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VIII-2永遠に・・・?

○○○


 ファタムを発ってから約、1週間が過ぎた。

 私たちは初めてノースに入った時と同じように、ノース達とお喋りしながらゆっくりと時間を使っていた。



 夕方の風が涼しく頬を撫で、虫の音が心地よく耳を打つ。そんな中、わたしとナギは川を眺めながらボーっとしていた。

 そこに、突如として強い風が吹きつけ――


『こんにちは!!――って、あっれ〜!?ナギとセリナじゃない!や〜ん、お久し振り〜!!!』


「まあ!ルシフさん!?」

「わお!」

身にまとった風と共に、風の精霊・ルシフが目の前に現れた。

「どうしたのルシフ。何でここに?」

『うん、それがさぁ、あたし家に帰る途中でね――』

と、彼女が説明し始めた時、ガサガサと落ち葉を踏み分ける音がして、

「どうかしたのか?――なんだ、それは」

ウェーアが訝しがりながら、木々の間から顔を出した。マントと帽子を取って、襟からパタパタと風を送っているところからして、またどこかで運動でもしてきたんだろう。

「あ、こちら――」


『ああ!!あなたもしかしてアライオス!?や〜ん、何百年振りかしら、同じ属性の人に会えるなんて!!しかもケイ持ってるし、“力”も相当使えそうだし、結構カッコいいし、そのあかい瞳も素敵な深みを持ってるし!!―――あっ、あたしルシフ!風の精霊よ。よろしくね』


