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II-1ほんのひと時

 ・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 じめじめとしていた。

 薄暗くて窓が一つもない部屋。

 辺りにはいろんな道具が置いてある。

 そうだ。ここは古い城の地下牢だ。そこでわたしは、スライムを作っているんだ。そう、あの理科の実験とかで作るスライム。それをわたしは作っていた。

 もちろん自分から進んで作っている訳じゃない。富と名誉をものすごく欲しがっている女に捕まってしまって、ここに閉じ込められている。

 女は、自分が欲しいものを手に入れるためなら、人殺しさえもいとわない極悪非道の女だった。しかも手段を選ばないから、余計に性質(たち)が悪い。

 とにかくわたしは早く家に帰りたくて、せっせとスライム作りに励んでいた。と、そこに、

「――どう?できたかしら」

 あの女が入ってきた。相も変わらず贅沢なけばけばしい服装で、化粧が濃い。

  (いくら着飾っても、元が悪ければどうしようもないというのにな)

 スライムを作っているわたしは、意識はこの人と同化してるけど、考え方とかは全くの別人――今回の場合わたしは男の子――だ。

 だから、彼はそんな事を考えながらちらりと女の方を見た。

  (予想通りだな)

 女の周りにガードマンはいなかった。わたしが向こうでこの女に捕まった時から今まで、一度も抵抗しなかったから気を許しているんだと思う。

  (浅はかな奴だ)

わたし(彼)は心の中で呟きながら、

「もうすぐだ」

口ではそう言った。

 実は、急に女が現れたので内心びっくりして、水とお湯を入れ間違えてしまっていた。けれど、すぐノリを足してお湯を入れ直したから、まあ問題ない。

  (相手は作り方も知らない無能なやつだ、気付くはずもない)

 わたしは仕上げに入った。

 着色料を入れ、二つに分けていたものを合わせて慎重にかき混ぜる。

 「・・・できたよ」

最後に、女の目を盗んであるものを入れ、素早く溶け込ませた。色が青からルビー色へと変色する。

  (さて、早く退散しなければ)

「こ、これが・・・あの・・・」

「ああ、そうだよ」

わたしは感極まっている女を残し廊下に出た。が、

「待ちなさい!!あなた、×××の毛を入れたわね!!」

廊下の半ばで後ろから怒号が追ってきた。

 (今来られてはまずい)

 わたしは走り出した。そして、すぐに廊下の壁に空いていた窪みを見つけて身を隠す。

 一秒とたたずに目もくらむ閃光と、地を揺らす衝撃が私の感覚器官を刺激した。わたしの思っていた以上に爆発力があったが、意外と爆音は小さかった。

(だが、もう少しあれを入れすぎていれば、私の命もなかっただろう)

 私は急いで荷物の置かれた部屋まで戻ると、まず携帯を取り出して、荷物をまとめながら電話を掛けた。

――トゥルル…

『はい』

即座に相手は出た。

「ウォルターか?私はこれから脱出する。例の場所で落ち合おう」

『了解』

わたしはその部屋を飛び出した。

 わたし(と言うより彼)の思惑通り、ほとんどの警備は謎の爆発現場に駆けつけていた。だから、この城から逃げ出すのはとても簡単だ。

ウォルターとはすぐに合流できた。

「お怪我はございませんか、アルテミス様」

ウォルター(彼の執事)はわたしの少ない荷物を受け取りながら聞いた。

「大丈夫だ。打ち身は少々あるが、問題ない。それより、脱出路は見つかったのか?」

わたしはウォルターから上着を受け取って聞いた。外は吹雪いていて、まつ毛が凍ってしまうほど寒かった。おまけに最高に視界が悪い。

「ニつあります。一つは山腹の途中にある通気孔のような穴。もう一つは――正面突破です。」

ウォルターはテキパキと報告した。

「・・・後者は私がいては足手まといになるだけだ。その穴、お前は通れるのか?」

「残念ながら」

ウォルターは本当に残念そうにうなだれる。(っていうか、ウォルターはどうやってここまで来たんだろう?)

「そうか・・・じゃあ、二手に分かれよう。」

「お、お一人で?」

彼は慌てて主人を説得しようとする。

「平気さ。それぞれ個人の得意分野を駆使した方がやりやすいだろ?――その山腹まで送っていってくれ」

 ウォルターは渋ったけど、さっき言った通りわたしには彼のスピードについていく自信はなかった。だったら、自分が抱えていきます。と、言われたけど、それでニ人とも死んでしまったら元も子もない。

 わたしはなんとか言いくるめて、ウォルターにそこまで案内させた。

 「ここ、か」

 本当に狭い穴だった。匍匐(ほふく)前進でしか行けない上に、彼が言った通り体の小さなわたしぐらいしか通れなさそう。

 「ではウォルター、外でまた会おう」

 「はい。充分にお気を付けて下さい」

 「ああ、幸運を祈る」




 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

「スライム!?」

文字通り、飛び起きた。

 「…どういう夢見てるんだろ、わたし…」

何でか知らないけど、やけにはっきり夢の内容を覚えていた。

 こう言う感じ、久しぶりだ。それにてもスライムが爆発って…

 ―――コン・コン・コン

「おはようセリナ。ちゃんと起きれた?」

ナギがドアから顔を覗かせて言った。

「なんとか起きれましたよ。おはよう、ナギ。」

わたしは中に入ってきた彼女に、ベッドの上からあいさつを返した。

 そうか。なんだかもう何年もここに居たみたいで、何にも違和感を覚えなかったけど、こっちの世界に来てから初めての朝だ。慣れない所だからなかなか寝付けないかと思ったけど、昨日は相当疲れてたのか布団に入るなり、すぐに寝てしまったみたい。

「朝食ができたわ。冷めないうちに来てね」

ナギは部屋のカーテンを開けながら言った。そして、わたしが頷くのを確認すると下へ降りて行った。

 わたしはベッドから下りると、タンスの引き出しを開けてナギが貸してくれた服を出した。

 全部か軟らかい、気持ちのいい肌触りの布でできていて、Tシャツもズボンも、手首と足首の所をヒモで絞るようになっている。その上に、肩からちょっと硬い長方形の布を掛けて(それぞれ自分の好きな色を身につける。ちなみにわたしは落ち着いた色の赤を選んだ。)ウエストの所で少し太めの紐で縛る。

 これがラービニの人達が普段着る服だ。民族衣装みたいな物かな。

 悪戦苦闘しながらもなんとか下にたどり着くと、もうお婆さんは席に着いていて、ナギは料理をそれぞれのお皿に分けている所だった。

 「おはようございます。ニ人とも早いんだね」

 「はい、おはよう。私らはこれが日課だからねえ。よく眠れたかい?」

わたしは昨日と同じ所に座って頷いた。

「もうぐっすり寝れたよ。変な夢も見たし」

「変な夢?」

 わたしはご飯を食べながら、今朝見たスライムの夢の話をした。

 こっちの世界には、スライムだとかお城だとかがないから、お婆さんにばれないように説明するのがなかなか難しかった。

 食べ終わった後、わたしはナギと一緒にお皿洗いを手伝って、各自の部屋の掃除に行った。

 今日は朝から天気が良くって気持ちいい。それに、この掃除が終わったらナギが町の中を案内してくれるって言っていた。昨日資料館に行く途中に見た、気になるお店にも寄ってもらおう。

 未だに元の世界へ戻る方法は見つからないけど、とりあえず今はこっちの生活を楽しもうと思う。



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