VII-10罠
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「…―――――」
「――――――――」
「―――ても、 な さね。…にん でさー、人の言葉喋るし」
「ノームは、もしかしたら土の神じゃないですか?」
「かもね」
声がしたんだな。
オイラが誰だっけぇ?って思い出そうとして目を開けると、
「あら、お目覚めのようですよ」
開けた視界に、5人の人間が映ったんだな。
「おはようございます、ノームさん」
銀色の髪をした女の子、ナギが優しそうに微笑んであいさつしてきたんだな。
「うぃ。おはようなんだな。…………なあ〜!?のん気にあいさつなんてしてる場合じゃないんだなぁ!――お前ら、オイラに何したんだな!?なんでオイラ、こんな所にいるんだな!?」
オイラは俄かにハッとして飛び起きた。すると、ズキッて頭のてっぺんが痛んで、そこに手をやると、ポッコリ膨らんでいたんだな。
「ああ、それね。ウェーアがやったんだよ。大丈夫?すっごい痛いよね?」
黒髪のセリナが、水で濡らした布を痛みの熱源にそっと当ててくれた。そのセリナにふと、何か違和感を覚えて、オイラは言ったんだな。
「な?お前、こいつらと何か違うんだな。何で?」
「何でって、わたしに聞かれても…」
オイラがペタンと座って見上げたセリナは、困ったように首を傾げたんだな。
「なになに?セリナお姉様があたい達と違うって、どういうことさ?」
「さあ、どういう事なのでしょうね。――あ、ロウちゃん、私とお水を汲みに行きましょう?温くなっちゃったわ」
ナギが言うと、1番ちっちゃい子は飛んでついて行ったんだな。
2人が水を汲みに行っている間に、セリナが自分達はルニアーパゴスじゃないって事や、ここまでノースに送ってもらったって話をしてくれたんだな。けど、オイラはもちろん信じれなくて、
「嘘なんだな!ノースが人間達を連れてここまで入ってくるはずがないんだな!人間は動物を殺して、自分達のためになる事しかしないんだな!!」
そう言ったら、今までずっと黙っていた絳い目をした男が立ち上がって、こっちに来ながら言ったんだな。
「いい加減にしろ。人間はそんな奴らばかりじゃないんだ。お前も神の端くれなら、少しは理解しよう、と…あっ―――」
男が、急に力が抜けたように膝を付いた。オイラはびっくりして後退りして、セリナは反対にそいつの方に飛び出していったんだな。ついでに、1番でっかい奴も。
「ウェーア!ウェーア、どうしたの?」
「騒ぐな…頭に響く。……すまない」
ここからは良く見えないけれど、セリナの腕に支えられた男はぐったりとしていたんだな。顔色が悪くて、ほっぺただけが異様に赤い。
「ど、どうしよう!すごい熱…。どうしよう、どうしよう!――ウェーア死なないで!!」
「勝手に人を殺すな…」
「どうなさったのですか!?」
その時、ナギとロウが帰って来たんだな。ナギは慌てて駆け寄って、ロウはキョトンとしていた。
「雨が降ってきそうです。どこか、屋根のあるところは…」
でっかいのは、とりあえずそこに座らせた赤目の首やおでこを、濡らした布で冷やした。あれ、オイラにしてくれてたやつなのに…。
「でも、こんな森の中にそんな所―――」
オロオロしていたセリナは突然オイラの方を見て、
「ノームお願い家貸して!!」
そう迫ってきたんだな。
「なっ…!で、でも、そいつは……」
オイラは赤目が簡単にドロギョンを倒した事を思い出して、迷ったんだな。まだ、本当にこいつらがルニアーパゴスじゃないって(ある程度信じ始めたけど)確信してないし、人間にオイラの家を貸す義理はないんだな。
けど結局、泣きそうな顔でセリナにお願いされると、オイラは渋々了解したんだな。
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ウェーアをノームの家に担ぎ込んで、厚い布を重ねた床(ノームのベッドじゃ小さすぎた)に、“大げさだ”って看病を拒む彼を叱って、無理矢理寝かしつけた。