ルシフは紹介しようとしたナギを遮り、堰を切ったように弾丸トークを始めた。ウェーアはその勢いに押されるように一歩退がり、風の精霊?と眉をひそめる。するとまた、

『そう!風の精霊よ!!ねえねえ、何でテンペレットに来ないの?同じ属性同士なんだから上手くやっていけると思うんだけど。ねえ、何で何で?』

一息にそこまで言うと、またウェーアを後込みさせながら詰め寄った。

「あー…もう、別の場所に定住していて――」

『ええ!?なんでなんでなんで!?どうしてテンペレットじゃないのよぅ!!!』

「い、色々と込み入った事情があってな…」

ウェーアはさらに退きながら、わたしに助けを求めた。今の状況も十分に楽しいけれど、もうちょっと彼を困らせてみようかと、悪魔の角がニョキッと生やす。

「ねえルシフ。“同じ属性”とか、“力”って何のこと?」


『それはね!!』


 精霊は、勢いよくグルンッとこちらを向いた。予備動作のないその動きは不気味だったけど、彼女の顔は“よくぞ聞いてくれました!”と輝いている。

『あたしの属性は風でしょう?アライオスも同じな訳よ。それでそう言われる由来がぅ?』

「――あら、どうしてお止めになられるのですか?」

ナギが例の微笑を浮かべて、ルシフの口を塞いだウェーアを見上げる。塞がれた方は、豆だらけの手から必死に逃れようとしていた。

「そ、それは―――っつ!?」

 言いよどむウェーアの束縛が、急に解かれた。ルシフはスイッと彼から離れ、得意げに見下ろし、

『ふふん。たとえアライオスでも、このあたいの喋りを妨げようなんざ、百万光年(?)早いのよ!!』

「…それで?お前は何をしにここに来たんだ?」

ウェーアは歯形の付いた手をさすりながら舌打ちし、あっさりと話の腰を折った。

『あっ!そうだった。それがねー――』

と、ルシフは言いかけた事がすっかり頭から抜け落ちた様子で、ここに来た訳を生き生きと話し始めた。途端に、ナギとウェーアからそれぞれ違った溜息がも漏れる。



 彼女は家に帰る途中でここに立ち寄ったらしい。それで、ついでだからルシフの家に遊びに来ないかと誘われた。どうしようかと私たちが悩んでいると――


「ああっ!赤目菌、そこで何してるさ!!――ハッ!さては…正体見たり!お前、あたいがいない間にお姉様達をたぶらかそうとしたな!?」


と、叫びながら果物を抱えたロウちゃんが飛び込んできた。

『へぇ〜、そうだったんだぁ。やっぱり人は見かけによらないね。アライオスのくせに〜ぃ』

「誰がいつそんな事をした。――おい、アライオスはやめろ」

ウェーアは前半を2人に言い、後半でロウちゃんの顰蹙ひんしゅくを買った。彼女は、

「はあ?何言ってんのさ」

と、ウェーアが(ロウちゃんから見て)何もない空間に向かって喋ったので、気味悪そうに言った。やっぱり、ロウちゃんには見えていないみたいだ。

 ウェーアは、これも話すのか?と面倒くさそうに私たちを振り返る。ナギが頷いた。

「じゃあ…見せた方が早いな」

と、腰の鞘から剣を抜き、ロウちゃんへ差し出す。それをどう取ったのか、ロウちゃんは後退りしながら、

「なっ何さ!?さてはこれであたいを――」

「何だ、叩き切って欲しいのか?なら遠慮はいらない。そこで馬鹿みたいに突っ立ってろ」

喚くロウちゃんに、彼は本気とも取れる脅し文句を叩きつけ、持てと命令する。

「いっイヤさ!男菌がうつ感染るじゃないか!よりによって、お姉様達をたぶらかそうとしてる赤目菌の物になんて触りたくないさ!!」

『あははは!やっぱそーなんだー。やーいやーい、あっかめっきん〜!』

ついにルシフも加わって、ウェーアの頭上を漂いながらチャカし出す。

「いくらあたいが可愛いからって、いくらお姉様達が美しいからって、手ぇ出すなんてこたぁ許さないさ!兄さに言いつけるぞ!!」

『うわぁぁ〜。アライオスって嫌な奴ぅ〜』

 こんな一方通行の罵声に、ウェーアの拳は徐々にきつくなっていた。掌を爪が突き破ってしまいそうなほどに…。

わたしは小刻みに震える・・それに悪寒を感じて、

「ロ、ロウちゃん?もう十分だからさ、その辺で止めといた方が…」

「駄目ですよセリナお姉様!騙されないで下さい!コイツはこうやって人をたぶらかすんですから!!」

『はは〜ん、なるほどねぇ。やーい!人をたぶらかす悪いアライオスー!!』

 わたしの警告も聞かずに、2人は再びギャーギャーと騒ぎ出した。どうしたものかとナギに助けを求めても、彼女はどこ吹く風と、髪の毛をいじりながら遠くを眺めていた。しかも何か、腹立ててるっぽいし。


そして、2人の糾弾の声が一段と高くなった時、それはついに訪れてしまった。





「黙れ」




 短く、低く発せられた声は、決して大きくはなかったけれど、この場を一瞬にして凍りつかせる力を持っていた。

 まるで、お喋りさんばかりが大勢バスに乗ってきて、次のバス停でその全員が降りて行った後の静けさのよう。いや、もっと差が激しいのかな?


 ああ、音のない森が耳に痛い…。


 つっと、ウェーアが動きを見せた。

 彼が凍り付いているロウちゃんの手に無理矢理剣を押し付けると――


「ぅわあ!?」


――ロウちゃんが落ちた。


「これが見えるか」

 たぶん剣の重さを予測していなかったロウちゃんに構いもせずに、ウェーアはルシフを突き出した。

「それどころじゃないさ!こっちはいきなりこんな重いモン持たされて腕がもげ――…何さ、このガキ」

『あぁあぁぁぁ〜!!ガキって言ったな!言っとくけどね、あたしはあんたなんかより数万倍も生きてんだからね!この小太り女!!』

「なにさ!じゃああんたもう、しわくちゃのババアじゃないのさ!それなのにそんなチビで何様のつもりさ!そのうち体中しわくちゃになってしぼんでいくさ!!」

『なんだとぉ〜!?』

「なにさぁ〜!?」

ルシフはウェーアに首根っこを捕まれたまま、ロウちゃんは剣と地面に手を挟まれたまま言い争った。どちらもいい勝負なんだけど、ロウちゃんの方は次第に言っている意味がわからなくなってくる。


「うるさい」


2人が同時に喚くのをやめた。ウェーアは溜息を一つ漏らすと、

「これが精霊だ。もう見えているな?」

「う…。見えるさ。で?なんでコイツはここにいるのさ」

『たまたまここに立ち寄ったら、セリナとナギがいたからお喋りしてたの。でー、2人にテンペレットに来ないかって誘ってたらあんたが割り込んで来た訳。――あたし、ルシフ。あんたは?』

「あたいロウ。…あんた、神様なんだ。なんかすごいさ」

と、あれだけ言い争っていた2人が一変して、仲良く話し始めた。どうなってんの、これ?


「ロウ?誰と話してるの?」

アルミスさんがロウちゃんと同じように果物を抱えて、眉を寄せながら登場した。

 わたしとナギは、フォウル兄妹にケイを貸して、ルシフの話を伝えた。



 闇の落ちた木々の中。焚き火の明かりに照らされて、すっかり意気投合したロウちゃんとルシフは、アルミスさんとナギの間で遊んでいた。

 悩んだ末、わたしとナギはルシフのお誘いを受けることにした。と、いう事は、フォウル兄妹とウェーアとはここでお別れしなければいけない。兄妹はレイタムでお仕事があるし、ウェーアは(忘れてたけど)エバパレイトとソイルだけを案内してもらう約束だったから。

 寂しいけれど、皆それぞれやることがあるんだから、仕方がないよね。

 だから、あまりずるずる長引かせないように、明日、私たちは旅立つことにした。


 今夜はお別れの――わたしにとっては、これが皆との最後の晩餐になった。





 ロウちゃん達が場の空気を沈めないように、わいわい明るくしてくれていたんだけど、わたしとウェーアはその輪から離れていた。

「…君たちは、テンペレットに行った後、キーリスへ向かうんだろう?」

ポツリと、今日は特別許しの降りたお酒を飲みながら、ウェーアが呟いた。

「うん、そうだけど?」

リンゴのような果物を飲み込んでから答えると、彼は少し間を置いてから続けた。

「なら途中、ミアルにも寄っていくはずだ。何か知りたい事があったら、そこで聞いてみろ。大抵の事はわかると思う」

「?なん――」

“なんで?”って問い返そうとして首を回した瞬間、ウェーア越しに何がいるのが見えて、言葉を切った。どうやらノース達が私たちを信用して、動物たちの警戒を解いてくれたみたい。綺麗なユニコーンに似た動物や、色鮮やかな鳥類、今まで見たことのない生き物が、恐るおそる近寄ってきた。


 その日私たちは、焚き火の火が落ちるまで、楽しんだ。



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