物船じゃけー、あんたらの探しとる客船じゃないきに。やーめとけー。――って、おおーい・・・」

 私たちは止める声に構わず、その船に向かった。1人の船員さんを捕まえて、キーリスにも寄るのかと聞くと肯定した。なので、訳を話して乗せて行ってくれないかと交渉する。そうしたら、人のいいおじさんは船長に“うん”と言わせる秘訣を教えてくれ、しかもその船長を呼んで来てくれた。

「ワッシがバイルー号の船長、ガドガじゃ。ワッシに何か用があるそうじゃな」

小柄でがっしりとした体格のおじさんだ。パキャルー号の皆と同じように、この人達も思い思いの場所にトレードマークの布を着けていた。彼らの場合は紫と紺色。


「じ、実は・・・私たち、この島から逃げ出したいのです」


ナギが芝居がかった口調で話始めた。さっきおじさんに言われた事を、さっそく実行しているんだ。

「両親は私たちが物心の着く頃、病に倒れ、他界しました。それ以来、私たちはずっと叔母の所で育てられてきたのです」

ナギにあわせて悲しそうな顔を作りながら、そっとガドガを盗み見ると、真剣な顔で聞き入っていた。

「けれどもその叔母がまた酷い人で・・・。毎日私たちに重労働をきせ、稼いだお金は全て叔母の酒代に換わりました。そして酔ったら酔ったで暴力を振るってきますし、ろくに食事もさせてくれないのです。――どうか、どうかお願いします!私たちを助けてください!私たちを、両親の眠るキーリスまで連れて行って下さい。何でもいたしますから、お願いします!!」


 ・・・本当にこんな古い手で騙せるのかな。


 彼女と一緒に頭を垂れているので、相手の表情が窺えなかった。ちょっと、やばいかな・・・なんて思い始めたその矢先、


「・・・っう・・・・・・・・・うぅ・・・」


その呻きは低く、しかし確実にわたしの耳に届いた。そして――

「わがった!このガドガっ、バイルー号に掛けって、譲ちゃんらを無事、無事にキーリスまで・・・お、送ってやるけー。――辛かったろうなぁ。もう、大丈夫だに、なぁ・・・」

驚いて顔を上げると、ガドガは号泣していた。ぼろぼろ大粒の涙を流す船長は、大きな手で私たちの肩を抱くと、今度は声を上げて泣き出した。

『船長は人一倍涙もろいから、感動するような作り話の1つでも聞かせりゃぁすぐに乗せてくれっよ』

と言った船員さんの言葉は真実だったらしい。と言うより、予想以上だ。こんな話に引っかかるなんて。

 罪悪感に苛まれながらも、私たちはタダ乗りさせてもらう事になった。その代り、調理場の仕事の手伝いを申し出た。何もしないでだらだら乗せてもらうのも悪いし。



 風の精霊達は、船の出るギリギリの時間に見送りに来てくれた。一応、家でお別れしてきたんだけどね。

『元気でね、この頃風が言うこと聞かなくなってきてるから気を付けてね。また遊ぼうよ。――セリナぁ〜。行っちゃやだよぉ〜。この世界にいてよぉ、せっかく仲良くなれたのに・・・』


ルシフは駄々をこねながら泣きじゃくった。わたしだって、別れるのは嫌だ。この世界に留まりたい。


 船が、ゆっくりと動き出した。

 涙を流すルシフを、セツラとオウラが追わないように押えて、別れを告げた。






「ありがとう!!」







わたしとナギは、3人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。



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