わたしは彼の監視&タオル換え係で、フォウル兄妹はノームの許可を得て、消化のいい物を作っている。ナギはノームと一緒に、ゼルチップと言う薬を採りに行っていて今はいない。
今思えば、今朝からウェーアの様子がおかしかった。いつもより喋らなかったし、声も時々かすれていたし…。体調が悪いのに、あんなに無理してたんだ。
「――――」
不意にウェーアが、呻きとも取れる声で何かを言った。わたしはよく聞こえるように顔を近づけて、もう一度聞き直した。
「水。喉が渇いた」
無理矢理寝かされた事に腹を立てているのか、不機嫌に言った。そんな彼に頷くと、わたしはちょっと待っててと言い置いて、台所へ向かった。
「喉が渇いたって。水でいいかな?」
一応アルミスさんに聞いてみると、温かくて甘い物がいいと言われた。
わたしは鍋(?)にそこら辺にあったミルクっぽいのと、蜂蜜みたいなのを入れて温めた。念のため味見………別に飲めないほどの物ではなかったので、カップに移した。
「熱があるときは、甘くて温かいものがいいんだって。起きれる?」
カップを脇に置いて、起き上がるのを手伝った。少し動くだけでも辛そうだ。小さなベッドを背もたれにした彼は、お礼を言ってそれに口を付けた。
「一応、味見したけど…」
「ん…不味くはない」
「おいしくもない、と?」
「いや」
微妙な返答だったので、どう反応すればいいのかわからない。まー、とりあえずチビチビ飲んでるからいっか。
「ほーい、赤目菌。オルザ作ってやったさ。ありがたーくいただくさね。――セリナお姉様に妙な事したら、熱あっても容赦しないから覚えとくさ」
ロウちゃんがむすっとした顔で湯気の立つスープを持ってきた。ウェーアが鼻で笑って、ロウちゃんにお怒りをもらう。
「食べられそうですか?」
「なんなら、あたいが食べさせてやろうか」
アルミスさんの心配に軽く頷き、ロウちゃんの茶化しに冗談じゃないと返す。
ナギ達はもう少しかかりそうだ。ここから半日もかからないけど、少し遠い所にゼルチップは生息しているらしい。あと、ついでに彼女はワグナー・ケイのことも話してくるって言ってた。
早く帰ってこないかなー。
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重い雲の向こう太陽が高く昇ってから、少し経ちました。霧雨が世界を霞ませています。
ノームさんは“なんであんな奴に…”と文句を言っておられましたが、素直にゼルチップの生息地まで案内して下さいました。
私は、彼の家が見えなくなった頃を見計らい、今までのいきさつを簡単にお話しました。
今度はきちんと聞いて下さり、ふうんと頷くと、
「それでかぁ。あのセリナって子、なんかお前さん達と違ってたんだな」
そして、こうもおっしゃりました。
「オイラは人間がどーなってもいいけど、動物達までいなくなっちゃうのは嫌なんだな。仕方ないからオイラのワグナー・ケイをやるんだな。そのかわり、絶対に世界を消させないで欲しいんだな」
そうして、ノームさんから直立した岩石のような石“イバレン・ケイ”をいただきました。
しばらくして、目的地に着きました。小さな空間に、たくさんの鉱物のような植物が生えています。私はそれを必要な量だけ摘みますと、帰路に着きました。
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ウェーアの食事が済むと、フォウル兄妹は果物を採って来ると、外へ行ってしまった。
必然的にポツリと取り残された。
ボーっとウェーアの傍らに座り込んで、定期的におでこのタオルを替えてあげる。けれど、さっきから寝たり起きたりを繰り返していた。
「ちゃんと寝ないと、熱下がらないよ?」
また目を開けてこっちを見たときに言うと、彼は視線をそらして、
「…………どこにも………」
「え?」
「どこにも……行くな……」
わたしはまじまじと、横たわる彼を見た。
熱のせいなのか、とても小さく見える。
「…行かないよ。大丈夫、ここに居てあげるから。だから、安心してゆっくり寝て」
ウェーアはもう1度チラリとわたしを見ると、静かに目を閉じた。
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つくづく弱い人間だと思う。
普段、あれだけ偉そうな事を言っておいて、いざとなるとひどく不安になる。
いつだったか、幼い頃に同じように高熱に苛まれた事があった。その時も、傍らにいてくれた母が知らぬ間にどこかへ行ってしまわないかと危惧したものだ。
セリナは、全くと言っていいほど母と似通った所がないと言うのに、なぜか姿が重なった。
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・・・・・・・・いったい、どれほどの時が経ったのだろう。何か夢を見ていた気がするのだが、その断片すら出て来はしない。ただ、見たという感覚の残滓があるだけだ。
混沌とした意識の中で、遠方から話し声が聞こえてきた。俺は、眠っているのだが寝付いておらず、ただ周りの音だけが耳に入ってくる――と言ったものか…そうした中で、セリナとナギの会話を聞くともなしに聞いていた。
――…のね。仲良く2人でお昼寝してたから、起こすのも悪いと思って…。先に食べちゃったわよ?
――別に、仲良くしてた訳じゃないよ。今、どのくらい?
――そうね・・・お昼を食べるには遅すぎるし、夕食には早いわ。どうする?
ああ、そんなに寝ていたのか…。セリナも同じような事を口にした。彼女はすっきりしたようだが、俺はまだまだ寝たりない。
――ん〜微妙だなぁ。どうしよう、少しだけ入れておこうかな。
隣で立ち上がる気配がした。が、動きは途中で中断され、
――…やっぱいいや。夕ご飯できたら呼んでくれる?ウェーア起こして、食べれるか聞くから。
ナギは、無理しないでねとそっと言うと、遠ざかっていった。
再び静寂が広がった。
このまま続けば俺もまた、深い別の世界へと旅立つだろう。
「…ウェーア、起きてたの?」
ポツリと、つかの間の静寂が破られた。
迷ったが、まぶたに力を入れて傍らで俺を覗き込むセリナに焦点を合わせる。
「ゼルチップのお薬できたって。どうする?」
「…夕食の時でいい。それより…君はいいのか?お腹、空いているんだろう?」
するとなぜか、彼女は驚いた表情をして、
「え?行って欲しくなかったから、手引っ張ったんじゃないの?」
今度は俺が複雑な表情をする番だった。
「……おっ、俺に聞くな」
「何それ。自分がやったのに……あぁ、」
彼女は言っている途中で、何かに気付いたようだ。納得のいった顔で言葉を止める。
「何だ」
「べっつに〜?」
「気になるだろ」
「自分だって色々隠しているくせに。秘密主義者」
「……悪かったな、秘密主義で」
俺は深い溜息を吐いて体を起こした。
全身が酷く痛む。間接と共に、見えない何かまで軋んでいるような気がした。
「もう少し教えてくれたっていいのに」
「ま、その内な」
俺はむくれて口を尖らす彼女の頭を、宥めるように撫でた。
だがしかし、俺の事情を話したとして、彼女は受け入れてくれるだろうか。今のこの状況を、崩してしまう事につながらないだろうか…。
視線の落ちる俺を、掌の下から不思議そうな顔が覗く。そして――
「ちょっとちょっと!何してんのさ赤目菌!!あんた熱あったんじゃなかったの!?セリナお姉様に何してんのさ!!」
――容赦のない甲高い声が、ガンガンと脳内に響いた。俺は、頭のどこかでプツリと切れそうになるモノをどうにかつなぎ止めようとし、脱力感と共に横になった。そして、突然何の用もなく入ってきたロウへ、手向けの一言を。
「何もしていない。うるさいから早く消えろ」
後、怒号の嵐が吹きつけたのは、言うまでもない。




